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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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95話 楪の青を見て


誰かを幸せにする、誰かの幸せを守る。

その為には。

自分が幸せである、自分を犠牲にする。


その様に考えられる事が少なくない訳なのだが。

それらは似ている様で、真逆な様であり、しかし、根本的に異なる事なのではないだろうか。


“自分の幸せを犠牲にして他者の幸せを守る”事は尊いとされる事かもしれない。

誰しもが、自分の事を一番に考える中で他者の事を一番に考えられるというのは本当に素晴らしい。

他人を思い遣る事の一つの極致だとすら言える。


ただ、自分の事は置いておくとしても。

自分の家族の事は、どう考えているのだろうか。


例えば、それが仕事として行っている場合。

その功績は社会的に認められ、尊敬されたとする。

家族も誇らしく思う事だろう。

ただ、果たして家族は幸せなのだろうか?。

家族を犠牲にして、その仕事で他者の幸せを守る。

それは正しいのだけれど、正しいとは言えない。

「家族だから理解してくれている」というのは結局家族を犠牲にする事の正当化ではないだろうか。

或いは、「家族だから」を免罪符の様に思っている単なる甘えではないのだろうか。


“自分の幸せを掴めない者が、他者を幸せにする事なんて出来はしない”という考えも少なくはない。

自分が幸せだから、余裕が出来て、他人に対しても優しくしたり助けたりする事が出来る。

そういう考えも間違ってはいないだろう。


自分が経験・実現しているからこそ。

それを他者や社会に対して還元する事が出来る。

理解していなければ具体的な事が出来無いのなら。

先ず、自分が幸せになる事が必要であると考える事自体は間違いではないのだろう。


ただ、考えなくてはならない。

自分にとっての幸せが、他者にとっても幸せな事かそうではないのか。

それを間違えば、“幸せの押し付け”である。

「自分の御陰で幸せだ」と身勝手な自己満足の為に他者に不快な思いを強いているだけで。

その実態は他者にとっては迷惑なだけ。

そう成ってしまう可能性は十分に有り得る事。

だからこそ、しっかりと考える必要が有るだろう。


こうして具体的に考えてみると判るのだが。

結局、“幸せ”というのは飽く迄も個人の主観で。

幸せそうに見えていたとしても。

実際の所、どうなのかは本人にしか判らない事で。

他人が勝手な基準で判断する事ではないと言える。


ただ、幸せの中には一人では実現出来無い事も多々存在する事も間違いではない訳で。

そうなると幸せは必ずしも個人だけの物ではなく、複数で共有・協力・実現する物でも有る訳で。

誰かを幸せにする事でも有り。

誰かに幸せにして貰う事でも有り。

その両面を併せ持っているとも言えるのだろう。


幸せになりたいと願う事も。

幸せを追い求める事も。

幸せにしたいと頑張る事も。

幸せを守りたいと思う事も。


決して、間違ってはいないし、大切な事だろう。

ただ、忘れては為らない事も有る。

幸せとは人各々異なる事なのだという事。

幸せとは他者が決め付ける事ではないという事。

幸せとは自らが認識する(掴む)という事。

幸せとは、決して永久不変な物ではないという事。


時代が変われば、人々の価値観が変わる。

社会が変われば、人々の生活が変わる。

常識が変われば、人々の意識が変わる。


その時々に、その所々に、その人々に。

その数だけ、異なる幸せというのは存在するもの。

寧ろ、勝手に同じ様に思っているというだけで。

実際には、その幸せとは唯一無二な物である。


他者と比較する事こそが間違いで有り。

同じである必要は何処にも無いのだと。

そう考える事が出来る様になれば。

幸せは見付け易くなるのではないのだろうか。



「この道を四人で登るのも随分と久し振りだな」


「そうですね、御兄様…

私達が村を出た時…それ以来になりますね」


「もう随分と昔の様に思えますね…」


「…実際、それだけの歳月は経ちましたからね」



華琳・愛紗・梨芹と共に歩いているのは山道。

──とは言え、それは一般的には知られていない。

知っている者しか知らない道。

だが、俺達が迷うという事は無い。

慣れ親しんだ──と言うのは可笑しな表現だけど。

目蓋を閉じていても、はっきりと道が判る。

そう言い切れる程度には、心身に馴染んでいる。


俺達が集まり、過ごした場所。

俺達が志を共にし、最初に踏み出した場所。

そして──母さんが眠っている場所だ。


決して、寄り付かなかった訳ではない。

俺は単身で何度か戻ってきている。

華琳達と結婚すると決めた時。

白蓮との結婚も含め、背負うと決めた時。

万が一の為に村を守る為の備えをする時。

まあ、何かしらの大きな理由が有ってだけどな。


だから、こうして四人で帰郷(・・)する事は初めて。

同時に、それは一つの達成を意味してもいる。


