37話 その形とは。
朝ちゅん──それは一種の憧憬であり、幻想である。
それは何故なのか?。
フッ…その答えは単純だ。
それは一対一であり、その相手が照れてしまう程度に羞恥心を持っている。
それが前提条件である。
──では、そうではないとどうなるのか?。
「凪、貴女は昨夜御兄様を独り占めにしたのだから、今は遠慮しなさい」
「そんな!、私も忍さんと一緒に居たいんです!
幾ら華琳が相手でも此処は退けません!」
「…んみゅぅ……兄……」
素っ裸の俺に抱き付いてる寝惚けている恋の頭を撫でながら目の前で真っ向から睨み合っている華琳と凪を見ながら、慌てる事も無く小さく溜め息を吐く。
凪、せめて隠しなさい。
華琳、態々服を脱ぐんじゃ有りません。
恋、抱き付くのは構わないけど少しだけ離れなさい。
服が着れませんから。
──と、部屋の戸が開いて愛紗が入ってきた。
現状を見て「やれやれ…」という感じでスルー出来る貴女の胆力が羨ましい。
「忍、おはようございます
遅れないで下さいね」
「おはよう、愛紗
そう思うなら助けてくれ」
「一度ずつしてあげれば、大人しくなりますよ」
「いや、恋が居るけど?」
「おや?、可笑しな事を…
恋が寝惚けている横で私を襲ったのは誰でしたか?」
「……私で御座います」
睨まれて素直に認める。
決して、此処で「だけど、愛紗も感じただろ?」とか「凄く可愛かったな」とか言ってはならない。
羞恥心を刺激する様な事、具体的に思い出させる様な事は禁句だと言えよう。
この徐恕、伊達に複数名と関係を持ってはおらぬ。
だが、だからと言って俺に期待を込めた眼差しを向け言い合いながらもチラチラ見ている二人と実際に遣る訳にはいきません。
──と言うか、恋が居る為先ず無理なんですよ。
それにね、愛紗とした時は恋は横に居ただけなんで、俺は自由に動けたんです。
でもね?、今は胴体に抱き付かれているんです。
どないせぃゆぅねん。
「…全く…貸しですよ?」
溜め息を吐いた愛紗は俺の方に来て──キスをする。
軽いのではなく、たっぷり味わう様に濃厚なのを。
それに反応しない訳が無い節操無しですが、仕方無い事だって言いたい。
「…ぢゅっ…ほら、恋?
顔を洗いに行きなさい
朝御飯、抜きですよ?」
「……ゃぁ……ぃく……」
「ええ、良い娘ですね
さあ、此方等ですよ」
寝惚けながらも動き出した恋を連れて愛紗は退室。
漸く、着替えが出来る。
そう思った俺は愚か者だ。
愛紗(第三者)の横入りで、火が点いた雌獅子達は俺の知らない所で、ガッチリと手を組んでいた。
独占欲というのは誰にでも少なからず有るのだから。
「ぅアアァーーーッ!!」な展開を朝から遣っていれば普通なら、げっそりしても可笑しくないでしょうが、其処は無駄に発揮されてる特典です。
その後、習慣と化している朝の修練を全員で熟す。
昔は一人で遣っていた事を考えれば賑やかになった。
べ、別にボッチだった事が寂しかったっていう訳じゃないんだからねっ?!。
………何故かな?、其処で白蓮が出てきたのは。
其処は華琳でしょ?。
……ああいや、そうだな。
それは華琳じゃあなくて、原作の曹操で、俺の中では華琳は違うんだろうな。
白蓮に関しては、何方等もボッチ感が有るからだな。
うん、仕方が無いね。
「ちょっと、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる
カレー食いたいよな〜」
「そうね、カレー食べたい──って違うわよっ!」
「カレー、嫌い?」
「大好きよっ!!」
「ちょっ、照れるって…」
「カレーが、よっ!」
「うん、知ってた」
──といった遣り取りを、咲夜と二人でする。
何だかんだ言って此奴とは気兼ねしないという点では華琳達よりも距離感は近い一面が有ったりする。
ただ、カレーは食いたい。
ネタで出したけど、マジでカレーは食べたいね。
元・日本人だからか色々と食べたい料理が多くて正直困ってるんですよね。
此方でも再現出来る料理は頑張って創意工夫をして、食べてますけどね。
諦める?、出来ませんて。
食は人生を彩る生活の要。
妥協していては良い生活は出来ませんから。
でも、高級食材が、という訳では有りませんよ?。
美味しい物は美味しい。
ただそれだけですから。
美味しい物は、それだけで人を幸せにします。
「……で、聞いてた?」
「伯珪との関係だろ?」
「…聞いてるじゃないの…
…ったく…で、どうなの?
