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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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24話 伝え承る者


董家の有る街を発ってから既にニ週間が経った。

その間は特に騒動も無く、平穏な旅が続いている。


…まあ、一時とは言っても風呂と寝具の魔力を知った俺達の旅路での嘆きは深く未練たらたらだったが。

無い物は仕方が無い。

馬車を持てば、かなり解消される問題では有るけど、子供四人が馬車持ちという目立つ状況には出来無い。

我慢するしかないのだ。


そうは言っても元々は無い状態で旅をしていたので、切り替えは早かった。

未練がましく愚痴っても、何も得られないし雰囲気が悪くなってしまうだけ。

旅をする上で良い雰囲気を構築・維持するという事はとても大事だからね。



「──愛紗っ!、其方等に行きましたよっ!」


「仕留めます!」



そう叫ぶと、突進してくる猪を睨み付けながら自分の間合いに引き付けてから、両手で構えた直剣を一閃。

ギリギリで擦れ違った猪の首が刎ねられて宙を舞う。

勢いのまま身体は駆け抜け木に激突すると鮮血を噴き上げながら倒れた。

見事な一撃だと言える。



「今夜は鍋ですね」


「ええ、同然鍋です」



二人で連携して狩った猪を捌きながら、梨芹と愛紗が当たり前の様に今夜は鍋を食べるのだと口にする。

…確かに鍋にしますけど。


そんな二人を見ながら俺は華琳と採った山菜と、川で獲った魚の下拵え中。

…え?、「猪狩ってる様な近い所で料理なんかしてて危なくないのか?」。

まあ、普通は危ないです。

でも、村に居た頃から日々鍛練を兼ねた狩猟は日課と化していましたから。

二人の連携も危ない事とか先ず無いです。

相手が一頭だけなら尚更に楽勝で狩れます。

油断したら怪我しますが。


因みに、愛紗が使っていた直剣は董家の所有している予備品から譲り受けた物。

元々は錆と刃毀れが有って実用性は低かった廃棄品と言える物だったのを研いで愛紗の体格に合う様にして拵え直しました。

遣ったのは俺ですが。

本当は董家や商人さんから「それなら新品を…」等と色々言われたんだけど。

俺達にとっては一時だけの消耗品で、生涯愛用する程重要な物ではない事も有り廃棄品の一歩手前の品々を譲り受けた訳です。

全員、装備が向上したので狩りも楽に為りました。



「…御兄様?」


「…ん?、終わったか?

なら、鍋の準備をするか」



少し考え事をしていたのを華琳に気付かれ掛けた為、料理を始める事で誤魔化し気のせいだった事にする。


考えていた梨芹の事。

華琳や愛紗、月も原作とは違った印象が有るんだけど梨芹は現状では別人だ。

容姿的には確かに同じだが原作の様に成るとは…正直思えない、性格的に。

だからもし、この世の中に“強制力”という物が有るのだとしたら、俺は抵抗し阻止したいと思う。

原作の華雄はキャラ的には好きだけど、現実としては脳筋化はノーサンキュー。

その為にも、智力の向上は欠かせません。




董家を発って早ニヶ月。

月日が経つのは早い。

うん、本当にね、早い。

毎日、毎日、移動と狩猟と野宿を繰り返し、時々街や村に滞在して情報収集。

そんな生活を続けていると誰でも慣れてくる訳で。

当初のポンコツ振りでさえ今では懐かしく思える程に俺達は逞しく為った。


特に華琳なんて、街などの店では値切りが出来る様に為ったのだから。

しかも、俺が値切り交渉の遣り方を教えたら、それを基本にして独自に女の子の特権や優位性を上手く使う方法を編み出したし、時に主婦(ベテラン)の技を見て盗(学)んでいたり…と。

