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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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29話 望み届かぬ手を


幼い頃は大人に憧れるが、大人に成れば子供の時代を羨ましく思う事が有る。

その狭間に居る時に自分が何を選び取るのか。

それにより、その在り方は大きく二分されるだろう。

大人である事を受け入れ、社会に順応する者と。

子供の頃の想いを譲らずに如何に険しくとも我が道を行く者とに。

妥協の先の平凡か。

苦難の先の理想か。

何方等も間違いではなく、各々に意味の有る選択。


ただ、大人に成ると思う。

“子供で居られる時間”は人生で見れば短いのだと。

一般的な成人が、十五歳なこの世界では特にだ。

個人によっては、更に数年早く成人扱いされるという事も珍しくはない。

まあ、その場合には大体が“御家事情”からだが。

親を、頼る大人を亡くした子供達は年齢や能力になど全く関係無く、生きる為に子供としての時間を捨てる事を強いられる。

「仕方が無い」と言えば、それまでの話なのだが。


自分達が生活をするだけで精一杯という家庭は多く、如何に幼い子供と言えども「可哀想だから…」という同情だけで手を差し伸べる事は出来無いのが現実。

「食い扶持を減らす為に」という理由から、働けない子供を捨てたり、女の子は売られたりもする。

それが普通に有る世界。

ある種の弱肉強食。

過酷な生存競争だろう。



「御兄様っ、御兄様!

見て下さい、大熊猫です!

私、初めて見ました!」



だからこそ、大切にして、守って遣りたい。

限られた時間だからこそ、子供らしく居られる様に。

その笑顔が曇らぬ様に。

独りで抱え込まない様に。

心が磨り減らない様に。

俺が守って行く。

例え、押し付けがましいと思われようとも。

……いや、言われたら絶対凹むだろうけど。

それは仕方無いけど。

出来れば、ツンデレっぽく「お、御兄様に守られる、それだけでは不公平なので私も御兄様を守ります」や「これで御互い様ですから異論は認めません」なんて言われたいな。

そう為ったら母さんの所に一度報告に逝けるだろう。

勿論、帰って来ますが。


まあ、それはそれとして。

パンダに興奮する華琳。

その姿に「何だかんだで、女の子なんだな」と感じてほっこりしてしまう。



「おー、本当だな

こんな人里近くに居るのはかなり珍しいな」


「そうなのですか?」


「飼われているなら兎も角基本的に野生動物は人間に近寄る事はしないからな

寧ろ、人里に近寄る動物は“人の味”を覚えてるって可能性が高いと言える」


「…あの大熊猫も?」


「絶対とは言わないけど、迂闊に近寄るのは危ない

まあ、こうして遠目に見る分には問題無いんだ

素直に可愛いでいいだろ」


「そうですよね!」



聡明なだけに具体的な絵を思い描けるから警戒したが直ぐに破顔させる華琳。

本当に可愛い妹です。




さて、パンダは置いといて現在の此処には俺と華琳の二人しか居ない。

二人きりで街道沿いに有る農村に居たりする。


老師との別れから一年。

俺達は変わらぬ日々を送りながら修練を重ねている。

しかし、山に籠りっぱなしという状況は俺は兎も角、華琳達には宜しくない。

其処で定期的に山を下りて村や町に足を運び、外界と接触する様にしている。

別に隔離されているという訳ではないから、大袈裟な言い方かもしれないが。

年頃の少女達が修練漬けな灰色な青春を送るなんて。

哀し過ぎますからね。

幾ら本人達の希望だろうが“女の子らしい”在る事は保護者(俺)としては絶対に譲れない事ですから。


それはさて置き、どうして俺達が二人だけなのか。

それは三日前に遡る。


俺達は老師の生前から有る麓の村との交流を絶やさず今でも続けている。

それは心の何処かに今でも老師との繋がりを感じたいといった気持ちが有るからなのかもしれない。

誰も口にしなくてもだ。

そんな定期交流の際の事。

顔馴染みと為った商人から一つの依頼をされた。

当然だが、その商人は俺が老師の弟子であり、老師が亡くなった事も知った上で俺に依頼をしてきた。

正当な報酬を用意して。


正直、最初は断るつもりで話を聞いていたんだけど、あまりにも切実だった為に引き受けてしまった。

情に流されたと言われても反論は出来無いだろう。


問題は俺が単身で引き受け行って来るつもりだったが華琳達が猛反対した。

それはもう、ストライキを遣る様な剣幕で。

しかし、全員で行った場合依頼人である商人の負担が一気に増加してしまう。

背に腹は代えられない為、言えば通るだろうが。

流石に罪悪感が有る。

だから、妥協案として俺は“一人だけ同行する”事を華琳達に提案し、華琳達は納得してくれた。


そして、誰が行くのか。

勝負なんてしている時間が勿体無かったので、簡単な籤を作って引かせた。

その結果、華琳が当たりを引き当てた訳です。

愛紗達は渋々の御留守番。

買った荷物も有ったから、三人は残らないと一人分の負担が増す為仕方が無い。

一応行っておくが、これは依頼であって、旅行という訳では有りません。

どうぞ御間違え無き様に。



「あ、あの、御兄様?

