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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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    それでも諦めず


商人夫婦と別れ、敷地内の庭へと足を運ぶ。

東屋までは無いが、綺麗に整えられた木々や花々。

それを静かに眺めながら、天を仰いで息を吐く。


──爆・ぜ・ろっ!。


そう全力で叫びたかった。

何が悲しくてイチャイチャしている夫婦に独身の俺が子作りの支援をしなくてはならないのか。

母さんとの夢の卒業式すら叶わなかった俺に対しての嫌がらせか?。

なあ?、嫌がらせだろ?。

糞がっ、死にさらせ!。


──と毒を吐きたい。

“老師の弟子”という尊い肩書きが有る以上、一応はプロとして体裁を保つけど中身は普通の一般人です。

聖人君子では有りません。

妬み嫉みだって普通に懐く極々平凡な人間なんです。

畜生っ、俺も何時かきっと勝ち組になってやる!。


──そんな決意を胸に秘め商人夫婦の“おもてなし”を受けた夜。

久し振りに華琳から甘えて来たので、甘やかした。

うむ、流石は我が愛妹。

荒み乱れた醜い兄の心闇を見事に祓ってくれたわ。


気分も爽やかに観光して、明日には町を発つ予定。

此方に来るのは初めてだし今日は楽しむつもりだ。

愛紗達への御土産も選んで買っておかないとな。



「──そう、その万能薬の効き目は物凄いのね」


「おう、その通りよ!

御嬢ちゃんも親に頼んで、買って貰ってくんな!」


「そうね…一つ試してみて構わないかしら?

効き目が判らない事には、説得も出来無いわ」


「試すって…何をだ?」


「其処の人は万能薬を飲み助かったのよね?

それなら此方の“虫下し”を飲んで貰えるかしら?」


「──は?」


「大丈夫、害は無いわ

健康な者が飲んでも半日程腹痛と下痢が続くだけ…

その薬が本当に万能薬だと言うのであれば直ぐにでも治るでしょう」


「…いや、御嬢ちゃんな、売り物だからよぉ…

それに袋を開けちまったら売り物になんねぇよ」


「でも、その人を助けた際一袋開けてるのよね?

それはもう売れないのだし一粒で十分なのでしょう?

それを使えばいいわ

何か、問題が有るの?

それとも──万能薬なんて本当は存在しないとか?」


「嬢ちゃん、言い掛かりを付けるの──んぐっ!?

