表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
27/238

22話 星空の下で


「旅をしたい」と。

ふと、思う事が有った。

旅行ではなく、“旅”を。

その違いは観光・慰安目的ではなくて、自分探しとか未知や出逢いを求めて。

でも、冒険家・探検家とは“命懸けではない”という大きな違いが有る。

有り体に言えば、ふらふら自由気儘に放浪したい。

そういう事なのだが。

「旅をしたい」と言うと、ちょっと格好良く思えると思いませんか?。


そんな事を、青く澄む空を見上げながら思う。



「ちょっと!、御兄様とは私が一緒に寝るのよ!

貴女達は遠慮しなさい!」


「華琳、それは横暴です

どうしてもと言うのならば納得が行く決着を以てして決定するべきです」


「納得が行く決着となると……普通の相撲とか?」


「その方法で納得する訳が無いでしょう!

全然納得が行かないわよ!

貴女達に有利じゃない!」


「では、何を──」



──と、姦しくも賑やかに揉めている美少女三人。

“女三人寄れば姦しい”と言うのも納得出来る。

それは兎も角、当の三人が何で揉めているかというと“誰が、俺と同じテントで一緒に寝るのか”だ。


村を出てから野宿は無し。

当然ながら村に居た時でもキャンプの経験は無い。

だから、テントを使うのは今日が初めてな訳ですが。

その、だな…言い換えればテント初体験(初夜)をだ。

誰が一緒に過ごすのか。

それで揉めていたりする。

そして──俺は(ゆう)者ではない。

だから、この状況で溜め息混じりに呆れた様な感じで「誰でも一緒だろ…」とか絶対に言えません。

ええ、言いませんとも。

その手の主人公の登場する作品に心当たりが有るなら誰しもが思う事だろう。

「いやいや、其処でそれは有り得ない反応でしょ!」なんて感じで。

同時に思う事でしょう。

「普通気付くって…」と。


俺はヘタレですが何か?。

でも、鈍感ではない。

現実逃避したくて問題から意識も視線も逸らそうとも鈍感ではないんです。

ええ、だから今揉めている理由が自分と一緒に居たいという彼女達の想いだと。

ちゃんと理解しています。


ですが、現実は非情です。

俺が用意していたテントは子供サイズで二人用。

それを二組、なんです。

勿論、四人一緒に寝られるサイズの物を用意出来れば良かったんでしょう。

だがしかし、此処に便利なホームセンターや通販等は存在していない訳で。

出来る事は限られます。

あと、あまり巨大だったり重量の有る物を十歳前後の子供達が持ち運んでる姿を見たとして──貴方は一体どう思いますか?。

それが一番の理由です。


喧嘩させたく有りません。

しかし、仕方が無いのが、現実だったりします。

だから俺は口を挟む事無く黙々と自分の作業に集中し気配を薄れさせます。

「俺は石ころ、路傍の石、誰も見向きもしないんだ」と自己暗示を掛けながら。





「ふ〜ん♪、ふふ〜ん♪、ふ〜んふ〜んん〜ん〜♪」



御機嫌なのが一目で判る程鼻唄混じりに作業している華琳を見れば、誰が勝者か一目瞭然でしょう。

これで「あ、華琳か」とか言ったら馬鹿です。

大馬鹿者の戯け者です。


…まあ、本音を言うのなら華琳で良かったと思う。

いえね?、愛紗・梨芹だと妙に意識してしまう訳で。

勿論、華琳なら意識しないという訳ではないんですが兄妹という関係が有る分、かなり違うんですよ。

まあ、三人共“家族”には間違い無いんだけどね。

愛紗達は…ほら、幼馴染みとしての意識が強いから。

向こうもね?、少なからず意識はしてくれているって感じみたいだし。

その状況で全く意識しないなんて普通は出来ません。

勘違い──と言うか、先ず「俺はモテるんだ!」とか自惚れる事は無いんで。

自分から馴れ馴れしくするという事も有りません。


そんな感じでの初野宿。

当然ながら、キャンプ用品なんて無い時代。

テント擬きとは言え、夜に屋根の有る場所で眠れる。

それだけで凄い事です。

尤も、馬とか居れば色んな荷物も運搬出来るし、幌の付いた馬車を作れば野宿の必要も無いんだけど。

俺達は子供なんで。

そんな物凄く目立つ真似を自分からは遣りません。


「逞しいな…」と思うのは三人共に野宿自体を嫌がる事が無かったという事。

前世の同年代の頃の俺なら「嫌嫌嫌!、虫が出る!」なんて喚いている筈。

虫嫌いは今もですけど。

まあ、前世に比べれば全然増しだと言えるね。

少なくとも、今は触るのは大体は大丈夫なんで。

………不意打ちは駄目。

正々堂々と向かって来い。

心の準備が出来無いから。


──と、それは兎も角。

そういう動揺を全くしない三人には感心する。

他の野宿スキルに関しては元々俺が色々教えてきたし母さんや村の皆からも色々教わってきた事も有って、困りも苦にもしない。

特に、旅の道中で最重要な食料問題は現地調達出来る実力者揃いですから。

華琳さえ単独にしなければ俺達は飢え死にはしない。


そういった問題を一つ一つ潰していくと…残る問題は路銀の調達と、敵襲。

この二つになる。

路銀の調達は「可能なら」というだけで、無理をして遣ろうとは思わない。

寧ろ、無駄遣いをしないで節約を心掛けなくては。

母さんが遺してくれた額は簡単には無くなりはしないだろうけど、有限だ。

ただ、「華琳の為なら…」というのが俺達三人の間で密かに決められているが、これは言う事ではない。


そして、もう一つの問題、敵襲に関して。

平たく言えば賊徒の類いに遭遇・襲撃された場合。

俺が居れば問題無いけど、絶対とは言えない。

其処で三人には目立たない様に武装させている。

三人共に短剣を持たせて、愛紗と梨芹には三節棍も。

三節棍は自作故に不安だが目立たない武器は少ない。

無いよりは増し。

贅沢は言えないしね。




日が沈み、夜の帳が下り、蒼黒の天蓋に贅沢に鏤めた煌めく星々を見上げながら必要な筈の焚き火の明かりですらも不粋に思う。

それ程に美しい夜空だ。


この世界に来てから何度も夜空を見てきた。

それなのに、今日の夜空は特別だと思える。



「………あの、御兄様?」


「ん?、どうした?」


「い、いえ、その…」



呼ばれたから顔を向ければ華琳は珍しく戸惑った様に表情を慌てさせる。

…いや、最近は表情も随分豊かに為ってきたよな。

初めて会った頃は優等生な仮面を付けているみたいに我慢し勝ちだったから。



(…皮肉だけど、母さんが亡くなったから、か…)



