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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   過ぎし日々を


村長に案内されて向かった先は村長の家──の隣に建っている田舎の社や祠みたいな建物。

普段から閉じられているし中に入った記憶も無い。

──と言うか、中を見た事すら無い。


ただ、確か、村の大人達だけが年に一度集まって、その前で祈祷の様な事をしているのを見た。

こっそりと、だけど。

だって、子供達は家の中に居るし、夜だからね。

知らない方が普通なんです。

華琳達は言い付けを守れる良い子なので知らない。

僕は良い子じゃないよ、苛めないで。


──というネタを脳内で遣っている間に中へ。

「え?、入っていいの?」とは思いません。

だって、村長の話に関係が有るんでしょうから。


中は神社や寺院の本堂を思わせる。

正面奥に御神体を祀る祭壇の様に造られているのは四方を木柵で囲まれ、屋根まで付いている御社。

扉や壁は無いが、雰囲気から、そう考える。

その中央に鎮座しているのは……石碑か。

劣化が酷くて文字は読めないし…元々、彫り自体が浅かったのかもしれないな。

ただ、かなり古い物なのは間違い無い。


意外、と言うのは失礼なのかもしれないが。

長年、秘されてきたとは思えない程に中は綺麗で。

空気も淀んでいないし、黴臭くもなき、蜘蛛の巣も見当たらないし、埃が溜まっている事も無い。

恐らくは代々の村長が管理し、掃除もしている。

──という事は、相当重要な建物なんだろうな。


そう思いながら村長に促され、座る。

その社を見る形で俺達は座るが、俺達を見る格好で村長は脇に控える様に座る。

そして、少し間を置いて口を開いた。



「話せば長くなりますが…先ずは、姫様(・・)