ゴホッ、な、何をっ!?」


「言った通り、虫下しよ

とても、よく効くのよ?」


「──っ!!??」



美少女が微笑した瞬間に、薬売りの男の腹が鳴る。

ギュゴゴログギュルルッ、獣の唸り声の様に鳴り響く音に周囲の人々は下がる。

信じ難い程の効き目だが、当然だろう。

アレは、俺が“拷問用”に作った物で、耐性を付ける為に服用していた物だ。


と言うかね、華琳?。

何を遣ってるんですか?。

御土産選びはどうした?。

まあ、万能薬詐欺を見て、我慢出来無くなったんだと思うけどさ。

遣るなら、もう少し穏便に遣りなさい。

目立ち過ぎです。




詐欺師と、買収されていた町の住民だった男を役所に突き出して、一件落着。

役所の方には商人の方から俺達の素性──老師の弟子であり、現在も町に出回る多数の薬剤の製作者である事が判ったのだろう。

特に何も言う事も無く。

治安維持に貢献したという事で多少の礼金を貰って、あっさりと終結した。

詐欺師には、「遣った事を一切隠さずに全て話したら解毒薬をあげる」と言って逃げ道を塞いでおいた。

流石に死ぬかもしれないと感じていれば、人間素直に口を割りますから。

後始末は御任せです。


そんなこんなが有り、今は華琳を連れて近くの山中に足を運んでいた。

軽く注意をし、華琳の中のストレスを発散させる為に狩りをしている最中。

苛立ちって簡単には消えて無くならないからね。

尚、仕留めた獲物は商人の家に寄付します。

持っては帰れませんから。

よく有る“魔法の道具袋”みたいなのが欲しいです。

“神様通販”みたいな特殊サービスないですか?。

…無いですよね〜…。


必要以上には狩りはせず、華琳が落ち着いたと思えた所で声を掛けて終える。

手渡した竹筒の水を飲んで薄く浮かぶ汗を拭う華琳の愚痴を聞いてやる。

真っ直ぐで責任感が強くて負けず嫌いで意地っ張りな我が愛妹の心のケア。

兄は欠かしません。



「──ん?」


「…御兄様?、──っ!」



違和感を感じた俺に続き、華琳も察知した様で小さく息を飲んで意識を切り替え表情を強張らせた。

山中──森の中に居るから周囲の状況は判り難い。

だが、風が運ぶ臭い等には関係の無い事。

嗅ぎ取るは焼煙の臭い。

それも普通ではない。

草木が、布紙が、血肉が、混ざり合っている。

それは一つの特徴だった。

賊徒の襲撃を受けた村邑が被害に遭い、滅びてしまう時に生じる特有の臭い。

そして、この数年で幾度も嗅いできた臭い。


間に合わなかった事が多く間に合った事は少ない。

それでも救えないよりかは増しなのだろうが。

全ては事後、発生してから気付いたに過ぎない。

賊徒は探して殲滅しようが幾らでも出て来る。

まるで、黒い悪魔の様に。

元から断つしかない。

だが、それには社会自体を変えなくては成らない。

賊徒の横行は、社会腐敗の証だと言えるだろう。

実に根深い問題である。


それは兎も角として。

俺達は直ぐに氣を使って、手近な木に飛び登り周囲を見回した。

滞在する町とは山を挟んだ反対側の位置に、立ち上る複数の黒煙を見付けた。


木を蹴り、其方に向かって木の上を跳びながら走る。

同時に氣で探知をしながら進む事も忘れない。

焦燥感を懐きながらも頭は冷静さを保ちながら。




目標地点までは残り半分、という所で、一人の気配を捉えて俺達は下に下りる。

いきなり目の前に現れると警戒されてしまうので少し手前から近付く様にして。


そして程無く、視界の中に一人の少女を捉える。

一目見た瞬間に判った。

同時に自分の業か、或いは縁が引き寄せるのか。

この状況に胸中で舌打ちしシナリオ(運命)を恨む。


必死に逃げてきたのだろう少女は息も絶え絶えで足も蛇行している状態。

此方を見た瞬間、安心した様に足を縺れさせて地面に向かって倒れ込む。

それをギリギリで抱き止め身体を起こさせる。

……柔らかいのは不可抗力であり、疚しさは無い。

指先を、掌を、動かしたい欲求(衝動)には駆られるが俺は屈しはしない。


安心させる様に、しっかり目を見ながら、ゆっくりと落ち着いた声で、判り易く話し掛ける。



「大丈夫か?」


「……た、助け…ぇ……

…だ…チの…友達、が…」


「その者の名前は?」



そう訊ねると一人の名前を口にして、力尽きた少女は意識を手放した。

抱き上げた少女を華琳へと手渡しながら指示を出す。



「俺は現場に向かう

華琳は、その娘を連れ帰り町の方にも警戒する様にと伝えておいてくれ」


「町まで来ますか?」


「討ち尽くせれば良いが、絶対とは言えないからな

警戒しておいて損は無い

但し、住民が混乱する事は避ける様にだ」


「判りました」



簡単に、必要以上に時間を消費しない様に遣り取りし俺達は別々の方に向かって再び駆け出す。

華琳としては、俺と一緒に行きたいのだろうが。

其処は人命を優先。

少女の安全と町への警告が重要だと判断してくれる。

愛紗と梨芹は兎も角、恋は説得に時間が掛かる。

だから、恋と二人きりでのトラブルは一番避けたい。


そんな事を考えている内に視界には襲撃された村が。

我ながら、ちょっ速っす。

単独でなら配慮しないから当然、俺の移動速度は増す事になるからね〜。

リニアカード級です。


氣を探知する限り、現場の総人数は五十八名。

内、最低一人は救助対象。

他に存命な者が居るのかは現時点では不明。

敵総数は四十は固いか。

氣の探知に敵性判別機能は搭載されていません。

出来そうな感じなんだけど少なくとも遠距離からでは不可能だと言える。

近距離から出来無いという訳ではないかな。

ただ、直に向き合ったなら殺気とかで判るけどね。




最後の足場と為った木から正面ではなく、前下方向に向かって蹴り跳ぶ。



「嫌あぁっ!」


「煩えっ!、誰も助けてやくれねぇんだっ!

