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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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       曇天を笑う


降り頻る雨の中を駆ける。


速度を上げれば上げた分、身体を叩く雨粒の攻撃力は否応無しに上昇する。

氣も仙術も妖術も使えない只人の身では当然だろう。

如何に特典(チート)持ちと言えども、限度は有る。

特に、通常下ならば時速が瞬間最高80km/h近くまで至ろうとも大丈夫だが。

こういった状況下を日々の鍛練で意図して作り出し、対応出来る様にするという事は先ず不可能だ。

だから、どうしても速度を落とさざるを得ない。

身体は耐えられるが、眼等鍛えられない部分に当たる可能性は否めないからだ。


激雨の被膜だけでも十分に視界を奪っているのに今は既に夜という状況。

分厚い雲は僅かな月明かりですらも漏らさず遮る。

故に視界は最悪。

慣れているからこそ夜目も多少は利くけど、それでも厳しい状況は変わらない。



(…くぅ〜っ…キツいな…

直感に従って出て来たけど情報が無さ過ぎるよな…)



孫策みたいな“勘”と違う経験と照らし合わせた上の“予感”が、自分の直感。

それ故に、外れる可能性は格段に高いと言える。

…まあ、孫策の“勘”って設定(システム)補正が有る能力みたいな物だからね。

比べるべき事じゃない。

アレは十分にチート。

リアルチートだから。



「──────っ!!」



──と、そんな事を考えて駆けている中、僅かに耳が掬い上げた異音に反射的に足を止めていた。

乾いていれば滑るのだが、泥濘んでいる状況では足を取られて転倒し易い。

だが、其処は川の中だとか水辺での経験が活きる。

足を滑らせるのではなく、身体を後ろ側に傾けながら杭を打つ様に片足ずつ踏み込む事で急減速し、停止。

そして、耳を澄ませる。


雨音・風音・水音・葉音…自然の音を排除していき、残る音だけを探す。



「────彼方かっ!」



特典(チート)のお陰で多少一般人よりも優れた聴力が探し出し、掴んだ。

それは確かな異音。

自然には無い、人の悲鳴。

迷わず駆け出していた。


ただ、そんな反応の一方で冷静な別の自分が呟く。

「何?、英雄(ヒーロー)に為りたいのか?、止めとけ止めとけ、下らない」と。

呆れと嘲笑を交えた表情で直球に言ってくる。

それに対し、異論は無い。

英雄(そんな者)になんて、頼まれても為りたくないし遣りたくもない。

平々凡々、平穏無事に。

人並みの幸せな人生を送る事が俺の望みだから。


けれど、同時に思う。

その為には、少なからず、強さが求められる。

何故なら、俺の居る世界、この時代は前世の状況とは大きく異なるのだから。

その“人並みの幸せ”すら儘ならないのが、今世。


故に、これは人助けという事ではない。

正義感や使命感も無い。

自分の穏やかな将来の為の先行投資の様な物。

情けは他人の為ではなく、巡り巡って自分に返る事を期待しての偽善。

どんな善行も突き詰めれば全て自己満足なのだから。




行き先が定まってしまえば駆ける速度は増す。

探索という手間が無くなり迷いが無くなるからだ。


二十秒と経たない内に深い闇の中に黒ではない色彩が浮かび上がった。

同時に瞬時に理解した。

まだ視界の中の、米粒程の大きさでしかないが。

それが人である事。

そして、其処で起きている事が何であるのかを。


冷静に今の状況を把握し、適切な判断を下す。

その間に躊躇は皆無。

思案する時間は最短に。

余計な事を考えてしまえば全てに遅れが生じる。

そして、こういう状況故に日々の鍛練が──想定して行う様々な判断と対応が、物を言う事になる。



「──きゃあぁあぁっ!?」



甲高い叫声が胸元で上がり背後では全てを飲み込んだ巨大な顎を閉じた地大蛇が蠢いていた。

所謂──土石流だった。

間一髪で対象を掻っ拐い、回避する事が出来た。

距離を取って足を止めて、振り向いてから直面をした事態を目の当たりにして、小さく安堵する。


夜の暗闇さえ凪ぎ払う様に貫いている巨影。

其処に歪に生える角か棘か或いは鱗や鬣の類いか。

剥き出しの骨にも見える、その異様な姿が横たわる。



(…ギリギリだったな…)



