98話 見透せぬ深闇に
過去、現在、未来、と。
時は止まる事無く、戻る事無く、留まる事無く。
流れ続け、進み続け。
それ自体は不変なれど、常に変わり続ける。
あらゆる命は産まれた瞬間から死に向かって生き、その歩みと実りを以て、己の価値を刻む。
特別な価値となる命は稀な存在ではあるが。
多くの命は、他の命の為に、自然摂理の為に。
その命を費やし、捧げる事が唯一絶対の秩序。
そう考えた時、人間という存在が如何に特殊なのか思い知らされるのではないのだろうか。
自然界の秩序の中に有りながら。
唯一、その秩序を破壊してしまう。
明らかに異質な存在だと言えるだろう。
だが、その破壊による変化を“停滞からの脱却”、或いは一つの可能性だとするならば。
人間という存在は、自然界から生じたのではなく。
何等かの意志により、意図的に生み出された存在。
そう考える事も出来るのではないのだろうか。
自然界が自ら秩序を破壊するとは思えない。
既に完成された食物連鎖が在る以上。
態々、そんな真似をする必要は無いのだから。
──だとすれば、それは自然界の在り方とは違う、何等かの意志による介入である可能性は否めない。
勿論、一つの進化の果てが人間なのだが。
何故、人間は──人類は一種族なのだろうか。
極端な話、爬虫類型の人、魚類型の人、鳥型の人、昆虫型の人、獣型の人等々。
人型に至る可能性が有った存在は多い筈。
それなのに、何故、今の人類だけなのか。
これがもし、進化の結果、幾つもの種族が存在し、生存競争の果てに他種族を根絶やしにしたのなら。
それは、ある意味では納得し易いと言える。
少なくとも、一つの種だけが人に進化していったと考えるよりも自然的だと言えるのだから。
ただ、そうした考えを持つ者は少ないのだろう。
多くの研究者は現在を答えと位置付けた上で逆算し進化の行程を紐解こうとしている。
けれど、それは前提条件が有っての事。
人類が、一種族しか存在しないという前提条件。
その上で、紐解こうとしている。
しかし、本当に人類は一種族だけだったのか。
歴史という意味では、現存していない。
だから、そういう事なんだ、と。
其処で考える事を止めてしまっている。
だが、もしも、我々の祖先が他種族を一人も残さず滅ぼしたのだとしたなら。
果たして、その証拠を後世に遺すだろうか?。
遺伝子研究により、クローン技術等が確立される。
そんな現代よりも高度な文明が存在していたなら。
万が一にも他種族の遺伝子を遺し、それが後の世で解析・復元され、他種族が甦ったなら。
その時、他種族の人類は、どう思うのだろうか。
甦えらせてくれた我々に感謝?。
共に手を取り合い、生きて行きましょう?。
──否、先ずは自分の違いに気付き、求める。
自分は一体何なのか。
何故、自分は違うのか。
その答えを求め──辿り着けば、気付くだろう。
自分を甦えらせた者達は恩人でも友でもない。
滅ぼすべき敵なのだと。
そして、再び繰り返されるのだろう。
種族が一つになるまで終わらない殲滅戦が。
その様な事には為らない様に。
我々の祖先は全てを闇に葬り去ったかもしれない。
少なくとも、それ程の戦いを経験したのなら。
共存という可能性は有り得ないと判っている筈。
そうであれば、繰り返す可能性は排除する。
もう二度と、同じ悲劇が繰り返されない様に。
それが、未来に対する過去の願いであるならば。
今の人類が遣っている事は。
果たして、正しい事だと言えるのだろうか。
「見る者の深層心理を写し出す、ですか?」
「ああ、まあ、簡単に言えば、だけどな」
怪訝そうに疑問を口にするのは愛紗。
ある意味、こういう時の皆の代弁者は学級委員長な幼馴染みを地で行く愛紗以外には居ないだろう。