御結婚、そして、御懐妊、御目出度う御座います」



そう言って正座したまま丁寧に頭を下げる村長。

その僅かな間に俺と華琳は視線を交わす。

取り敢えずは、此処は当事者の華琳が話の主導権を取っていく方が良いだろう。

別に俺が遣ってもいいんだけど。

華琳の事を改めて“姫様”と呼ぶ位だしね。



「…姫、というのは私の事なのですか?」


「はい、貴女は我々一族の御仕えする主家の直系の姫君に御座います」


「…どうして今になって、その話を?」


「御疑いになられるのも無理も有りません

ですが、あの時は──曹嵩様が御亡くなりになったばかりの時は、我々も御話しすべきか悩みました

しかし、その中で旅立つ事を決意された事も有り、今、真実を御話しするよりも皆様に御任せした方が姫様の為になると考えました

そして、それは正しかったのだと…

姫様も、皆様も、示して下さないました

本当に…御立派に成られました」



そう言って感極まったのか、涙を流す村長。

氣を扱える俺達には、それが嘘偽りではないのだと判るから反応に困ってしまう。

何しろ、自分達の好き勝手に歩んだ結果だしね。

そんな風に思われると居心地が悪くなります。

「当然だな!」と自信満々で胸を張れる程、此処に厚顔無恥な者は居ませんから。

華琳達も気不味そうです。


暫くして落ち着いた村長が涙を拭い、話を再開。



「御気付きの事だとは思いますが、私自身も含め、村の者には姓が御座いません

勿論、姓が無い者自体が特段に珍しいという訳では御座いませんが…」


「村の者の殆んどが、となると滅多に無い事だな」


「はい、仰有る通りで御座います」



此処は華琳に代わり、俺が発言する。

一旦、華琳から俺に主導権を移す事で村長の態度が変わるかを見極める為に。

…まあ、そんな様子は無いけどね。

村長も含め、村の皆が華琳だけでなく、俺達全員を同じ村の家族として、そして主家と捉えている。

そう考えた方が、しっくりくる。


それはそれとして、姓の有無の話になるが。

姓が無い者というのは別に珍しい訳ではない。

特筆する様な事に関わる機会が少ないというだけで普通に存在しています。

幽州全体で見ても四割近くは無姓の人々。

その殆んどは農民で、手に職を持ってはいない事が数少ない共通点だろうか。

まあ、言い換えると特定のコミュニティの中に属す事をしていない、とも言えるだろう。

それが別に悪いという訳でもないし、生活する上で必要不可欠という訳でもない。

姓を持たなくても生きてはいけますから。


俺の場合は特に不思議に思いもしません。

前世の過去でも大半の人々──特に身分の低い人々というのは元々は姓を持っていなかった。

御偉い方なら賜って、というのが多かったですし、自由に名乗れる様になれば一気に増えた訳で。

それを考えれば、何も可笑しな事ではない。


ただ、村人の殆んどが姓を持っていないというのは今の社会としては、かなり珍しい事。

何故なら、最低でも村長は姓を持っているもの。

政治的な意味合いも含め、そうなっている。


だから、この村が特別な事が改めて判る話だ。

…当時は、多少は気にした程度でしたが。

やっぱり、訳有りだったんですね。



「それは今から五百年以上も前の話になります

当時、幽州を歴史上初めて統一し、百年近くもの間治めておられました一族が御座いました

ですが、政治中枢内部は腐敗し、権力闘争が激化、瞬く間に内乱へと発展して行ったそうです」


「ある意味、統一により齎された平和による弊害の典型というべき話だな」


「そうで御座いますね…

我々の祖先は内乱の中を、主君──統治されていた一族の幼い若君を託され、居城から脱出…

一旦バラバラに散り、十年程経ってから合流…

そして、この村を築いたそうです」


「それでは、貴方達が姓を持っていないのは…」


「先祖達は身を隠す上で、若君を御守りする上で、姓を持つという事は障害になると考えたのでしょう

何より、先祖達にとって姓は主君より賜った物

主君の為ならば、捨てる事も惜しみません」



思わず、「天晴れ!」と言って拍手したくなる程の見事な忠誠心だ。

そして、一人の裏切り者も出ていない結束力。

それが何よりも凄い事だ。


普通、一人位は生活が困窮する事に耐えられずに、若君や仲間を売って、自分だけは良い生活をしよう等と考える輩が出てくるものだが。

そんな脱落者を一人も出さず。

更に十年近く耐え凌ぎ、再び集い──今日まで。

他人事だったとしても感心してしまう話だ。


麗羽達が聞けば、袁家の歴史を恥じる事だろう。

何故なら、此処までの強い忠誠を誓ってくれている家臣など一人として居なかったのだから。

勿論、他所は他所、宅は宅、なんだけどね。

羨ましいと思う事は間違い無いだろう。



「それでは御母様が一族の末裔なのですか?」


「いいえ、曹嵩様では御座いません

姫様の亡き御父上が、一族の直系となります」


「そうですか…父が…」


「…母さんが直系ではないのなら、村の外から来たという事になる

それは偶然なのか?」


「この村の中だけで、我々村の者とだけでは血筋が濃くなり過ぎますし、偏り過ぎます

其処で一族の男性は代々村の外に出て、妻を探し、その後、再び村へと戻る事が習わしです

一族の後継ぎが女性しか居ない場合には村の者から夫を選んで頂く事もです

一応、村の者の全てに血が入っておりますので」


「狭く、小さく、隔たれ、閉ざされ、秘された中で万が一にも血が途絶える事だけは避けるとするなら後継ぎ以外の子は村の中で伴侶を見付け、血を繋ぐというのは考え方としては当然か…」



