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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   見上げしは曇天



「────っっ!!!!」



城の奥、咲夜の執務室の前に来れば、開け放たれた扉を見て鼓動が跳ね上がる。

その次の瞬間。

執務室から飛び出してきた黒衣の人影。

反射的に一撃を入れようとするが、空振り。

目の前で霞む様に姿が薄れて消えてしまった。


──が、そんな事は今は置いておく。

執務室に飛び込めば、短刀を振り抜いた格好のまま茫然と立ち尽くしている咲夜の姿が有った。


俺を見て驚きながらも我に返り、腕を下ろす。

短刀を収めた咲夜を両腕で抱き締め、声を掛ける。



「咲夜、大丈夫か?」


「ええ、赤ちゃんは無事よ」


「先ずは自分の心配をしろ」



そう言いながら強く抱き、唇を塞ぐ。

彼是言いたそうだが、俺にとっては子供よりも妻の命の方が絶対的に重い。


勿論、我が子が大切ではないという訳ではなくて。

飽く迄も、何方等かしか助ける事が出来無いのなら選ぶのは妻であり、迷わない、という話。

我が子も大切だという事は間違い有りません。


──とは言え、俺自身が子供の為に命を懸ける事は全く躊躇いもしませんけどね。

だって、父親()が死んでも母親()が居ますから。

俺自身の経験も含めての持論に為りますけど。

子供にとっては絶対に母親の方が必要だと思うので其処だけは皆にも譲れません。


──という俺の思考を察したみたいで。

咲夜が唇を甘噛みして抗議してくる。

「そうなったら貴男が私達を優先する様に、私達も貴男を優先するわよ、母親は数が居るもの」と。

睫毛が触れ合う距離で開かれた瞳が睨み付ける。

それに対し「その反論は受け付けない」と言う様に右手を下に滑らせて少し乱暴に蠢かせる。


そんな感じで短い脱線を挟み、切り替える。

まあ、御互いに冷静になる為のコミュニケーションみちいな感じですからね。

流石に此処で盛ったりはしません。



「まさか、貴男が来てくれるだなんてね…

正直、此処に来る事は想像していなかったわ」


「それは俺自身も同じだな」


「其処は嘘でも「御前の事だからな」とか言ったら好感度が上がったのに」


「言わないと上がらないか?」


「ばか」



そう言って再び軽くキスをする咲夜。

しっかりと好感度は上がったみたいです。


さて、それは兎も角として。

何故、此処に俺が居るのか。

華琳からの報せを受け、直ぐに奈安磐郡に向かった筈ではなかったかのか。

ええ、ちゃんと向かってはいましたよ。

ただ、その途中で嫌な予感がしたんです。

所謂、“虫の報せ”って奴ですよ。

それで急遽、此処に向かって方向転換。


それでも、何故、此処を選んだのか。

その理由も、直感的なもので。

皆の姿を思い浮かべた時、咲夜の姿に悪寒が走ったからなんです。

咲夜の身に何か起きる気がしたので。

これも転生特典(チート)の恩恵でしょうかね。

そういう直感力も数々の経験を積み重ねてきた為、鍛え上げられているんでしょう。

良い意味でも、悪い意味でもね。



「それにしても此処に来て陽動とはな…

可能性としては有り得る事では有るが…

このタイミングで仕掛けた意図が解らないな」


「…そうね、意図は解らないわ」



そう言って同意する咲夜。

ただ、その様子に違和感を感じる。

普段の咲夜とは違い、何かを躊躇している様な。

そんな印象を懐く。



「咲夜、何が遇った?──いや、何を見た?」



そう訊けば咲夜の双眸が僅かに見開かれる。

その反応からも咲夜の逡巡する気持ちが伝わる。

言えない、という訳ではない。

しかし、言うべきなのか、悩んでいる。

ただ、だからと言って秘密にするべき事ではない。

今の状況から考えて情報の共有は必要不可欠。

態々、情報を伏せる理由は無い。

そんな事は咲夜も判っている。


それでも、咲夜は躊躇してしまうという事は。

咲夜自身も整理が出来ていない、という事だろう。

