38話 白明と漣の夜に。
懊悩とは本人が思う以上に、あっさり解決する事が多々有ったりする。
それは何も可笑しな事ではなく単純に気が付いてはいないというだけで。
答えは直ぐ側に有る事も気付いていないだけという事も珍しくはない。
「それで、大事な話って?」
「ああ、まあ……率直に言うとだな
俺と一緒になるとして、お前は正室に拘るか?」
「…………へ?、なあっ!?」
「いきなりな事は判ってる
それでも必要な事なんだ
答えてくれないか?」
「……っ、判った」
唐突な質問では有ったが白蓮は俺の真剣な表情から大事な事だと察してくれて即座に切り替えた。
それから少し考え込む。
当然と言えば当然だろう。
白蓮も出来る事なら正室に為りたいと思う筈だ。
それを理解して訊いている俺は酷い男だよな。
「その、出来る事なら私も正室に為りたいとは思う
やっぱり、好きな男の一番だって証だしな
でも、そういう事じゃないんだよな?」
そう自分の気持ちを素直に言いながらも冷静に訊き返してくる白蓮に俺は頷いて肯定する。
ただ、あまり多くの情報を与えない様にする。
先入観で白蓮自身の考えが消えてしまわない様に。
「……何と無く判った
お前は私が考えているより先を見ているんだな
確かに、私は押し潰されてしまうかもしれない
……情けないけど、そんな自分の姿が浮かぶからな
だから、拘りはしないよ
その……お前と一緒に居る事が一番大事だからな」
「……そうか」
白蓮の照れながらも自分の気持ちを伝えてくれた事に襲い掛かりたくなる。
流石に自重はするけどね。
それでも、白蓮を抱き締め自分の気持ちを示す。
応える様に白蓮も両腕を背中に回せば互いに求めてしまうのは当然。
少々脱線してしまったけど切り替えて話を続ける。
白蓮の顔が赤いとかは気にしてはならない。
再び脱線するからね。
「白蓮、俺はお前に正室に成って貰うつもりだ」
「……その、良いのか?
嬉しいのは確かだけどさ、自分でも言った様に立場に押し潰される可能性は高いと思うんだ
それで、お前の枷に為れば私は自分を赦せない
だから、もし同情や私情で私を正室にしようとする気だったら、止めてくれ
……私は、お前に応える事は出来無い
どんなに嬉しくても……
私は民を蔑ろにして幸せを享受する事は出来無い」
真っ直ぐ、睨み付ける様に白蓮は意志を示す。
お前は本当に良い女だよ。
だからこそ、幸せにしたい。
そう強く想う。
原作の“押し”だったからじゃない。
「全く影響していない」とは言わないが。
少なくとも、目の前に居る彼女に惚れている。
俺の身勝手な偶像ではなくて。
生きている、意志有る彼女に。
俺は惹かれているのだから。
「ああ、判ってるよ
俺だって白蓮の意志を無視はしない
その上で、正室にしたいと思う」
「……っ、ちゃ、ちゃんと説明しろ!
納得出来無い限り、話は受けないからな!」
「ああ、勿論だ」
張り詰めていた空気が緩み、緊張も解ける。
意地を張る様な態度も愛しく思う。
原作では不遇な彼女だが、此処では違う。
システムやシナリオという呪縛は無い。
世界の定める秩序は在るが、絶対ではない。
それなら、可能性は有る。
例え有限だろうと構わない。
自らが変わろうとする意志さえあれば。
人は変われるのだから。
「お前を正室にする事は決定だと言える
その理由は解るよな?」
「……ああ、立場的な話だろ?
