掘りて何を得る
気になる情報を得てから三日後。
慣れ親しんだ龍天山を俺達は歩いている。
華琳が来たがっていたが、事が事なので却下。
華琳は勿論、御腹の子供にも万が一の事が有っては悔やんでも悔やみ切れませんからね。
其処は渋々でも納得させました。
尚、愛紗と梨芹も今回は留守番。
此方等も不満そうでしたが、納得済みです。
「何や知らんけど、滅っ茶懐かしい感じやなぁ…
こないな感じで昔は毎日食糧調達しとったな~」
「…ん、狩り勝負も」
「せやったなぁ…恋と姉さん達が凄ぅてな~
凪も凪で負けず嫌いやから張り合っとって…」
「…兄に助けられてた」
「そうそう………なあ、凪、今やから正直に言ぃや
本当は師匠に助けられたくて張り合ぅてたんやろ?
姉さん達には内緒にしといたるから」
「人聞きの悪い事を言うな
私は真面目に遣っていた」
「けど、師匠に助けられるんは?」
「………それは……………嬉しかったが……いや、態とじゃないからなっ!
忍様っ、態とでは有りませんからっ!」
「大丈夫、判ってるよ」
そう凪の頭を撫でながらフォローし、揶揄う真桜に視線を送り、「遊ぶな」と注意する。
つい、昔を思い出し、童心に返ってしまう。
そんな気持ちも理解は出来るのだが。
緊張し過ぎても、気を緩め過ぎても危ない。
そして、この二人は両極端な質だからな。
その間を意識的に保つ事が出来れば良いのだが。
得手不得手、向き不向きは仕方が無い。
それが個性であり、個人差なのだから。
因みに、その点で言えば恋は大体が平常心。
俺や家族の事が絡むと、沸点が低くなりますが。
そうでなければ、特に問題は有りません。
今は滅多に遣る気が空回りしたりもしませんしね。
精神面が安定したのは大きな成長です。
…その分、甘える時には一切自重しませんが。
恋に感化されると俺も、他の皆も猛りますからね。
今は大分慣れましたが…それでも効きますから。
まあ、それはそれとして。
今回の徐恕探検隊のメンバーは凪・真桜に恋。
土地勘が有り、氣の制御技術を優先した選抜。
尚、真桜が発掘部隊の隊長なのは言うまでもない。
仙残鋼が有るのかは判りませんが。
その場合に備えて、です。
「しかし、此処に埋蔵物や不可思議領域が有るとは思ってもなかったな…」
「そうですね」
「ウチや凪は後からやけど、師匠達は長いんやし、探検とか遣らんかったん?」
「勿論、一通りは遣ってる
老師は遣ってなかったみたいだけどな
俺達──と言うか、俺は個人的な好奇心からだ
その成果として新しい植物とかも発見したが…
少なくとも、当時の俺の探知に引っ掛かったものは御前達も知ってるものばかりだからな~…」
ええ、当然ながら此処も調査自体は遣ってます。
ただ、当時は仙残鋼が実在するなんて思ってないし探そうともしていませんでしたからね。
精々、金銀や宝石の類いの探知がメインでした。
売れば御金に為りますし、女性は喜ぶので。
因みに、華琳達は勿論、恋も俺が手作りして贈った装飾品は喜んでくれていて。
大事にしてくれています。
戦場や調査等には付けて来たりはしませんが。
日常的に、或いはデート等では。
「貴男のくれた物ですから」と言う感じで。
然り気無く付けて来たりしています。
それと、具体例のイメージが愛紗や梨芹だったのは台詞の関係上、仕方が有りません。
呼び方・呼ばれ方に引っ張られただけなので。
深い意味も他意も有りません。
だからね、脳内の愛しき我が妹諸君。
御願いだから、そんな顔をしないで。
愛妹紳士のライフが持たないから。
──という心の呟きは置いといて。
此処、龍天山の大凡の地形というのは把握済み。
件の霊静谷と呼ばれている場所も知っています。
ただ、其処に特別な謂れが有りそうな雰囲気の有る場所は……無かった様に思うんですけどね…。
まあ、その確認も含めて、という事ですから。
無かったら無かったで、一つ潰せたという事で。
前向きに考えましょう。
「それにしても…今やから言えるんやけど此処って仰々しい名を付けられとるよな~
今でこそ師匠──天下の徐子瓏に由来の場所やから可笑しな感じはせぇへんけど」
「忍様を龍と考えれば相応しい名です」
「…兄、天を翔る龍」
「それは結果論だけどな
ただ、真桜の言ってる事も判る
ちょっと気になる名前だからな」
「どの辺がなん?」
「例えば、此処が“天の龍が住む山”なら天龍山と呼んだ方が、しっくりくる」
「……確かに…」
「それが龍天山と呼ばれているという事はだ
“龍が天に昇った山”──つまり、龍が亡くなった場所という様に考える事も出来る
そう考えると、霊静谷の名も頷ける」
「…成る程、その龍の“御霊が静かに眠る”場所と読み解けば繋がりますね」
「まあ、飽く迄も由来の意味としては、だけどな」
「けど、それやったら、その龍に該当するんは?
