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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   転寝に見る夢を


白蓮達が脱落した後も俺達は気を緩めはしない。

三階、四階、五階…と順調に踏破して行き。

現在は九階を進んでいる。


幸いにも、此処まで次の脱落者は出ていない。

──とは言うものの、疲労感が目に見えて濃い。

特に、精鋭とは言え、飽く迄も基準を越えただけ。

俺達とは圧倒的な開きが有る以上、兵達は辛い筈。

俺は兎も角、愛紗達にも疲労の色は滲んでいる。

だから、休息を取るべきなんだろうが。

出来れば休ませて遣りたいが…それは厳しい。

消耗した氣の充填なら、俺がしてやれる。

しかし、肉体的・精神的な疲労感は解消し難い。

勿論、疲弊している肉体を癒す事は出来るが。

肉体的な疲労感も半分は精神的な疲労。

そういう意味でも、1時間──いや、30分。

じっくりと、ゆっくりと。

皆に休息を取らせて遣りたいのが本音だ。


ただ、俺が下手に言うと士気や集中力に影響する。

平時ならば、「自分を気遣ってくれるなんて…」と好感度を上げるだけなんだが。

この状況では、「自分は足手纏いに…」と思わせて追い詰めてしまう可能性が高い。

難しい状況だからこそ、励まし合い、支え合うべき場面なのかもしれないが。

同時に自分達の双肩に掛かる重圧も判っている。

だからこそ、俺にしても迂闊な真似は出来無い。

一つ間違えれば、兵達は総崩れになるだろう。


敵との遭遇──戦闘が一切無い事も、その一因。

戦闘による疲労の蓄積なら休息も取り易い。

無理をして負傷した結果、脱落する。

最悪、死亡する可能性を考えれば、休息は必須。

ゲームでも細めな回復が攻略の成否を分ける。

これは現実だから尚更にだ。


しかし、実際には戦闘は皆無。

基本的には長距離・長時間の移動が殆んどで。

先へ進む為の仕掛け(ギミック)は有るが、罠は無し。

だから、「疲れました」とは言い難い状況になる。


もし、こうなる事を相手が想定しているなら。

相当厄介な思考の持ち主、という事になる。

偶然の産物だとしたら、それはそれで怖いが…。

意図的に遣られているよりかは、幾らか増しだ。


──等と考えながら進んでいると、小部屋に出た。

“小部屋”と言っても、一辺10mは有る広さ。

此処までの規模が可笑しいから感覚も麻痺する。

まあ、こんな風に自分で訂正出来るなら問題無い。

それが出来無くなってきたら、かなり危険だ。

少なくとも、普段通りではなくなった証拠だしな。


ただ、見た目が何も無さ過ぎる。

今まで仕掛けが有った部屋に比べると簡素。

それだけに慎重に、そして入念に調べてみる。



「………特に何も無い様だが…どう思う?」


「取り敢えず、中央に固まって一休みしよう

もし、何か起きるにしても端に居ると分断されたり回避が出来辛くなるからな

それなら中央で固まっている方がいい

“落とし穴”が開いたとしても全員一緒だ

その方が、削られるよりは増しだ」



そう話し、皆の同意も取って休息を取る。

全てを読み切られている気がして嫌だが…。

今は皆に休息を取らせる事の方が重要だからな。

相手の思う壺だろうと構わない。

これは必要な事なんだから。




そんな訳で警戒しつつも、雑談しながら1時間。

特に何事も無く、休息を取っていたら。

入ってきた側の対面の位置の壁に扉が現れた。

──と同時に、四面の壁に二ヶ所ずつ、色が変わる部分が現れ、中央には人一人が入る程の円陣。

そして、扉には「先へ進めたくば身を捧げよ」と。

明らかに犠牲(・・)を強いる一文が。

それが意味する所は直ぐに解る。


壁の色が変わった所は押すと引っ込んだ。

押し続けなければ(・・・・・・・・)ならない。

それが八ヶ所の有るのだから、八人。

そして…恐らくは中央の円陣にも一人。

つまり、九人が此処で脱落する事が決まった。



「…忍、扉を開ける役目は私と兵達が遣ろう」


「──っ、冥琳、それは…」


「もう、本当は判っているのだろう?