俺達も中途半端な覚悟で村を出てはいない。

だからこそ、華琳達は初めて戻ってくる。

俺の場合は理由が有ったから。

ただ、ゆっくりと里帰り、という事ではない。

飽く迄も、通すべき筋の為、政策的に必要な為。

だから、本当の意味での帰郷は今日だと言える。



「まあ、歳月が経ったのは間違い無いからな」


「ふふっ、そうですね」



そう言った俺の視線に気付いた華琳が笑う。

今、梨芹の腕には義が、愛紗の腕には擁が、優しく抱かれて眠っている。

俺達が夫婦となり、そして、親となった。

それだけでも十分に時の流れを感じられる。


実際、村を出たのは八年以上も前の事になる。

当時は誰が見ても子供だった俺達が。

今は我が子を連れている訳ですからね。

どんなに田舎だろうと、もう大人な訳です。


でもまあ、子供の頃の俺達を知る人達からしたら、如何に結婚して子供が居ようが、立派に成ろうが、感覚的には子供みたいなものには違い無い。

そういう感覚は、俺達にも理解出来ますからね。

だから、ある程度の覚悟はしています。

ええ、田舎特有の洗礼を受ける事でしょうが。

それも愛情表現の一つだと思えば何て事無い。

………嘘です、やっぱり恥ずかしいです。

出来れば、そういうのは止めて欲しいです。


まあ、俺達の場合、夫婦で同じ故郷ですからね。

「小さい頃はね~」的な暴露話は有りません。

それ以上に俺達自身が知り合っていますから。

ただまあ、「あの子がねぇ…」的な感傷的な方向に話が膨らむ可能性だけは否めません。

それは田舎じゃなくても有りますからね。

仕方が無いと言えば、仕方が無いんでしょう。

殆んどの人が経験する試練でしょうから。




思い出話をしながら山道を進み、村へと到着すると俺達を見た村の皆が集まって来た。

俺達の活躍等も知っているので賑やかになる。


外からの人が来る事は滅多に──と言うか、俺達が村に居る間は出戻り以外は一度も無かった。

母さんに俺が拾われ、俺が愛紗と梨芹を助けて。

この三人しか、居ないと言い切れる位だから。

…ああいや、村には来ていないけど、招かれざる客というのは少なからず居たっけな。

それは兎も角として、外に出ない訳でもない。

だから、世の中の情勢に疎いという事も無い。

当時の俺達が子供だったから、情報が入らなかったというだけなんで。


梨芹や愛紗の出産も知っている様で義と擁を見て、喜んでくれている姿は嬉しくなります。

この村の人達全てが、家族も同然ですから。


だから、長らく戻る事も出来無かったんです。

俺達との繋がりを知られれば、村を戦禍に巻き込む可能性は否めませんでしたからね。

漸く、こうして戻って来られた訳で。

感慨深く思います。


義と擁を村の人達に預け、懐かしの我が家へ。

以前来た時に手入れをしていましたが…やっぱり、人が住まなくなると傷みますね。

そうでなくてもボロかったので。

今度、建て直しましょう。

勿論、使える物は再利用してです。

小さな柱の傷等も俺達には大切な思い出なので。

残せる物は残して、大事にしていきます。


そんな我が家の中で持ってきた作業着に着替えると村の外れに有る母さんの御墓へ。

其処で、俺が何気にずっと背負ってきていた荷物を下ろし、保護用の布を取り外します。

姿を現したのは高さ2m程の御影石の墓標。

母さんの為に用意してきた物です。


亡くなった当時は墓も簡素な物しか出来無くて。

それ自体にさえ、己の無力さを感じた程。

本当にね、自分が情けなかったですよ。


今回、改めて用意した墓──墓標は俺達の手作り。

真桜に頼んだり、石工職人に依頼する事も出来たが敢えて自分達の手作りに拘った。

石を削る一振り一振りに。

母さんへの想いを込めるという意味でも。


まあ、それを「ちょっと重いわね~…」と苦笑して困ってしまうのか。

或いは、「有難う」と本当に嬉しがってくれるか。

それは今はもう、想像する事しか出来無いけれど。


それでも、俺達自身の想いを示す事は出来る。

だから、手作りに拘った。


勿論、デザインやサイズは常識的に考えましたよ。

流石に母さんの石像にしたり、10m以上有る様な巨大な物を造ろうとは思いません。

──と言うか、他人任せにしたら、そうなりそうな気がしたから自分達で造ったんですけどね。

だってほら、俺達の母親って、今は滅茶苦茶物凄い立場になる訳ですからね。

熱狂的な支持者や信奉者が遣らかしてくれる可能性なんて考えなくても判りますから。

母さんは勿論、俺達が困ります。




そんな墓標の設置も終わり、身形を整える。

流石に作業着のままでは折角の頑張りが台無し。

「其処は最後まで遣りなさい」と母さんにも苦言を頂く事に成りそうですからね。


義と擁を受け取り、改めて母さんの墓前へ。

花や御供え物をして、線香を置いて手を合わせる。

日本式ですが、そんな風習は無かったので無問題。

遣った者勝ちです。



「只今、母さん、俺達も親に成りましたよ」


「お母さん、この子は私と忍の長男の義です」


「此方等が私と忍の長男で擁と言います」


「そして──私と御兄様の長子が此処に…」



梨芹、愛紗と子供を紹介し、華琳は御腹を撫でる。

