97話 霹靂の谺す空に
出来る事と、出来無い事。
それが有るという事は、当たり前の事なのだが。
“教育”という社会概念を誇大解釈してしまった事によって人は無意識に差別という概念を育む。
自分には出来る事が、出来無い者。
それに対し、優越感を覚え、下位に格付けする。
また、教育・指導という観点から言えば、出来無いという事に対し、苛立ちや不満、時には落胆や失望といった感情を懐き、向ける。
例えば、親が幼い子供を叱り、教師が生徒を叱り、子が老いた親を叱る。
これらは何れも差別意識から来る傲慢さ。
“自分が出来るから”という事が然も世界の共通の標準であるかの様に勘違いをして。
暴力的にマウントを取っている。
その事実に気付いていないから、恐ろしい。
子供の為、生徒の為、親の為。
それは勝手な言い分で、間違った善意の押し付け。
本当に本人の事を思っているのなら。
先ずは本人と向き合い、本人の意思を尊重する。
其処に自分の考えや価値観は混ぜてはならない。
混ぜた時点で、相手に対する尊重は失われるという事を理解しなくてはならない。
その一方で。
逆に、他者が出来る事が、自分には出来無い。
劣等感を感じる事は仕方が無いのだろう。
これは平均化社会の最大の弊害だと言える。
周囲と違うという事が、物凄い劣等感を生み出し、苛まれる苦悩は孤独感・孤立化を強める。
ただ、問題は其処ではない。
それはそれで考えなければならない事なのだが。
何故なら、それは他者が手を差し伸べたとしても、結局は自分自身で解決しなくてはならない。
手助けは出来ても、解決する事は出来無い。
その事を自分自身で理解するしかないのだから。
だから、それは問題としては少し外れている。
自他の存在が、その関係が、強く影響を受ける事。
そう、犯罪への変異である。
劣等感を懐く事は仕方が無い事。
他者との比較から学ぶ事や、気付く事は有る以上、比較する事が間違いという訳ではないのだから。
しかし、其処から羨望や尊敬が嫉妬や憎悪に変化し敵意や殺意へと膨張してゆく事も珍しくはない。
犯罪者の全てが、そうだと言う訳ではない。
だが、何処かで狂い始めてしまう、その一端に。
強烈な劣等感に苛まれた結果、という事は有り得る可能性だと言えるのではないだろうのか。
その先に有る自分の破滅する未来が想像出来るなら劣等感に苛まれる事は少なくなるのかもしれない。
だが、劣等感に苛まれている者というのは、多くが視野も意識も狭窄化しており、気付かない。
その矛先が他者に向けば犯罪に。
自分に向けば自殺に。
何にしても、良い未来へと繋がる可能性は低い。
それでも、人は自他を比較せずには居られない。
そういう社会性の下に、社会を築いたのだから。
そんな生き苦しく、生き詰まりそうな世の中で。
もし、少しでも生き易くしようと思うのなら。
先ずは意識的に変えてゆくしかないのだろう。
出来る事を特別だとするのではなく。
出来無い事を当たり前にする、という事。
それは似ている様で、全く意味が異なる。
出来る事に付加価値を付けるより。
出来無い事の価値減少を無くす。
プラスにばかり意識を向ける事よりも。
マイナスにばかり意識を向けなくする事。
そういう生き方・在り方が常識となれば。
自ずと差別問題というのは減少するのではないか。
劇的な変化というのは劇薬・猛毒と変わらない。
だから、ゆっくりと時間を掛ける事が望ましい。
例え、自分が生きている内には実を結ばずとも。
その意志を繋ぎ、育み、在り続けられたなら。
軈て必ず、実を結ぶ。
それは願望ではなく、志へと至っているのだから。
「──という訳で、気を付ける様に」
「は~い」
そんな、いい加減な様にも受け取れる返事。
注意をしても「聞いてないだろ?」と言いたくなる程に顔が若気っ放しなのは雪蓮。
…雪蓮の場合、原作の印象が強いからなぁ…。
だから、らしいと言えばらしいんだけど。