因みに、学級委員長タイプは何人か居るが、雪蓮や冥琳は高校の生徒会辺りがしっくりくる感じ。
愛紗の場合は逆に高校に入ったら遣らないタイプ。
寧ろ、その頃は自分が部活等に熱中している最中か未来の旦那の世話をしている最中だろう。
──という雑念は彼方に放り投げて。
先の咲夜を襲った敵の正体──仮説に過ぎないが、知らないよりは増しだろうと考えて、念の為に皆に話しておく事にした。
その為、今は一時、集合しています。
また直ぐに散らばる事になるでしょうけどね。
さて、その説明なんですが。
言葉通り、本当に簡単な説明になってしまったのは仕方が有りません。
俺自身、その原理や仕組みは理解していない。
何しろ、咲夜が目撃しただけだからね~…。
それでも、俺も一応は直接接触している訳で。
その時の感覚を踏まえた推論でしかないですが…。
初見で戸惑って致命的になるよりは増しですから。
こうして、話している訳です。
──とは言え、流石に華琳でさえ眉根を顰める。
そうなるのも無理も無い。
如何に教祖と言えども、理解の範疇を越えていれば即座に納得するという事は難しい。
勿論、俺が嘘を言っているとは思ってはいない。
ちゃんと事前に「これは俺の推論だが…」と言って有りますからね。
その辺は抜かり有りません。
「まあ、いきなりで戸惑う気持ちも理解出来る
俺自身、確証は何も無いからな
ただ、出来る事を遣らない理由は無い」
「“備え有れば憂い無し”ですね、御兄様」
「そういう事だ
それでだ、深層心理を写し出す訳なんだが…
それが必ずしも恐怖に伴う姿とは限らない
その者にとって動揺したり、戸惑ったりする
その程度の効果さえ有れば十分だから本人でさえも自覚していない姿になるという可能性は有り得る
そういう意味では予期せぬ姿に動揺してしまう事は少なからず起こり得ると言える」
「……何とも嫌な攻め方ですね」
「そうだな、心に土足で踏み込まれる様なものだ
ただ、その効果は飽く迄も見えない事が前提だ
逆に言えば、それが弱点でも有る」
「ねぇ、朱里、どういう事?」
「え、え~と…それはですね~…」
「貴女ねぇ…少しは自分で考えなさいよ…」
「私が考えるより、訊いた方が早いもの
それに今は考えるよりも備える事が優先でしょ?
だったら、訊いた方がいいと思わない?」
「くっ…屁理屈だけは直ぐに思い付くんだから…」
「御免なさい、詠…
でも、出来れば、もっと言って遣って頂戴」
「麗羽~、蓮華と詠が優しくないわ~」
「はいはいっ、ほらっ、静かにするっ!」
一旦弛緩し始めると連鎖的に集中力は切れる。
それを察した白蓮が素早く反応。
立ち上がって手を叩きながら皆の気を引く。
宅の妻達は皆、優秀だが、我も強い。
その中で、上手くバランスを取れるのが白蓮。
咲夜も同じ様にバランスを取ってくれる事も多いが会議等では血筋や実績等も有り、白蓮の方が多い。
逆に私生活という面では咲夜の方が多くなる。
今や二人の存在は欠かせません。
そして、然り気無く白蓮は冥琳に視線を向ける。
それにより切れ掛けた集中力が注目という形により無意識に促されて戻る。
「忍の推論が正しいのなら、その敵の姿は最初から見えてはいない、という事になる
つまり、黒衣、或いは仮面や兜を着けていようとも顔を隠している相手だと判っているなら、見た時の心の準備はし易い、という事だ」
そう冥琳が言えば、全体の半数から「おぉ~っ」と感嘆の声が上がった。
誰が、とは敢えて言わないが…。
将師混同だった事だけは悲しい事実だった。
…雪蓮の言い分も一理有るんだけどさ。
もう少し自分で考えて欲しかったです。
「…あれ?、それだったら、顔を見ずに一撃必殺で倒せば良いのよね?」
「それが出来ればな」
「姉様…忍様が倒せなかった相手ですよ?