まあ、進化しまくりで。

アレだね、覇王様は何処でどう育とうとも覇王様で、その才器は揺るがないわ。


──と言うか、責任の重い王・主君・当主という様な立場から解放されていると純粋に目的と手段に思考を傾けられるからなのか。

その腕前が恐ろしい。

何しろ、値切り勝った後も相手側が敗北しているのに「お嬢ちゃんには負けた、持ってきな!」と笑う位に清々しい勝ち方をしていて禍根を残さないんです。

月や劉備みたいタイプなら有り得るんだろうけど。

華琳が──曹操が、それを遣ってると怖過ぎます。

「私が気に入らないのなら向かって来なさい、丁寧に己の身の程という物を直に教えてあげるわ」と言って不敵に笑いそうな方がね、そういう遣り方を覚えると厄介所じゃないでしょ。

いや本当に、マジで。


“たられば”話なんだけど原作の曹操が軍師を遣ればどうなるんだろう。

そんな事を考えてみたのを何と無く思い出した。

当時は「いや、やっぱり、曹操は覇王様だから魅力的なんだよ、絶対に」と思い否定したんだけど。

うん、実際に目の当たりにしてしまうと凄いね。

──と言うか、実は軍師の曹操ってチートだよね?。

立場的には覇王様よりかは下に為るんだけど、その分柵や制約が激減してるから辣腕を振るえる訳です。

……アレ?、もしかしたら“影の傀儡師”・曹操って覇王様よりも難攻不落?。

…………うん、忘れよう。

それはきっと、他愛の無い“たられば”話なんだ。



「──御兄様?、御気分が優れない様ですが…

大丈夫ですか?」


「忍、少し休みますか?」


「無理はいけませんよ?」


「ああ、大丈夫大丈夫…

ちょっと、考え事をしてただけだからな」



心配する華琳達に笑い掛け思考の一人旅を誤魔化す。

ただ、そんな風に考えても可笑しくはないと思う。

別に華琳の才器に関しての話ではなくて。

俺達の旅が終わるから。

だから、旅の中での経験を彼是と振り返る訳で。

決して、悪い事ではない。

それは一つの区切り。

一幕の終わりを意味する。

それは一つの準備期間。

新たな幕開けに向けて。


視線の先、視界の奥。

深い山の中に融け込む様に佇む質素な小屋が有る。

其処に探していた人物が、新たな自分の可能性が。

存在しているから。





「俺を弟子にして下さい」


「やだ、面倒臭いし」


「よし、表に出ろ、糞爺

新しい時代の力ってものを見せて殺るよ」



目の前に座り、面倒臭気に右手の小指で鼻を掘ってる老人に対し、俺は躊躇無く死刑宣告を下す。

慈悲?、老人を敬う心?、何それ、美味しいの?。

尊敬っていうのはさ、する物ではなくて、している物なんですよ。

意識して遣る事じゃない。

自然と、己の裡に湧くから尊く敬われる精神で有り、後から自覚・認識する物。

そう、決して相手の機嫌を窺う為の姿勢ではない。


だから俺の意思は正しく、間違ってはいない。



「──ちょっ?!、恕っ!?、幾ら何でも無礼──って、え?、今、“遣る”の音が可笑しかった様な…」


「羽、落ち着きなさい」


「そ、そうですね…」


「御兄様が殺ると言うなら殺る事が正しいのよ」


「操っ!?、ゆ、雄、貴女も何とか言って──」


「若、私に先に殺らせては貰えませんか?」


「雄ぅうぅぅーーっ!!??」


『冗談、冗談』



その瞬間、未来から軍神が鬼神にクラスチェンジして降臨なされた。

後光が見えるなら兎も角、見えたのは漆黒の深き焔。

何もかも全てを呑み込み、焼き尽くす様な灼焔。

ただただ、恐怖を前にして泣き震える事しか出来ずに(ゆう)者達は散った。


人里離れた山奥に、乾いた破裂音が鳴り響く。

華琳と梨芹のマジ泣きも…俺は助けられなかった。

…情けない兄を赦せ。

……だって、爺さんと共に埋められちゃったんだ。

ボッコボコにされてね。

いや〜…意識が無くなるの随分と久し振りですな。

……二度と、揶揄わない。

そう、俺は学んだ。



「俺が悪かった、羽…

どうか赦してくれ…」


