2話 天国は実在する!?
──といった様な事が有り今に至る、と。
まあ、そういう訳です。
え?、随分と余裕だな?。
あー…ほら、アレですよ。
所謂、走馬灯って奴?。
まあ、前回?死んだらしい時には走馬灯自体無かった訳だから、これが走馬灯か別の何かかは判らないのが本音なんだけどね。
だって、初体験だもん。
取り敢えず、アレだね。
人間──俺、見た目的には人間だから人間だよね?、そうだよね?──誰しもが死に瀕すると必ず走馬灯を見るって訳じゃない。
ある意味、人生を振り返る余裕が有るから、走馬灯を見られる訳だよ。
つまりだ、死を受け入れて現実と冷静に向き合える事が走馬灯を見る鍵って訳。
うん、結構難しいよね。
だから、貴重な体験だって言えると思う。
──と、考えている自分に「その本音は?」と問う。
そして、俺は答える。
「そんな初体験なんて全然嬉しくねーよっ!」と。
うん、そうだよね。
如何に貴重な体験でもさ、死ぬか生きるかの極限状況じゃないと出来無いなら、好き好んで遣りたいと思う馬鹿は少ないと思う。
いやまあ、世の中は広いし頭の危機感が飛んだ御方も居らっしゃるのかもしれませんけど。
少なくとも俺は一般人で、一般的な価値観の人間。
決して、自分の命を賭けてスリルを味わいたいと思う狂喜は持っていません。
具体的な例を言うのなら、態々高い料金を払ってまでスカイダイビングをしたいなんて思いません。
高所恐怖症ではないけど、何が起きるか判らない空を楽しもうとは思わない。
スカイダイビングをしてる人達って、本当に危険性を理解してるのかどうか。
訊いてみたくなるよね。
どんなに科学技術が発展し安全を謳っていようとも、世界中の何処にも100%完璧な安全なんて、絶対に存在しないんだから。
だからね、俺達人間は常に死を隣人としている。
何時、何処で、隣人(死)が「さようなら(愛してる)」と言ってくるか判らない。
それが現実なんだから。
さて、どうして、こんなにネガティブな事を言うか。
気になる事だろう。
…少しは気にして欲しい。
少しでも気にしてくれたら嬉しいな〜、と。
そう思う訳ですよ。
孤独というのは多分一番の苦痛だと思うから。
だから、どんな形だろうと誰かに意識されたい。
何時かは誰しもが死ぬけど自分の死を意識されながら死ねるかは判らないから。
だから繋がりたいと望む。
…ん?、何故そんなに俺は重い話をするのか?。
だってほら、俺って今──あい・きゃん・ふらいっ!!してるんだもん。
振り向き見上げた空は高く青く晴れていた。
その途中、俺を追い掛けた通り魔(※例の巨猪です)が此方を見詰め佇んでいた。
まるで残念な奴を見る様な深い哀れみの眼差しで。
それは俺が望む繋がりとは全く違うのだが。
最早、声も届かないか。
悔しいが…認めよう。
若さ故の、敗北をな。
何故、こんな事に…と。
溜め息が出てしまう。
通り魔(巨猪)から逃げ続け薄暗い密林の中を駆け抜け──光を見付けた。
“この密林からの脱出”が現実味を帯びた瞬間だった事は今でも忘れない。
歓喜に身を弾ませた事を。
期待に心が安らいだ事を。
高揚に血を滾らせた事を。
忘れてはいない。
だが、「冷静だった?」と訊かれたなら──否だ。
冷静だった様には思えても実際には視野・思考は狭窄状態に陥っていた。
興奮状態──と言うよりは緊迫している今の状態から自分が解放される可能性を目の前にした事によって、他への注意が薄れた。
それが事実なんだと思う。
だから、自業自得と言えば自業自得なんだろう。
その結果としては。
しかし、だからと言って、「はい、そうですね」とは言えないのが本音。
如何に自業自得だとしても納得は出来無いから。
納得の出来る死に方なんて滅多に無いと思うし。
第一、俺は「仕方が無い、これも運命だ…」とか言うタイプじゃないし!。
寧ろ、喚くからな!。
「何で俺がっ!」と当たり散らすタイプだから!。
聞き分けの良い優等生じゃ有りませんからーっ!。
──とか思っている最中も重力には逆らえず、身体は霧状に飛散する落水の中に抱かれてゆく。
全力疾走していた身体には心地好いコールド・ミストだったりします。
ええ、夏場に滝壺に行くと涼しいですよね。
アレと同じ訳です。
…まあ、それも当然かな。
何しろ、ビッグ・フォールを落下中なんだから。
うん、何気に凄いよ?。
物凄い絶景だから。
何ですか、これは?。
頂上から見下ろしていても有る筈の滝壺は見えないし霧状に飛散している莫大な水量が濃霧の様に広がって視界を遮っている。
其処に射し込んだ陽射しが鮮やかな虹の帯を掛ける。
それも一つではない。
三つ、四つ…と複数に。
絵を描いた様に重なって、幻想的な景色を造る。
まあ、流石に十は無いが。
それでも十分に凄い。
少なくとも前世では、見た記憶は無いからな。
多分、ドローンとか使って撮影していたら間違い無く「…うわぁ…マジ凄ぇ…」としか言えないと思う。
そんな絶景の中を落下。
うん、本当に…何だコレ。