まさか、本当に龍が居った訳やないやろうし…」
「そうだな……可能性として高いのは、この辺りを治めていた有力者か、地元の英雄的な人物だろうな
その者が亡くなったか、或いは立身出世の始まりとなった場所、という事も考えられるな」
「天に昇る、を飛躍と読み解く訳ですね」
「ああ…ただ、それも前提の仮説が有った上での仮説だからな
実際の所、行っても何も無い事も有るだろう」
「それはそれでオチが有って良ぇんやない?」
そう言った真桜の言葉に、俺と凪は苦笑する。
何も無い事が悪い訳ではないし、必要以上に期待を膨らませるというのも考えもの。
その程度なら気持ち的にも影響は無い。
ただ、それが判っていても。
ついつい、自分勝手な期待をするのが人の性で。
期待外れとなれば、勝手に落胆し、不満に思う。
身勝手さで人を超える存在は居ないだろう。
そう言い切れる程に、人は欲深いのだから。
そんな感じで軽い遠足感覚で進む事小一時間。
龍天山の一角、高さ30mを軽く超える断崖絶壁。
その間に挟まれる様にして広がる、幅平均10mは有る自然豊かな谷間の森。
此処が霊静谷と呼ばれている場所。
植物を始め、鳥や虫・爬虫類と固有種が多く。
前世でならば世界的な保護区に指定される事だろう間違い無しの特別な自然領域。
事実、宅で使ったりしている秘薬の一部には此処で調達している薬材を使っていますからね。
荒らされたりしない様に厳重に管理しています。
見方によれば、独占だと思われるかもしれませんが何も判っていない、自己利益の事しか考えていない欲望塗れの連中の言い分など全無視です。
寧ろ、そんな連中は一網打尽にして殺ります。
誤字では御座いません。
その位に、此処の自然というのは重要なんです。
だから、氣を使って進めば、あっと言う間の距離を地道に歩いて進んでいたりします。
途中までは、さくっと進めるんですけどね。
それを遣ったら、今言った連中と同じなんです。
何しろ、此処の自然環境は非常にデリケート。
特に氣の影響を受け易いんですよ。
だから、氣の制御が未熟な者は連れて来れないし、入らせる事も認められません。
強い氣を持つが故のジレンマです。
まあ、氣を使えないと此処まで来れませんから。
そういう意味では、此処に来られるという事は。
氣の制御技術が一人前に達した、と。
そう言っても間違いでは有りません。
そんな霊静谷の奥、という場所に来ている。
ただ、以前に来た時と変わった様子は無い。
それはつまり、何かが有るなら。
今まで気付かなかったという事。
勿論、それで済む話なら構わないんですけどね。
その何か如何である事は否めません。
「んー……パッと見た感じやと、これや!っちゅう感じで判る様な所は見当たらへんな~
師匠、ウチと恋は探知はせん方が良ぇんやろ?」
「ああ、万が一の事も有るからな」
俺と凪なら氣を使って探知をしても影響は無い。
だから、俺と恋、凪と真桜に分かれて分担作業。
しかし、これと言った手応えの反応は無く。
仙残鋼が埋まっているという様子も無い。
調査としては、何も無い、という結果が出たので、取り敢えずは十分なんですが。
………何ですかね。
何か、こう………モヤモヤするんですよね…。
「………っ、────っ!?」
気にはなるが何も無いので、帰ろうか、と。
そう考え込んでいた時だった。
反射的に振り向いた先には──何も無い。
だが、今、確かに人の気配がした。
それに──母さんの声が聞こえた気がした。
氣を使える様になったのは母さんが亡くなった後。
だから、母さんの氣というのは判らない。
それは俺だけではなく、華琳達も同じなのだが。
一瞬だけ感じた気配は………母さんのものだ。
そう、直感的に理解した。
理屈ではなく、本能で。
だから説明は出来無い。
「………兄?」
「大丈夫、ちょっと考えてただけだ」
服の裾を摘まみ、上目遣いに心配してくる恋。
人一倍、他者の気配は感情の起伏に敏感な恋。
特に俺達の事には鋭さが十倍になるとさえ言える。
いや、大袈裟な話じゃなくて、マジでね。
だから、瞬間的な反応だったにしても、気付く。
そして、母さん絡みだと、どうしても複雑な思いが未だに有るからなんだろう。
俺の自分でも気付いていない反応が出たのか。
恋が心配してくれている。
だから、誤魔化す真似はせずに素直に答える。
実際、動揺して考え込んだだけだし。
兄としての誇りが、其処は暈しましたが。
恋の頭を撫でながら、改めて母さんの気配を感じた方向に目を向ける。
この前の里帰りで、だったら可笑しくもない事。
だが、此処は母さんとは直接は関係無い地だ。
老師だったら…まあ、渋々だが、納得しよう。
其処まで老師に対する未練や後悔は無いので。
勿論、大変に感謝はしています。
なので、安らかに御眠り下さい。
──という雑念を意識的に混ぜる事で冷静になる。
気付けるものにも気付けなく為りますから。
「………ん?」