ただ、普通なら後継ぎ争い等が起きてしまうもの。

極小のコミュニティの中だからこそ、その立場での違いというのは明確な差として現れる。

それが一切無かったのだとしたら凄い事だ。


まあ、実際には有ったのだとしても事実を伝えると不都合な場合には握り潰す事も珍しくはない。

先程の脱落者の有無にしても同じだ。

裏切り者は始末しただけかもしれない。

だから、伝わってはいない可能性も考えられるが。

それを追及しても立証は出来無いだろうし、今更な話でしかない。

誰も徳をしないし、利も齎さない。


不要な正義感や探求心で、時の流れに埋もれた闇を掘り返す様な余計な事はしなくてもいい。

それが原因で争乱の火種を生んでは意味が無い。

現代まで繋いでくれた事。

それこそが何よりも尊重するべき事なのだから。

…村長だけに、とかって訳じゃないからね?。



「まあ、それなら、母さんが姓を持っているという事にも説明が付くか…

だが、何故、曹姓を名乗らせているんだ?

昔は身元を隠す為、外に出た時の為に、伴侶の姓を名乗るというのは判るが…

それも今では五百年以上前の事だとしたら、一族の姓を名乗っても構わないと思うが?」


「……そうですね、そうかもしれません

我々は慣習という事で踏襲し続ける事が正しいと…

心の何処かで信じ過ぎていたのかもしれません

最早、その姓は歴史にすら残されていません

ただ…それでも何処かでは警戒していたのでしょう

そして、自分達の代で途絶えさせてはならない

先祖達が命懸けで今日まで繋いできた血と意志を…

そう為ってしまう恐怖に苛まれながら…」


「そうか…そう思う気持ちは理解出来る

今は俺達も色々と背負っているからな

昔の、子供の頃の様に自由気儘に、とはいかない

ただ、その重みを知ればこそ、覚悟も出来る

こうして話を聞いて思う事は、純粋な感動だ

考えさせられる事は有るが、素直に凄い事だと思う

並大抵の覚悟や忠誠心、そして結束では出来無い

それを五百年以上も繋ぎ続けてきたんだ

十分に誇ってもいい事だと思う」


「そう仰有って頂ければ先祖達も喜ぶ事でしょう」


「何より──その御陰で今、俺達は生きている

亡くなった孟徳の父が、どんな人だったのかは何も判らないし、知らないが…

その人が母さんと出逢って、結ばれたから、孟徳が生まれ、母さんが俺を助けてくれた

そして、俺が二人を助けて──今に至る

その繋がりは広がり、より多くの人々を繋いだ

その原点は、間違い無く、貴方達の不断の意志だ

だからこそ、俺達は感謝し、未来へと繋ぐ」


「「「「よく今まで繋いでくれました

本当に有難う御座います

そして、これからも宜しく御願いします」」」」


「────っ!!、~~っ、ぁぁっ………っっ……

勿体無いっ、御言葉で御座いますっ…」



俺の言葉の後、四人で声を揃える。

意図していた訳ではない。

自然と、そう伝えたいと思っただけ。


その言葉に村長も背負っていた荷を下ろせたのか。

顔を大きく歪め。

しかし、何処か晴れやかで誇らしそうに。

涙を流しながら、俺達に頭を下げる。


俺は静かに視線を祀られている石碑に向ける。

客観的に見れば、最早、只の古い石だ。

どんな事が刻まれていたのかさえ判らない。

それを、今も秘し続け、守ってきた。

これは村の者達を縛り付ける楔であり、呪いだと。

そう言い換える事も出来るだろう。


それは受け取る側の考え方次第だ。


ただ、俺は、俺達は、素直に受け止める。

村の人達が、その先祖達が、どう思っていたのか。

どんな気持ちだったのか。

それは俺達にとっては然程重要な事ではない。


まだ子供だったとは言え。

それでも、村の皆は俺達を特別扱いはせずに。

村の一員、村の子供として受け入れてくれた。

俺にしても、愛紗にしても、梨芹にしても。

本来であれば、忌避すべき余所者だ。

如何に母さんが助けてくれたとは言っても、慣習や伝統に背く様な、或いは破る様な事でも有る。

