35話 理想高き故に悩み
ふと、立ち止まり、自分の歩んで来た道を振り返れば何が見えるのだろうか。
それはきっと、人各々で。
似ている様に見えていても確かに違っていて。
けれど、過去を共有出来るのだとすれば、それは特別だったりする訳で。
彼我の間に有る結び付きは自然と得難い物と成る。
公孫賛と出逢って一ヶ月が過ぎ去りました。
歓迎を受けた後、改まって公孫賛から仕官の話に悩む──“振り”をしながら、客将という形で、公孫賛に仕える事にした。
まあ、正式に仕えても別に良かったんだけどね?。
ほら、一応押し付けられた面倒事が有るじゃない?。
だから、独立独歩で動ける立場の方が良い訳よ。
「──で、本音は?」
「いざという時、此処から抜け易いからだな」
「……彼女、貴男の一押しじゃなかった?」
「それはそれだ
華琳達、序でにお前の事も考えれば彼我の優先順位は言うまでもない
それに似て非なる者だって事は、お前が一番知ってるだろうが…
伯珪の事は個人的に好感を持ってはいるが、華琳達と秤に掛ける程じゃない」
「…私は序でなんだ?」
「お互いに利害関係でしか繋がりがないだろ?」
「御神体で教祖に為るなら協力するわよ?」
「止めろ、忘れろ、消せ
そんな気は微塵も無い」
「選り取り見取りでも?」
「…そんなに好色な感じに見えてる?」
「そんな事は無いわ、でも嫌いじゃないでしょ?」
「………黙秘します」
「沈黙は肯定と同じよ」
馬を並べて巡回をしながら咲夜と他愛の無い話をして果て無き荒野を行く。
まあ、実際には果ては有り荒野でもないんだけど。
其処はほら、気分的にね。
それは兎も角としてだ。
咲夜の言う様にモテて嫌な気はしない。
ちやほやされれば嬉しい。
ただ、それが純粋ではない世の中だから怖い。
近付く目的(理由)が有ると判ってしまうから、嫌。
勿論、全員が全員不純だと言うつもりはないが、一人居るだけで全員に対しても同じ様に疑心を懐く。
一人一人と向き合えるなら違うのかもしれないけど。
少なくとも祭り上げられた状態では難しいと思う。
だから嫌なんですよ。
「でも、呆れを通り越して尊敬する程のブラコンね
やっぱり、光源氏的に?」
「言いたい事は判るけど、狙ってはいないから
結果に、だからな?
いや、マジで」
「まあ、そうでしょうね
兄妹としてだけの関係って訳でもないんだし」
「…………何故に?」
「これでも女神よ?」
「“元”で、“的な存在”だけどな」
「一々一言多いのよっ!
…ったく、まあ、見てれば女同士だから判るわ
貴男だって隠す気無い様にイチャついてるじゃない」
咲夜に言われて、気付く。
普段の、いつも通りの事も端から見ると、そんな風に見えているだという事に。
俺達は現在、伯珪の治める街の一角に有る空き屋敷を間借りして住んでいる。
原作の“天の御遣い”とか将師みたいに主君の居城で一緒に生活する、といったケースは実は少ない。
アレは御都合設定であり、同時に殆んどが“身内”の同性という関係だから成立している事に過ぎない。
そんな訳で伯珪の居城から徒歩10分程の場所に有る物件を紹介された。
…まあ、正確に言うなら、最初に紹介された物件ではなくて、最後の物件だが。
それは仕方が無かった。
董家もそうだったんだけど官吏の屋敷というのは概ね基本的に平屋構造。
つまり一階しかない屋敷が殆んどで、その為、部屋を増やそうとすると横に横に拡張されていく訳だ。
一応、八人家族ですから、伯珪も気を利かせてくれて最低でも一人一部屋使える物件を見繕ってくれた。
それは嬉しい気遣いだが…ええ、広過ぎでした。
それで案内してくれた人に小さい物件を訊ね、其方を見て行き──七件目の今の物件に決めました。
派手なのも嫌でしたから。
ただ、その後も問題が。
元々、裕福な生まれ育ちな訳でもないので広い屋敷は当初は居心地が悪かった。
仲が深くなった華琳達に、恋と凪も数日間は夜だけは俺の部屋で寝ていた。
「ウチだけの部屋やっ!」と言って、小躍りしていた真桜は肝っ玉が大きいのか小さいのか判らない。
何故なら、「うぅ〜…ウチ一人だけ除け者にするとか寂しゅうて死んでまう…」と半泣きで、夜中に俺達の所に遣って来たからね。
まあ、結局翌日には自分の部屋で寝起きするんだから順応性は高いんだろうな。
一週間が過ぎる頃には一応全員が自室で寝起き出来る様には為りました。
尤も、一部は諸事情も有り俺と寝起きを共にしている日も有りますけどね。
あと、恋から週一で一緒に寝る事を望まれ、何故だか希望者全員での御泊まり会状態が恒例化しています。
でもまあ、それ自体は全然構わないんですけどね。
そういう状況だから悪戯を仕掛ける小悪魔が出没して困らせてくれています。
ええ、華琳(小悪魔)が。
他の面子が寝入ってる傍で息を潜め、激しく動かずに攻め合う駆け引きは確かに興奮しますが、バレた時を考えると緊張感が半端無い背徳的な秘密でしょう。
……触発されたのか愛紗が時々誘惑してくる様になり嬉しいやら困ったやら。
いやまあ、結局は遣る事は遣るんですけどね。
後は、梨芹が妊娠してない事に安堵しました。
いや、出来たら出来てたで喜ぶんでしょうけどね。
