想いを継ぎ繋ぐ
その姿を、見た目を。
どう表現するのが正しいのか。
正直、その正解が判らない。
人にも見えるし、獣にも見えるし、植物にも見え、蟲や魚、あらゆる自然界の存在が混在する。
スライムの様に不定形で。
影の様に不気味に蠢き。
しかし、何かと断定する事が出来無い。
………いや、そうではない。
コレを、特定の何かとして認識する事。
それ自体を俺の本能が拒絶している。
そうする事は、コレを一つの存在として認める事。
だが、コレは存在していてはならないもの。
だから、本能が決して認識しない様にしている。
恐らくは、そういう事なんだろう。
そう理解すれば、余計な思考は切り捨てる。
どういう姿形なのか、どういう存在なのか。
そんな事は、どうでもいい。
今、自分が遣るべき事は唯一つ。
世界ですらも持て余す程の歪み。
それを除去する事だ。
「外法の治療だ、御代は高いからな?」
そう請求書を叩き付け──疾駆する。
様子見などせず、一瞬で相手の懐に入る。
右の掌に纏わせながら集束させた赫羅。
触れたら最後、瞬滅させる必滅の一撃。
──が、やはり、相手も相手。
「──で、それが?」と余裕綽々で見下すかの様に自分の一部が消滅しようと御構い無し。
腕──みたいな部分を俺に向かって伸ばす。
即座に飛び退き回避。
──した筈が、まるで俺の影の様に付いてくる。
予備動作も無く、可笑しな動きも無く。
しかし、それが当たり前であるかの様に。
飛び退きながらも、相手は俺と同じ距離のままで、空間を滑っているかの様に追ってきた。
(────っ、厄介だなっ、糞ったれっ!)
愚痴りたい──いや、毒吐きたい衝動に駆られても仕方が無いと言いたくなる。
此方が考えない様にしようとしているのに。
そうする事を許さない様に、邪魔する様に。
考えずにはいられない状況を作り出してくる。
それが非常に厄介。
俺のスタイル上、考える事を常としているが故に。
こういう時にはマジで舌打ちしたくなる。
考える事を禁じられ、それでも最低限の思考は必要という矛盾する中でも無理難題なのだから。
ただ、考える事──思考力こそが人間の進化の源。
故に、思考力を失った時、人は人ではなくなる。
そう、ただの動物──いや、生物に成り下がる。
判り易い例が賊徒だろう。
自ら社会性を放棄し、獣以下に堕ちていく。
そんな愚かな真似が、思考しなくなる事。
その先を考えられなくなった時。
人は人としての価値を失うとすら言えるだろう。
勿論、病気や怪我、障害や老化による影響は別。
それらは意味が違うのだから。
一緒にする事自体が間違い。
一括りにしている思考の方が可笑しいのだから。
──とか考えて無理矢理に切り替える。
拘るのは不味い──が、考えなくてはならない。
だから本当に面倒だ。
無意識に見た目に左右される。
染み付いた経験則が故の落とし穴。
人──いや、動物とは全く異なる動きは予測不能。
しかし、それでも磨き上げ、作り上げた戦い方には経験則というのは付随してくるもの。
それを意識的に無くす事は難しい。
その逆は出来るにしてもだ。
(──ったく、雪蓮や蓮華が見てなくて良かった…
見られてたら俺の説得力が無くなるからなっ!)