ふと、景色の中にある岩が気になった。
高さは50cm程、直径が35cm程の円錐形の岩。
勿論、綺麗な円錐形という訳ではなく、飽く迄も、そんな感じをしている、というだけなのだが。
何故か、その岩が気になった。
此処に有っても何も可笑しくはない材質。
其処等辺に有るのだから当然。
表面に人工的に削られた痕跡は見当たらない。
長年、この場に有った事を物語る様に苔が覆う。
「師匠~、此方は何も無かったわ~」
「済みません、忍様…」
「気にするな、凪、仕方無い事なんだから」
「はい」
「ほんで、其方は?」
「収穫は無し──と言い所なんだが…」
「もしかして、何か有ったん?」
「この岩が気になってな」
「コレ?………滅っ茶普通みたいやけど?」
「まあ、そうなんだけどな…」
流石に「いや、母さんがな…」とは言えない。
別に俺はマザコンって訳じゃ有りませんから。
ただちょっとだけ、母さんに対する思いが強くて。
あの日の己の無力さと後悔を「仕方が無かった」で片付けてしたいたくはない、というだけなんで。
ええ、それだけなんです。
「…………えいっ…」
「ちょおっ、恋っ!?」
馬鹿な事を考えていると、恋が岩にチョップした。
手加減しているとは言え、呂布のチョップです。
只の岩が耐えられる訳が有りません。
岩は瓦割りでも見ない様な見事な真っ二つに──
「──って、何やコレっ!?」
「忍様、コレは…」
「ああ、恋、大当たりだな」
「…ぶい」
咲夜が教えたらしい、Vサインをする恋。
その仕草が可愛いのは言う間でも無い。
そして、恋のチョップを受けて割れた岩の断面には文字が刻まれている。
一つの岩を氣を使って二つに訳ながら彫る事により合わせると凹凸が填まって痕跡が消える。
前世で、こういう加工技術を見た事が有ったな。
そんな感想を思い浮かべながら。
隠されていた石碑に目を向ける。
そして、それが探し求めていた仙残鋼の加工方法を記した物である事が判った。
孫権side──
私自身、決して恋愛感情が無いという訳は無く。
当然の様に、両親の様な夫婦に成りたいと。
幼いながらに憧憬の念を懐いた。
ただ、自分が成長し、周りが見える様になると。
その憧憬は、儚く崩れていってしまった。
──とは言え、両親に失望したり、落胆したという事ではなくて。
その様な結婚をする事が難しいのだと。
現実を見て、理解した、というだけの事。
そう、何処にでも有る。
有り触れた話。
けれど、この話には続きが有る。
現実と向き合い、忘れ去った筈の憧憬。
それが、たった一人との出逢いで甦った。
──いいえ、私の諦念や妥協、絶望ですらも。
嘲笑う様に、鮮やかに覆された。
そう、それこそが忍様との出逢い。
ただ、私にとっては一番の不満は姉の存在。
勿論、恨むとか、憎むとか。
そういった気持ちは無いのだけれど。
不満には思うし、羨ましいし、妬ましい。
そう思う気持ちは否定出来無い。
──と言うか、溺れそうな程に溢れ過ぎている。
特に、私の方が先に忍様を好きになったのに。
姉様の方が先に口付けもしたし、妻となった。
…それはまあ?、事の後先に拘っても意味は無いし妻の人数が人数なのだから、一々気にする事自体が馬鹿馬鹿しい事なのだけれど。
それでも、姉様だから。
どうしても思う事が有るのは…仕方が無いのよ。
色々と苦労もさせられたもの。
だから、私に譲ってくれても良かったのに。
そう思ってしまうのも仕方が無いのでしょうね。
…忍様に、「妹として、甘えてるからだろ」と。
そう言われた時、何も言い返せなかったし。
しっくりとし過ぎて恥ずかしくなってしまったのは姉様には絶っっっ……………っ対にっっ!!!!!!。
言わないし、聞かせられないわ。
絶対に揶揄ってくるもの。
でも、姉様への嫉妬は暫く御預けでしょう。
漸く、私も妻として迎えられたのだから。
「蓮華は激しい方が好みなんだな」
「意外ですか?」
「情熱的、という意味でなら思っていた通りだが…
まさか、蓮華に嗜虐癖が有ったとはな…」
「そ、そういう言い方はしないでっ」
そう言いながらも、その遣り取りも心地好くて。
忍様の言った事を否定出来無い私が居る。
一休みして、ふと気になった事を訊いてみた。
…姉様とは…その…どんな感じだったのか、って。
ほ、本当に少しだけだからっ。
ずっと気にしていた訳ではないからっ。
ただ…その……姉様は意外と甘えん坊なんだって。
姉様には姉様の、長女として抱えている事が色々と有ったのだと知った。
………その一方で、私は忍様の言った様に…っ…。
自分でも知らなかった欲求に戸惑いながらも。
それを悦んで享受している事も確かで。
……寧ろ、望み、求めてしまっている。
果たして、知らなかった方が良かったのか。
或いは、知らずに居られる事は無かったのか。
それは私自身にも判らない事だけれど。
御腹の奥が熱くなり、休憩は終わりを告げ。
まだまだ長い夜は終わらない。
──side out