ええ、ばっちり妊娠していますとも。

だから、こうして四人で里帰りし、墓参りをして、一つの区切りとしようと思ったんです。

勿論、飽く迄も一区切りというだけです。

基本的には俺達の日常は変わりません。


ただ、今までとは違い、安心して里帰りも墓参りも出来る様に為りましたからね。

これからは度々来ようと思っています。

きちんと、他の家族──妻子を母さんや村の皆にも紹介したいですからね。



「母さんに話したい事は沢山有るけど…

まだまだ俺達も道の途中だからね

時々振り返る事はしても、逃げたりはしない

此処を出来る時、背負っていくと決めた

その意志は変わっていないし、弱ってもいない

…まあ、背負うものが日に日に増えてるんだけどね

それも含めて、俺は俺らしく、皆と共に歩くよ

だから、俺達の歩みを見守っていて下さい

其方に逝った時に、ゆっくりと話しましょう」



そう俺が代表して母さんに話し掛ける。


華琳も、愛紗も、梨芹も。

各々に母さんに話したい事は色々と有る事だろう。

ただそれは今までなく、改めて来た方がいい。

俺にも、他の者にも聞かれたくはない。

聞かせたくはない。

そういう話も少なからず有るだろうから。

当然、俺にも有りますからね。

「一時とは言え、母さんの事を一人の女として見て意識していたんですよ?」みたいな感じで。


だから、今日の所は原点となる家族として。

今度は新しい家族を含めて。

また来るからね。

母さん、義娘が大量に出来たし、孫も沢山だから。

もし、今も生きてたら大変だったかもね。


そう、冗談でも言える様になったから。

だから、大丈夫。

心配しないで、楽しみながら見守っててね。




そんな感じで墓参りを終えたら──村長が居た。

好好爺という印象しかない村長が。

俺達の記憶には無い程に真剣な表情で。



「皆様、大事な御話が御座います」



そう改まって言われては緊張するしかない。

錆び付いた扉が開く様な音が聴こえる気がした。





 司馬防side──


今、忍達が里帰りをしている。

他の皆の出自や故郷は御互いに知ってはいるけれど忍達──特に華琳・愛紗・梨芹の事は知らない。


恋に凪・真桜は、亡き華佗の住んでいた山で一緒に生活をしていて、その後、世に出たという話。

だから、その辺りの事は聞いて知っている。


ただ、華佗に師事する前の事は、知らない。

当時から、四人以外で唯一面識の有る月でさえ。

何処から来たのかは知らなかった。


勿論、それが四人にとって故郷を守る為であり。

巻き込まない様にする為なのは判っているけれど。

その徹底振りには脱帽するしかないもの。


ただ、それも漸く終わった。

幽州統一という目標を達成した事で、故郷を害する敵対勢力は概ね排除したと言えるのだから。

勿論、あの忍が油断する筈は無い。

だからこそ、やっと里帰りも出来るのだから。


…ただ、そう考えると少しだけ羨ましくも有る。

私には戻る故郷は無いのだから。


勿論、今は帰る場所も、居場所も有る。

「私は幸せです」と胸を張って言い切れる。

その点に関しては嘘偽りは無い。


忍達の故郷には勿論だし。

三人の義母であり、華琳の実母。

亡き曹嵩様の墓前にも、後々伺わせて貰う。

私達にとっては、とても大きな存在だと言える人に忍や華琳達から妻として、家族として紹介される。

それは今から緊張してしまう事なのだけれど。

とても嬉しい事でもある。


叶うなら、一目でも直に御会いしたかった。

そう思ってしまうのは、人の欲深さよね。

他にも…生きて、私の子を抱いて欲しかった。

そう考えてしまう事は有るのだから。


まあ、それはそれとして。

目の前では、恋が半泣き状態だったりする。



「ほら、此方にいらっしゃい、恋」


「……っ、ぐすっ……ん…」



そう言えば、私の所に来て膝枕をする恋。

まるで、仔猫や仔犬が甘えている様で可愛らしい。

だから、自然と手が頭を撫でるのも不可抗力。

これは仕方が無い事なのよ。


忍達に気を利かせて我慢はしていても。

基本的には寂しがり屋で甘えん坊な恋。

それが出来る事は恋が成長している証では有る。

だから喜ばしい事なのだけれど。

それでも寂しいものは寂しいし、恋しいものね。


だから、その代わりという訳ではないのだけれど。

忍達が居ない間は、こうして恋を甘えさせている。

私自身、甘えられる事は嫌ではないから。


…まあ、忍にだけは私の方が甘えまくっているから他人には絶対に見せられないのだけれど。

それは二人だけの秘密だからね。

忍も他言したりはしないわ。

そういう所は腹が立つ位に巧いもの。



「ねえ、恋、忍達の故郷に行くのが楽しみね

老師様に御挨拶をしに行った時みたいに」


「…ん……兄ぃ達の御母さんに御挨拶したい…」


「そうね、宜しく御願いしますって言わないとね」



そんな事を話す内に恋は寝息を立て始める。

ふと、窓から見た空は青くて。

寂しさや悲哀を飲み込みながらも。

晴れている。



──side out



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