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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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3話 …え?、今なんて?


見惚れて、呆然とする俺の顔を覗き込む様に顔を寄せ──こつんっ…と、優しく額が触れ合った。

所謂、「熱は?」的な状況なんですね、はい。

ただそれだけの事なのに、妙に照れてしまう。

──と言うか、心臓の音が鬱陶しい程に喧しい。

曾て──前世の時ですら、こんなにまで胸が高鳴った経験は無かった。

…いや、それはまあ…ね、俺自身そんなに恋愛経験が豊富って訳じゃあ無いから本当にそういう事なのかは断言出来無いんだけど。

…うん、単純に恥ずかしいだけなのかもしれない。



「………っ…あ、あの…」


「…うん、大丈夫そうね」



戸惑いながらも声を出し、話し掛けようとする。

互いの吐息が肺に飲まれて混ざり合うかの様に。

濡れている肌を撫でながら擽るかの様に。

柔らかく熱を伝える。


“生きている”と。

そう実感してしまったら、急に恐怖が襲ってくる。

視覚と触覚を支配していた幸福感溢れる情報は一瞬で意識から遠退いてゆく。

自然と震え始める身体。

生き(逃げ)る為に必死で、恐怖を味わって感じている暇は無かったんだけど。

今更ながらに、生きている自分の状況が奇跡だと。

そう思う事が出来る。



「大丈夫、大丈夫だから」



優しく、穏やかな声音で。

ゆっくり、しっかりと俺を抱き締めながら囁く。

安心していいんだと。

死(恐怖)は過去なんだと。

そう、伝える為に。

彼女は俺を抱き締める。


思わず抱き締め返す両腕。

自然と流れ落ちる涙。

嗚咽は出しはしないけど、呼吸は短く、早く、乱れて不安感を加速させる。

それを抑え込む様に、強く唇を噛み締める。

強引に呼吸を整える方向に持っていく事で、自分でも落ち着こうと試みる。


──ただ、不思議と脳裏に思い浮かんだのは、曾ての在りし日の残像(欠片)。

今はもう、会う事は勿論、触れ合う事は出来無い。

母親の温もり(腕の中)。

それだけで、時化の荒れた海の様だった心は凪ぐ。

吹き荒れていた恐怖(風)は厚く空を塞いでいた暗雲を裂き割って射し込んでくる陽光(温もり)に霧散して、静かに薄れ消えてゆく。



(…ああ、そうだよな…

男っていうのは結局の所、女性には敵わないよな…)



