彷徨いし果ては
切迫した事態が起きた。
そう判断し、全員が息を飲み、報告を聞いた。
ただ、報告している兵も混乱しているのだろう。
兎に角、伝えられてきたままを口にした。
だが、それは報告を聞いた俺達にしても同じ。
正直、「………はぁ?」と聞き返したくなる程で。
しかし、そんな可笑しな内容を緊急伝として俺達に伝えてくる理由も無い訳で。
俄には信じられない様な内容であるにしても。
兎に角、現地に向かって確かめる必要は有る。
──と言うよりも自分で確かめるしか無かった。
俺は凪と真桜の二人を連れて直ぐに現地に急行。
他の者は一緒に待機して貰っている。
各地に分かれて貰う予定だったが、そうする必要が無くなる可能性が此処に来て出た為だ。
…まあ、それ以上に面倒な事態になる可能性が高いという事も否めないけどな。
──とまあ、そんな訳で現地に到着した訳だけど。
緊急伝──異常を報せてきた兵の気持ちが判る。
流石にコレは表現に困るわなぁ…。
「………師匠、ウチ、夢でも見てるんやろか…」
「凪」
「はい」
「い、痛い痛いっ!、凪、痛いてっ!!」
「…忍様、どうやら夢ではない様ですね」
「そうみたいだな」
真桜の丁寧な振りに凪を使って応えて遣った。
その流れなら、頬っぺたを抓るのがベタだしな。
「せめて師匠が遣ったってっ!」とでも言いた気な涙目の真桜は一旦置いておくとして。
正直な話、俺も凪も、勿論、真桜も。
目の前の光景には困惑を隠せないでいる。
言うべき言葉が直ぐには見付からなかった。
今、俺達が見詰めている先。
其処は破棄した筈の刑務地。
以前、広陽郡の奴隷囚達が労働していた所だ。
韓宮の一件も有り、設備や管理体制、人員の負担、周辺環境等を見直した末、宅と董家の合意の下で、速やかに閉鎖した。
刑務地は新たに設けてあるので問題も無かった。
──が、その刑務地だった場所に今、聳える影が。
遠目からでも、その巨大さが判る巨大な建造物。
天を衝かんとするかの様に槍の如く真っ直ぐに。
地上から突き出した様に聳えている。
それを何と呼ぶのか。
恐らくは、大多数が同じ様に呼称するだろう。
俺達が見ている物、それは“塔”だと。
「師匠、アレって塔って呼んでもえぇん?」
「それなら、他に何て呼ぶんだ?」
「……トゥーウッ!、とか?」
「伸ばしただけだろ、あと、面白くもない」
「くぅ~……何も浮かばんかったぁ…」
現実逃避する様に思考を逸らす真桜は置いといて。
俺達の現在地は件の塔からは3km近く離れている。
それでも、はっきりと姿が見えるのだから、如何に巨大であるのかは言うまでもない。
近くに行って見上げていれば首が痛くなるだろう事間違い無しな程の高さを誇っている。
軽々と雲を貫き、或いは、衣の様に纏う。
堂々と立つ、その姿には圧巻と言うしか無い。
元々、あの場所自体が高地に有る為、同じ高さでも海沿いや平原等と比べると雲に届き易い。
ただ、そうは言っても3000mは越えていないと雲に届かないんですが…。
何かもう、見事に届いちゃってますからねー…。
内側を進むにしても上りたくは有りません。
だって、最低でも3km。
直上でも最短距離ですからね。
内部が迷路や螺旋階段みたいになっているのなら、確実に距離は伸びます。
──とは言え、ただ上るだけなら楽勝です。
そうではないから、気持ちが萎える訳で。
出来れば、無視したいのが本音。
きっと真桜も、凪でさえも。
「…なぁ、師匠、思い切って破壊して倒すんは?
見えてる感じやったら何処に倒しても人が住んでる所までは届かんのとちゃう?