今は子育てが出来る余裕は有りませんから。
大切ですよ、家族計画は。
伯珪の下──啄県に来て、一番変わったのは恐らくは生活習慣なんだろうな。
今までは殆んど自給自足で毎日狩りや山菜採りをして生活していた俺達にとって働いて得た“給金”により御店で買い物をするのは、当たり前ではなかった。
いや、俺は前世は其方側に確かに居たんですけどね。
長年の生活にて染み付いた生活習慣は簡単には変える事が難しい物です。
凪と真桜、咲夜は兎も角。
俺達五人は大変でした。
特に、元々野生化していた恋は狩りをしない生活には不安だった様で、最後には泣き付かれました。
なので、時間が出来た時は近くの山や川に出掛けて、狩り等を遣っています。
「“口減らし”?」
「ああ…あまり大きな声で話す事じゃないんだけどな
この数年で増えているのが実状だったりするんだ
勿論、私も解ってはいる
田畑の不作・水害・賊徒、理由は多々有るが、結局は生活が苦しくなってるから起きてしまう事なんだって頭では理解しているし…
そう為らない様に少しでも良くしたいと頑張ってる
だけど、現実には私一人の出来る事には限度が有る
何より、私が手を伸ばして助けて遣れるのは、啄県の民だけでしかない…
それが…もどかしいんだ」
巡回を終え、報告を上げに伯珪を訪ねれば、伯珪から御茶に誘われて──こんな重たい話をされています。
まあ、この一ヶ月で彼女が原作以上に真面目なんだと理解しましたけど。
まさか、そんな深刻過ぎる胸中を俺に吐露するとか。
俺、勘違いしてまうで?。
えぇんか?、なぁ、それでホンマにえぇんか?。
──なんて、現実逃避から戻ってくると項垂れている伯珪の頭を軽く叩いてから少し乱暴に揺らす様にして髪が乱れるのも気にせずに撫でてやる。
「──ぉ、おいっ…」
「考えろ、悩め、でもって何かしらの行動を起こせ
失敗も後悔も気にするな
後の事は後に回せばいい
遣らずに諦める事以上に、情けない事は無いんだ
思う通りに遣ってみろ」
「……いや、気にしないと色々駄目だろ?」
「気にしてても決断出来るなら構わないけどな?」
「…ぅぐっ……このっ…」
反論する伯珪の頭を撫でて強引に黙らせる。
本当は口を塞いで遣りたい場面だけど、流石にね?。
──と言うか、妙に思考が大胆に為ってる気がする。
これが大人の階段を登ったシンデレラ・ボーイにだけ見える景色なのかもな。
そんな訳無いけどね。
仕事を終え、家に帰れば、家族が居て、温かい夕食を揃って食べて、熱い風呂で一日の汗を流し、柔らかな布団の中で眠る。
……愛し、愛される睦事は置いておくとして。
それはかなり贅沢であり、普通ではない自覚は有る。
ただ、今まで一度も空腹で困った事だけは無い。
当たり前の様に思えるが、そんな普通の毎日の食事を摂れない人々は少なくない世の中に生きている事実を忘れてしまいそうになる。
まあ、俺の場合に限るなら特典も有ったし、環境にも恵まれていた。
時と労力を惜しまなければ確実に食糧は獲られた。
しかし、それが出来無い、“弱い民”が大勢居るのも紛れも無い事実。
そして、如何に素晴らしい特典でも、出来る事には限界が有る。
自然を意のままに操れるのだとすれば、肥沃な土壌を生み出して遣ろう。
魔改造(品種改良)して栄養豊富で簡単に育ち美味しい野菜や果物を生み出そう。
治水工事や防災工事をして自然災害を減らそう。
──だが、そんな夢の様な事は実現不可能だ。
確かに氣を使えば幾らかは植物の成長を促せるけど、それは微々たる物。
一日で収穫まで持っていく事が出来る訳ではないし、その割には高度な技術。
しかも、かなりの大食い。
過去の華佗の中にも色々と試した先達は居た様だが、その結果としては殆んどが“人の夢は儚い”物だと、改めて知っただけ。
勿論、価値有る成果を得た先達も居たが、それは全て医療技術の方面での話。
つまり、氣を様々な方面に運用する事は無理なんだと先達は証明している。
それでも、可能性を求めて人々は挑むのだが。
結果は無惨な物だった。
まあ、氣に物を言わせれば水の調達や濾過は出来るし湯を沸かす事も出来る。
火気や冷気を生んだりする事は出来無いけど、加熱・冷却というのは可能だ。
現状、俺にしか出来無いが華琳──と咲夜は出来ると個人的には考えている。
咲夜は当面基礎練だけど。
今は毎日風呂に入れる事に感謝してくれているが。
自分で出来る様に為ったら態度が変わる気がするのは俺の気のせいだろうか。
……いや、彼奴なら容易く掌を返す気がするな。
何しろ、利害関係で一緒に行動しているんだから。
其処は仕方が無い事だな。
「…何かしら?、不名誉な事を考えていない?」
「さあ、どうかな?」
「否定しなさいよ」
寝息を立てる愛紗を置いて中庭に出て夜空を見上げて考えていたら何時の間にか咲夜が隣に立っていた。
気が付かない程考え込んだつもりはなかったんだが…気も緩んでいたかな。
何だかんだで強くは為った事は間違い無いから。
知らず知らず慢心していたかもしれない。
気を引き締めないとな。
「……それで?」
「いや、意味不明だし」
「帰ってきてから変よ?