それだけでも厄介な情報なんだと判る。


事実、俺が訊いてからも咲夜は暫し躊躇う。

それだけ判断が難しい事なのだろう。

決して、焦らしている訳でも照れてもいない。

愛を囁き合っている訳でもなければ、告白をして、返事を待っているという訳でもないのだから。

普段なら、咲夜は躊躇せず話している。


つまり、それだけの事だと言っているのも同じ。

だから、俺の方も咲夜の言葉を信じて、受け入れる心構えをしておく。

信じられなければ、話しを聞く意味が無い。



「………正直、私自身も信じられないわ

でも、確かに見たの」



漸く口を開くが、そう言って間を置く咲夜。

決して、勿体振っている訳ではない。

咲夜自身、話す覚悟を決めても尚、躊躇ってしまうという程の事なのだろう。


それでも、一度目蓋を閉じ、深呼吸をして。

目蓋を開けた咲夜は俺を真っ直ぐに見詰める。



「私を狙って来て、貴男が遭遇した黒衣の者…

私の反撃で斬れた黒衣の下に有った顔…

アレは間違い無く──“北郷一刀”よ」


「────っ!?」



そう言い切った咲夜の言葉には…流石に驚く。

──と言うか、一瞬だが、頭が真っ白になった。

直ぐにリセットし、再起動出来たのは経験から。

思考停止が怖いという事を知っているからこそ。

即座に停止した思考を放棄する様になっている。


ただ、それが当たり前に出来るのだとしても。

目の前の問題が解決する訳ではない。



「…咲夜、疑う訳じゃないんだが…

本当に北郷一刀だったのか?」


「ええ…まあ、“原作(ゲーム)”の北郷一刀の姿をしていたという事になるんだけどね」


「それは…いや、そうだな

仮に北郷一刀が実在するとしても、それは原作(ゲーム)とは無関係な存在だろうしな」



これは彼に限った話ではない。

華琳達にも言える事で。

姓名や容姿、性格の一部等は同じだが。

原作(ゲーム)そのまま、という訳ではない。

何より、原作(ゲーム)は前後を切り取ったもの。

その為、過去という面でも、未来という面でも。

途切れた存在であり、不確定な存在でもある。

だから、どんなに酷似していようとも別存在。

その事を、俺は華琳と出逢った瞬間から意識して、実感し続けている。

それ故に、混同する事はしない。


ただ、そうであるが故に思考を掻き乱す。


華琳達、原作(ゲーム)の登場キャラが居ても。

此処は原作(ゲーム)とは違う世界。

それこそ、俺の知る歴史や物語とも違う世界だ。


だからこそ、彼の姿に似ているだけだとしても。

その存在が、存在しているという事が問題。

何故なら、彼は転移者(・・・)である。

世界の外側から遣ってきた存在である。


勿論、外史(・・)という面では中核なのだが。

もし、そうだとしたら、俺が存在する事が矛盾。

この世界には(・・・・・・)有ってはならない事。

だから、悩まずには居られない。

それを俺以上に理解しているから咲夜は躊躇った。

つまり、それ程に頭の痛い問題だと言える。



「…似た様な境遇になる存在、という可能性は?」


「無いわ、絶対に(・・・)有り得ない」



真っ直ぐに俺を見詰めながら断言する。

そう咲夜が言い切るのなら、追及の必要は無い。

そういう事(・・・・・)なんだろうから。

其処は俺が理解する必要は無い事。

どうしようもない絶対なのだから。


しかし、考えなければならない。

では、その北郷一刀のそっくりさんは何なのか。

少なくとも、咲夜を狙ってきたのは事実。

そうである以上は、無視する事だけは出来無い。



偶々(・・)姿が似ているだけで、無関係

しかし、俺達にとっては明確な敵対者、と…

……考えるな、という方が無理だろ、これは…」


「そうよね…」


「“歪み”の影響の可能性は?」


「う~ん……全く無いとは言い切れないけれど…

ちょっと考え難いわね

本来はね、歪みっていうのは、その世界(・・・・)の中だけで完結する影響なのよ

だから、貴男や私の前世の記憶が反映されたりするという方向の歪みには成らないの

歪みは歪みなんだけど、飽く迄も、その世界の中に存在している範疇の事でしかないわ

