承平冀うは同じ
「強さ無き者は去れっ!」と。
そう言わんばかりに無慈悲に行く手を阻む扉。
「──痛っ!?、もーっ!、何でよーっ!!」と。
背後で蹴りを入れただろう雪蓮の声だけが響き。
俺達は溜め息と苦笑を溢すしかなかった。
まあ、雪蓮は直ぐ蓮華が回収してくれるだろうから放って置くとして。
塔の内部は外部からでは全く判らなかった。
しかし、とても親切で──不思議な光景が広がる。
照明器具や明かり取りの窓なども無いのに。
内部は昼間の様に明るい。
昼間と言っても眩し程に、という事ではなく。
特に照明器具を用いる必要の無い、自然光で十分に生活出来る程度には明るい、という感じ。
それは、俺ですら「…非常識だな」と思う。
だから、大半が呆然となってしまうのも当然。
寧ろ、「お~、親切だな~」と。
暢気に受け止められる思考や精神の方が凄い。
実名は伏せますが…複数名です。
そんな親切仕様の内部。
入り口から外周に添う様に反時計回りに続いている一本道を進む。
特に罠も無く、敵も無く、拍子抜け。
──と油断した所にっ!、という事も無く。
ただただ、淡々と歩き続ける事、暫し。
一周毎に内側に入って行く通路。
そして、五周目を終えた所で行き止まり。
しかし、通路の左手側の壁には扉が有る。
頭の中でマッピングした感じ、中央広間だろうか。
そんな事を考えながら扉を開けると──通路が。
今度は時計回りに続いているみたいです。
こらっ、其処っ!、壁を叩くんじゃ有りません!。
それが罠を起動させたら笑えないんだから。
ダンジョン・コメディとかなら有りな展開ですが。
生憎と、そんな展開は望んでいませんから。
だから、八つ当たりは止めなさい。
今は堪えるべき時です。
そう、春を待つ厳冬の中の蕾の様に。
そんな訳で、再び一本道の通路を進んで行きます。
…うん、偉そうに綺麗事を言いましたが、違うね。
コレ、地味に効きます。
単調な作業や、変わらない景色というのは、物凄く精神的なストレスを感じ易い原因に挙げられる事。
そういうのが平気な人も居ますが。
それは単純に、その人がストレスを感じ難いだけで統計的には、ストレスを感じる割合の方が多い筈。
少なくとも、今の俺達の状況でだと、何も無い方がストレスとしては増し増しになります。
そんなストレス地獄を三往復。
ええ、何事も無く。
ただただ、左右に一本道を進み続けて。
漸く、辿り着いた中央に有ったのは、上階へと続く螺旋階段でしたとさ。
うん、流石に俺も蹴り壊したくなりました。
「俺達の真剣な遣る気を返せっ!!」と叫びたい。
叫んでも無駄なんですけどねっ!。
そんな激情とストレスと葛藤を抱えながら上へ。
進んできた一階の通路の高さが5m程だったのに、明らかに大幅に上がっている。
つまり、その間は何も無い?。
………そんな単純な造りだとは思えないが…。
探ってみても判らないからなぁ…。
そのまま螺旋階段で300mは上っただろうか。
終わった先に出たのは、ドーム状の円形のホール。
広さは直径100m程。
外観の見た目と一致するなら、ど真ん中の筈。
──と、そう思っていたら、背後で声が上がる。
振り向いて見れば、床が塞がり、上って来た階段が見えなくなっていた。
「壊しますか?」という春蘭を制止。
床が崩れて落下、というのも笑えない。
時間の無駄になるからな。
そんな事を話していると、四方の壁に扉が出現。
一つずつ慎重に近付いて確認してみると、どの扉の表面にも丸が刻まれていて。
北は6、西は10、南は8、東は7。
合計すると“31”で──俺達の人数と同じ。
そして、入り口と同様に開くのではなく通り抜ける仕様だったりする事から。