私が女だからっていうのと一緒でな
お前が上を目指すのなら、無視は出来無い」
この手の話は珍しくはない。
特に男社会の政治下だと顕著に有り触れている。
女性の地位が低いからだが。
そう考えると、原作の世界観は凄いよな。
そういう設定なんだけど。
尤も、原作のままの世界だったら怖くも有るな。
華琳達に逆らえなくなりそうで。
……「今も似た様なものだろ?」とか言うな。
思わず泣きたくなるだろ。
「面倒な話だけど、そういう事だ
ただ、それだと白蓮の懸念通りになる
其処でだ、俺は正室を複数娶ろうと思う」
「…………は?」
「まあ、そうなるよな
けど、誰が正室が一人のみと決めた?」
「いや、それが普通だろ?」
「ああ、常識だな」
「だったら──」
「でもな、それが絶対だと誰が証明する?
いいや、誰にも出来無い
だって、そうだろ?
その常識を、何時、何処で、誰が決めたのか
誰にも解らない事だ
だったら、正室が複数でも問題無い筈だ」
「…物凄い暴論だな」
「否定はしない
ただ、実際問題、反論出来ると思うか?」
「……難しいだろうな
納得は出来無くても、否定する根拠に欠ける」
「それにだ、正室を一人だけだとするのは基本的に後継者争いを避ける為だ
逆に言えば、その問題さえ大丈夫なら、可能だって事になる訳だ」
「ぅわぁ…屁理屈だな
でもまあ、確かに的外れって訳じゃないな
勿論、出来れば、だけどな
現実問題、それが出来無いから正室は一人って事で現代まで浸透してるんだ
そう簡単な話じゃないぞ?」
「ああ、勿論判ってる
其処で一番重要なのが、正室同士の関係だ
それは血筋や家格という事ではなく信頼関係がだ」
「……また難しい話だな
表向きには、お前を立てている様に普段は見えても腹の内は何を考えているか判らないからな」
「お前も、そうなのか?」
「……正直、否定は出来無いな
勿論、私は後継者争いとかで子供達が殺し合う様な事態は望まないけどさ
……相手にも因るだろうな…
私だって、その、独占欲や嫉妬したりするって事は有り得るんだからな?
そういう部分で打付かる事は否めないって…
仲良くはしたいけどな」
自嘲する様に、しかし、照れながら言う白蓮。
本当、可愛いな、お前は。
しかし、僅かな間で羞恥心が薄れたな。
まあ、こんな話をしてれば嫌でも慣れるか。
一々赤面してたら無駄に時間だけが経つしな。
その辺りの割り切り方は流石に早いと言える。
ただ、残念でも有るな。
……いや、まだ大丈夫だろう。
結婚話ですら照れてる白蓮なんだ。
いざ本番となれば、可愛い姿を見せてくれる。
それに期待しよう!。
「…………何だろうな?
ちょっと悪寒がしたぞ?」
「腹を出して寝てたのか?」
「少し着崩れてた程度で──って、違うからなっ?!
──と言うか、忘れろっ!
今のは忘れろっ!!」
「忘れてもいいが、無駄だけどな」
「……何で無駄なんだよ?」
「決まってるだろ
一緒に寝る時に服は──」
「──言うなぁアァあっ!!!!!!!!」
想像したのか真っ赤になって叫ぶ白蓮。
俺の口を押さえに向かって来たので抱き止める。
そのまま軽々と捌いて抱き寄せて唇を重ねる。
経験の無い白蓮は緊張し、硬直。
混乱に混乱を重ねた結果──気絶した。
うん、やっぱり可愛いね、白蓮。
意識の無い相手を襲うつもりは有りません。
しかし、放置もしません。
俺は愛妹兄ですから。
お姫様抱っこの姿勢で白蓮が起きるのを待つ。
すると、気が付いた白蓮は寝惚けているのか、俺を見上げながら動かない。
其処で、悪戯として微笑みながら素面では言えない甘い台詞を囁いてみた。
……え?、「どんな台詞だ」って?。
ハハッ、黒歴史一直線な感じだもん。
言う訳無いでしょ。
──と、白蓮が照れながらも嬉しそうに微笑んで、自分から俺の唇を奪った。
そのまま、少ない経験から学んだ技術を披露。
開いた唇の隙間、離れた舌を繋ぐ透明な架け橋が、ぷつっ…と切れる。
暫しの余韻に浸りながら反芻する白蓮。
そして──我に返った。
見事な瞬間沸騰を見せてくれた直後、声に為らない叫びを上げて逃げ出し掛けたので抱き締める。
逃がす訳無いでしょ。
こんな可愛い白蓮を堪能出来るチャンスを。
──ゴホンッ、大事な話が途中なのに、だ。
何だかんだ、イチャつ──有りまして、再起動。
話の続きに戻ります。
「──で?、どうなんだよ?」
「俺なら今夜にでも──」
「──それは後にしろよっ!