大人しぶぉごぉっ!?」



十代後半から二十代前半位だろう女性の服を剥いで、覆い被さろうという体勢の賊徒に向かって、キック・de・エントリーを放って華麗に着地を決める。



「──人、それをフラグと呼ぶ……って、もう聞こえちゃいないか」



力加減をミスったらしい。

蹴りを食らった腹部だけが千切れ飛んで、上下二つに分かれた賊徒の残る身体は地面に落ちて血を吹き出し周囲を染めた。

運良く返り血を浴びなくて済んだ女性は呆然として、俺を見上げている。

乱れた衣服が…ゴホンッ、いや、何でも無い。

そう、何でも無い、うん、何でも無いです、ええ。



「大丈夫ですか?」


「……ぁ、は、はいっ」


「なら、森の方に避難を

奴等を掃討しますので」



煩悩退散!、賊徒退散!、きりきり働け、俺っ!。

スマイル(プライスレス)の精神で女性に背を向けて、俺は次のターゲットに向け地面を蹴った。


やはり、賊徒の質は低い。

当然と言えば当然だろうが連中は個人鍛練や部隊での連携調練なんて遣らない。

数の暴力で襲うだけ。

それでも武器も持たないし“殺人”に対して抵抗感を懐く一般人が相手となれば連中は強者に為り得る。


一般人が弱過ぎると言えば確かにそうなんだろう。

ただ、その一番の原因こそ権力者達が自分達の保身の為に一般人に武装させない政策を行使しているから。

だから、一般人は賊徒にも抗えなくなってしまう。

本当は権力者達が一般人を守らなくては為らないのに権力者達は知らん振り。

被害の報告を知るだけでも増しだと言える位にだ。

本当に糞な連中だと思うが咎める者が上に居ないなら問題にもされない。

そういう社会だからだ。


その為、餌食にされるのが力無き一般人。

自主的に武装してしまえば違法として罰せられるが、権力者は一般人を守る事を放棄しても裁かれない。

理不尽としか言えないが、それが押し通ってしまう。

政策とは何なのか。

権力とは何なのか。

人々は考えるべきだろう。




──とまあ、そんな感じの事を考えながらも止まらず賊徒達を葬ってゆく。

助けられた者も増えた。

そんな中、最後の二人。

身体の彼方此方を斬られて血だらけになりながらも、賊徒を睨み付ける少女。

その少女と対峙する賊徒の頭らしい曲剣を持つ男。


少女の姿を見れば判る。

彼女は刺し違える覚悟で、頭を討ちに来ている。

その気迫に賊徒の頭の男は明らかに臆していた。

見た目には男が優勢だが、気迫では敗けている。


俺は二人を視界に入れつつ少女に声を掛ける。



「手を貸そうか?」


「…此奴は、此奴だけは、私の手で殺ります…」


「そうか…安心して殺れ

他は全て片付けたからな」


「…有難う御座います」



少女は一瞬も視線を外さず男を睨み続けている。

だが、男の方は違った。

自身の圧倒的劣勢を察し、どうにか生き残ろうとして何か打開策を捻り出そうと思案しているのが焦りから見て取れる。

加えて“俺が参加しない”という保証なんて無い事を察しているからこそ、今の状況が絶望的なんだと。

だが、そんな男の口角が、僅かに上がった。

少女は気付かない。

男の起死回生の狙いに。



「…はあぁああぁっ!!!!」



残された力を振り絞って、少女は地面を蹴った。

小細工する余力も無い。

だからこその真っ向勝負。

少女の生来の気質を表した彼女らしい決断だ。


それに対して男は一歩だけ後ろへと下がった。

