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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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19話 通り雨の様に。


新しい人生が始まってからあっと言う間の様に季節は移り変わり、三年が経過。

華雄──梨芹が宅の家族に加わってから一年。

その中で、特筆すべき事は関羽──愛紗達から真名を受け取った事だろう。

まあ、梨芹の加入後直ぐに愛紗とは預け合った。

その時、「なら、私も」と言って梨芹が譲らなかったという事で預け合った。

その時の華琳達の不機嫌で獰猛な眼差しに悪寒を感じ暫くの間、自分の警戒心が凄く高かった事は、今では懐かしい思い出だ。



「若、美味しそうな猪です

今夜は鍋にしましょう」



そう話し掛けてきたのは、茂みに身を隠す様に屈んだ一緒に狩猟中の梨芹。

梨芹の言葉に彼女の視線を辿れば丸々と肥った猪。

猪とくれば鍋、というのが我が家の常識に為った。

何時からかは判らないし、考えようとも思わない。

美味い物は美味い。

それで十分だからだ。


猪の周囲を見ても他に姿は見当たらない。

どうやら単独みたいだ。

となると、楽勝だな。



「おー…確かに美味そうだ

じゃあ…梨芹、遣るか?」


「任されましょう」



気付かれない様に小声での遣り取りな訳だが。

それでも梨芹の声が僅かに弾んでいる事は判った。


得物である戦斧──実際は割れた手斧を手入れして、長めの柄に付け替えただけという俺製の紛い物──を握って茂みから飛び出す。

その音に猪は気付いたが、相手が悪かった。

遠距離からの弓矢とかなら逃げる時間も有った筈。

…まあ、“一般人が相手の場合なら”だけどね。

原作の華雄に比べれば今はまだまだ弱いだろう。

それでも能力は別格。

活かす為の戦い方さえ身に付けていれば、猪程度なら楽勝だったりする。

それを証明する様に梨芹は判断に迷った猪に肉薄し、一振りで首を刎ねた。

うん、見事としか言えない位に綺麗な一撃だ。

十二歳の女の子の技だとは誰も信じない位に。



(う〜ん…これ程にか…)