“母親だから”と言う事も出来るんだけど。

必ずしも母親に為っている女性に限られる訳ではなく女性全体に言える事。

勿論、そうではない女性も居るんだけどね。

其処はほら、“個人差”と言って置きましょう。

便利な言葉だよね。


そんな風に考えられる。

その程度には落ち着いた。

同時に、身体も恐怖(震え)から解放される。


それを感じ取ったらしく、彼女は俺の頭を優しく撫で静かに身体を離す。

触れ合う肌を引き裂く様に滑り込む空気が無粋で。

寂しさと切なさを覚える。

ただ、そんな風に思う事に恥じる気持ちも有るから、自然と俯いてしまったのは可笑しくはないだろう。




すると、其処には女神が、ヴィーナスが居らっしゃるでは有りませんか。


思わず“ゴクッ…”と喉が鳴ってしまいそうになるが其処は気合いで堪える。

幾ら彼女が自分から裸体を晒しているのだとしても、気付かれてしまった場合は非難されてしまう可能性は否めないだろう。

見せている訳ではない。

人命救助により、結果的に露出してしまった。

それだけなのだろうから。

決して、露出癖の有る痴女ではない──筈だ。

言い切れないのは俺自身が彼女を知らないが故に。

無力な俺を…赦してくれ。


──とか何とか思いつつ、視線は釘付けです。

ええ、視線を逸らすなんて愚かな真似は出来ません。

…は?、其処は見ないのが紳士的な対応だ?。

はぁ…何を馬鹿な事を。

例えばだ、美術館に行って絵画等の美術品を見ずに、一体何を見ると言うのか。

夏場、冷房の効いた室内を目当てに行くだけだ?。

そんなのは問題外だ。

いいか、よく聞け。

美しいという事はだ。

ただそれだけで素晴らしく価値が有るのだよ。

俗に言う残念美人さんとか残念イケメンも、ただただ黙って絵画や彫刻の様なら誰が“残念”と評する?。

そう、しないのだ。

ならば、堪能しなくては。

目を逸らす事こそが最大の罪だと俺は叫ぼう。

──心の中で、だが。


そんな事は兎も角として。

大き過ぎず、小さ過ぎず、一目で判る張りと艶。

白桃を思わせる瑞々しさに八重桜の花弁を添えた様な芸術的な美しさ。

ふるんっ…と、慎ましくも淑やかながら自らの価値を主張する様に揺れる姿には大和撫子を感じる。

何と奥ゆかしい事か。


…まあ、“大和撫子”だと言っても意味が通じるとは思ってはいない。

だって、日本人離れをした容姿なんですから。

寧ろ、不思議過ぎる。

此処が何処かは判らないし何故“日本語”が通じるのかも判らないんだからね。

でも、美に罪は無い。


だが、葛藤は沸き上がる。

いや、渇望と言うべきか。



(くそっ…心は大人なのに身体は子供だなんてっ!

畜生っ!、何て事だっ!

可能なら今直ぐにでも口説──くのは無理っぽいから拝み倒して、土下座して、御相手を願うのにっ!)