兵達は皆、限界だ

今後、戦闘が起きれば確実に脱落してしまう

私も軍将の皆に比べれば、難しいだろう

それならば、此処で役に立てる方が本望だ」



そう冥琳が言い、兵達の顔を見れば…頷いて返す。

「覚悟は出来ています」と言わんばかりの眼差し。

俺の身勝手な、都合の言い思い込みではない。

「脱落では済まないかもしれないんだぞ?」と。

その危険性を問う俺の視線を受けて、だ。


そして、問答している時間が惜しいのも現実で。

冥琳達が折れる可能性は無いだろう。

何故なら、この塔の攻略こそが今は最優先。

その為の犠牲を厭っている場合ではない。


結局は、それを受け入れる事しか出来無かった。

明命と抱き合い、「もしもの時は直を頼む」と。

そう笑顔で伝えた冥琳に明命は涙を堪える。

俺は無言のまま冥琳を抱き締め──唇を重ねる。

皆の前だろうが気にしない。

「御前は俺の妻だ」と示す様に。

一時、離れるだと信じて。


冥琳達が配置に付き、扉に手を当てれば抜ける。

考えが間違ってはいない事を確認した後。

俺が先頭になり、扉を抜けて行く。

最後になれば、俺は躊躇うかもしれない。

だから、先頭を進む事で覚悟を示す。

どの様な結果になろうとも。

全てを受け止め、背負って行く、と。


そんな俺の後ろ──二番目に続く明命も繋いだ手を強く握り締めながら前だけを見て進む。

振り返る事、嘆く事は──冥琳達への侮辱だと。

そう自分に言い聞かせる様にして。




先に進めたのは俺を含めて十二人。

三十一人で入った事を考えれば残りは三分の一。

まだ三割が残っている、と考える事も出来る。

前向きに考えるなら、冥琳達も脱落した。

その可能性は有る。

しかし、“犠牲”を連想させる表現は初めて。

だからこそ、言い表せない感情が俺達の心に生じ、誰一人として何も発しないまま。

足と時間だけが進んでいった。


そして──冥琳の言葉が予言していたかの様に。

辿り着いた広間で、初めての戦闘となった。

それは遣り場の無い感情を打付けるかの様に。

八つ当たりしているかの様に。

連携しながらも、俺達は荒々しく暴れ回った。


兎に角、目の前に居る敵が憎くて仕方が無かった。

それが八つ当たりだと判ってはいても。

俺達の心を、繋がりを。

弄ぶ様な遣り方に、何も感じない方が無理な話で。

そうなるのは当然の事。


それ故に──視野も思考も狭窄化していた。

揺さ振られ、感情的になった死角を突かれた。


俺達が気付いた時には、流琉と紫苑が消えていた。

何時、何処で、どの様な形で。

二人が消えた(・・・)のか。

誰も気付いてはいなかった。


その油断に対する後悔と自責の念は半端無く。

しかし、それに囚われ、此処で同じ失敗を繰り返し歩みを止める訳にもいかない。

そう皆に、自分自身に言い聞かせて先へと進む。

そうする事しか出来無かった。


そんな俺の手を引き──胸に抱き締める愛紗。

顔を見ずとも、匂いと感触、肌感(・・)で判る。



「少し落ち着きましょう、忍

貴男だけの責任では有りません

これは私達全員の責任です」


「…大丈夫だ、愛紗、判ってい──」


「──いいえ、判っていみせん

忍、はっきり言って置きます

この先、何が有ろうとも私達の役目は唯一つ

貴男を(・・・)敵の所に行かせる事です

その為に犠牲が必要なら──私達は迷いません」


「──っ、だが、愛紗──ンッ!?」



反論しようと顔を上げれば唇を塞がれる。

「問答無用です」と言わんばかりに。

たっぷり、ねっとり、じっくりと。

愛紗は俺を味わう様に舌を絡め、吸い、貪る。


気が済んだのか、解放された──と思う隙も無く、直ぐ様、梨芹に顔を引き寄せられ、唇を奪われる。

そうして、残っている皆に示されて──判る。


この戦いは、皆で戦ってはいる。

だが、本当の意味では、これは俺の戦いだ。