偉そうに言って置きながら、自分は大苦戦。
格好悪いったら有りゃしない。
男としての──否、師としての沽券に関わる。
男として、夫としての沽券は別で実証出来るので。
──とか考えながら何とか振り切り、退避。
良い子は不用意に懐に入るのは止めましょう。
御兄さんとの約束だぞ?。
「──って、現実逃避してる場合じゃないかっ!」
「──なら、コレは?」とでも言う様に。
裏拳を放つ様な動作から、投網を打つかの様に。
その腕を変化させ、蜘蛛の巣の様に広げる。
伸縮性・拡大範囲は不明。
──と言うか、限りが有るとは思わない。
何しろ、此処は相手の本拠地。
地の利は相手に有るのだから。
だから、取り敢えず、回避。
──が、しかし、躱し切れず、右腕が捕まる。
触れただけで、特に変わった感触はしない。
ただ、それが異常だと即座に理解する。
その瞬間、無造作に掴み取る様に。
問答無用で右腕を持って行かれる。
通常の認識よりも大分遅れて痛みが来る。
しかし、痛みなど今更気にする事ではない。
片腕の消失、その事実の方が痛い。
それは間違い無く致命的なのだから。
だが、此処でなら、話は別。
いや、此処だからこそ、可能な事だと言える。
血が吹き出し始めるよりも早く。
右腕の消失面。
其処を、赫羅で灼く。
灼いて──消失したという結果を滅ぼす。
生と死の境界線。
狭間の世界だからこそ出来る裏技。
勿論、赫羅という鍵が有ってだが。
奇術というのは、そういう物。
焔が煌めき、次の瞬間には右腕が戻っている。
打付け本番、「遣るしかないだろっ!」な状況で。
我ながら突飛な発想が出来るものだと思う。
まあ、それもこれも前世の知識の御陰。
アレやコレやと想像を膨らませ、生み出してくれる前世の想像者の皆さんの御陰です。
その想像力、思考力が、俺に可能性を示す。
俺により自由な選択肢を与えてくれる。
──と言うのは流石に大袈裟だが。
普通なら出来無い事も今だけは可能。
そうと判れば、遣り方は色々と出て来る。
(どの道、除去する規模が判らないんだ
だったら、確実に削り取って行くしかないしな)
此処は相手の本拠地だ。
しかし、必ずしも相手が絶対優位な訳じゃない。
此処は──隔離世狭間は、生と死の交わる天地。
つまり、生者にも使用権限は有る。
「座すは天に、至るは地に、廻れ、氷月の銀環!」
その台詞と共に天地に生じるは透銀の凍牙。
台詞とは違い、氷ではなく、凍らせる牙。
それが円環を描く様に、満月が現れるかの様に。
天地を埋め尽くしてゆく。
再現するは我が魂の嫁、“不夜原 深咲”の極業。
本来は自分中心の範囲攻撃。
ただ其処はほら、彼女へのリスペクトと深い愛からアレンジを加え、“一対象を中心”に変更。
その対象は勿論──貴方です。
ハンバーガー宜しく、ビッグに挟む。
一度、牙が触れれば何処までも凍らせる。
それは魂でさえも問答無用に。
だから、それに気付けば直ぐに反応する。
──筈なんだけど……ガン無視ですか…。
いやまあ、それはねぇ……貴方に痛覚が有ったり、恐怖心が有るとは思いませんけど…。
少しはリアクションしてくれたっていいじゃない。
少しは此方にも付き合ってくれもいいじゃない。
──なんて思ったのが不味かったですかね。
バチバチッ…と黒い放電が見えた。
その瞬間、身を屈め、縮め、赫羅を球形に展開。
直後、落雷が直撃した様な轟音と衝撃が襲う。
「み、耳がァアアッ!?」とは流石に為らない。
赫羅で雷撃だけではなく、雷鳴すらも灼く。
そうする事で音波も衝撃波も無効化。
──とは言え、視界は瞬間的に奪われる。
目蓋を閉じ腕を交差させて顔を庇い、眼を焼かれる事は避けたが、視界は潰れたも同然。
気付いた時には、赫羅で灼かれる事も気にしないで強引に振り抜いた一撃が身体を弾き飛ばす。
備えていたとは言え、両腕・両膝が一撃で破砕。
骨だけでなく、筋肉も血管もズタズタに。
木っ端微塵ではなかっただけ良かったのか。
或いは、その方が楽だったのかもしれない。
消失したなら、一瞬で元に戻せる。
だが、残っている以上、回復──復元には時間が。
本の1秒・2秒という差でしかないのだが。
その1秒が、次の一手の後先を分ける。
「────っ!?」
「もう逃がさない」と言わんばかりの追撃。
御互いに間合いなど有って無い様なもの。
その為、100m離れていても射程圏内。
況してや、反射的にとは言え防御姿勢を取った為、一瞬だけ抵抗が生まれ、その分、飛び遅れた。
それが追撃を許す時間を与えてしまった。
視界の端に捉えた影。
其処に瞬間的に膨大な氣を収束。
相手が触れた瞬間に起爆。
その衝撃で、自分も吹き飛ばす。
自爆も選択肢の一つ。
その覚悟がなければ、戦う事など出来はしない。
敗ければ全てが終わる。
これは、そういう戦いなのだから。
(──って思ってても痛いものは痛いけどなっ!)