しかし、其処に囚われず、受け入れてくれた。

それこそが、俺達にとっては最も大きな事。

それが何れだけ当時の俺達の救いだったか。

それは言葉にしても伝え切れないだろう。


それと同じ様に。

この村の皆が長きに渡って受け継いできた意志も。

言葉で言い表し切る事は出来無いのだと。

村長の涙を見て、俺は思う。


慣習や伝統は勿論、あらゆる物事には必ず、経緯と理由が有って起きているもの。

何の脈絡も無く、突然起こるという事は無く。

それが人の社会で起こる事ならば、尚更だ。

一切の意図が介さぬ事であったとしても。

偶然に偶然が重なり、偶然が絡んだとしても。

その偶然の一つ一つには、必ず起因や経緯は有る。

それは絶対に覆らない摂理なのだから。





 曹操side──


私は御母様に拾われた、という訳ではない。

仮に、そうだったとしても。

私には父と母が居る。


だから、当然の様に御母様にも夫──私の父となる男性が居た事は間違い無い訳で。

一度も考えた事が無かった訳ではない。


正直、気にしていた時期は確かに有った。

ただ、私にとっては顔も名も知らない父よりも。

温もりを感じられる御母様の事が大事だったし。

それ以上に、御兄様という存在が大きくて。

そう、御母様が御兄様を連れて帰って来た日から。

私は御兄様さえ居れば生きて行ける。

そう、本能的に理解していたのでしょうね。

決して、まだ自覚してはいなかったとしても。


それが、こんな形で知る事になるだなんて…。

流石に御兄様でも予想外だったみたいだから。

ある意味、目的としては成功しているわね。

…まあ、御兄様にしても、私達にしても。

御母様や村の人達を疑う事だけはしていないから。

そうなるのも仕方が無い事よね。


…ただ、私が姫様、ねぇ…。

御兄様だけになら、そう扱われても嬉しいけれど。

今の私の立場で、そうなるのは嬉しくはないわ。

村の皆が私を利用しようとは思わないけれど。

それはそれ、これはこれ。

そういう事を利用しようとする輩は身内以外の方が圧倒的に多く、何より厄介。

何しろ、そういう輩は自分の利益の為に動き。

しかし、自分には損害が無い様に動いているから。

だから質が悪いし、鬱陶しいのよ。


少なくとも、この話が事実だとすれば。

表に出せば、間違い無く、火種になるでしょう。

それは村の皆も、御母様も、父や先祖達も。

誰も望みはしないでしょう。

だから、秘密は秘密のまま、伝えればいい。

どの道、確たる証拠も無いのだから。



(…それにしても…私が御兄様の子供を妊娠して、その報告に帰って来て、というのは出来過ぎよね

勿論、今まで村に一度も戻って来なかった私達にも原因は有るのだけれど…

ええ、そうよね…結局、同じなのよね…)



私達が村に戻らなかったのは、村を守る為。

私達の所為で戦禍に巻き込まない為だもの。

そして、それは村長や村の皆、御母様も同じ事。

私だけではなく、御兄様や愛紗・梨芹の事も含めて守る為にも話せなかったのでしょうし。

私達の意志を、歩みを、尊重してくれればこそ。

村を旅立つ時には何も話さなかった。


きっと、「姫様に万が一の事が有れば…」みたいな議論が村長を始め、大人達の間で有った筈。

それでも、私達を信じて送り出してくれたのは…。

私の考えている通りならば。

御兄様の村への貢献が信頼へと繋がっているから。


多分、御母様も村長達も気付いていたのね。

まだ子供の筈の御兄様が村を守っている事を。

一人、その手を血に染めている事を。

だからこそ、その覚悟に応えて、託した。

私の未来を、私の意志を。

そして、受け継いできたものを。


本当に…何処まで見ていたのですか、御兄様?。

いつか、その辺りを全部、御訊きしますからね。



──side out



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