愛紗で理解していたつもりではあったんだが。

梨芹も十分にチートだ。

ただ、愛紗と梨芹の違いは梨芹は脳筋・戦闘脳寄りのタイプだって事。

自重している愛紗に比べて梨芹は素直と言うか本能に忠実に行動する。

勿論、普段は違うよ。

ただ、戦闘関係に為ったら“ガンガン往こうぜ!”を平気で遣るんですよ。

“命を大事に!”が基本な俺としては大変なんです。

まあ、今はまだ俺が勝てる状態だから良いけど。

うん、将来は猪に為らない様に教育しないとな。


見なくても判る位だけど、最後まで気を抜かない様に意識を保ち、仕留めた猪が絶命した事を確認。

此方を振り向いて屈託無い笑顔で手を振る梨芹を見て心底そう思った。

原作では立場上仕方無く、残念キャラにされていたが現実問題としても可能性が否めない以上は油断大敵。

猪ではなく猟犬に。

…いや、それはそれで何か違う気がするな。

まあ、兎に角頑張ろう。

梨芹の為にも。




血抜きと下処理を済ませた猪を俺が担ぎ、山で集めた山菜等の入った篭を梨芹が背負って帰宅する。

家が見える所まで来た時、丁度華琳と愛紗も合流。

何が獲られるのか判らない山や川に対し、作物自体が判っている畑だから荷物を確認しなくても判る。

そう考えると狩猟民族より農耕民族の方が繁栄し易い理由が判る気がする。

食糧事情が安定してるって本当に大きい事だからね。



「鍋ね」


「鍋ですね」



そんな華琳達も猪を見るや梨芹と同じ様に断言した。

…うん、何だろうね。

この微妙に残念な感じは。

美少女達が鍋、鍋、鍋。

これがスロットだったら、フィーバーしてる所だね。

まだまだ色気より食い気、花より団子って事か。

良い様な悪い様な…複雑な気持ちに為ります。


そんな感じで談笑しながら家の扉を開けた。

その直後の事だった。



「──母さんっ!?」


「御母様っ!?」



床に俯せで倒れた母さんの姿を見て猪を放り出す。

直ぐに駆け寄る俺に続いて華琳達も回りに集まる。


俺は直ぐに右手を母さんの首筋に当て脈を取る。

触れた肌は夏場にしては、冷たい様に感じられた。

心が掻き毟られる。

脈が無い事が判ると直ぐ様母さんを仰向けにして耳を口元・胸元へと当てる。

呼吸・心音共に無し。

絶望が嗤っている。

逃げる様に、抗う様に。

俺は動きを止めない。

仰向けにした事で母さんの側頭部に裂傷が出来ている事が判り、血溜まりが有る事にも気付いた。

血は大分乾いている。

倒れたのは今ではない。

脳梗塞・心筋梗塞等幾つも可能性は思い浮かぶ。

だが、断定する術は無く、治療する術も無い。

助ける事は──出来無い。



「──糞っ!」



それでも、何もしないまま諦める事は出来無かった。

両手を重ね、母さんの胸に置いて心臓マッサージをし人工呼吸を行う。

それを遣った所で母さんが息を吹き返す事が有るとは思ってはいないが。

他には出来無かった。



「…御兄様っ…」



華琳の、愛紗の、梨芹の、泣き声が聞こえている。

それに応えたくて。

でも、俺は無力で。

何れ位、そうしていたのかはっきりとは判らない。

必死で心肺蘇生を繰り返す中で息苦しさに気付く。

鼻が詰まり、呼吸し難い。

視界が滲み、見え難い。



(──ああ、そっか…今、俺は泣いてるんだな…)