投身自殺としてなら物凄い贅沢なんだろうけど。
…いや、そうでもないか。
出来るなら美女・美少女の一段の中に飛び込みながら死んでいけるのなら。
その方が贅沢だと思う。
ただ、その場合は死ねるか否か微妙に為ってくるし、他の人達を巻き込む事には強い抵抗が有る。
だから現実的ではない。
自殺しようとも思わない。
俺は生きたいんだから。
しかし、現実は残酷だ。
生きたいと思う俺の願いは届かないらしい。
ホワイト・アウトみたいに視界が白一色に染まる中、瞑目する事にする。
気絶すら許されないとか。
俺が一体何をしたのか。
思い切り叫びたい。
心の底から全力で。
ドゥオォッボオォオオォンッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
──と、派手な着水の音と意識を一瞬で刈り取る程の途轍も無い衝撃。
それが俺の最後の記憶。
痛みを感じる余裕すら無くブラックアウトしている。
その後の事は判らない。
何も覚えてはいない。
当然と言えば当然だけど。
意識が無いのに、その間の事を理解しているだなんて人間止めてるよ、それは。
少なくとも俺の意識上では人間を止めてはいない。
…まあ、転生をしてるから“人間”の定義が変わった可能性は有るけど。
さて、それは兎も角。
こうして思考している以上俺の意識は覚醒している。
そして──身体全体を包む感覚から考えると…全身はずぶ濡れ状態だろう。
肌に濡れた衣服が貼り付く鬱陶しさが有るからね。
普通に考えて、滝壺に落ち水の中に居ると思えば何も可笑しな事ではない。
だが、不思議と焦ったりはしていなかったりする。
多分、気付いたからだ。
俺は“呼吸”をしている。
つまり、水中ではない。
水の中かもしれないけど、水中ではないのだ。
…転生をして魚人系種族にエボリューションしてない限りは、なんだけど。
(でもさ、水の中に居ると段々と冷たさが消えてって暖かく感じてくるよね?)
体温が下がるから、という事も有るんだろうけど。
そう為ってくると水の中は快適に感じてくる。
いつまででも水に浸かっていられると思うんだ。
長く浸かっていると身体が気怠くなるけどね。
妙に安心すると言うか。
居心地が良くなるんだ。
それはもしかしたら曾ての記憶なのかもしれない。
母親の胎内──羊水の海に浮かんでいた事を思い出す為なのかもね。
ほら、一桁の年齢の子供が溺れたりした時、極々稀に仮死状態なる事が有る。
その結果助かるんだけど。
そういう生存本能的な物が機能するんだと思う。
ただ、それは歳を取る程に失われていってしまうのは皮肉な事だろう。
子供の時にしか機能しない生存本能は、飽く迄も幼く“守られる命”である間の特権なのだから。
…それが通用しないまま、奪われてしまう幼い生命が多く為っている現代社会は何処か歪なんだろうな。
社会が歪だから人心までも歪に為ってしまう。
誰も気付かないままに。
それを一体誰が正すのか。
既に関係の無くなった俺が考えても仕方無いけど。
今だからこそ気付けたのもまた事実なんだよな。
そんな事を考えながらも、生きる為に身体を動かす。
肺に詰まった空気を吐き、弛緩している手足の指先に意識を向けて動かしながら重い目蓋を開いてゆく。
「──ぁんっ…」
──途中、妙に艶っぽい、喘ぎ声に似た声が聞こえた様な気がした。
いや、確かに“出来るなら美女・美少女の中に〜”と考えはしたけど。
幾ら何でも…ねー…。
そうは思いながらも両手を慎重に動かしてみる。
飽く迄も、そう、飽く迄も自分が置かれている現状を把握する為の物であって、決して疚しい気持ちは無い──事は無いけど。
…うん、何かね、顔がね、物凄い良い匂いのしている物凄い柔らかくて温かい、何かに包まれてます。
普通に、そう、極々普通に考えるので有れば。
多分、俺は女性に助けられ抱き抱えられている筈。
だって、水の中に居る様な感触は指先には感じない。
──と言うよりも、濡れた素肌や衣服が体温を奪い、寒く感じている位だ。
それは水の中には居らず、空気に触れている状態だと考えるには十分だと思う。
俺の常識的には。
恐る恐る、しかし、期待もそれなりに込めて。
怪しまれない様に気を付けながら目蓋を開こうとして──先ず意識が戻った様に装う事にした。
うん、そうすべきだよね。
「……ぅ……っ…んぅ…」
小さく声を漏らしながら、本の少しだけ身動ぎをする様に頭を左右に動かす。
……ヤッベェ…何か凄ぇ、顔が幸せなんですけど。
ぱふっ…てしますよ!。
いや、ぽふんっ…かも!。
兎に角、幸せっす!。
推定──え、いや、まだ…まだ上がると言うのか?!。
なっ!?、じ、Gだと?!。
ば、馬鹿なっ!。
しかも…こ、こここれは…布地を感じないっ!?。
まさかの直なのかっ?!。
では、此処は──天国だと言うのか!。
嗚呼っ、神よっ!、今程の感謝は有りませんっ!。
──と興奮している一方で冷めた俺が囁く。
「いやいや、お兄さんや…落ち着いた方が良ぇで?