歪み方は様々だけど、外れる(・・・)だけだから

有り得ない(・・・・・)物が在る事は無いわ」


「…という事は、本当に似ているだけなのか…」


「………でも、少しだけ気になるのよね」


「何がだ?」


「あの北郷一刀のそっくりさん、感情が有る様には感じられなかったの

まるで人形(・・)みたいな感じだったわ」



そう咲夜に言われて、俺も思い出す。

接触したのは一瞬の事でしたかなかったが。

確かに、あの黒衣の者からは感情を感じなかった。

驚愕・動揺・焦燥・躊躇・苛立ちといった様な感情という意味ではなくて。

自我──個人の意思を、感じなかった。


多くの人々と関わり、向き合い、見てきた。

だからこそ、判る事も有る。

少なくとも、俺と咲夜の感覚的には同じ見解。

それなら可能性としては考慮すべき事だと言える。



「…なあ、咲夜

歪みの出方自体は判らないんだったな?」


「え?、ええ、それは判らないわ

私達が判るのは外側(・・)から観た事だけ

その世界の内側(・・)までは見えないの

まあ、判り易く言えば、水面に出来る波紋ね

或いは、映り込む色彩

そこから過去の統計(データ)と照らし合わせながらね

だから、私達にも歪みの形は断定出来無いわ」


「そうか……所で、御前は北郷一刀に何か思う事が有ったりするのか?

実は、ああいう感じの男が好みだったとか」


「止めてよね、流石に怒るわよ?

それはまあ、私達も親子や夫婦、家族の形は有るし恋愛感情だって有るんだけど…

はっきり言って、人の生の感覚とは違い過ぎるの

だから、この世界に転生して生きる様になるまで、そういう感覚や感情とは無縁だったわ」


「つまり、俺が初恋の相手だと」


「だからっ、一々言わないでって言ってるのっ!」



そう叫んで顔を真っ赤にする咲夜。

裸になる事にも、貪欲に求める事にも慣れたのに。

こういう事にだけは意外と免疫は出来難いもので。

そう言う俺にしても、主導権を握っていなければ、恥ずかしくて面と向かっては言えません。


流れや雰囲気で、さらっと言える事は有りますが。

そういう時は大体、後で冷静になると頭を抱える。

身悶えしたくて仕方が無い程に恥ずかしくてね。


だから、ホスト・ホステス、俳優・女優の御仕事の人達って凄いなって思いますよ。

まあ、御仕事だから、なのかもしれませんが。

それでも、メンタルが強くないと無理でしょう。



「もうっ…それで、何でそんな事訊いたのよ?」


「これは飽く迄も仮説なんだけどな…

御前が見た北郷一刀の姿は、御前の深層意識の中の人物像を掬い上げて投影(・・・・・・・)したんじゃないか、と」


「…………え?」


「現時点では、あの黒衣の正体は定かではないが…

もし、その下に隠れているのが傀儡人形の様な物で対峙した者の意識下に有る人物像を投影するなら、対峙した者にとっては躊躇や恐怖を懐き易い

そう遣って心を掻き乱し、隙を生じさせる

──とまあ、そんな感じの仕様だったりしてな」


「……………それなら、納得出来るわ」


「………え?、マジで?」


「北郷一刀に対して個人的な興味や意識は無いわ

ただ、原作という一つの可能性を知っている

それ故に、何処かで貴男と比較していたりするわ

勿論、貴男の方が圧倒的に勝っているんだけどね

時々、ふと考えたりするのよ

もし、彼が貴男や私の様な立場に居たとしたなら、彼に何が出来て、何を成そうとするのか、って…」


「あー…それは判る気がするな

結局は“たられば”でしかないんだけど…

それを考えるだけで、自分を客観視出来るからな」


「ええ、だから特に他意や隔意は無いの

ただ、何処かで比較対象(物差し)に使っているから…」


「それが投影された、か…

確かに一応の説明は出来るな」



自分で言った仮説だったが。

咲夜の話を聞く限り、的外れでもなさそうだ。

ただ、そうだとすると厄介だな。

何しろ、“気にしない”以外の術が思い付かない。



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