扉を抜けられる人数、という事だろう。
「どうする、忍?」
「…分散するのは仕方が無い
ただ、その上で慎重に動いた方が良いだろうな
無難な方法としては、一ヶ所ずつ潰す事だ
先ず、西の扉に十人が入る
もし、人数が関係無いなら後に続けるだろうが…」
「定数を超えると、か…」
「ああ、その可能性が在る以上、最初から各扉には人数制限が有るとして考えた方が安全だろう
だから、念には念を入れて四つの扉に同時に入る」
「そういう類いの罠だと?」
「判らないからこそ、慎重にだ
万が一の事も考えると、その方が良いだろう」
「そうだな…それで何処かの班を丸々失う事自体は避けるべきだろう
…その後の事は別にしてもな」
「後は…どう分けるのか、だが…」
「最も少人数な北には忍と主力の五人が良いだろう
西の半数は兵、残りを南と東で分け、私達が加わる
それが一番無難だろう」
その冥琳の意見に俺も同意し、振り分けをする。
駄々を捏ねる者も居ないので直ぐに決まった。
北の扉、俺に愛紗・流琉・秋蘭・思春・翠。
西の扉、白蓮・真桜・春蘭・季衣・霞に兵五人。
南の扉、梨芹・恋・祭・冥琳に兵四人。
東の扉、凪・紫苑・明命に兵四人。
そして、四ヶ所同時に入って行く。
途中は調整し、最後の一人も同時になる様に。
用心するに越した事は無いしな。
俺は自ら北の最後になり、他の場所も含めて様子を見ていたが…特に問題は無し。
少なくとも、無事に進む事は出来た様だ。
「…今の所、可笑しな所は有りませんね」
「無駄に手が込んでいるからな
少なくとも、何の意味も無しに選んだだけでハズレという事は無いだろう
そういう事を遣るなら、最初から遣る筈だ」
「──って言うかさ、こんなに馬鹿デカイ塔を造る必要なんて無いだろうしな」
「翠の言う通りだ
さあ、取り敢えず、今は先に進もう」
愛紗達と簡単に状況を確認し合うと先へ進む。
ただ、相変わらず、これと言って罠が有る訳でも、仕掛けが有る訳でもない。
一本道である事も変わらず、横幅3m、高さ3mと一階の通路に比べると圧迫感を感じる。
だが、それらしく道は続く様になる。
左右は勿論、上下に、斜めに、時には回って。
一本道では有るが、脳内マッピングでは中々複雑に立体交差している地図が描かれている。
こういうのが得意な俺・真桜・冥琳・紫苑を分けて正解だったと言える。
他が同じかは判らないが…片寄るよりは良い。
ある程度は、バランスを考えた編成だしな。
──とか思っていると扉が目の前に現れた。
特に仕掛けは無く、簡単に通り抜ける。
この時、手を繋ぐ事を徹底している。
分断される可能性を危惧してだ。
今の所は何も起こってはいないが。
「…また広間ですね」
「敵が出て来る気配が一向に有りません…
それなのに罠や仕掛けも無し、ですか…」
「いや、今回は仕掛けが有るみたいだな」
そう言う俺を見て、同じ様に天井を見上げる。
其処には今までとは違い、壁画の様に絵が有る。
中央に太陽が描かれ、四神が周囲に居る。
その四神同士の間には剣・槍・楯・弓矢が有る。
その他には細々と人や鳥獣・虫・魚に草木や花。
ただ、鮮やかを越えて、目がチカチカしてくる。
色が付いていない場所を探す方が難しい程に天井を塗り潰す様に描かれている。
その時、俺達が天井を確認したのを見計らった様に壁面に扉が八つ、出現した。
その何れか一つが当たりなのは御約束だろう。
ただ、それ以上の変化は無い。
謎を解く必要が有るのは判るが…手掛かりが無い。
──と、天井を見上げる翠の姿に目が止まる。
眩しそうに手で庇を作っている。
よくよく見れば、今までとは光量が違う。
ただそれは直視しなければ判らない程。