ギリギリっちゅうたら、ギリギリかもしれんけど」
「倒した後、塔が爆散したりしたら?」
「あー…せやなぁ…そういう可能性も有るなぁ…」
「相手の目的が何か明確には判ってはいない以上、迂闊な真似や強行策は取れない
その結果、どうなるかが判らないからな
避難させるにしても何処までを避難対象にするのか
その判断をしようにも何の情報も無いからな…
遣るにしても、先ずは情報を得てからだ」
「…………ちゅー事は、アレを上るん?」
「そうなるな」
「………………ウチ、帰りたい」
「奇遇だな、俺も同じ気持ちだ」
「そんな所まで通じ合うなんて…愛やね、師匠」
「愛してるから、行ってきてくれ、真桜」
「アカン!、先に言われてもうたーっ!」
そんな会話をしながらも塔を見詰め続ける。
神々しく荘厳な、見るからに人が崇め奉りたくなる様な造りの塔だったら、遣る気も出たんですが。
見るからに禍々しく、悪辣な罠が満載されていると考えずにはいられない様な見た目。
既存の建築様式や技術を無視した、暴挙とも言えるデザインを革新的・斬新と言うなら有りですが。
少なくとも、俺達の琴線には触れません。
…いやまあ、違う意味でなら触れてますけどね。
ただ、その姿を、どう表現したらいいのか。
正直な話、滅茶苦茶悩みます。
塔と呼ぶよりは……うん、トーテムポール、かな。
均等な造りではないし、下から上に細くなっている部分も有れば、その逆も有り、真ん中が絞れている部分も有れば、その逆も有る。
外部装飾──彫刻という点でも統一感は無い。
悪魔や鬼、妖怪の様な姿をしている部分が有れば、蕀や花等の自然をモチーフにした部分も有る。
或いは、自然的な表現や人工的な無機質な部分も。
色彩という面では、黒が多いが、赤や金、白に緑に灰に茶に紫、青・黄・銀とカラフル。
兎に角、パッと見で言える事は一つ。
無駄に凝ってるなぁ…。
「…忍様、アレには地下も?」
「考えたくはないけど…………あー…有るなー…」
「最悪やぁ…」
自分で探知出来る筈の凪が無意識に拒否した現実。
いや、本当にね、凪なら余裕で調べられます。
それを態々俺に訊いてきたって事は…なんです。
ええ、生真面目な凪ですら嫌がる程、な訳で。
そう言えば、何れだけ嫌なのか御解り頂けるかと。
はい、其処っ!、「いや、俺には関係無いし」とか言うんじゃ有りません。
そんなに遣る気が無いなら廊下に立ってなさい。
時代が変われば、これもパワハラになる訳で。
でも、生徒の態度も考え方によればパワハラだって言えますからね~。
その辺を、御互いに理解していれば、無駄な争いを遣らなくても済むんでしょうけど。
その無駄が好きなのが、マスコミや世論なんで。
煽るだけ煽って、ポイッ!、ですからね~。
その方が、更に質の悪いパワハラだと思います。
──なんて、どうでもいい事を考えて現実逃避。
残念、現実からは逃げられない。
そう、居もしない魔王なんかよりも、俺にとっては宅の教祖の方が遥かに厄介ですからね。
……うん、本当に嫌なんだなって自分でも思う。
教祖が、ではなくて、目の前の塔が。
「…あれ?、地下の方は思ぅてた程でもないなぁ」
「そうだな…まあ、それでも十分過ぎる規模だ」
「其処等辺の街が一つは楽に入るやろぅしなぁ…」
そう真桜がボヤく様に。
塔の地上部分の底になる部分で直径が約500m。
そのまま、地下に円筒状に100m程。
積み重ねれば街が三つは入る。
勿論、それより下が無いのであれば、だが。
今の所は、確認する事は出来無い。
正確に把握しようとは思えない地上部分とは違い、まだ地下部分の方が攻略する気にはなる。
──と言うか、コレ、何てデス・ゲーム?。
この世界にダンジョン要素が有ったとは…。
まさかまさかの急展開でしょう。
……はあぁあぁ~~~~………………面倒臭ぇ…。
真桜じゃないけど、達磨落としみたいにして下部を破壊して塔を縮めて遣りたい。
勿論、自分で言った様に実行は出来ませんが。
気持ちとしてはっ!。