あの変わった格好をした、怪しいのに堂々としている人達は何でしょうか?」


「ん?、ああ、旅芸人だな

彼等は個人芸じゃなくて、団体芸を生業にして各地を巡っているんだろうな」


「あれが…旅芸人ですか

…もう終わりですか?」


「んー…これからかな

折角だし、見て行くか?」


「はいっ!」



これは旅行ではない。

飽く迄、依頼の道中の事で決して旅行ではない。




何だかんだ五日間の道程を経て、目的地である商人の家が有る町まで着ていた。

商人は豪商と呼べるまでの人物ではないが、庶民派で薄利多売を心掛けている。

個人的にも信頼をしている人物だったりする。



「此方が妻です」


「…初めまして」


「あ、どうも」



商人に紹介され、御互いに軽い会釈を交わす。

商人は兎も角として、当の奥さんの方は困惑している様子が見て取れる。

当然と言えば当然だろう。

如何に老師の弟子であり、華佗の名を名乗る事を唯一許されているとは言っても俺は十三歳の少年だ。

如何に夫が信頼していようとも無条件で信頼する事は出来無くて当然だ。

ただ、藁にも縋る思いで、俺を頼ってきている。

その覚悟を無下には出来ず此処まで来たのだから。

プロとして遣らなくては。


尚、華琳は商人の家の人に案内されて店内を見学中。

一応、守秘義務的な感じで俺なりに配慮はしてます。

宮廷医とかでもない限りは守秘義務なんて考えないし患者の情報の秘匿も滅多に遣らない世の中ですから。

珍しい事なんですよ。



「御主人からの御依頼で、“不妊”の治療を行う事は御聞きしていますか?」


「…はい、主人と結婚して十年に為りますが、一度も妊娠の兆候が有りません

主人は気遣ってくれますが代々続いた家を主人の代で絶やす訳にはいきません

私は…離縁されても仕方の無い事だと──」


「何を言っている!

私は御前だから妻に迎え、一緒に為ったんだ!

決して家の為や子を成す為だけにではない!

だから、諦めるな!」


「…っ、貴方ぁ…」



……俺の目の前で感動的な夫婦の愛情劇が上演中だが──俺にどうしろと?。

せめて、茶が出ていたなら飲みながら遠くを見詰める事も出来たのに。

くっ、「気を遣わなくても良いから先ずは話を」とか言わなきゃ良かった。

ぷりーずっ、てぃーっ!。


そんな俺の心の叫びが天に通じたのか。

奇跡が起きる。



「──っ!、ゴホンッ!、その、申し訳有りません」



我に返った商人が咳払いし奥さんは恥ずかしさからか顔を赤くして俯く。

商人の袖の端を摘まむ姿が可愛らしいですね。


場は持ち直したが、色々と怪我をした気がする。

きっと、天に居る糞な奴はゲラゲラ笑っている筈。

嗚呼、俺の此の手が天へと届くなら心を込めた絶掌をくれてやるのに。





「御二人の愛と絆の深さは大変よく判りました

私も出来る限りの御協力を御約束しましょう」



──と、聖人スマイルをし自動的に後光エフェクトが掛かりそうな台詞を言う。



「有難う御座います!

そう言って頂けるだけでも心強いです!」



大感激している商人さん。

その隣で視線を伏せ勝ちな奥さんを見れば、御互いに視線で語り合えた。

「素敵な旦那さんですけど色々大変そうですね…」と俺からの視線に「…はい、良い人なのですが…その、少々鈍いので…」と苦笑を浮かべる様な視線で答える奥さんに同情する。

