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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   花弁濡らす雨に


玄菟郡での調査を終えた所に、流琉からの報告。

俺に代わって流琉を残し、思春と共に玄菟郡の事を任せる形で俺は代郡に向かった。


玄菟郡での調査結果から、現場検証による成果には期待しない方がいいだろう。

ただ、それでも遣らないという選択肢は無い。

何も出なければ徒労に終わるだけ。

そう考えるのは、効率重視か結果主義の思考。

俺の場合は、過程に価値を見出だす方なんで。

それに価値を決めるのは自分自身だからな。

他者には無価値だろうとも構いはしない。

それが俺にとって価値や意味が有るのなら。


──なんて事を考えている間に代郡の現場に到着。

其処には祭の姿が有る。

既に来て調査を始めている辺り、よく判っている。

まあ、華琳達程ではないにしても、啄郡統一前から一緒に歩んでいる古参組ではあるしな。



「済まぬ、まんまと遣られてしもぅたわ…」


「祭が謝る事じゃない、だから気にするな

今回の襲撃者は間違い無く厄介な相手だ」


「──と言う事は、玄菟郡の襲撃もか…」


「ああ、何も(・・)出なかったからな」


「──っ!?…それはまた厄介じゃのぅ…」



そう言って顔を顰める祭。

その意味を即座に理解出来るのも古参であり、共に幾多の戦いを経験してきているから。

そして、日々の鍛練を反復練習としては遣らずに、実戦として経験を積む様に行っている。

その確かな成果だと言える。

イメージトレーニングは勿論、それに沿った実戦を擬似的にでも経験する意味は大きいですからね。



「流琉から聞いた話から何方等の相手も同じ格好をしていた事が判っている

同一犯の可能性は高いな」


「その上、態々武装している部隊を狙って、か…

成る程のぅ…一筋縄では行かぬ様じゃな

此方等の動きを封じるには良い手よのぅ」



そう、祭の言った様に実に効果的な手だ。

今回の襲撃の相手の実力は既に高いと判っている。

そうなると、対応出来るのは俺達を含め限られる。


対応策で被害を出さない事を第一に考えるのなら。

各地の警備部隊や巡回部隊は暫く動かせない。

──と言うか、機能を停止させざるを得ない。

二度の襲撃は街の外、離れた場所だったが。

街の中でなら襲撃されない、という保証は無い。

その為、武装して、という事は難しい。


まあ、治安維持程度なら問題は無いんだけど。

部隊の武装は彼等自身を守ると同時に、無用な被害拡大を防ぐ為の迅速な解決に必要な物。

それをしないとなると…色々と問題は有るが……。

いや、此処での多少のリスクは致し方無しか。

背に腹は代えられないな。



「──とは言うものの、それは現実的じゃないか…

襲撃を懸念し、動きを制限しても後手後手…

寧ろ、悪影響の方が大きいだろうな」


「そうじゃな…相手の思う壺じゃのぅ」



だから、それは出来無い。

──とは言え、何かしらの手を打つ必要は有る。

放っては置けないからな。




祭と別れ、広陽郡に向かう。

玄菟郡・代郡と離れた場所を狙われた訳だが。

広陽郡なら西側から中央に直ぐに迎える位置。

此処なら、何か動きが有れば大体の場所に行ける。


そして、董家という代々続く名家の治める地。

宅の情報網と董家の情報網を合わせれば幽州内なら掴めない情報は何一つ無い。

そう言い切れる程ですからね。

其方等の意味も有って、広陽郡に来た訳です。



「……成る程、事情は判りました

出来る事は何なりと仰有って下さい」


「有難う御座います、助かります」



良い返事をくれる月の母親である佳さんに感謝。

如何に俺と月と夫婦で、幽州を統一してはいても。

董家とは対等な関係に近いですからね。

月を含む女性達の誘拐騒動の件が有るとは言え。

それは俺自身が責任を追及したりはしていません。

運が悪かった、としか言えませんから。

だから、名家の出身の妻達の中では唯一、問題無く俺に嫁いでいるのは月だけですから。

そういう意味でも、一つ格上の存在。

加えて、俺達夫婦の中では唯一、健在な親なので。

皆も佳さんに相談したり、頼る事は少なくない。


ただ、それだけに難しい立場でも有りますが。

その辺りは伊達に女性当主を務めてはいません。

本当、頼もしい限りです。



「それで忍さん、襲撃してきた相手の事は?」


「現時点では何とも…

可能性としては幾つか考えられる事は有りますが、何れも推測でしかなく、証拠は有りません

それに…恐らくは、繋がりは無いでしょう」


「…では、相手は完全に独立していると?」


「ええ、支援者や協力者は無く、狙いは宅のみ

まあ、飽く迄も現時点では、の話になりますが」


「そうだとしても、考えたくは有りませんね…

幽州を統一した貴男に敵対しようとする

その思想や意思は、それだけで脅威となります」



佳さんの言った通り、本当に厄介な相手。

敵対していた勢力の残党や敗残兵、或いは残存勢力という事なら、幾らでも掴み様も潰し様も有る。

しかし、全く繋がりの無い相手となると…。

宅や董家の情報にすら引っ掛かる可能性は低い。

──とは言え、此処に居るのは情報を掴む為よりも隣接する各郡に素早く動き、伝達する為。

勿論、何か動きが有れば直ぐに伝わる。

そう考えての事だから。

実際には相手の情報を探している訳ではない。


寧ろ、下手に相手の──具体的な事は暈すとして、不審者の情報を集めようとすれば、彼方等此方等で無用な緊張や不信感が生まれ、治安に響きますから手掛かりの無い現状では悪手。