それは、自然──特に天候に敏感な騎馬民族らしい翠の受け継ぐ血と慣習が育んだもの。
その事に感謝しながら中央に移動する。
床の中央──太陽の真下に遮る様に立てば、足元の影の中に文字が浮かび上がってきた。
それを見て他の五人も俺に倣う。
文字──文章を解読し、謎を解く。
弓矢の扉を通り抜ければ──再び通路が。
緩やかな弧を描きながら時計回りに上る階段。
無事に先へ進む事が出来る事に一安心する。
30分程上り続けると、行き止まりになる。
しかし、天井部分に手を伸ばせば通り抜ける。
全員が居る事を確認し、天井の様に見えている所を水面に浮上する様に慎重且つ迅速に通り抜ければ、新しい場所──恐らくは、三階に辿り着いた。
今度は一辺100m程の正方形の床に、天井中央に向かって四隅が面を作るピラミッド型の部屋。
──が、見た限り扉も無ければ、戻る道も無い。
俺達が出て来た筈の場所は、只の硬い床。
案の定、氣で探ってみても判らない。
どうやら、完全一方通行の仕様らしい。
他の床や壁も一通り調べたが、ゲームの隠し通路の様に通り抜けられる場所も無かった。
ただ、もし、四つのルートに分かれた様に。
再び、この場所に集まる仕様だったとするなら。
或いは、二つずつが合流するのであれば。
今の俺達に出来る事は無いだろう。
そう考え、取り敢えず休憩しながら待つ事にする。
氣は使えても、体力・気力は無限ではない。
節約は勿論、細めな回復も大事になってくる。
そんな訳で、ゆっくりしていると。
30分程経った所で事態が動く。
俺達と同じ様に、床の一部から梨芹が顔を出した。
見計らった様に、別の場所からは凪が。
何方等も戦闘や罠は無く、全員が無事。
その事には皆、御互いに安堵する。
ただ、二班と合流した事は喜ばしいのだが──まだ西チームが来ていない。
そんな、「まさか…」という俺達の不安な気持ちを見透かしているかの様に。
壁の一角に大きな扉が現れた。
それが意味する事は──白蓮達の脱落だ。
その事に場が一瞬で静まり返った。
ただ、俺と皆とでは認識に齟齬が有ると気付く。
「それでは忍は白蓮達は死んではいないと?」
「ああ、殺す事が目的──或いは手段だとすれば、こんなにも回りくどく面倒な真似はしない
抑、最初から制限する必要も無い
だから、これは明らかに篩に掛けている」
「確かに…そう言われれば、殺意は薄いな」
「勿論、此処から先も同じとは限らないが…
少なくとも、現時点では俺達を殺す気は無い
殺す気なら、雑兵の一体も出るし、罠も有る筈だ
……まあ、考え様によっては巧妙な罠だけどな」
「そうだな…」
「けどさ、何でそんな真似してるんだ?」
「それは相手の目的が判らないから何ともな…
ただ、試されている、という感じはするだろ?」
そう言えば、皆、感じる事が有る様で黙る。
少なくとも、それを感じていないと拙いが…。
此処に居る面子には態々言う必要は無いだろう。
今、何を成すべきなのか。
それさえ判っていれば十分だからな。
「此処から先、再び分かれる可能性は有るだろう
ただ、そうなっても焦らず、目の前の事に集中しろ
もし、失敗して脱落したとしても気に病むな
要は、誰か一人でも相手の所に辿り着き、倒す
それだけの事なんだからな」
「…はぁ~……まあ、極論、そういう事だな
考えなさ過ぎるのも問題だが、考え過ぎてもな…」
「寧ろ、私としては脱落してしまった姉者が周りに八つ当たりしたり迷惑を掛けていないかが心配だ」
「あー……春蘭だもんなぁ…」
「そういう翠も同類だと思いますが?」
「ちょっ、愛紗!?、流石に其処までは──………」
「其処で詰まるな、本気で心配になってくる…」