原作の周瑜や孫権じゃないけど、拳骨の一つも頭に落としたくなるのは…仕方が無いか。
勿論、実際には遣りませんけど。
気持ち的には、という話です。
ただまあ、そうなるのも仕方が無いでしょう。
それは別に雪蓮に限った話ではないんだし。
こういう反応をする人は少なくはないので。
此方も彼是言い過ぎない様に気を付けないとね。
──で、そんな雪蓮なんですが。
今は嬉しそうに下腹部を両手で撫でています。
決して、便秘が改善した訳では有りません。
そう、雪蓮も妊娠しました。
正確には、この十日で麗羽・桃香と兆候が有って、今朝、雪蓮が、という流れです。
まあ、その為に遣る事を遣っていた訳ですからね。
当然と言えば当然なんですけど。
実感すると、嬉しさ・喜びは別格でしょうから。
そうなるのも無理も有りません。
時期的には同じですが、兆候の出るタイミングにも個人差は有りますから。
正確な妊娠の順番は桃香・雪蓮・麗羽。
まあ、予定日も近いので、出産も多少前後する事も十分に考えられる事です。
何はともあれ、妻達の妊娠は俺にとっても慶事。
嬉しい事は間違い有りません。
ただ、雪蓮の様に受かれてしまう事も有りますから夫で主治医の俺は冷静に為りませんとね。
まあ、積み重ねた経験値が違うので今更ですが。
それはそれ、油断は致しません。
母子共に無事に出産を終え、産後が安定して。
漸く、安堵出来る訳ですから。
──とは言え、神経質には為りません。
此方がピリピリしていると妊娠している妻達の方も落ち着けませんし、苛々しますからね。
その辺りを察し、配慮し、気遣いつつ普段通りに。
男にとってはハードルが高く難しい様に思えますが普段から家事等をしていれば問題有りません。
女性側も妊娠したり、出産してから家事等の分担を男性側に遣って貰いたいと思っても無理な話。
無謀としか言えません。
抑、男性側が快く遣ったとしても。
自分との効率の差や遣り方の違いに苛々するだけで役に立たないという事の方が多いのが実態。
だから、それを求めたり、そうしたいなら。
普段から家事等を遣っている事が必要不可欠。
ある意味では、家事以上に日々の継続と積み重ねが物を言う事というのは無いのかもしれない。
そう個人的には思ったりもします。
俺は昔から遣ってますから論外ですが。
そういった内容の相談は男女共に有りますからね。
まあ、何事も急には出来無い、成らないという事。
それ故に日々の努めが、継続が、大事なんです。
さて、それは置いといて。
先日、恋のパッカーン!によって入手した仙残鋼の加工方法なんですが。
直ぐに出来る、という訳では有りませんでした。
技術的な問題、設備的な問題──ではなくて。
一度、インゴット化された仙残鋼を加工する為には乾物を水に浸けて戻すのと同じ様に。
専用の溶液に浸して、加工可能な状態にする必要が有るという事でした。
仙残鋼のインゴットはサイズがサイズなので専用の水槽を建築する必要は有りましたが、それは簡単。
俺と真桜の実力なら楽勝の御仕事でした。
専用の溶液に関しても、材料の調達、調合、全体を満遍無く浸すのに必要量の作製と。
何れも問題無く出来ました。
それでは、一体何が問題なのかと言いますと。
その溶液に仙残鋼のインゴットを三ヶ月。
浸けっ放しにした上、溶液が分離・沈殿しない様に定期的に掻き混ぜる必要が有るんです。
まあ、掻き混ぜる事は負担ではないんですが。
三ヶ月も掛かるとか……いや、乾物じゃないんだし当然と言えば当然なのかもしれませんけど…。
俺と真桜の「よっしゃーっ!、獲ったでーっ!」のテンションから一転。
「んな、アホな~…嘘やぁ~…」と落胆。
漸く御預けが終わったと思ったら、鍵付きでした。
そんな気分に為りました。
これが犬の餌を入れた皿を入れた箱だったら。
犬も「巫山戯んな!、この野郎っ!」と。