やっぱり、彼女が正室?」
「正室、ねぇ…」
咲夜の言葉に空を仰ぐ。
別に可笑しな話ではない。
寧ろ、当然だと言える。
将来的な事・家柄・血筋と色々考慮しても白蓮が最も現状では正室に相応しい。
それは俺だけではなくて、華琳達も理解している事。
恋の発言ではないが、仮に俺が政略結婚も考えるなら正室という立場には後から入れ替わりが起きない事が何よりも望ましい。
そうなると華琳達では拙いというのが現実だ。
だから、相思相愛でもある白蓮が正室というのは悪い話ではないし、華琳達から反対の出る相手でもない。
そう、白蓮は俺達にとって望んでも得難い相手だ。
有る意味、月よりも白蓮は条件が良いんだからな。
ただ、悩んでもいる。
本当に白蓮で良いのか。
真剣に、慎重に考えないといけない問題だろう。
「何?、違うの?」
「…好きなのは確かだ
ただな、伯珪が正室として背負える器かと訊かれると……正直、頷けない」
「それは……そうかもね」
咲夜も俺に付き添った形で何度か白蓮と会っているし彼女の事は…多分、原作も含めて理解している筈。
それを踏まえて考えても、白蓮は押し潰されてしまう可能性が低くない。
勿論、夫として支えるし、華琳達も白蓮一人に全てを背負わせはしないだろう。
だが、それは“家庭”内の話に過ぎない。
公的立場での正室に対する重圧や責任は想像するより遥かに大きな物だろう。
政治家の迂闊な発言よりも影響力が高い事を考えると白蓮に耐え切れるとは正直思えなかったりする。
華琳みたいに、良い意味で開き直れる者でなければ、俺の正室は務まらない。
「…それなら、前に出てた董卓にするの?」
「んー……伯珪よりかは、大丈夫な気はするが…」
「私は“あの”董卓でしか解らないけど、其処までの違いは無いのよね?」
「まあ…そうだな」
「何が不満なのよ?」
「董卓を正室に迎えた場合俺が董家に“婿入り”する可能性が高いんだよ
お前達が考えてる将来的な可能性は俺が主導権を持つ事が大前提だろ?
