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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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     撃衝の鼓慟


日没にはまだ早い時間。

しかし、立地的な事情から薄暗い山間道。

まるで深い森の中に居ると錯覚してしまう程。

或いは夜明け前だろうか。

兎に角、視界的には悪い。

実際には道は前後の先まで見通しが良いのにだ。

ただ、静まり返った状況は決して悪くはない。

狩る側にとっては。


──とは言え、油断出来る相手ではないだろう。

相手が賊徒なら左右に対し意識を向ければ済むのだが今回の相手は違う。

現時点では単独犯の様だが仲間が居ないとも限らず、単独だとしても容易い相手ではないだろう。

そういう意味では俺自身も良い経験を積める好機だ。



「…この状況でも現れると思いますか?…」



そう小声で話し掛けたのは俺の右隣に構える愛紗。

華琳が左、背後に梨芹。

愛紗が山間道の上を見て、華琳が下、俺が左、梨芹が右を受け持つ形だ。

警戒態勢としては十分。


愛紗が気にしたのは現状で“森の熊さん”が出て来る要因が無い事。

正確には“山間道の”だが語呂が悪いので仕方無い。

それを気にしたら駄目だ。

──でだ、その要因である獲物となる馬なんて俺達に用意は出来無い。

まあ、金銭的な意味でなら出来無い訳ではないが。

直ぐには調達出来無い。

時代的に何処にでも居ると思えるが、実際に居るのは都市部か馬産地。

田舎の村に居るのは貴重な労働力としての馬だけ。

それを譲り受けて囮に使う真似は流石に出来無い。

何しろ、商隊の馬以外には被害は出てはいないから。

絶対に必要ではない。



「…別に襲って来なくても問題は無い…

…此方に気付き様子を窺う為に動いてさえくれれば…

…“掴む”事は出来る…」


「…商隊を襲う以上は人の気配にも敏感な筈…

…ならば、獲物が無くても様子を窺う位はする…

…そういう事ですね?…」


「…そうだ…」



俺の説明を補足する華琳の言葉を静かに肯定する。

馬(獲物)の匂いを覚えての襲撃だったなら近隣の村や他の道でも被害が出る筈。

そう為っていない事から、森の熊さんは馬ではなくて人間の匂いや気配を察して行動・襲撃している可能性は高いと言えるだろう。



「…では、やはり熊の皮を被った人間ですか?…」


「…断定するのは早計だ…

…可能性という意味でなら猿の類いの可能性も十分に考えられるだろうしな…」


「……猿ですか…」



梨芹の質問に答えていたら愛紗が嫌そうに呟いた。

愛紗が今、脳裏に何を思い浮かべたのか。

俺には手に取る様に判る。


あれは梨芹が来る三ヶ月程前の事だったか。

日課と為った食材調達の際遭遇した体長2mの大猿。

ゴリラやチンパンジー等の類いではなく、個人的には馴染みの有る日本猿の姿。

但し、兎に角大きい。

そして、人間を真似たのか無駄に悪知恵を付けていて愛紗は不意打ちを受けて、色んな物を打付けられた。

汚れ、臭った苦い記憶だ。

退治したけどな。





『────っ!!』



そんな心配を他所に。

森の熊さんと思しき氣が、俺達の感知網に掛かった。

此処で急な反応を見せずに堪える事が出来るのは日々食材調達という生存競争を生き抜いてきた経験が故。

慌てず、焦らず、急がず、引き付ける様に誘う。

それが狩りの基本。


その場へと屈む様に左足を引いて姿勢を低くする。

俺達四人の左足が触れ合い頭上から見れば“卍”にも思える体勢を作る。

その左足を通じ俺が三人に氣を使った指示を送る。

足を軽く叩く様に、二度。

それは“待機”の合図。

まだ仕掛けるには早い事を簡単な方法で伝える。

これは普段から遣っている方法だから今更戸惑ったり間違ったりはしない。



(森の熊さんまでの距離は……200m程って所か

華琳達だとギリギリだな)