そう簡単に私達が倒せると思いますか?」
「あー………それは無理ね、うん、無理無理」
蓮華の指摘に納得する雪蓮の言葉に賛同する様に、多くが「うん、うん」と頷く。
判断基準としては間違ってはいないんだけど…。
何だろうね、このモヤモヤした感じは…。
これは……アレかな?。
所謂、男としての股剣に関わる系か。
……え?、「沽券だろ」って?。
いやいや、間違ってはいませんよ。
だって、それで示す訳ですから。
──なんて話は穴に埋め埋めして。
直ぐに可否を判断する基準が共通であるという事は組織としての強みでも有ります。
中途半端に「私にならば出来るっ!」とか言い出す事が有りませんからね。
それは組織全体のリスクマネジメントにも繋がる事ですから地味に大事なんですよ。
一人の勇み足で容易く崩壊する。
そういった話は歴史を振り返れば山程有ります。
寧ろ、其処から何も学ばずに繰り返している事こそ人類の歴史的な汚点以外の何物でも有りません。
其処までは理解してはいないにしても。
きちんと踏み止まれるという事は大きいな事。
個ではなく全。
勿論、時と場合にも因りますが。
「やれ人権!、それ人権!」と煩いだけの前世とは社会事情も違いますからね。
その瞬間、その状況で何を優先すべきなのか。
其所を間違う者は背負う立場には立てない。
立った所で直ぐに転落するだけです。
自滅か排除かは判りませんけど。
──という事は置いといて、話を戻して。
取り敢えず、皆が理解を共有出来たので今は十分。
どの道、戦う事だけは避けられない。
参加する面子は現時点で限られるにしても。
戦力的には十分だと思う。
勿論、無謀な賭けには出たりはしない。
俺は勝てる戦いしか遣りませんから。
「まあ、そういう訳だから準備していれば動揺する可能性は低くなる
もっと言えば、“睨めっこ”みたいなものだ
笑わせようとする訳じゃないけどな」
「それはそれで動揺するんじゃない?」
「姉様っ」
「えー…だって真剣に戦ってる最中に“変顔”とかされたら、不意打ちも不意打ちでしょ?
流石に笑いはしないでしょうけど」
「それは………っ……そうかもしれませんが…」
「はぁ~…其処で押し負けてどうするのよ」
「ぅぐっ…」
「詠~、宅の蓮華を苛めないでくれる?」
「はいはい、余計な事を言った私が悪かったわ」
──と、雪蓮が蓮華を抱き締め、詠も肩を竦める。
完全に集中力が切れたので、これで話は終える。
これ以上は特に言う事も無いしな。
後は質問が有る者にだけ対応すればいい。
「──で?、この後はどうするんだ?」
「今度は三人ずつで分かれて待機だ」
「二人のままだと一人になり易い、か…」
「流石に何度も同じ手は通じないでしょうが…
油断は出来ませんから当然の対処ですね」
「組み直しは既に出来ているから、後で伝える」
「御兄様はどうされますか?」
「俺は中央で待機だな」
「動きが有れば、何処へでも行ける様に、ね」
「ああ、後手に回らざるを得ないからな」
そう、忌々しい話だが、先手は打てない。
相手の正体も本拠地も、何も判ってはいない以上は此方等から仕掛けるという事は不可能。
仮説を立て、相手の狙いを利用して罠を仕掛けても効果は無いに等しかった。
そういう意味でも尚更に手詰まり感は否めない。
勿論、本当に詰んではいないのだから投了するにはまだまだ早いんだけど。
“目隠し”で指している様なものだ。
いや、その方が断然楽だな。
盤上の広さや駒は限られているし、手番も交互。
当然だけど、ルールが有る事だからな。
ルールの無い、奪い合い・殺し合い。
その中で勝ち、生き抜き、守り抜くのなら。
油断などしてはいられない。
一瞬の気の緩みが、致命的──絶望へと変わる。
そういうものだ。
「────申し上げますっっ!!」
一息吐き、配置を皆に言おう、という所で。
礼節も何もかもを飛ばして飛び込んできた兵士。
平時であれば、それを注意したり、咎めたりする所ではあるののだが。
今は、冗談でも言える雰囲気ではない。
それ程に切迫していると判った。