一番心配を掛けたくはない相手だったのは母さんだ。

俺に対しては甘える華琳も母さんには“良い娘”だと思っていて欲しかった。

それが無意識な事だろうと“無理をしていた”事から解放されたから、と。

そう考えてしまう自分が、無性に腹立たしい。

殴り飛ばして遣りたい程に自分自身に苛立つ。

それに納得が出来てしまう事だから余計にだ。

胸中で溜め息を吐く。

決して三人には見せない。


──で、当の華琳は二人に視線を向けている。

雰囲気から推測するのなら「ちょっとっ!、此処からどうするのよっ?!」という華琳の問いに二人が悩み、考え込んでいる、と。

そんな感じだろうか。


つまり、三人は俺の様子が気になった、と。

……俺、変だったか?。

自分じゃあ判らないか。



「…なあ、星が綺麗だな」


「そ、そうですね」



喧嘩に発展しそうだから、適当に話を振り誤魔化す。

何も疚しい事は無いのに、“誤魔化す”という表現は何とも言えない気分だ。

まあ、気にしたら負けだと思って置こう。



「夜空も星も月明かりも、何処で見上げても同じ様に綺麗なんだと思ってた…

でも、そうじゃないんだ

人の生涯と同じで、二度と同じ事なんて無い…

今見ている、この景色も…

今この時だけの物…

だからこそ、大切にして…

忘れない様に…

そして、精一杯に生きる

“同じ様な人生”ではない自分自身の人生を」


『………………』



何を言うでもなく。

三人は俺の話を聞きながら静かに夜空を見上げたのが雰囲気で感じ取れた。

そのまま意図を汲み取り、各々が考え始める。


俺達は“死(過去)”を経て現在(今)に生きている。

それを忘れては駄目だ。

この悲しみが、苦しみが、痛みが、葛藤が。

生きる強さをくれるから。




普通なら獣や賊徒の接近を警戒して夜番を置くのだが成長期の子供が四人。

日中、移動し続けた後での夜更かしは厳しいです。

睡魔と疲労感には勝てずに別のテントの二人は早々に寝息を立て始めていたのを焚き火の後始末をしていた時に聞いていた。

心身共に疲れていて当然と言えるだろうからな。


尚、獣避けとしては人間は感じ難いけど、獣達が嫌う臭いを放っているのだろう名前の無い謎の樹の樹液を水で薄めて作った虫除け的“獣除け”を撒いてある。

一晩位なら問題無く眠れる程度には効果が有るのは、村に居た時に実証済みだ。


そんな感じでテントに入り眠ろうとしたが──中々、寝付けなかった。

別に初の野宿にビビってるという訳ではない。

華琳と二人きりだからって緊張している訳でもない。

何故か、モヤモヤとして。

スッキリとしない。



「………あの、御兄様?、まだ起きていますか?」


「…ああ、起きてるよ」



躊躇い気味に掛けられた、華琳の声に一瞬だけ逡巡。

寝た振りをして遣った方が良い場合も有るのだろうが今回は返事をした。

これと言った理由は無い。

強いて言うなら兄としての妹専用超感覚(勘)だ。



「……っ…御兄様は、その…御母様の事に関しては…悔やんでいますか?」


「……無いとは言えないな

例え、それが“たられば”だったとしても…

一度懐いた後悔は簡単には消えないからな…」


「…そう…ですね…」



どう答えるか悩んだ。

だが、下手に取り繕っても華琳は気付くだろう。

だから正直に話した。

母さんの死後、華琳が自ら初めて触れた話題だ。

俺が逃げたり避けたりする訳にはいかない。

誤魔化しもしない。

ちゃんと向き合ってやる。



「……私は、御母様の死を意外な程に冷静に受け入れ納得出来ています…

勿論、悲しみも、寂しさも有りますが…

それでも私には御兄様が、愛紗達が居ます

だから、生きて行けます

私は独りではないから…」



独白とも取れる言葉。

其処に込められているのが如何なる想いなのか。

理解しながらも気付かない振りを選んでいた。




誤魔化す様に意識から外し強引に思考を切り替える。

その想いに応えてやる事は難しい事ではない。

だが、今の弱者(自分)にはその資格は無い。

それが自分勝手な自己満足でしかないのだとしても。

今はまだ向き合えない。



「……俺も愛紗達も一度は家族を失っている