此方は生身の生者、痛みは感じない訳じゃない。
それだけでもハンデとしてはデカ過ぎる。
──が、不平不満を言っても意味は無い。
本物の戦いに公平さなんてものは皆無。
生きるか死ぬか、喰うか喰われるか、弱肉強食。
ただそれだけなのだから。
氣を、赫羅を使い、損傷した肉体を治癒・復元。
左足で着地し──そのまま右足で地を蹴って退飛。
一時的に距離を開けても間合いは取れない。
僅かでも──1秒分で構わない。
その為の距離を稼ぐには自ら動いて作り出す。
その僅かな時間で観察し、自分の仮説を確信へ。
如何に相手が世界の一部だろうとも。
決して無限や不滅ではない。
そして、何故、隔離世狭間に居るのか。
その名の通り、隔離する為だと。
勿論、簡単な事ではない。
だが、削って行けば確実に減少させられる。
それが判れば、後は根比べだ。
何方等が先に尽き果てるか。
しかし、長期戦に持ち込めば不利でしかない。
だから、出し惜しみは一切しない。
氣を、赫羅を両手で圧縮しながら収束。
普通の炎──熱エネルギーなら、遣っている自分の方が先に消失してしまう程の超高密度圧縮。
その気配には流石に危険性を感じたのか防御姿勢。
だが、一歩、此方が早く動く。
ヒーローの必殺技の様に突き出した両手。
解放され、直線的且つ放射状に広がる閃光。
視界の中の大部分を呑み込み──隔離世狭間自体の景色さえも一変させてしまう。
その、あまりの威力には遣った俺もドン引き。
それでも尚、存在しているのだから笑うしかない。
彼方等此方等から紫黒の煙の様な、障気の様な物を上げながらも、俺を睨み付けてくる。
憎悪や敵意・殺意は勿論、闘志や戦意が有るのかも怪しい所ではあるのだが。
………どうしてなんだろうな。
俺には“歓喜している”様に感じられるのは。
まあ、それは俺の勝手な解釈なんだろうけど。
少しだけ、俺の方も楽しくなってくる。
「…本当になぁ…面倒臭過ぎるだろ、コレは…」
色んなゴタゴタの総決算。
人類の、世界の、何もかもを押し付けられ。
未来という人質を取られた上で。
遣る以外の選択肢が無い。
そんな状況で、色んなものを背負っているのに。
どうして、こうなるんだか。
自分でも自分が理解出来無い。
ただ、一つだけ言える事が有るとすれば。
「…ったく…結局は俺も馬鹿だって事か…」
こんな状況で有るにも関わらず。
今尚、自分の在り方を貫こうとする。
そんな、どうしようもない馬鹿らしい。
右の掌に赫羅を纏わせ、其処に左手で柄を握る様に合わせて──抜刀する。
全身を覆っていた赫羅を攻撃に全振り。
「どんな縛りプレイだ」と言いたくなる。
それなのに──これでいいと思うのだから困る。
ああ、本当に…死んでも馬鹿は直らないらしい。
「──さあ、行くぞ!、“天灼赫羅”っっ!!!!」
天之器が俺を映す鏡ならば。
この一振りの太刀──絶刃こそが、真の姿。
そう断言する事が出来る様に。
その輝きは燦爛と昂り、猛り狂う歓喜の如く。
曹操side──
愛紗達が塔から放り出されてから半刻程。
唐突に、頭上で雷鳴の様な音と閃光が生じた。
少なからず兵達の間に生まれる動揺。
けれど、此処に立つ事を許されたのは精鋭ばかり。
御兄様の信念を理解し、その薫陶を受けてきた。
故に、それは本の僅かな事。
だから、私達は即座に退避命令を出した。
それは確かな理由が有っての事ではない。
ただ、御兄様の邪魔にだけはならない様に。
私達は妻として、臣兵として、結末を見届ける。
その意を、兵達も汲み取ってくれた。
そう、当たり前の様にしている事なのだけれど。
それが如何に難しく、常とし難い事なのか。
私達自身、理解しているから、尚更に判る。
御兄様という存在が如何に世に大きな影響を齎し、導いているのか、という事を。
そして──益々惹かれていく自分を。
「…派手に遣っているわね」
「それはつまり、アレは御兄様が?」
「ええ、戦っている余波でしょうね
まあ、私達の理解を超えた領域での話だけれど」
そう呆れる様に、しかし、とても誇らし気に。
苦笑を浮かべながら言った咲夜の横顔を見てから、塔の方へと視線を戻した。
塔の頂上──いえ、天上で。
今も尚、稲光が奔っているかの様に。
けれど、其処には一欠片の雲も無い。