「あ〜…何じゃ、娘さん

儂も悪かった、すまぬな」


「………次は有りません」


『心得ております』



愛紗の赦しの言葉に揃って土下座し、二度としないと心に誓いを立てる。

…華琳と梨芹?、訊くな。

二人は躾と体罰の代名詞と言える苦行を乗り越えて、何とか生き延びた。

だから、今は寝かせてやる事しか俺には出来無い。

…後で涙を拭って遣るから今は無力な俺を赦せ。


逆鱗を鎮め、泣き睨みする愛紗から視線を移し、件の糞爺──もとい、老人へと俺は向き直った。



「改めてまして、私は名を徐恕と申します

貴方を探して参りました

世に“神医”と称される、“華佗”殿、貴方を」





あまりにも軽いノリだった事も有り、苛っとするのも可笑しくはない老人。

今、目の前に居る人物こそ俺が探していた存在。

この世界の華佗だ。

どうしても、熱血漢な姿が先行してしまうのだが。

原作の華佗は人間だ。

変態の仲間ではない。

否、“管理者”ではない。


つまりだ、原作の華佗には必ず師が存在する。

何しろ、一つの流派として確立されているんだから、それ相応の歳月がなければ体系化は難しい。

何より、医術・薬術という物は経験・知識の蓄積と、試行錯誤の繰り返しにより発展していくもの。

原作の華佗が一代で築き、広めるのは無理が有る。

だから、彼には師が居る。

そう考えて、しかし一方で原作とは異なる可能性から華佗を探していた。


その結果が、この老人。

身長は160cm程、体型は痩せても太ってもいなくて腰が曲がっている事も無く仙人みたいな髭も無い。

雰囲気的には初代御老公。

世代的には三代目だったが個人的には初代が好き。

シリーズが終わったのは、日本時代劇界の大損失だと思う一人のファンです。



「…正直、困ったのぉ…

今まで儂を訪ねて来る者は少なくなかったんじゃが、御前さん達の様に若く幼い孺子だけで此処まで来れる者が居るとは思わなんだ…

…本当に孺子か?」


「上は十二歳、下は八歳、因みに俺は十歳です」



色々と驚きつつも、此方が嘘を吐いているかどうかは察しが付くだろう。

若い原作の華佗なら兎も角経験豊富な眼前の華佗なら見抜いてくる筈だ。

少なくとも俺の考えている“氣”の概念や使用方法が正しければ可能な筈。



「………弟子入り、のぉ…

何で、儂に学びたい?」



困った様に訊ねる口調だが眼光は鋭い。

この問いが意図する所を、どう答えるべきかを考えて──思考を放棄する。

彼是と浮かぶ余計な思考を捨て、本音を口にする。



「…俺は三年程前に家族を亡くして、死に掛けた所を義母に救われました

そして、新しい家族と共に平穏な日々を過ごす…

極普通の、他愛無い日常が其処には有りました」






「その日常が義母の急死で一変しました

故郷に残り、家族や皆と…

そういう人生の選択を選ぶ事も出来ましたが…

俺は後悔したくなかった

出来る可能性が有るのなら先ずは挑戦を…

貴方に師事したい理由は、実に単純な事です

“守る為の力”が欲しい

ただそれだけです」



真っ直ぐに、臆す事無く、華佗を見て言い切る。

“誰かの為に…”だなんて殊勝な気概は俺には無い。

全ては俺自身の為だ。

何かを守りたいと思うのは失いたくはないから。

助けたいと思うのは苦しむ姿を見たくない、罪悪感に苛まれたくはないから。

どんな理由を掲げようとも自分の意思が本の僅かでも介在するなら、その全ては自分自身の為なんだと。

俺は考えているから。


だから、俺は言う。

俺は俺の為に“力”を望み貴方を利用したい、と。



「…………良いじゃろ

御前さんを弟子として迎え鍛えて遣ろう」


「……取り消しは不可能、言質は取りましたよ?」


「…まあ、何じゃのぉ…

さっきの事も有るから儂も仕方無いとは思うが…

安心せい、二言は無い

但し、覚悟して貰うぞ?」


「それは当然です

優しく楽しく簡単な様では身に付きませんから」


「かっかっかっ、成る程、良い心掛けじゃ!