今は集中しろよなっ!」
「そうだな、今は話をしよう」
「そう──えっ!?、あれっ?!、ちょっおっ?!」
「ふっ…今夜は長くなるな…」
「~~~~~~~~っっ!!!???」
然り気無く、確定させる。
正直、卑怯だとは思うが、俺も我慢出来無いし。
今のままだと白蓮は引き延ばしそうだし。
少々強引だけど、覚悟して貰いましょう。
……あれ?、そう言えば何気に俺から迫ったのって、白蓮が初めてなのか。
……うん、頑張ろうな、俺。
「白蓮、この間の一件で公には為ったが、宅の皆の実力は判るよな?」
「……ああ、驚く位にな
まだ余力十分なんだろ?」
「そうだな、はっきり言えば俺達だけで天下取りを実行に移せる程度には強い」
「程度って、お前なぁ~…」
「心配するな、バレない様に気を付けはするけど、お前も此方に来るんだから」
「……私、死なないよな?」
「大丈夫、「死ぬ!」とか言えてる内は人間余裕が有る証拠だからな
後、心配しなくても俺が世話をするから安心しろ」
「安心出来るか!
──と言うか、世話って何だよ?!」
「……訊かない方が良いぞ?
それでも訊きたいなら──」
「いやっ、いい!
訊かなくていいから!」
慌て俺を止める白蓮。
最初から話す気は無かったが、隠す気も無い。
どうせ、白蓮自身が経験すれば判る事だしな。
ただ、こういった空気を読む能力は高いよな。
女王・女帝・王妃といった感じではないんだけど、人の輪の中に居れば欠かせない存在に為れる。
中間管理職的な気質は印象は地味が、稀有だ。
華琳の様な先導者ではないが。
人を繋ぐ調和者としては一級品。
確実に化けるだろう才器。
鍛えるのが楽しみだな。
「まあ、そういう訳だ
それでな、まあ、内数名とは……してるんだ」
「あー……だと思ったよ
はっきり言って、お前が私の事を求めてくれてる事自体が夢みたいだからな…
けど、そうか……お前の正室に彼女達が入るんなら結束力は問題無い訳だ」
「勿論、お前も含めてだ
将来的な可能性で言えば政略結婚も否定出来無いが基本的には、そういう相手は側室にするつもりだ」
「それは…批難囂々だろうな」
「だが、それは此方が望んだ場合には、だろ?