もし、それを考慮して仕掛けているのなら。

今まで戦ってきた相手の比では無いでしょう。

──と言うか、間違い無く、一番の難敵です。


…まあ、個人的で、潜在的な政敵なら世界最強だと言い切れる教祖(ヤツ)が居ますが。

アレは別格であり、別次元の難敵ですから。

それを考えるば、まだ増しかもしれません。

だって、絶対に倒せない魔王なんですよ?。

どう遣って攻略しろと?。

愛を囁く、というコマンドも通じませんからね。

詰みですよ、詰み。

無理ゲーです。

でも、諦めたら、ゲーム・オーバーですからね。

まだ俺は諦めてはいませんとも。






「………何も起こりませんね」


「そうだな…ある意味、平和だな」



隣に座る月と、剛をあやす佳さんと季衣を見ながら二人で愚痴る様に呟く。

特に大きな問題が何も起こらないという事は良い事なのは間違い無い。

だが、それは何も問題が起きてはいなければの話。

既に問題が起きている状況下で次の動きが無いのは平穏を脅かす不気味な静寂でしかない。


ただ、だからと言って何か起きて欲しい訳ではないという事だけは誤解しないで貰いたい。

誰も好き好んで面倒事や厄介事は望んでません。

刺激的な非日常を求めてもいませんから。

そういうのは欲しがってる方の所へ、どうぞ。

宅は間に合っております。

ノーサンキューです。


──という話は置いといて。

俺が広陽郡に入ってから、今日で六日目です。


初日の朝、玄菟郡で最初の襲撃が有り、夕方前には代郡で二度目の襲撃が発生。

その後、同日中に広陽郡に。

それから、一切の動きが有りません。

これを不気味と言わず、何と言うのか、です。



「忍様は襲撃してきた相手に狙いが有ったとして…

それは何だと思っていますか?」


「…何れも可能性でしないし、確信は無い

ただ、民ではなく、宅が標的である可能性は高い

中でも軍部だが…それにしては微妙な所でもある」


「確かに…兵を狙うにしても中途半端でしたね」


「ああ、最初の襲撃にしても威嚇(・・)に近い

本気で宅の戦力を削りに来ているなら、見逃したりしないだろうからな」


「その襲撃自体が陽動だったのだとしても、相手は今日まで全く動いていませんし…

何処にも是と言った異変や異常も有りませんから…

探し出そうにも手掛かりすら見付かりません」


「本当にな…袁硅の時とは大違いだ」


「…やはり、あの件と関係が有るのでしょうか?」


「無いとは言い切れないからな」



そう月に答えてはいるが。

俺自身は勿論、皆も袁硅の一件の黒幕が怪しい事は理解している。

ただ、その証拠は無いし、繋がりも見えない。

だからこそ厄介なんだし、手強いと思う。


──とは言え、月の言った様に陽動だったにしても何も異変等は起きてはいないからな。

そういう意味では、悩ましい所だ。


そんな俺達の所に季衣が遣ってくる。

剛は御眠らしく、佳さんに抱っこされて退場した。



「ね~、実は単純に時間稼ぎなんじゃないの?」


「時間稼ぎ、ですか?」


「ほら、幽州を統一しちゃったから、相手は自分の態勢を整える為に時間が欲しくって…

それで“見えない敵”が居る様に見せてる、とか」


「その可能性も考えられはするんだけどな」


「けど?」


「実は、何ヵ所かで少数精鋭で戦力を集中させて、囮として動かしているんです」


「え?、そうだったの?」


「知ってるのは一握りの作戦なんだけどな」


「…それ、ボクが聞いて良かったの?」


「問題無い──と言うか、実は此処もだしな」


「…剛ちゃんが居るのに?」


「その剛も含めての囮作戦なんだよ

まあ、今の所は見事に外れてるけどな」


「うわ~…」



驚く季衣にネタバラし。

季衣が呆れてしまうのも仕方が無い事だろう。

普通に考えたら、遣る様な事ではないからな。


だから、それを聞いている月も苦笑するしかない。

知っていて黙っていた、という点では共犯だしな。


この五日間で順調なのは月との夫婦仲だな。

俺が付いているとは言え、我が子を囮に使うんだ。

月としても不安や心配事が無い訳ではない。

──が、その見返り、という形で今は独占状態。

夜は勿論、時間が有ればイチャついてます。

ええ、氣による避妊が出来無かったら、既に月との二人目が出来ていても可笑しくは有りません。

実は、ついさっきまでイチャついてましたしね。

長年連れ添った仲睦まじい老夫婦みたいな雰囲気で並んで座っていましたが。

月は御腹一杯だったりします。

色んな意味で、御互いに御馳走様でした。


──なんていう、夫婦事情は置いといて。

本当にね、期待外れもいい所なんですよね~…。

各地の政策に問題は出ていないし、滞りも無い。

その点で言えば、実は襲撃の影響は無いに等しい。