今の俺達の探知範囲でだと俺が一番広くて、華琳達はそんなに差は無い。

精度的には華琳が高いが、その分、氣の強化方面では愛紗達の方が上回る。

その辺りは向き不向き。

資質的にも仕方が無い。


それは兎に角として、今は重要な問題が有る。

三人より範囲も精度も上の俺が現在地に来るまで全く気付けなかったという事。

それは、森の熊さんが高い実力を持っている証拠。

侮っていい訳が無い。


──とは言え、華琳達なら俺が態と気付くまで動かず三人の様子を窺っていたと考えても可笑しくない。

実際、そういう事は過去に遣った事は多々有る。

だから混乱は無いだろうし油断してもいない筈。



(…となると、先ず最初は三人に任せてみるか…)



少なくとも、森の熊さんに仲間が居る気配は無い。

もし、今の俺達より実力が上回っているのなら。

それは仕方が無い事だ。

諦めはしないが受け入れて打開策を考えるまで。

負ける気は一切無い。


暫くの間、お互いに様子を窺い合い──森の熊さんが獲物が居ないと悟ったのか退こうとする動きを見せた瞬間に俺は声を出す。



「──遣れっ!」



放たれる猟犬達の様にして華琳達は森の熊さんに向け真っ直ぐに駆け出す。

退こうとしていた矢先だが相手に焦る様子は無い。

落ち着いて距離を取る様に下がりながらも迫って来る華琳達を見据えている。


一方の華琳達。

初速という面では制御力の高い華琳が大きく抜け出し愛紗達が後に続く。

例えるならデルタアタック・トライフォーメーションといった感じだろうか。

ただ、身長差の関係も有り差は確実に詰まるが。


山間道から外れ、森林へと踏み込んで行く三人。

普通ならば相手の縄張りに入る訳だから不利なのだが田舎育ちの俺達にとっては寧ろ慣れ親しんだ環境。

ホームに近い戦場だ。

故に臆する事は無い。

それを実証するかの様に、迷わず肉薄し森の熊さんに華琳が初撃を撃ち込んだ。




──が、森の熊さんは軽くバックステップして躱し、華琳を追い越して追撃する愛紗と梨芹の攻撃も見事に躱して見せる。

それだけで実力差が判る。

ただ、その程度で焦ったり慌てたりはしない。

必殺を狙ってはいるけれど絶対だとは考えていない。


“次撃を考えないからこそ必中必殺に至れる”と言う考え方も有るには有るが、それで体現出来るには余程才能と恵まれ、鍛え上げる環境・経験を得なくては、不可能に近い事だ。

だから、俺達は最悪を考え日々の鍛練を行っている。

そうする事で咄嗟の反応や対処能力を磨いている。

必殺よりも“必生”。

生きているからこそ勝者。

負けない為ではない。

死なない為の戦い方。

それが俺の理念だから。


華琳達は体勢を崩す事無く森の熊さんを囲う様にして代わる代わる攻撃する。

超一流には程遠い。

だが、俺が知る限りでなら今の華琳達より上の実力の大人は老師しかいない。

董家の人達には悪いけど、確実に格が違う。

…まあ、俺がノリと勢いで色々仕込んだからだけど。

あの娘達、出来ちゃうから僕、困っちゃう。



(そんな馬鹿な事は彼方にサヨナラバイバイして…

あの森の熊さん、何者だ?

明らかに華琳達じゃ倒せる絵が浮かばないんだけど…

その割りには華琳達に対し攻撃しないんだよなぁ…)