俺が董卓と結婚した場合、董家の家臣団・領民の信は董家を第一としない場合は刃と成って返ってくる
抑、董家は俺を迎え入れる必要性が薄い状況だ
純粋に、俺と董卓が惹かれ合った結果でなら兎も角、伯珪の場合みたいに絶対に欲しいという訳じゃない
その辺りが面倒なんだよ」
「……御免なさい、軽率な質問だったわ…」
「気にするな、その程度で気分を害しはしないって」
実際問題、白蓮にだったら突け込む隙(弱味)が有ると考えていたから、俺自身も此処に遣って来たんだ。
はっきり言ってしまえば、最初から乗っ取るつもりで近付いた様なもの。
だから白蓮に軽蔑されても可笑しくはない。
それでも白蓮は飲み込んで俺を受け入れるだろう。
そんな計算と確信も有る。
勿論、白蓮を純粋に一人の女として欲しいと思うのも偽らざる気持ちだ。
だからこそ、悩んでる。
白蓮を幸せにしたい。
泣かせたくはない。
傷付けたくない。
そう思うからこそ、白蓮を正室にする事を躊躇う。
政治的な利害の判断よりも人としての在り方を大事に考えてしまうから。
今日も無事に仕事を終え、帰宅し、皆と食事と風呂を済ませてから部屋に入る。
基本的には一緒に寝る日は決めてある。
決めて置かないと、今朝の様な事態に為るからだ。
それから、毎日だと俺より彼女達の方が持たない事も俺なりに考慮している。
時間は有限だしな。
灯を落とし、布団に入って眠ろうとする──が、頭に色々と浮かんで眠れない。
どうやら昼間した咲夜との会話が原因みたいだ。
まあ、咲夜が悪いという訳ではないけど。
…自分で考えている以上に気にしているらしい。
──と、部屋の戸が控え目ながらノックされた。
もう皆も眠っている時間の筈なんだけどな、華琳?。
氣を調べずとも、その位はノックの仕方で判る。
戸を開けば、やはり華琳が申し訳無さそうな顔をして立っていた。
もじもじしている姿に兄は萌炎上しそうです。
「どうした?」
「…あの、少し、御兄様の御様子が気になって…」
「…立ち話もなんだしな
中に入るか?」
「は、はい!」
嬉しそうに笑う華琳。
その笑顔だけで兄は一年は戦い抜けるぞ。
それは兎も角、俺の様子は可笑しかっただろうか?。
…いや、愛紗達もだけど、恋が無反応だったんだ。
気付かれてはいない筈だし出てもいなかった筈だ。
……華琳、恐ろしい娘…。
寝台の端に腰を掛ける様に並んで座る。
別に二人きりで緊張する事なんて有りませんよ。
華琳とも何度も一緒に寝て過ごしていますからね。
取り敢えず、華琳に対して率直に訊いてみる。
「俺、変だったか?」
「…はい、恐らくですが、彼女──公孫賛の事で何か御悩みなのでは?」
「何で伯珪だと思った?」
「私達に関する事でしたら御兄様は少なくとも誰かと御相談されます
御相談されない場合ですと事の方向性が違いますので御兄様が気にし過ぎる事が有りませんから」
……何だか妹に観察されて丸裸にされてない?。
ねえ?、まさかストーカーしてないよね?。
それはまあ、冗談にしても俺の性格を把握してるな。
一番長い時間を一緒に居るという事だけじゃないか。
ずっと“俺だけを見てる”証って事だろうな。
人によっては「怖ぇって、お前、異常だろ、それは」なんてドン引きしてしまう可能性も有るが。
俺は一途な健気さなんだと感じている。
一つ溜め息を吐いて華琳の頭を左手で撫でる。
本当に、大した妹だよ。
「…伯珪の事は本気だ
それは判るよな?」
「……はい」
「普通に考えれば、伯珪を正室とするべきなんだけど伯珪が耐え切れなくなって潰れそうなんだよな…」
「それは……はい、確かに有り得そうですね…」
あー、やっぱりか〜。
対面した回数が少ない筈の華琳から見ても、白蓮って危ういんだな。
でもまあ、それも当然か。
白蓮って、良妻賢母に成る事は間違い無いけど、所謂奥を取り仕切る“女帝”の素養は無いもんなぁ…。