唯一、警戒と誘い出しの為に離れ離れになっている華琳達の御機嫌が悪くなり、不満が溜まるのみ。

それ以外には、問題らしい問題は無し。


…まあ、その問題も俺の頑張り次第ですからね。

正直、問題という程の事では有りません。

どの道、現状維持を続けても無駄でしょうから。

今日で一旦、誘い罠は止めます。



「──失礼しますっ!」



──とか思っていた矢先に兵が遣って来た。

話を聞けば、奈安磐郡で襲撃が起きたらしい。

西から中央に網を広く張っていた。

その裏を掻かれた形ではあるが。

当然、奈安磐郡にも人は置いている。

ある意味、一番紛れ易い場所だったからな。

身重ではあるが、まだ動ける華琳に任せた。

美以達も付けているから戦力は十分。

実際、被害らしい被害は無かった様だ。



「それでも現地で確認はしないとな

月、季衣、後は任せる」


「はい、いってらっしゃいませ」


「うん、任せてっ!」



二人の頼もしい返事を聞き、即座に発つ。


こういう時、氣を使い単独行動が出来るというのが便利だと思うんです。

どんなに通信技術とかが発展しても、現地に赴き、自分が直接行動したり、指示したり、確認しないと駄目な事っていうのは多々有りますからね。

特に施政者であれば尚更です。

そういう意味ではフットワークの軽さは重要。

だから、一番欲しい能力や道具は瞬間移動系。

施政者でなくても、有ったら滅茶苦茶便利ですし、それで商売も出来ますからね。


──という雑念を頭の片隅に追い遣りながら。

頭の中で鳴り響いている警鐘が気になる。

“虫の知らせ”ではないが。

膠着していた事態が動く。

それだけでは済まない様な気がしてならない。

杞憂に終わってくれればいいんだけどな。

世界は、優しくはない。





 司馬防side──


忍や皆の留守中、本拠地である啄郡の居城に居て、書類を片付けていた所に一報が届く。

それは奈安磐郡の華琳からの使者で。

三度目の襲撃が起きた事を知らせるもの。


既に忍に届き、動いている事でしょう。

そういう決断は誰よりも早く、迷いが無い。

だから、私達も、臣兵も、民も。

忍の指示や方針を信じて動く事が出来る。

施政者であり、頂点である忍が率先するからこそ。

誰もが、その言動に信頼を寄せられる。


多くの世界を、多くの歴史を、多くの人々を。

羅列した数字を流し読む様に見てきたけれど。

忍の様な人物を私は他に知らない。


転生した者自体は少なくはないのだけれど。

その中の誰よりも、忍は人を理解している。

それは良い意味でも、悪い意味でも。

だからこそ、忍は決断に躊躇しない。

僅かな躊躇が命取りになる事を知っているし。

躊躇により生じる良い方向への可能性というのは、無いに等しいと言ってもいいでしょう。

それ故に、忍は躊躇しない。

悩まない訳でも、考えない訳でもない。

ただ、決断する時には躊躇しない。

決断する時までに、思考は終わらせている。

其処が桁違いに早く、優れている。


観察し、推測し、仮定し、想像し、選択し、到る。

人が進化により得た思考という能力を。

正しく使い熟しているのだから。

正面に思考出来無い者とは比較にすらならないわ。


──と、そんな事を考えていた時。

執務室の扉の前で物音が聞こえた。

しかし、氣を探っても其処に人気は無い。

けれど、自分の記憶している限り、物は無い。

そして、野生動物等が迷い込む可能性は無い。

何故なら、この執務室には窓は無く、城の奥に有る防衛面では袁硅程ではないにしても、鉄壁。


だから、其処に居るとすれば、人になる。

可能性としては隠密だけれど──思い浮かぶ影。

悟られない様に自然体を装いながら、扉に近付く。



「…?………誰か居るの?」



そう声を掛けながら扉を開け──飛び退く。

扉を開けたのと同時に真っ直ぐ私に突っ込んできた黒い影は狙い通り、正面に居る。


天賦に恵まれた皆には叶わない。

それでも、何もしない理由にはならない。

私は二度と後悔しない為に努力を怠りはしない。


忍に、皆に、教わり、学びながら、一歩ずつ。

一つずつとさえも言えない程の事だけれど。

その僅かな積み重ねを絶やした事は無い。


それは、決して、“守られる女”ではいたくない。

忍の隣に立ち、共に背負う為に。

私は私なりに足掻き、抗っている。


その成果が──こうして、力に至る。


身重だろうと、出来る事は有る。

必要最小限の動きで、カウンター。

腰帯に差した忍特製の短刀を逆手に握り、抜く。



「────っっ!!??」



次の瞬間、私は声も出ない程に驚愕した。

短刀の鋒が斬り裂いた黒衣。

露になった其処に有ったのは──



──side out



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