そう、躱すだけで反撃する素振りが全く見えない。

だが、商人の話からしても馬以外には被害は無い。

つまり、森の熊さんは単に馬(餌)を狩っているだけで人間を害する気は全く無いという事になる。

──だとすれば、このまま華琳達に攻撃させる事は、少々躊躇われる。

勿論、馬は野生ではない為森の熊さんの遣ってる事は間違い無く強奪行為だから窃盗罪に当たる訳だが。

老師みたいに社会から外れ生きている者にとっては、“其方の勝手な法律を押し付けて来るな!”と言って怒っても仕方が無い。

今の時代、法律の正当性は無いに等しい。

権力者に有利に出来ているだけなんだからな。


ただ、そうは言っても現に被害が出ている以上、軈て討伐対象には為る。

遅かれ早かれ森の熊さんは世の中の“邪魔者”として排除される事に為る。

それなら、今此処で俺達が討っても構わないだろう。

そういう考えだったんだが──さて、どうするか。

勿論、放置は出来無い。

俺達が見逃したとしても、最終的には討伐される。

また、今までは人的被害が無いにしても、これからの事は誰にも判らない。

人間を襲う可能性も有る。

…やはり討つべきか。




そんな風に悩みながらも、戦況を見ていた時だった。



「──哈あぁああぁっ!!」


「──っ!?」



端から見ていると、完全に遊ばれている様にも見えた華琳達だったが、気合いで愛紗が食らい付いて見せ、森の熊さんを捉えた。

──とは言え、武器も無い徒手空拳での戦闘。

まあ、氣は使ってるけど。

今の愛紗達では強化しつつ相手に氣を撃ち込むという同時施行は出来無い。

その為、愛紗の攻撃自体は致命傷には届かない。

ダメージは有るだろうが。


だから、愛紗の右の拳打をクロスアームブロックにて受け防いだ森の熊さん。

明らかに熊じゃないよね。

熊がクロスアームブロックなんて遣らないでしょ。

毛皮の下には脂肪と筋肉の天然の鎧が有るもん。

本来なら守る必要は無い。

武器無しの格闘戦で防御は先ず遣らない行動だ。

例外として、唯一の防御が頭部に対しての攻撃だけは反射的に庇うのだが。

今の愛紗の一撃は腹部。

普通の熊なら受けてからのベアハッグ!、若しくは、ベアストロングスイング、或いはベアラリアットだ。

ベアクロスアームブロックなんて有り得ない。


…ベアベアしつこい?。

熊だけにベアさえ付ければ何でもOKなんです。

ブームに便乗する商売同様誰も追及なんてしないし。

それと似た様な事です。


──ではなくて。

腹部への防御は熊ではなく人間としての反応だ。

確かに動物の大半は腹部が弱点ではあるが。

両腕で受けて守る、という防御行動は人間の物。

例え野生ではないにしても普通の動物は遣らない。



「────痛い…」


『────っ!!!???』



攻撃を受けた勢いで後方に弾かれるが平然と着地した森の熊さんが呟いた。

“人間の可能性”は事前に想定してはいたんだけど、華琳達は驚きを隠せない。

勿論、俺だって同じだ。


何しろ、その声は明らかに“女の子”の物だから。

これが男の子の声だとか、唸り声だったりするのなら受け入れ易いのだが。

女の子だと判った瞬間に、妙に躊躇ってしまう。

仕方の無い事だが。





「…邪魔、赦さない…」


「──っ!?」



混乱し隙出来た愛紗に対し森の熊さんは一転して一切躊躇無く肉薄した。

ベアライトアッパーが唸り無防備な愛紗の柔肉を蹂躙──する事は無い。



「三人共、下がれ」



愛紗を背後から左腕一本で抱き寄せて入れ替わる様に森の熊さんの攻撃を右腕で受け止めて防御。

同時に右脚で蹴りを入れるカウンターを狙ったんだが遣る前に跳び退かれた。

勘の鋭さは侮れないな。



「…っ…すみません…」


「気にするな、とは流石に言わないが、無事なだけで今は十分だと思っとけ」



愛紗の頭を少し乱暴に撫で身体の後ろへ隠す様にして更に一歩、前に出る。

森の熊さんと対峙する事で先程までとは違うのだと、より強く実感出来る。

愛紗の一撃が、生存本能を刺激したのだろう。

先程まで皆無だった闘気・殺気・敵意が溢れている。



『………………──っ!』



静かな対峙状態から一気にトップギアに入れての激突だったが、驚きはしない。

この程度の事が出来るのは華琳達との戦いを見ていて十分に理解している。

寧ろ、まだまだ上が有ると感じている位だからな。

ゾクゾクしてくっぞ。

Mじゃないけどね!。


折角の機会という事も有り氣は強化だけに限定。

その上で戦り合う。

激しく、苛烈に、遠慮無くガチでド突き合う。

相手が女の子だと判ってて遣ってる俺はドSだな。

ども〜、ドS兄妹です。


それは兎も角として。

戦い始めて判るのは体格は華琳位だという事。

下は判らないが熊の毛皮を着ぐるみパジャマみたいに着込んでいる様だ。

戦い方は我流──と言うか野性本能に従っている様な気がしてならない。

それで、この技量。

末恐ろしい娘だ。

──ちょっと待て。

居るよね?、そんな娘。

……いや、マジっすか。




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