調き──教育して育てれば可能性は無くは無いけど、そんな白蓮は嫌だ。
抑、今の白蓮が好きだから俺は求めている訳で。
白蓮を此方に都合良い様に仕立て上げようとは微塵も思わないし遣りたくない。
……なんだ、その通りか。
悩む必要なんて無かった。
白蓮が白蓮らしく在れて、笑って居られる事。
それが一番大事なんだ。
「…変に拘ってたのは俺の方だったんだな」
「…御兄様?」
不思議そうに俺を見上げる華琳の頭を撫で、笑う。
確かに社会的な立場という事は無視は出来無い。
だが、正室が“一人だけ”だなんて誰が定めた?。
そう、正室が複数居たって構わないだろう?。
一人で背負えない様なら、複数で背負えばいい。
白蓮にしろ、華琳達にしろ特に拘りはしないだろうし後継者争いとかで対立する事も先ず考えられない。
勿論、俺も先の事を考えて遣るべき事は遣る。
ただ、先ばかり見過ぎて、足下が疎かになれば躓いて転んでしまうのは必然。
現在・過去と向き合う事も決して忘れてはならない。
「華琳、有難うな」
「御役に立てましたか?」
「ああ、物凄くな
だから、今夜は覚悟しろ
激しく長くなるからな?」
「ふふっ、御兄様になら、何をされても構いません
私を可愛がって下さい」
笑い合い、抱き締め合い、求め合い、重ね合う。
馬鹿馬鹿しい程に単純に。
しかし、それでいい。
答えは意外と傍に有る。
とある義妹の
義兄観察日記
Vol.12
曹操side──
●月△▲日。
凪が御兄様に抱かれた。
これで四人。
しかし、まだまだ御兄様を支えるには足りない。
けれど、漁色して頂いても無能な只飯食らいが増える事は望まない。
最も、御兄様が選ぶ相手は間違い無いから心配してはいないのだけれど。
それでも、足りない。
やはり、月は欲しいわね。
それは兎も角として。
御兄様と公孫賛の関係には妬いてしまう。
だって、御兄様が明らかに惹かれているもの。
まあ、身長は兎も角、胸は私が勝っているけれどね。
そんな公孫賛の事で最近は御兄様が悩まれている。
複雑ではあるけれど、悩む御兄様は無視出来無い。
…上手く行けば◆ゑ▲●£▼ゐж■▲ヰ◆●▼ξ■。
兎も角、御兄様の御悩みを解決してあげなくては。
──そんな決意を認めた、翌日の夜の事。
まさか、御兄様にこんなに激しい一面が有ったなんて……私、御兄様から離れる事は絶対に出来ません。
ですから、御兄様、もっと私を可愛がって下さい。
──ってっ、あっ、待っ、ぁん御兄様ぁァアァ──。
「…不思議な物だな」
「…何がでしょう?」
「華琳とこうしている事、昔は考えた事も無かった」
「私は想っていましたよ」
「ああ、解ってる」
小休止という事で御兄様の上に覆い被さる格好のまま話をしている。
私の中に有る御兄様が肯定する様に奥を突く。
もぅ…動かないで下さい。
休憩に為りませんよ?。
抗議する意味で、御兄様の肌を啄む様に唇を落とす。
勿論、小休止ですからね。
一応は遣り過ぎない様には気を付けます。
燃え始めたら、その時にはその時ですから。
「縁に天意有り、然れど、道は人意の下にのみ在る…
そういう事なんだろうな」
不意の御兄様の呟き。
だけど、その意味を知れば納得出来てしまう。
逢別は偶然であれ、それを天意と説く事も出来る。
けれど、その先、歩む道は偶然では成らない。
人が自らの意志を以てこそ道は生じるのだから。
そういう意味です。
「…至言ですね」
「大袈裟だって…」
苦笑しながら、頭を撫でる御兄様の掌が心地好い。
とても安心する。
目蓋を閉じ、御兄様の胸に顔を預けて鼓動を聞く。
とても贅沢な至福の一時。
そんな中で、今の御兄様の至言を後世に遺すと決意。
何気に深い言葉ですよ?。
だけど、同時に満たされた筈の器は貪欲に求める。
満足なんて出来ません。
だって、私の御兄様を望み求める想いは無尽蔵です。
だから、御願いしますね、恋しく愛しい御兄様。
──side out。