実はドラム缶っちゅう事も有るんやからな?」なんて不吉な事を言ってくる。
それが理解出来るだけに、目を開けたくない。
現実とは…残酷だから。
それでも、気絶した振りは限界が有るだろう。
何より命の恩人で有る事に変わりはないのだ。
例え、現実が残酷な物でも受け入れなくては。
ゆっくりと開く目蓋。
視界がぼやけているのは、涙で滲んでいるからという事ではなく、単純に焦点が合っていないだけ。
そんな視界を彩るのは──肌色一色だった。
…否、違う、谷間によって生じた陰影が有る。
故に、濃淡が存在する。
だから一色ではない。
「あら?、気が付いたのね
良かったわ…」
そう言って安堵する様に、頭上から声がした。
自然と見上げた視界。
思わず見惚れてしまう様な柔らかな微笑が映る。
優しくも力強さを感じ取るサファイアの様な双眸。
美しい顔立ちで有りながら不思議と無垢な少女の様なあどけなさを感じさせる。
緩やかに曲線を重ねて描く柔らかそうな美しく綺麗な長い金色の髪は水に濡れて滴を宝石の様に纏う。
それが陽の光にキラキラと煌めいていて、幻想的で、この世の物とは思えない程素晴らしい姿だ。
其処に加えて、濡れた姿が蠱惑的で有りながら自然と命の儚さを感じさせる。
だからなのだろう。
背徳的な興奮が生まれる。
性的な意図は無いのだが、一人(匹)の男(雄)としての本能が騒ぎ出す。
…恥ずべき事なんだけど、可笑しいとは思わない。
それ程に魅力的なんだ。
絵画や映画の1シーンとは隔絶した美が有る。
自然界の絶景も素晴らしい物なのは間違い無い。
しかしだ、其処に飾らない生命が加わる事で、絶景は神格化されるのだと。
俺は二度目の生を迎えて、初めて理解出来た。
宗教や信仰という物は多分こうして生まれるのかも。
その様に思ってしまう程の女性(美)を、ただただ俺は見詰め続けていた。
other side──
「──あら?」
不意に聞こえてきたのは、あの滝壺に何かが落下した事でしょう、水音。
それ自体は珍しい事だとは言わないけれど。
綺麗過ぎた気がした。
…何故なのでしょうね。
妙に気になるのは。
その言い表せない感覚。
直感の部類に入るでしょう自分の“勘”を信じて。
私は様子を見に行った。
進み慣れた森の小道を行き湖とさえ言える程に巨大な滝壺へと到着した。
辺りを見回し、記憶と違う部分が無いかを照会する。
「…特には何も──っ!!」
それを眼にしたした瞬間、私は着物を脱ぎ捨て滝壺に飛び込んでいた。
考える必要は無かった。
何故なら、水面に浮かんだ小さな子供を見付けた為。
生き死には判らない。
…いえ、あの巨滝から落下したのであれば生きている可能性は無いでしょう。
それでも放置は出来無い。
せめて埋葬しなくては。
そんな事でさえ、後付けの思考だったのでしょう。
けれど、後悔は無い。
子供の身体が水面から沈み消えてしまう直前で。
どうにか抱える事が出来たのだから。
少しでも私が飛び込むのが遅ければ、この子の身体は水中に消えていた。
此処は水面から大人二人分潜った辺りから水の流れが速くなっている。
それは深くなる程に。
だから、危なかった。
子供を抱えたままでは私も一緒に溺れてしまっていた事でしょうから。
本当にギリギリでした。
「……えっ?…この子…」
安堵しつつ、腕の中に居る子供の事を確認してみれば──生きている。
多少、掠り傷は有るものの目立った外傷は無い。
信じられなかった。
あの巨滝から落下したなら大人の男性の背丈程も有る大岩ですら粉々になる。
大雨等で倒れた生木等でも原形は留めない。
それ程に、凄まじい衝撃が襲うのだから。
だからこそ──“奇跡”。
生きている事だけでもね。
「…天命、でしょうね…」
安直な考えでしょう。
しかし、そうだとしか私は説明が出来ません。
時代が時代です。
きっと、この子は天が世に遣わした希望でしょう。
勿論、そういう事を言って幼い子供を担ぎ上げる気は私には有りません。
ですが、導きましょう。
私に出来る事の全てを以て教え、育て、守り、導き、送り出しましょう。
軈て来る時代の為に。
そうする事が私の償い。
「逃げ続けるな」と言う、あの人からの最後の言葉。
そうなのかもしれません。
…私の身勝手な解釈。
そう言う事も出来ますが、兎に角今は助ける事だけを考える事にしましょう。
後の事は後です。
子供を左腕に抱えながら、私は岸へと向かって泳ぐ。
今はただ、この腕に抱いた命を繋ぐ為に。
──side out。