右前から左前に。

構えが変わっただけだが、それが男の誘いであるとは少女は気付かない。

引き込んでから拳を躱し、少女を人質に取る。

それが男の狙い。


少女が全力で踏み込んで、右腕を振り抜く。

身体を後ろに逃がす男には僅かに届かない。

彼我の身長差によって。



「──っ!?、おぐぉっ!?」



──だが、拳は届く。

疲弊した少女の踏み込んだ左足も、身体も、その場に踏み留まる力すら無く。

ただただ、右腕を振り抜く事だけに全てを費やした。

だから、男の予想を超えて少女の拳(覚悟)は届いた。





 other side──



「……………ぅ……ん…」


「──っ!、凪っ?!

気ぃ付いたんかっ?!」


「……………真、桜……?

…良かった、無事で…」


「阿呆っ、ウチなんかの事よりも自分の心配しぃ!

…心配したんやからな…」


「…………すまない…」


「…謝って済むんやったら最初からすなっ、阿呆っ」



助かったから謝れる。

生きていたから話せる。

そんな当たり前な事でさえ自分達には有り得なかった可能性が濃かった。


それが判っているからこそウチは凪を抱き締めた。

多少、キツくても痛くても苦しくても知らへん。

抗議は一切受け付けへん。

ぎゅーっ、ぎゅぎゅーっ、ぎゅっぎゅぎゅーっ、して思い知らせてやるんや。



「…………痛いな…」


「せやろ、痛いやろ」


「…ああ…凄く、痛い…」


「生きてる証やな」


「…っ……そう、だな…」



意地悪かもしれんけど。

今は自分の遣った事が何を意味しとるんか。

それを判らせてやるんや。


まあ、そんなウチ自身かて助けられたから生きてる。

それだけなんやけどな。

態々言うてやる必要なんか有らへんからな。



「……真桜、村の皆は?」


「………殆んど死んどる

けど、僅かにやけどな

ウチ等を含めて助かった

生きてるんやっ…」


「──っ、そうかっ…」



自分で言いながらも目頭が熱ぅなって、自然と視界が滲んできてまう。

二百人程の小さな村。

それがウチ等の故郷や。

けど、その故郷は賊徒共に蹂躙されて──消えた。


せやけど、滅びてへん。

まだウチ等を含め十一人が生き残っとる。

村は無くなってしもうても村の事を覚えとるウチ等が生きとる限り、村が完全に消えてまう事は有らへん。

誰の記憶からも消えん限り故郷の皆の事は残る。

残り続けられるんや。


言葉にはせえへんでも。

互いに理解出来てる。

何も言わず、ただただ泣き続けとっても。

感じ合うてる温もりが。

確かな鼓動が。

ウチ等を繋いどるから。



「……真桜、私達を助けて下さった方は?」


「ああ、あの人達やったら凪や村の皆を助けた後で、亡くなった村の皆の亡骸を丁寧に弔ってくれてな…

一昨日、町を発ったんや」


「そんな…私はまだ何も…御礼も言えていないのに…

そんなのって…」



悔しいというよりも、寧ろ“生き別れた”みたいな、そんな反応をする凪。

珍しい姿に驚いてまう。



「大丈夫やで、二ヶ月後、この町の商人の人が商いに行くそうやから…

一緒に行けば、会えるで」



そう言った時の凪の表情にウチまで釣られてまう。

生きとるから、繋がる。

まだ未来は続いとる。



──side out。



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