其処で、俺は手を止めた。

蘇生可能な時間を越えての奇跡を起こす術は無い。

母さんは──亡くなった。

その現実に向き合う。


命の恩人という始まり。

俺が今生で、初めて懐いた憧憬の女性。

そして──第二の母親。

何も返せないまま。

何も伝えられないまま。

突然の別離を迎えた。


夏の日の通り雨の様に。

唐突に降り始めて。

俺達の頬を濡らした。

風が大切な人を連れ去る。

遥か遠く、遥か高く。

二度と手の届かない天へ。

俺達だけを地に残して。




母さんの急死を村の皆にも伝えなくてならなかった。

現代日本の葬儀の場合だと喪主は華琳になるのだが、此処では厳密な遣り方等は確立されてはいない。

言い方は悪いが大雑把だ。

ただ、それに助けられる。

正直な話、俺は今の華琳に説明させる役を任せる事は容認し難かった。

だから、村の皆へは俺から話をする事にした。


当然ながら、心配されたし母さんの死を悲しまれた。

同時に惜しまれもした。

それはそうだろう。

現在の村に置いて母さんの影響は小さくはない。

勿論、その大元が俺である事は華琳達しか知らない。

──とは言え、人柄的にも母さんは人望が厚かった。

特に村の女性陣の悲しみは男達よりも深かった。

加えて、滅多に無い若さで母さんは亡くなった。

皆の不安は小さくはない。


葬儀──と呼ぶ程に立派な物ではなかったが、村中が総出で行ってくれた。

村長には悪いが、恐らくは母さんの方が上だろう。

個人的には墓荒し等の事を憂慮すれば火葬にしたいが技術的に難しい。

キャンプファイアの要領で木を組んでも焼死体化して終わってしまう。

綺麗には焼けない。

そうなる位なら、一般的な土葬の方が増しだった。


墓は俺達の希望も有って、家の直ぐ裏手に有る小さな丘の上に建てた。

陽当たりも良くて、春には傍らに咲く桜を眺めながら家族で花見をしていた。

俺達にとっても母さんとの思い出が有る場所だから。


悲哀に染まった村も葬儀が終われば日常へと戻る。

生きて行く為にも悲しみに浸っては居られない。

食べなければ死んでしまうという現実が有るから。

そして、それは俺達家族も同じだったりする。

悲しんではいるが、自然と御腹は空くものだ。

気持ちを汲まずにな。

だが、仕方が無い事だ。

まだ俺達は生きている。

生きて行かなくては。


そう、生きて行くんだ。

この命の有る限り。

生き抜く事を止めない。



「華琳・愛紗・梨芹…

お前達に大事な話が有る」



母さんの葬儀から一週間が経った日の夕餉の後。

三人を前に、俺は今までで一番真面目な態度を取る。


それに対して顔を見合せ、三人を代表する様に華琳が口を開いた。



「何でしょうか、御兄様」


「この村を俺は離れようと思っている」



そう言った瞬間。

一切の雑音が消えた様に、空気が張り詰めた。

時が止まったのではないかという気がする程に。

重苦しい静寂に包まれる。




茫然と為っていた愛紗だが俺が言った事を理解して、しかし、動揺を隠せなくて無意識に語気が強くなる。



「……な、何を──っ!?」



そんな愛紗を右手を上げて華琳は抑えた。

愛紗の方は見ていない。

真っ直ぐに俺を見詰める。

本の僅かな隙を見逃さずに捉えようとする様に。

物凄い威圧感で。


そして、短く一つ。

視線を切ってから溜め息を吐いて気配を緩めた。



「…そう仰有るのだろうと思っていました

御兄様、御自分の未熟さが赦せないのですね?」


「ああ…正確に言うなら、自惚れてた自分が、だ…

何だかんだで俺は華琳達を助けられた事に、何処かで慢心してたんだろうな…

“自分なら守れる”と…」



流石と言うべきか。

こういう時の鋭さは本当に恐い位に凄いな。

──と言うか、無理してる気がして心配になる。

可愛い妹よ、無理はせず、この兄に甘えなさい。

この兄を頼りなさい。

──今は情けないけど。



「…それは御兄様御一人の責任では有りません

私達も“御兄様が居れば”という思いが有りました

だから、この様な事は全く考えていませんでした

それに御兄様も子供です

どんなに優れていようとも御兄様は十歳なのです

抑、その事を私達に教えて下さったのは御兄様です

判っておられますよね?」



本音を吐露すれば慰めから鋭く斬り返される。

うん、容赦無いな、妹よ。

けど、その通りだ。

その事は否定しない。



「勿論、俺も判ってる

もし、もっと早く俺が村を出ていたら母さんを助ける事は出来たかもしれないが愛紗や梨芹を助ける事は…出来無かっただろう

だから、其処に後悔は無い

ただ、人間は欲張りだ

後悔をして、成長する

俺は──お前達を守る為に強くなりたいんだ

でも、これは俺の我が儘でお前達の為じゃない

俺自身が後悔しない為だ」



誤魔化しは利かない。

だから本心で語る。