こういう旦那を持った事は幸せなんだろうけどね。


まあ、変な空気を引き摺る事は好ましくないし、俺の方で変えるとしますか。



「さて、それでは問診から始めたいと思いますが…

少々言い難い事や、不快に思う事も有るでしょうが、必要な事ですので御了承の上で御答え下さい」


「はい、判りました」


「宜しく御願いします」



内容が内容の為、真っ先に承諾を取って置く。

途中で揉めて止めてしまう事態に為ったら、何の為に来たのか判らなくなる。

それを避ける為だ。



「では、先ず御二人各々に御訊きしますが肉体関係を持った御互い以外の異性は居ますか?」


「いえ、居ません」


「私もです」


「兄弟姉妹、親や親族内に同じ様に子が出来無かった人は居ますか?」


「結婚して二年としないで亡くなった為に子が居ない者は居ましたが…

それ以外は有りません」


「私の方も特には…」


「幼少からも含めて大病を患った経験は?」


「十歳の時に右腕を折った事は有りますが、他は特に思い当たりません」


「…記憶は有りませんが、まだ二歳の時に流行り病に掛かった事が有る、という話は母に聞きました」


「…夫婦の営みに際しては正しく出来ていますか?」


「その…正しく、とは?」


「あー…まあ、旦那さんの子種を奥さんの中に出す、という事です」


「それはもう、しっかり」


「〜〜〜〜っ」



真顔で答える商人の隣では今にも全力で叩いて怒鳴り付けそうな程に真っ赤っかに為った奥さん。

本当、頑張って下さい。




──とまあ、一通り聞いて感じるのは遺伝性だったり感染症に因る不妊ではないという事だろう。

可能性としては、奥さんの幼少期の流行り病の件。

それ以外となると、夫婦の何方等かが先天的に器官に異常を抱えている場合か。

此処からは氣で診察だな。



「次は氣を用いて御二人の身体を診させて頂きます

そのままで大丈夫ですから其処に仰向けで横に為って楽にして頂けますか?」


「はい、判りました」



先に横に為る商人。

率先して自分が遣る事で、奥さんの不安を和らげようとしているんだろうな。

意識的か無意識かは兎も角夫婦の仲睦まじいのが十分伝わってきます。


それは兎も角として。

商人の身体を診てゆく。

特に目立った所は──と、ちょっと肝臓が弱ってる。

酒飲みなのかな?。

これは忠告しておこう。



「ふむ…特に異常は無いのですが、御酒は好きで結構飲まれる方ですか?」


「え、ええまあ…」


「酔い潰れるまで飲む事も少なくないんです」


「お、おい…」


「奥さんを泣かせなくないのでしたら量を控えた方が良いですよ?

後で薬を処方しますから」


「うぐっ…判りました…」


「有難う御座います」



愛妻家の旦那の欠点か。

まあ、酒癖が悪いって事は無さそうだから増しか。

暴力とかも無さそうだし。


そんな事を考えている間に商人は起き上がり、交替で奥さんが横に為る。

…意外とスタイルが良くてドキッ!、としてしまった事は絶対に内緒です。


平静を装い、同じ様に氣を用いて診てゆく。

見た目に健康そうだったが奥さんは健康その物。

異常は見られなかった。



「ふむ…奥さんは健康です

子が出来無いのは偶々か、巡り合わせが悪いか…

そういう要因でしょうね」


「…で、では、子供は…」


「薬を一つ処方します

それを含め、幾つか条件を守って貰います

次は約二ヶ月後ですから、その時に兆候が無い様なら別の方法を考えましょう

大丈夫、出来ますよ

ですから、意識し過ぎずに御互いを信じましょう」






 other side──


一体、何が起きたのか。

目の前の光景が現実なのか判らなかった。

しかし、頭を撲られた様な嫌な痛みが襲ってくる。

実際に撲られた訳ではなく気分による物だろうが。

そんな事は関係無い。


バチバチッ!、と音を立て弾け飛ぶ火の粉を空高くに舞い上がらせて、幾つもの黒煙が天へと噛み付こうとする蛇の様に立ち上る。

幾多の悲鳴と怒号と咆哮。

地獄という物が有るのなら目の前の様な所だろう。

そうとしか思えない光景に茫然とするしかなかった。



「………なんや、これ…

こんなん…どないしたら…ウチ等に出来る事なんか…何も有らへんやろ…」


「…………っ…」



頭では判っている。

自分に出来る事なんか何も無い状況なんだと。

それは判っている。

それでも…それでもっ!。

何もしないまま受け入れる事は出来無かった。


だから、駆け出した。

生きて帰れる事なんて無い地獄に向かって。

燃え盛る死焔に向け自らの命をくべるかの様に。

恐怖に怯える心を撃ち捨て死に向かって走る。



「──ちょっ!?

あかんっ!、待ちいっ!

行ったら──」


「お前は逃げろっ!

逃げて生き延びろっ!」


「阿呆おぉーっ!、こんのド阿呆おおぉおぉおおぉおおぉぉっっっっ!!!!!!!!」



その絶叫を背に受けながら置き去りにして走る。

此処で逃げてしまうよりも何も遣らずに逃げる事が、何よりも怖かった。

そんな自分を赦せるなんて全然思えないから。

だから、私は走った。


木が、布が、草が、肉が、血が、命が燃える臭い。

僅かに吸い込んだだけでも吐き気がしてしまう臭い。

それでも、足を止めずに。

ただただ真っ直ぐに走る。

自分でも不器用だと思う。

逃げて、生きてさえいれば悲劇も軈ては過去の一つに出来るのだろうけど。

それが出来る気がしない。

だから、此処に居る。

命を焼く、地獄の中に。

心を灼く、死出の道に。



「──ぁん?、何だ──」


「ぅおおぉおっ!!」



振り向いた地獄の鬼の顔に全力疾走のまま右腕を振り上げて拳を叩き付ける。

武術なんて呼べない。

素人の、小娘の、抵抗。

無駄な事かもしれない。

無駄に命を捨てているだけなのかもしれない。

それでも、構わない。



「此処から出て行けえぇええぇえぇぇっっっ!!!!!!」



守りたい者は殆んど居らず破滅が私を嘲笑する。

絶望が私を手招きする。

それでも、残っている。

たった一つだけは。

確かに、残っている。


だから、私は戦える。

破滅と絶望が待とうとも。

臆しも嘆きもしない。

鬼共を地獄に落とせるなら私は命を惜しまない。



──side out。



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