こんなに最高のチャンス、二度と無いだろう。

それなのに、現実は物凄く残酷だったりする。


──ああっ!?、俺の女神が天岩戸に隠れてしまう!。(※服を着ただけです)。


──はっ!?、いや、待て。

今の俺であれば子供らしい甘えん坊で済むのでは?。

フ、フハハッ、勝てる!、俺は勝てるぞっ!。

誰にも怪しまれる事無く、極々自然で普通な光景にて女神の抱擁を堪能する事が出来るではないか!。

ビバッ、ショタ・ボディ。

ナイス、俺。


さてと、それでは、改めて──という時の事だ。

急に身体から力が抜けて、膝を付いて前のめりに俺の身体は倒れていった。




地面と熱烈なキスをする。

──その直前の所で、俺の身体は宙に浮いた。

正確には、抱き止められて停止をした、だけどね。

でも、欲を言うなら両腕で掬う様に、ではなくて深く抱き締める様に、が俺的な希望だったりします。

うん、物凄い罰当たりだと自分でも判ってます。

判ってますが──欲望には逆らえないんですよ。

中身は男盛りなんで。



「しっかりっ!」



そんな俺を本気で心配し、声を荒げている彼女に対し申し訳無く思う。

でも、仕方無いんです。

これが大抵の男達の反応と思考だと思いますから。


──で、当の俺はと言うと意識が薄れていく、という様な事は無かった。

ただ、身体に力が入らず、自力で立つ事も出来無い。

ただそれだけだった。

命に別状は無いと思う。

……無いですよね?。

この世界に関する情報等が無いに等しい俺には判断が出来無いから不安だ。

今は祈るしかない。



「…だ、大丈夫でしゅ…

…力が、入らないだけで…

…苦しくはない、から…」


「そう、良かったわ…

…きっと緊張が解けたから力が抜けたのね…」



何とか声を出して伝えれば俺を抱き上げながら彼女は安心した様に息を吐く。

後半は独り言のつもりでの呟きなんでしょうけど。

ですが、残念!。

大人で子供な俺には貴女の言葉はバッチリ、はっきり聞こえていますから。

勿論、理解も含めて。

だから、恥ずかしいです。


そんな俺の事を横抱き──お姫様抱っこしながら顔を覗き込んでくる彼女。

…勘弁して下さい。

心から、そう言いたい。



「…貴男、御家族は?」



一瞬、訊くべきか躊躇した様子を見せた彼女。

状況──子供が一人きりで巨滝から落下してきた──から考えれば、普通ならば“訳有り”と思う筈。

それは仕方が無い。

当然の事だと言える。

しかし、訊かなくては先に進む事が出来無い。

だから、彼女も訊ねる。


まあ、その気遣いに普通は子供が気付くとは思わないだろうから、油断している感じは窺える。

特には隠す必要は無いから答えてあげる。



「…居ま、せん…」


「…っ…そうですか…」



ただ、転生(詳細)の説明は出来無いから必要最小限の事しか言えないけど。


どう受け取るのか。

それは何と無く判る。

それを理解した上で、俺は余計な事は言わない。

騙してしまう様で気持ちは複雑なんだけど。

これも生きる為だから。

うん、仕方無いよね。




彼女に背負われて、密林の中を進んで行く。

自分では歩かない、というだけなんだが。

凄く、ええ、本当に物凄く楽なんです。

ビバッ、おんぶ!。


──といった訳の判らない思考は置いといて。

急展開──という事は無く当然の結果です、はい。

俺に家族は居ない→孤児→子供を一人で放置するとか出来ませんよね?→なら、保護しましょうか。

──といった訳です。



「そう言えば、まだ名前を訊いてはいなかったわね

私は曹嵩というのよ」


「…曹嵩、さん…」



……………………はい?。

…今、彼女は自分の名前が“曹嵩”だって言った?。

…いや、同姓同名の別人、俺の聞き間違え──じゃあ有りませんよね。

ええ、何でか知らないけど名前を聞いただけで脳裏に字が浮かんできたんで。

自動翻訳機能的な何かか?──とかは置いといて。



(曹嵩って、あの曹嵩?

いや、他に居ないってのは可能性的には有り得ない事なんだけど…

普通に考えると…アレだ

“曹操”の父親の曹嵩しか思い当たらないよな〜…)



別人──曹操とは無関係の人物である可能性は無い訳ではないとは思う。

寧ろ、違っていて欲しい。

そう切実に願う。


しかし、今に為って思えば“あの夢”は予知夢だったのかもしれない。

“三国志”関連の世界なら【恋姫†無双】の可能性も有り得るだろうからな。

…いや、ちょっと待とう。

彼女が曹嵩だとするのなら父親ではなくて母親だ。

もし、そうなのだとすれば曹操が“娘”として世界に産まれるのであれば。

可能性は高まるだろう。

そして、原作開始時よりも大分過去の時代に俺は居る可能性が出てくる訳だ。


……アレ?、これはもしや俺は曹操の父親ポジ?。

…………有りだな、うん。

曹嵩さんと結婚出来るなら有り有りの大有りです。

寧ろ、大歓迎です。

曹嵩さん、見た目通りなら若ければ十代後半、上でも二十代半ばでしょう。

俺は…一桁台か。

しかし、十歳程度の差なら越えられない壁ではない。

最大で…二十歳、か。

あの世界観的に考えるなら彼女は“美魔女”へと至る可能性は高い筈だ。

ならば、問題は無い。

…高齢出産のリスクは有るだろうけどな。





「それで貴男の名前は?」



そう訊かれて思考の海から意識は現実へ引き戻され、新しい問題に向き合う。

うん、俺、名前、知らね。

さて、どうするかな。


──と、その時だった。

脳裏に浮かぶ文字が有る。



「…徐、(じょじょ)…」


「徐恕、というのね…

ふふっ…良い名前だわ」



そう言って此方に振り返り肩越しに微笑む彼女。

細められた優しい眼差しは正に女神の様だ。


──が、しかし、今の俺はそれ所ではない。

突如として発生した問題に思考は掻き乱される。



(徐恕っ?!、徐恕って!?、えっ!?、何っ!?、俺ってば“そういう事”なの?!

オラオラオラな訳っ?!

画面が違い過ぎるよっ?!)



パニックになる思考の中、“取り敢えず、落ち着け”という声が聞こえる。


………うん、そうだね。

落ち着こうか、俺。

此処が、どんな世界なのか判らないのだから。

ちょっとした名前の一致で慌てていては駄目だ。

それ自体に深い意味が有るという訳ではない。

…必ずは、というだけだ。

可能性は消えないがな。



「貴男、歳は幾つなの?」


「…七つ…」



──あ、七歳なんだ。

何と無く、でしかなかった自分の情報が判る。

これは…アレかな。

この世界の人物──他者と接触した事により、色々と開示されている訳か。

…いや、ある意味で言えば“自然な事”なのかもな。

赤子からではない。

幼児から始まる新人生。

その存在が“弾かれ”ては転生の意味が無い。

だから、こういう風に予め“刻み込まれている”。

転生者(俺)という存在が、歪には為らない様に。

最初から理解出来無い様に仕組まれている訳だ。

そうしなければ、世界から除外されてしまうから。




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