公孫賛に告られたとか?」
「…ある意味、そうだな」
「……え?、マジで?」
「嘘を言う意味は?」
「……私の気を引──」
「残念、貴女は自信過剰で一生独身です、斬りっ!」
「酷くないっ?!
ねえっ?!、私の扱い本当に酷いんですけどっ?!」
「日頃の行いって大事だと思いませんか?」
「──ぅぐっ、うぅ〜っ…言い返せない…」
咲夜を弄って気が晴れる。
伯珪の重過ぎる話を聞いて引っ張られたんだろうな。
彼是考え過ぎてた様だ。
全く、何時から俺は自分が「主人公みたいだ」なんて勘違いしたんだろうか。
…いや、そうじゃないな。
分不相応に背負おうとして何を背負おうとしているか見えていなかっただけ。
気付いてしまえだ単純。
無理だと判る。
その程度の話でしかない。
「俺は英雄じゃない
只の人間、一人の男だ」
誰に言うでもなく。
それは自分自身に向けての呟きに過ぎない。
見上げていた夜空の月から返事が届く訳でもない。
だから、深い意味は無い。
だが、隣で小さく息を飲む気配がしたが…流す。
訊ねたとしても、その先に大した意味は無い。
“歪み”は何とかする事は決定事項で必須だからな。
主人公や英雄としてでなく“只人”として成す。
大きく重い責任を誰が好き好んで背負うものか。
それが欲しい奴が居るなら幾らでも持っていけ。
俺には不要な事だから。
月が雲の布団で眠る様に、夜空は厚い雲に覆われた。
other side──
「一体誰が悪いんだろう」と呟いたのは──果たして誰だったのだろう。
私か、彼女か、彼か。
だけど、そんな事を考えて気にしても意味は無い。
だって、そんな事を言って状況が変わる訳ではない。
目の前に有るのは絶望。
指先が触れるのは死。
温もりを薄れさせてゆく、鼓動の消えた同じ境遇下で足掻いていた生命。
昨日までは人だった物。
それは明日は我が身。
(……ぅぁ……寒ぃ……)
季節は冬ではない。
それなのに、小さな身体は凍えるかの様に震える。
息をしている筈なのに。
どんどん苦しくなる。
どんどん短く、弱くなる。
温め合う様に身を寄せても全然暖かくはならない。
ただただ身も心も冷めて、何もかもを奪われる。
そして、深い闇の淵へと。
ぼんやりとする意識の中、頭に思い浮かぶのは優しく暖かだった日々の記憶。
それは、本の少し前までは当たり前だった光景。
父に、母に、祖父母、兄、幼い弟達、家族と過ごした幸せだった日々。
もう二度と、手の届かない私の居場所だった日々。
(………どうしてなの?…
…どうして…私なの?…)
一体自分が何をしたのか。
良い子にしていた筈だし、お手伝いも頑張っていた。
弟達も可愛がっていた。
それなのに──どうして、私は“捨てられた”の?。
でも、頭では判っている。
今日・明日は大丈夫でも、明後日は判らない。
私の家だけではない。
隣の家も、その隣の家も、道の向こうの家も。
満足に食べる事は出来ず、昨日までは笑っていた筈の誰かが居なくなっていて。
自分達が生きる為に誰かを犠牲にしたのに、その家の人達は今にも泣きそうで、苦しそうで、辛そうで。
本当に生きているのかさえ判らなくなっていて。
それでも、暫くしていると誰しもが日々を生きる事に精一杯で、悲しんでいたり悔いている暇は無くなって生きる為に懸命に。
そんな光景を見てきた。
それが、どういう事なのか訊いて理解していた。
だから、自分がそうなった時も「うん、仕方無いよ、ちゃんと判ってるから」と笑顔で家族を心配させない様に強がった。
──だけど、本当は。
泣きたかった。
叫びたかった。
離れたくなかった。
行きたくなかった。
嫌だった。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だよっ!!。
──だけど、仕方無い。
だって、私が家に居たら…幼い弟達まで死んでしまうかもしれないから。
(……私も……もう少し……生きたかったなぁ……)
身体から力が抜けてゆく。
不思議と重くはならなくて軽くなってゆく。
何もかもが抜けて、浮いてゆくみたいに。
──side out。