神業的な感じで、スコーンッ!、スココーンッ!!、スコスコスッコーンッ!、スココココココココッ、スッコーーーーンッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!、と。
そんな感じのテンポで、やっつけたい。
………そう出来たら爽快なんだろうなぁ~…。
超~気持ち良さそう。
──とか、考えていても何も変わらないしなぁ…。
面倒臭いけど、遣らない事には片付きません。
「真桜、迂闊に触ったりするなよ?」
「師匠、何でウチにだけ言うん?」
「言って欲しいか?」
「どうせやったら、愛の囁きがえぇな~」
「行くぞ、凪」
「はい」
「ちょおっ!?、せめてツッコミは入れたってっ!」
文句を言う真桜は放置し、凪と動き出す。
真桜に乗っかると無駄に長引くと分かってるから。
だから遣る訳にはいかない。
そう、これは仕方が無いのだよ、真桜くん。
研究には犠牲が付きものなのだから。
そんな俺の心のボケにも「何の犠牲やねんっ!」と律儀にツッコミを入れてくる真桜。
その執念には拍手を贈るが、役には立たないぞ。
少なくとも、今、この状況ではな。
場所を移動し、塔の直ぐ側まで遣って来た。
あまりにも、すんなりとだったので逆に不気味。
少しは歓迎の攻撃が有ると思ったのに。
全く何も無く、ス~ルスルーでしたから。
………今のは無視してくれていいからね?。
ゴホンッ…──それは兎も角として!。
改めて見上げると──マジでデカイな。
オラ、全然ワクワクして来ねぇぞ。
「………忍様、これ程の物が本当に一夜にして?」
「そうらしいな
まあ、昨夜までは何も無かったのに、翌朝起きたらドドンッ!、と建ってたって話だから…
それを信じるのなら、そうなる」
「…目撃者が嘘を吐いていると?」
「いや、そういう意味じゃない
俺達の常識としては不可能な事だろう
しかし、相手には、これが出来る
それだけの事だって話だ」
「つまり、真面目に考えるだけ無駄っちゅう事や
ウチ等は勿論、師匠にも解らんの遣ったら真面目に考えとる方がアホらしいと思わん?」
「それはまあ、確かに………」
真桜の説明──開き直りに一応は納得はしながらも腑に落ちない感じで凪が顔を顰める。
敵地で、その余裕が有るなら大丈夫だろう。
勿論、油断し過ぎない程度に、だけどな。
三人で適当な話をしながら塔の周りを一周。
特に罠が仕掛けられているという事も無く。
地面の方は、至って自然なまま。
少なくとも、俺達が調査し、記憶している状態との差は無いと言ってもいい。
違うのは、この塔が有るという事だけ。
慎重に、何ヵ所か外壁部分にも触れてみたが。
コレと言った反応は何も無かった。
自動防衛システム等による迎撃や排除行動的な事も起こりませんでした。
流石に其処までは、ぶっ飛んではいないらしい。
いや、これでも十分ぶっ飛んでますけどね。
破壊こそ試したりはしませんでしたが。
外壁や地面に氣を通して探っても無反応。
まあ、透視的な事も出来ませんでしたが。
当然と言えば当然でしょう。
此方としても想定の範疇です。
覗き見──じゃなくて、カンニングは赦さない。
そういう事なんでしょう。
結果を言えば、判った事は限られています。
何より、今の一番の問題は一つ。
「…師匠、入り口が有らへんのやけど?」
「真桜、御前の目は節穴か?」
「えっ!?、師匠、見付けたんっ?!」
「誰が見ても壁しかないだろうが」
「其方なんかーいっ!!」
──と、音を付けて終わりたい気分です。
真桜のツッコミじゃないんだけど。
本当になぁ…面倒臭いったらないわ。
溜め息を吐いて状況が変わるなら幾らでも吐く。
しかし、現実は非情であり、無情なんです。
溜め息も愚痴も進む為に吐く。
だから、吐いたら進むしかない。
進む以外には解決方法なんて有りはしない。
立ち止まって考える事も、視野を広げる事も。
結局は進む為の選択肢でしかないのだから。
進まなければ何も変わらない。
それが現実。