俺にしか…俺以外には勝ち目の無い戦い。

それを俺よりも理解しているからこそ。

愛紗達は──冥琳は真っ先に自ら示した。


ただ、直接的には言わなかったのは冥琳が俺の事を気遣っていた為。

もし、あの場で率直に言われていたら…。

俺は一度脱出し、出直す事を選んだかもしれない。

「それでは駄目だ」と冥琳は思ったのだろう。

…いや、立場が逆なら、俺も同じ様に思うな。


それを判っているから。

冥琳は愛紗達に託す形で、自ら残った。

ただそれでも、感情的になった事は事実で。

だからこそ、今此処で、愛紗達は覚悟を示す。

俺の迷いを断ち切る為に。



「…この事は、華琳(教祖)には言うなよ?」


「それは貴男の誠意(・・)次第です」



照れ隠しに華琳を出汁にすれば、愛紗は揶揄う様に笑みを浮かべて言外に要求してくる。

そんな、いつも通りの俺達の遣り取り。

当たり前の日常が如何に大切なのかを再認識。

判っているのに。

判っている筈なのに。

時として、人は慣れてしまうものなのだと。

改めて気付かされ、改めて意識する必要性を知る。


当たり前の事を当たり前に出来る。

それは本当に素晴らしい事なのだけれど。

その当たり前に慣れてしまう事は違うのだと。

そう気付く事は中々出来無いもの。


だから、俺は、俺達は恵まれていると言える。

こんな状況下でありながら、成長出来るのだから。


何も思わない訳ではない。

ただ、それでも。

今は進み続ける事。

それ以外には選択肢は無いのだと判れば。

意志が揺らぐ事は無い。




今までの静寂が嘘だった様に敵が溢れ。

進む程に苛烈になる敵の攻撃と物量。

俺達でなければ即死間違い無しの悪辣な罠の数々。

そうかと思えば、おちょくる様に原始的な罠も。

肉体的に、思考的に、心理的に、感情的に。

これでもかと手を変え品を変え揺さ振ってくる。


通常の戦いであれば。

俺達が負ける──脱落するという事は無い。

しかし、度を越えて執拗なまでに揺さ振られれば。

如何に俺達が頭抜けた実力者だと言っても。

限界というものは有る訳で。

蓄積する披露とストレスが集中力を奪い、鈍らせ、一瞬の油断を狙い撃ちする様に奈落へと誘う。


秋蘭が落ち、梨芹が落ち、祭が落ち、思春が落ち、翠が落ち、明命が落ちて行った。

その果てに、辿り着いた大広間。

三つ巴で睨み合う様に鎮座している三体の巨像。

座ってこそいるが、その風貌は鬼神を思わせる。

その中央に一本の柱が立ち、扉が付いている。


俺を行かせる為に、愛紗・恋・凪が残る。

「我等が前に、汝等の覚悟を示せ」と。

そう書かれた扉に俺が入ったのと同時に。

恐らくは、愛紗達を三体の巨像が襲うのだろう。

妻達の中でも間違い無く、五指に入る実力の三人。

敗けるなどとは微塵も思わない。


ただ、勝っても敗けても同じ事だとするなら。

相手の目的は…俺を揺さ振る事だろう。

何故、そんな面倒な真似をするのかは判らない。

判らないが──そんな巫山戯た真似をした責任は、きっちりと取って貰わないといけない。

請求書が山の様に積み重なっているからな。


扉を通り抜けた先。

上へと続く螺旋階段の見えない遥か頭上を睨み付けながら振り返る事無く、足を踏み出す。

戻る事など出来はしないのだから。






「随分とまあ、手の込んだ真似をしてくれたな?」



辿り着いた先──まるで、謁見の間の様な場所。

其処に一つ、場違いな感じで置かれた玉座に座った王冠を被る人影を睨み付けながら言う。

氣で探ってはみるが……やはり、生きている(・・・・・)様には感じ取る事が出来無い。

本当に…嫌な方にばかり、予想が当たるものだ。


だが、今はもう、細かい事は、どうでもいい。


ただただ、目の前の敵を滅ぼす。

それだけで十分だ。


だから、最初から全力。

様子見などせず、一歩で間合いに入り──解放(・・)