疾うに──最初の余波で。
塔を覆っていた雲は全て吹き飛んでいた。
だから私達が見るのは文字通りの“青天の霹靂”。
それも、普通の雷とは違う。
薄く作った紙を透かして見ているかの様に。
目に見える空の向こう側で閃く雷虹。
それは禍々しくも、何処か、神々しくもある。
何とも形容し難い不可思議な光景。
それを見詰めながら──ふと、思い出す。
まだ御母様が生きていて、愛紗が家族になる前。
御兄様が空を見上げながら仰有っていた事。
「全ての存在、それ自体に表裏は無い
ただ、それは個に限った場合の話だ
個ではなく、複数の者が集まった共同体──所謂、社会の中では、個は個としての在り方を貫き通す事というのは難しくなる
集まれば集まる程、その規模が大きくなる程に
個の価値観や遣り方は通用しなくなるものだ
そして、個と個が打付かれば軋轢が生じる
その辻褄合わせが世の中の秩序だ」
──という事は。
今、御兄様が為さっている事こそが秩序その物。
世界の在り方から外れた存在を除去する。
それはつまり、私達の感覚で喩えるなら──
「…宛ら治療、ね…」
多分…いいえ、御兄様だもの。
もう既に気付いていらっしゃるのでしょう。
御兄様が仰有っていた“天命”が何であるのか。
だけど、絶対に他言したりはしない。
だって、御兄様だもの。
だから、それを支えるのが私達の使命。
天意なんていう不確かな理由ではなく。
私達自身の、私自身の、意志による、命の使い方。
御兄様の血を、意志を、在り方を、遥か未来へ。
繋いでゆく事こそが、私達が女として生まれた理由であるのだと。
今、はっきりと理解したわ。
それは私だけではなく、皆も──咲夜でさえも。
“前世”という繋がりではなく。
“現生”にて結い、紡ぎ、成してゆく。
御兄様と共に歩み、生きる事なのだと。
その光景を目の当たりにして。
特大の轟鳴が響き渡り、空を揺らす程の激震。
そして──新たな陽が現れた様に塔の頂きが耀く。
幻想的で、神秘的で──けれど、全ては現実。
耀く陽から現れた眩いばかりの焔の一刃。
軽く、撫でる様に振るわれた。
たったそれだけで。
竹が割れる様に裂け、光の粒の様な塵芥と化して、天に昇る様に消えてゆく塔。
左右に裂ける、その中を。
まるで、天より降臨される様にして戻られる。
……………………………御兄様、神々し過ぎます。
嗚呼、何故、この光景を広く伝える術が無いのか。
それを心底恨めしく思うわ。
「………ねえ、咲夜」
「何?」
「沢山の人に、或いは、場所に
私が見聞きしている物を同じ様に見せられない?」
「あー……まあ、そう思う気持ちは判るわ」
そう話しながらも私も咲夜も視線は釘付け。
一瞬足りとも、余所見をしようとは思わない。
この光景を、忘れえぬ様に心に刻み付ける為に。
その一方で、この葛藤を咲夜に話す。
ただ、その反応からすると心当たりが有るわね。
そしてそれは、きっと御兄様にしても同じ。
ただ、今直ぐには出来無い。
そういう事なのでしょう。
だから、尚更に悔しく思う。
そんな私の心中を察したのでしょうね。
咲夜が苦笑しているのが判る。
「そうね……映像は難しいけど、“写真”なら」
「写真?」
「簡単に言えば、見ている景色等を絵にするのよ
人が描く訳じゃなくて、在りの侭を写すの」
「それなら、実用化が可能なの?」
「可能というか…多分、忍が造ってるわよ」
「御兄様が?」
「自分の事は兎も角、愛妻家で子煩悩だもの
家族の記録を残す為に、ね」
成る程…確かに御兄様であれば有り得るわね。
私達に言えば、どういった使い方をされるか。
想像するのに難くはないでしょうから。
それはそれとして。
御兄様の姿を見詰めながら、今、思う事。
物語というものは始まれば、必ず終わりが来る。
それは必然であり、当然の事。
けれど、御兄様の物語は今、漸く始まりを迎えたに過ぎないでしょう。
まだまだ、これからが本当の御兄様の物語。
私は、その物語の登場人物であり──語り部。
稀代の──いいえ、後にも先にも列挙する事ですら烏滸がましいとまで謂われるだろう大英雄。
その第一妻にして、最愛の義妹。
そう、これは御兄様と私の紡ぐ物語なのだから。
私達家族の物語。
──side out