想像し、顔を顰める翠に秋蘭が溜め息を吐く。
そんな砕けた会話で苦笑を誘い、場を和ませる。
冥琳と秋蘭が上手く察してくれて愛紗が乗っかり、翠という天然物のムードメーカーを利用。
俺達は兎も角、兵達の不安は拭え切れないからな。
少しでも思考を──気を紛らわせる事が必要。
まだ塔の攻略は始まったばかり。
「一人でも」とは言ったが、人手が要るならば。
単独で辿り着いたとしても無意味。
その可能性が有る以上、士気は落とせない。
未来に繋いでゆく為にも。
公孫賛side──
「「「「「「「「「「──────ァァアァアアアアアーーーッッッ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
シュッッポンッ!!、という音が聞こえそうな程に。
物凄い勢いのまま暗闇の中から放り出される。
急な明暗の変化は視界を奪う。
明るい所から暗い所へ移れば黒く染まり。
暗い所から明るい所へ移れば白く染まる。
今、私達の視界は白に奪われる。
ただそれでも。
それが意味する事を、状況を判断出来無くはない。
そういう事を散々、教え込まれて来たのだから。
視覚を捨て、他の感覚を研ぎ澄ませる。
空中に有る事は予想出来る。
重要なのは着地が可能か否か。
だが、嗅覚が嗅ぎ取る草木や土の匂い。
それが外である事を即座に認識させ。
氣が使える事を確信し──着地した。
それでも、かなりの高度からの着地だった様で。
足の裏から突き抜ける様な衝撃は、全てを受け流す事は出来ずに思わず身悶えする。
真桜に季衣は声を上げ、春蘭と霞は怒鳴る。
…まあ、それだけ騒げるんなら大丈夫だな。
私達は四つ班に分かれ、内部を進んでいた。
そして、辿り着いた部屋で壁面に填め込まれている一文字ずつ漢字が彫られた真四角の石を探し出し、抜き取って中央の石盤の空いている所を埋める様に該当する字を手分けして探して来て填め込んだ。
そう、出来ていた筈だった。
春蘭と季衣が持って来た字を間違えていなければ。
「それじゃあ、微妙に変えられていた事に気付かず填め込んでしまって?」
「ああ、ブブーッ!って音が響いたら、床が抜けて落とされて…この有り様だよ
即座に張り付こうとしたけど壁は氣は弾かれるし、放出しても殆んど距離が出ずに霧散した
だから、一人一人、一番手近な奴を引き寄せたまま落下し続けてたんだけど…
気付いた時には外に放り出されてた」
「感覚的には直下に落下していたのよね?」
「ああ、だから余計に変な感じだな…
何かこう…ムズムズする様な意味不明さだ」
そう咲夜と華琳に話しながら塔の方を見る。
「糞っ!、卑怯者めっ!、私と戦えっ!」と。
入り口が有った場所の壁を蹴る春蘭。
皆の話しだと、どうやら私達が入ってから直ぐに、扉は消えたらしい。
つまり、二度目は無いって事だ。
ただまあ、そうは説明されても。
自分の失敗で脱落する事になった二人は納得出来ず塔の壁を破壊して入ろうとしている真っ最中。
だが、全力で遣っても傷一つ付かない。
少なくとも、当初の外部からの破壊案は不可能だ。
「…まあ、貴女と真桜を除けば、問題無いわ」
「…えっ?、ウチも彼方側なん?」
「戦力としては戦働きが主でしょう?」
「それはまぁ…そうなんやけど……でもなぁ…」
「全体の調整役の白蓮、専門知識の有る真桜
二人の脱落は御兄様にとっても痛い筈だわ
勿論、まだ手傷としては小さいけれど…」
そう言って塔を仰ぐ華琳。
特に怪我も無く、全員無事ではあったが。
やはり、人手が減る事が痛いのは確かだろう。
そう考えると、確認を怠った自分が情けない。
落ち込んでても仕方無いけどな。
──side out