準備しておいた瞬殺の為の一撃。

それを以て、回避も抵抗も許さず、消滅させる。


玉座だけが残り、被っていた王冠が床に落ちる。


甲高い金属音が響いた瞬間。

足元が砕け、重力のままに落ち──着水(・・)

そのまま錘を付けられているかの様に沈んでゆく。

足掻いても泳ぐ事も出来無いままに。





 曹操side──


白蓮達に続き、冥琳と残りの兵達が脱落した。

「念の為に…」と待機させていて正解だったわ。

必ずしも同数、或いは、両手で抱えられる兵の数で放り出されるとは限らないもの。

御陰で誰も怪我をしなくて済んだわ。


そして、冥琳から話しを聞いて──御互いに驚く。

いいえ、御兄様と祭の話からすれば有り得る事。

──なのだけれど…流石に理解はし切れない。



「まさか、内外で時間の流れ方が違うとはな…」


「そうね…だけど、隔離世狭間を自由に行き来する事が出来る様な相手なら、それも出来そうだわ

塔の内部にだけ(・・・・・・・)影響させる事は」



そう冥琳に話すのは咲夜。

驚きはしても、私達とは違う。

一応は、理解している(・・・・・・)と判る。

そう、御兄様と同じ様にね。


その点に関しては何も思わない訳ではないけれど。

どうしようもない事でもあるとも判っている。

寧ろ、唯一、御兄様が話してくれたのが私。

その事実が有るから、其処まで執着してはいない。

…咲夜の事を羨ましく思わない訳ではないけれど。

それはそれ、これはこれ、という事よ。


──と、話している所に駆け込んでくる兵士。

新たに流琉と紫苑も脱落──放り出された。

それを聞き、直ぐに二人の所へ。


無事を確認し、話を聞こうとする矢先に。

秋蘭が、梨芹が、祭が、思春が、翠が、明命が。

続け様に放り出されてきて。

その場で話を聞いていると、愛紗・恋・凪が。

これで、残ったのは御兄様、唯一人となった。



「それじゃあ、貴女達は勝ったのに?」


「ええ、結局は放り出されてしまいました

正直、「それならば、何の為に戦わせたのか?」と考えた相手を問い質したい所です」



御兄様に再合流出来る可能性を信じて戦って。

一対一の戦いに勝利したにも関わらず──脱落。

それはまあ、愛紗でなくても怒りたくなるわ。


──と言うか、恋の不機嫌さが過去見た事が無い程荒れ狂っているわね…。

最初に放り出された春蘭達の様に塔を攻撃したりはしてはいないけれど。

その分、塔を睨み付けている様子は最悪。

それを見て声を掛ける所か、近寄る事が出来る者が誰も居ないのだから。

表情に出難い恋が如何に不機嫌なのかが判るわ。


まあ、それは置いておくとして。

尚更に相手の狙いが判らないわ。

篩に掛ける意図は判るのだけれど…。

それなら、最初から御兄様しか入れない様にすれば簡単な話でしょうに。

何故、態々こんなにも回りくどい真似を?。

抑、相手は何がしたいのかしら…。



「………御兄様、どうか、御無事で…」



理解しようにも理解出来無い事。

それに対する不安は時に恐怖心へと変わる。

私は勿論、御兄様だもの。

そんな心配は要らないでしょう。


ただ、それでも。

相手の狙いが見えて来ない以上、楽観視は出来無い事も紛れも無い事実。


だから、私にしては珍しく祈る。


御母様、老師、御願いします。

御兄様を御守り下さい。



──side out



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