鍵を無視して箱を噛み砕こうとするんでしょうが。
生憎と俺達は人間ですし、相手は仙残鋼なんで。
時間を掛けるしか有りません。
そんな訳で、仙残鋼の件は一旦置いておきます。
こればっかりは、どうしようも有りませんから。
「何だかんだ言ってても順調に出来てるわよね」
「それは勿論、愛する妻達とだからな」
雪蓮達の妊娠に咲夜が揶揄う様に言ってくる。
その意図は「もう教祖に乗っかれば?」と。
俺に後宮設立を認めさせようとするもの。
そう、この件に関しては最早、俺の味方は居ない。
宅の恋でさえ、老師の要らない入れ知恵によって、教祖の考えに賛同しているのだから。
…おっきな御胸に、ちっさな器、皆の嫉妬軍神?。
……フッ…彼女は疾うに御亡くなりになったのさ。
うん、宅の愛紗はね、王道幼馴染みヒロインです。
嫉妬もしていますが、それ以上に妻同士の結束力を大切にしていますし、賛成していますからね。
勿論、下心が見え見えの相手が俺に近付いて来ようものなら地獄の門番の如く立ち塞がりますが。
後宮の設立には否は無いんです。
嗚呼、嫉妬軍神よ、汝は何処っ!。
──というのは、俺の現実逃避なんですけどね。
いえね、原作の関羽の嫉妬深さってキャラ設定で。
現実的に考えたらね、主君で天の御遣いの主人公の血を引く子供は多い方が良いに決まってるんです。
主力は女性なんだから尚更です。
特に劉備なんてね、プロパガンダ的に考えるのなら反董卓連合の前に一人目を産んでても良い訳で。
その劉備と義姉妹の契りを交わしている関羽なら、同じ様に早期の妊娠・出産は有りでしょう。
まあ、現実的な問題を言えば、劉備陣営は初期では圧倒的に関羽の重要度が高い訳で。
諸葛亮・鳳統という二大ブレーンが初期加入しても軍務を担える人材は関羽一人。
戦働きなら、張飛でも出来ますが。
軍の調練や組織作りは張飛には出来ませんから。
関羽が妊娠して離脱する、というのは痛手。
そういう意味では現実的に考えると難しい事。
だから、どんなに関羽が子供を望んでいても早期の妊娠・出産というのは実現し難いと言えます。
劉備は勿論、諸葛亮・鳳統は大丈夫なんですが。
その辺りを考えた上での意図的な事だったとしたら俺は彼に対する認識を改めなくてはいけません。
実際には、そんな事なんて考えていないでしょう。
──というか、アレで子供が出来るのが呉ルートのエピローグでだけ、ですからね。
その辺りを深堀りしたら駄目なんでしょう。
だって、原作なんですもん。
「まあ、何にしても一通りは産んだ方が良いんだし御父さんには頑張って貰わないと困るわよね~?」
「まだ流石に何も要求はしないと思うが?」
「判らないわよ?
「早く弟妹が欲しい」って思っているのかも」
「多分に御前自身の要求な気がするが…
因みに、それは同腹のか?、腹違いも含めてか?」
「何方等もね」
…何方等でもじゃないですね。
ええ、真意を理解出来無い程鈍くは有りません。
つまり、「私も欲しいし、皆も欲しいのよ」と。
そういう事なんですよね、判っています。
でもね?、ちょっとは待ちましょう?。
まだ年長組でも漸く一歳を過ぎたんですから。
もう少し育児に慣れてからにしませんか?。
……え?、「それを待っていたら一人一人が産める人数が確実に減るわ」って?。
それは………そうかもしれませんが。
貴女達、氣を使えるから六十歳までは大丈夫です。
現役で産めます。
俺も居ますから……うん、七十歳まで行けるかも。
勿論、個人差は有るでしょうけど。
そういう訳だから、後宮なんて要らないでしょ?。
維持費も必要も無くなるんですから。
ほら、一石四鳥な感じじゃないの。
皆で夫婦仲良く頑張りましょう!。
「──失礼します!、玄菟郡より緊急伝です!」
「内容は?」
「はいっ、巡回中の小隊が襲撃を受け、半数が負傷
幸いにも死者は出ていないそうですが、襲撃相手は正体不明、追跡も出来無かったとの事です」