但し、勘違いをして勝手に俺(重荷)を背負わない様にはっきりと言っておく。

華琳達の未来(みち)を俺が縛りたくはないから。




暫し、華琳と見詰め合う。

──と言うか、睨み合う。


其処に色気なんて皆無。

ゴゴゴゴッ…と背景に音が文字と為って顕現しそうな位には本気で。

背後に化身が現れるのなら華琳の化身は龍だろうな。

俺の化身は………道化師?辺りが妥当かな。

……つい、華琳と道化師で夏侯惇を思い出したのは、原作を知る身であれば別に可笑しくはない筈。

そう言えば、この世界での夏侯姉妹は如何な者か。

想像出来そうで出来無い。



「…御兄様の意思の固さは十分に判りました

今更、私達が何を言っても無駄でしょうから御兄様を御止めは致しません」



──なんて考えている間に華琳が納得してくれた。

理解有る妹で助かる。

俺も安心して留守を任せる事が出来るよ。



「いつ、発たれますか?」


「…明日にでも、だな」


「…そうですか──では、愛紗・梨芹、私達も準備を急ぎましょう」


「──は?、え?、いや、ちょっ、か、華琳?」



思わぬ一言をカウンターで貰ってホワイトアウト。

いや、ブラックアウトか。

まあ、何方でもいい。

其処は重要じゃないから。


問い詰め様と口を開く。



「私が後悔しない為です

文句は有りませんよね?」


「…………………はい…」



──前に、KOされる。

思わず、Orzしてしまいそうな程に“良い”笑顔で華琳に断言される。

自分で言った台詞を見事に使って遣り返されては俺に抵抗する術は無かった。


敗北感に項垂れている俺を放置して華琳達は荷造りをテキパキと開始した。

──と言うか、華琳だけは既に概ね出来ている様だ。

…読んでいれば当然か。


母さん、貴女の娘達は皆、逞しく成長しています。

安心──出来るかどうかは判りませんが、これからも見守っていて下さい。

俺も頑張ります。














         とある義妹の

         義兄観察日記(えいゆうたん)

          Vol.7
















 曹操side──




■月□△日。

一週間振りの日記。

それも仕方が無い事。

日記を付けている余裕など無かったのだから。


御母様が亡くなった。

あまりにも突然の出来事で思考が追い付かなかった。

けれど、御兄様の姿を見て現実なのだと判った。

いつも冷静で、優しくて、少し意地悪だけど強くて、とても頼りになる格好良い私の最高の御兄様が。

泣いていたから。

その姿に私も、愛紗達も、何も言えなかったけれど。

理解する事が出来た。


御母様を弔い、一週間。

御兄様から御話が有った。

予想していた通り。

御兄様は村を出るとの事。

だから、私達も一緒。

独りにはさせません。

一人で背負わせません。

私達が──私が一緒です。

私が御兄様を支えます。




書き終わって、読み返す。

直す為ではない。

気持ちの整理の為に。


御母様が亡くなった。

確かに、悲しくないという訳ではない。

けれど、それ程ではない。

薄情なのかもしれない。

だけど、それはきっと私が“女”だからでしょう。

御母様は亡くなった。

しかし、御兄様が居るなら私は生きて行ける。



(…酷い娘だわ、私は…)



普通なら──愛紗辺りなら自己嫌悪に陥るでしょう。

御母様の死によって涙する御兄様の姿を見て──私は御母様に嫉妬した。

勿論、それが御母様を母と慕っての事なのだけれど。

御兄様が無意識に泣く程に想われている御母様の事が羨ましかった。

御母様の死を悼むよりも、悲しむよりも、嫉妬の方が強かったのだから。

本当に親不孝者な娘だわ。



(──だけど、これで私は良いのよね、御母様?)



生前、御母様から一つだけ言われていた事が有る。

将来、この地を離れたなら私達は世の中に、時代に、何かを感じる筈だと。

そして、選ぶ道は二つ。

私自身が背負い、歩むか。

御兄様を支え、歩むか。

何方等かに為ると。

御母様は断言していた。

それは、まだ判らない。


しかし、何方等であろうと御兄様を独りにしない事。

決して、御兄様から離れる事はしない様にと。

御母様に言われている。

それは距離の話ではなく、心の問題として。


今なら、判る気がする。

御兄様の涙を見て。

御兄様の危うさに気付いた今だから感じられる。



(…思えば、初めて逢った時から御兄様は自分よりも私達を優先していたわね)



御兄様は自己犠牲を嫌う。

けれど、無意識に御兄様は自己犠牲をしている。

他でもない、私達の為に。

矛盾し、歪んでいる。

判り難く、気付き辛い。

だから、私が繋ぎ止める。

御兄様が壊れない様に。

自分を見失わない様にね。



──side out。



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