その時に感じた、喪失感・無力感・孤独感は今も尚、消えてはいない…

だけどな、母さんや華琳の存在は俺達の救いなんだ

“新しい家族”と言葉では簡単に言えるけど、本当は簡単な事なんかじゃない…

もしも、俺達が別の誰かに引き取られていたとしたら今の自分は無かった

そうはっきりと言える

母さんと華琳だったから、俺達は再び家族を得て──いや、家族に成れたんだ」



そう言って、華琳の方へと身体ごと振り向く。

暗闇の中、重なる眼差し。

戸惑いと憂いに揺れている円らな双眸は、今にも降り出しそうな曇天の様で。

心底意地っ張りな妹の姿に小さく苦笑を浮かべる。



「…だからな、華琳?

お前も素直に為ればいい

一人で背負おうとするな

俺が一緒に背負ってやる

我慢しなくてもいいんだ」


「…っ……御兄、様っ…」



くしゃりと紙を潰した様に歪んだ華琳の表情を見て、右腕を伸ばして抱き寄せて胸の中に抱き締める。

しっかりと、強く。

あの日、母さんが俺に対し抱き締めてくれた様に。



「…っ……ぅぅ……ぁ…」



小さな二つの掌が俺の服を強く握り締める。

隠す様に押し付けた額。

布地越しに肌に伝わる熱く乱れた吐息。

静寂の宵闇に滲む嗚咽。

背中を、頭を優しく撫で、離さない様に抱く。


どんなに星が瞬いていても美しさでは拭えない。

温もりだけが拭える。

人は美談が好きだ。

しかし、本当に大切なのは確かな温もり。





 華雄side──


新しい家族が出来て一年。

“まだまだ、これから!”という時に、母の急死。

正直、残された私達の心は不安で一杯でした。

でも、若が──忍が居る。

忍の存在が私達の心を支え生きる力をくれている。

それは確かです。


…え?、「どうして、心の中では忍なのか?」。

それは…その、アレです。

は、恥ずかしいので。

いえ、自分は忍から真名で呼んで貰いたいのですが、自分まで真名で呼ぶのは…ふ、夫婦みたいですから。

いえ、そうなる事は全然、嫌じゃないですよ?。

でも、まだ早いと言うか、私達は子供ですから…。


──ではなくて。

私達は一度、家族を失った経験が有ります。

勿論、「だから、大丈夫」という訳では有りません。

やっぱり、辛い事は辛く、悲しい事は悲しいので。

慣れる事は有りません。


そんな私達の事よりも一番心配なのが華琳です。

実母である母の急死です。

それも、あまりにも唐突で普通なら理解出来ません。

でも、華琳は聡明です。

心配になる程に。

母には勿論、私達にだって弱音は見せませんから。

だから、忍が頼りです。


私達に出来る事は普段通り必要以上に構わない事。

心配して過ぎてしまえば、華琳が気を遣いますから。

その辺りは難しいですが、出来無い事は有りません。


忍が「村を離れる」という話をしてから共に旅立ち、一週間程経ちます。

旅の当初、私達が直面した問題は意外でしたが何とか改善は出来ました。

…最低限は、ですが。


そういった事も有り私達も必要以上に華琳に気を遣う事は有りませんでした。

ただそれでも、華琳の心の中に溜まっているでしょう感情が有る事は判ります。

“経験者”だからこそ。

そんな中での初の野宿。

これは好機だと私達は考え忍と華琳が一緒に為る様に策を講じました。

注意すべきは華琳だけ。

忍には気付かれても問題は有りませんから。

寧ろ、気付いてくれた方が私達には好都合ですが。


──結局、私達自身も旅の疲れが有ったのでしょう。

何時の間にか眠ってしまい気が付いたら朝でした。

起きた時、愛紗と顔を見て溜め息を吐いたのは内緒。

愛紗と共に身支度を整え、朝餉の用意と野宿の片付けをする為に外に出て見れば二人は既に起きていた。

相変わらず早起きですね。



「二人共よく眠れた?」


「──え、ええ…」


「一度も起きずに…」


「そう…もし、まだ疲れが有る様なら言いなさいよ?

先は長いのだから」



──と笑う華琳を見ながら変化に口元が緩む。

昨日まで華琳に感じていた危うさが消えていたから。



──side out。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