なら、早速始めるかのぉ」


「宜しく御願い致します

華佗“老師”」


「老師、か…御前さんから言われると悪くないのぉ…

張り切らせて貰おうか」


「老師の御身体に障らない程度で御願いします」


「戯け、孺子めが

まだ衰えておらんわ!」



軽口を叩きながら、老師の後を追う様に外に出る。

今はまだ遠い背中だ。

だが、届かない訳ではなく見える、届く所に有る。

なら、後は目指すだけ。

只管に、愚直に、前を見て歩き続けて行く。

その先を目指して。





 華佗side──


人々に“神医”と呼ばれ、多くの患者を救った。

それは自身の誇りで有り、先代から、代々の師父から受け継いだ信念の証。

其処に穢れなどは無い。


…だが、一部の者達による権力闘争に巻き込まれたり脅迫される事など。

そういう事も少なくない。

故に、人間社会に疲れ果て人里離れた山奥へと逃げ、“世捨て人”と為った。


その際、華佗として継いだ使命感に苦悩した。

自分の代で止めてしまえば裏切る様に思えたからだ。

ただそれでも、人間社会に二度と関わりたくはない。

その思いの方が上回った。


病に苦しむ者を救いたいと思わない訳ではない。

自分が我慢さえしていれば多くの苦痛と悲哀を無くす事は出来るのだろう。

だが、それでも、世の中が変わらなくては自分が再び大陸を巡る事は無い。

そう確信している。

“頑固爺”と呼ばれようが無理な物は無理じゃ。

もう自分を犠牲にしてまで他者を助ける気には為れず使命感も薄れてしまった。

先代達には申し訳無いが、華佗の名は自分で最後。

誰かに継がせる気は無い。

あまりに華佗の名は大きく重く為り過ぎたのだ。

受け継ぐ者の人生を縛り、狂わせてしまう。

それでは華佗を継ぐ者は、救われないだろう。

だから自分が終わらせる。

華佗の名は受け継がずとも意志や信念、技術は次代に受け継がせられる。


──そう考えてはいたが、実際には相応しい後継者を見付ける事は出来無い。

何しろ、山奥に引っ込んで暮らしているのだからな。

当然と言えば当然か。

人が来る方が稀だ。

それでも時折、弟子入りや治療依頼で人は遣って来る事は有るのだが…都合良く後継者は見付からない。


そんな生活を二十年以上も続けていた中、孺子四人が目の前に遣って来た。

一目見て判った。

四人共に稀に見る高い氣の資質の持ち主だと。


ただ、それだけに悩んだ。

何者かに利用され、此処に遣って来たのではないか。

氣を扱える者は自分以外に居ないという訳ではなく、少数ながら存在する。

ただ、治癒となると他には居ないというだけで。

それ故に、送り込まれる。

実際、過去に此処に遣って来た者の中には、そういう輩が多数居たのだ。

弟子として迎えたが直ぐに技法ばかりを訊きたがり、修行には付いて来れずに、結局は破門にしたが。


目の前の孺子達も同じ様に送り込まれたのでは。

そい考えていたが…直ぐに違うのだと判った。

唯一の男の子である徐恕。

その言葉に、覚悟に。

自らの全てを教えようと。

決意させられた。

長く待ち望んだ後継者。

それは彼自身が冗談として口にした“新たな時代”の夜明けを感じさせる。



──side out。



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