相手側が望んだ場合は理不尽だろうが飲むしか無い状況だろうからな
それで同情したりはしない」
「逆に言えば、そういう状況でも分を弁えていれば正室に為れる芽は有るのか…」
俺の意図を正しく理解する白蓮。
伊達に人の上に立ってはいないな。
その辺りを読めるんだから。
本当、これで何で原作で彼女がメインのシナリオが存在しなかったんだろうね。
メーカー側の都合だろうけど。
あと、基本的には“三国志”だもんな。
それから外れる主役格を置くと作品として大変だし仕方無いんだろうけどね。
「──とまあ、基本的には、こういう感じだ
どうだ?、不可能か?」
「……はぁ~…いや、可能だろうな
……お前、最初から狙って私に近付いたか?」
「仕官先としては、な
勿論、女としとは計算抜きでだ」
「──っ!?、そういう事を言うな!、馬鹿っ…」
照れながら怒鳴って誤魔化す白蓮。
だが、満更でもない様で、口元は緩んでいる。
取り敢えず、これで先に進む為の準備を始める事が出来る下地は整えられるな。
遣る事は山程有るが、必要な以上、手は抜けない。
此処での出来は、後々を左右する。
個人の強化ではない。
組織を構築し、強固にする。
その為には、時も金も人も全てが必要不可欠だ。
(ゲームじゃ見えない部分だよなぁ…
まあ、今更なんだけどさ…)
この世界で生き抜くと決めた以上、覚悟した事だ。
何が有ろうとも歩みは止めない。
大事な存在を失わない様に常に最悪を想定する。
しかし、考え過ぎもしない。
一人で背負いもしない。
手を伸ばし、手を掴み、手を繋ぐ。
俺は“主人公”じゃない。
何処まで行っても人間だ。
人間として、生き抜く。
公孫賛side──
初めて逢った瞬間からだ。
彼奴を──徐恕を──忍を男として意識したのは。
勿論、出逢い方も一因だとは思う。
容姿・能力・人格、その何れもが私を惹き付ける。
唯一、財力という点に関しては仕方が無い。
こればかりは、そういう家柄に生まれていない限り彼の年齢では持ち得ない事だからな。
ただ、経済力が無い訳ではない。
要は、そういう事が出来る立場・権利を得られれば可能な才覚は持っている。
それは普段の遣り取りからでも窺える。
はっきり言ってしまえば徐恕という男は最高だ。
私の様に跡取り娘しか居ない家なら喉から手が出る程に欲しい婿養子だと言える。
だからこそ、自分を選んでくれた事実が嬉しい。
ただ、不安も無い訳ではない。
彼奴の傍は美女・美少女だらけだからな。
それに、“慣れた”感じからして手は出している。
そう、私の“女の勘”が告げている。
だが、そんな事は些細な話だ。
彼奴と一緒に成れ、領民の未来を託せるのなら。
大して気にする事ではない。
妾や愛人が多い事など珍しくもないしな。
……まあ、気持ちの上では私自身が折り合いを付け呑み込めば済む事なんだから。
話を大きくする必要は無い。
そんな風に考えていた矢先だ。
彼奴から、その、“私を正室に”という話が来た。
正直、嬉しかった。
嬉し過ぎて、思わず泣きそうになる。
ただ、その感情は一旦呑み込む。
そうして話を訊けば……予想外の方向に進んだ。
でも、悪い話じゃない。
いや、実現出来るのなら最高に近い。
そんな提案を──いや、計画を私に告げた。
其処で、改めて気付いた。
普段は庶民的な癖に、必要な時には天才的な男は。
実は今までの想像以上の大器なんだと。
自分が惚れた男は一領主程度に留まる器ではない。
とんでもない奴なんだと。
だけど、もう手遅れだった。
私は忍に惹かれている。
口では毅然とした態度でも内心では怯えている。
忍に失望される事、嫌煙される事、捨てられる事、忍と離れてしまう事を。
例え、妾でも──時々手を出す“遊びの女”だって構わないから傍に置いて欲しい。
そう思ってしまうのだから。
「…ぁあっ…まっ、待って、まだっ、んんっ…」
「悪い、今は白蓮の事しか考えられないんだ
お前が欲しくて堪らないんだ」
「はァんっ、ぅアァッ!、ず、ズル、いっ…」
忍に求められる事が、堪らなく嬉しい。
肉体の限界を精神が凌駕する。
それは戦場に限った話ではないのだと知った。
……いや、ある意味では此処も戦場か。
それでも幸福なのだから困る。
だって、忍だけではなく、私自身も。
際限無く望み、求めてしまうのだから。
──side out。