可能だったから躊躇せずに実行してはいるんだが。

それでも、終わってみると“もしかしたら…”が頭の片隅に浮かんでくる。


一歩遅ければ飛び込むのは不可能だっただろう。

仮に飛び込んで助けても、一緒に飲まれていた。

だから見捨てただろう。

その場合には、だが。


「人命救助だ」と聞けば、立派な事だとは思う。

しかし、それは自分もまた生きていてこそだ。

命を救う為に命を失う。

それは自己犠牲ではなく、単なる自殺と変わらない。

命を守る・救うというのは生き抜いてこそ出来る事。

ただ危険を恐れずに救助に向かう事は古の自爆特攻と同じではないだろうか。

少なくとも俺は遣らないし遣りたくもない。

遺された者に深い悲しみを背負わせてしまっている、その時点で守る・救う事は出来無いのだから。


だから、救助に当たる際は安全第一でなくては。

救助とは、100%すべき行いではない。

百人が巻き込まれたなら、その内の助けられる者だけ助け出すのが救助だと俺は考えている。

犠牲となる百人の命。

その中で“安全に”何人を助け出せるのか。

犠牲となる“筈だった”、という事に変わるか。

それだけなのだから。

危険を覚悟で臨みはしても死んでしまっては無意味。

一を切り、九を生かす。

現代では考えられないが、今世では当たり前の事。


忘れないで貰いたい。

決して美化していい事ではないという事を。

犠牲が有るから、後世へと様々な教訓は残される。

人の歴史は犠牲の積み重ねなんだという事を。

だからこそ、歴史の真実と人々は向き合い、過ち等を繰り返さない為にも。

深く知らなくては為らないという事を。





「……え?、あ、あれ?、え?、私…生きてるの?」



どうでもいい事を考えつつ土石流の痕跡を見詰める中腕の中から声が上がった。

掻っ拐った時、叫びながら反射的にしがみ付いていた人物は自分の置かれている状況が判らずに戸惑う。

それも無理も無い事か。



「ああ、生きてるよ」



だから、出来るだけ優しく穏やかな声音と口調で話し掛ける事にする。

相手は女の子だしね。


そんな俺の声に驚きつつ、自分が抱き抱えられているという事に気付いた様で、彼女は手が触れていた俺の服を強く握り締めた。

そして、声を上げる。



「おっ、お願いっ!

皆を助けてっ!」



単独ではないという事は、最初から判っていた。

一度目の悲鳴が足を止め、二度目の悲鳴が方向を定め自分を導いたのだから。

それ故に、三度目の悲鳴は飲み込まれずに済んだ。

言うなれば、彼女を生かす為の必要な犠牲だった。


縋り付く彼女を抱き寄せて少しだけ黙っている。

否定する事は簡単だ。

だが、今は彼女が辛くても現実を受け止められないと俺達も危なくなる。

だから、狡い方法だけど、沈黙を以て彼女に伝える。



「……っ……〜〜〜っ…」



彼女は聡かった。

俺の無言の反応が伝える、その事実に直ぐに至った。

そして、顔を俺の胸元へと押し付けながら、哭いた。


もしかしたら、生きている可能性は有るだろう。

土石流に飲まれていても、運良く助かっている場合は考えられなくはない。

しかし、状況が赦さない。

今も尚、雨は弱まる気配を感じさせずに降り続ける。

加えて、少なくとも三度。

土砂崩れが起きている。

視界も碌に利かない状況で足場も悪い中に留まって、生存しているかもしれない可能性だけで捜索する事は自殺行為に等しい。

確実ではない以上、無理な捜索は危険でしかない。

優先すべきは、生きている自分達の避難である。

つまり、他の者達の救出は諦めなくてはならない。


それを理解し彼女は静かに慟哭を飲み込んだ。

今、自分が我が儘を言える状況ではないのだから。

助けられただけでも十分。

それ以上は望めない。

望んではいけない。

自分の命だけではないし、命懸けで助けられた以上は簡単に捨てる様な真似は、罰当たりでしかない。


そんな彼女を抱き締めつつ俺は雨の中を駆け出す。

恨まれても構わない。

それも生きる上では、時に避けられないのだから。




あの夜から二日が過ぎた。

あれだけの豪雨の割りには村には被害が少ない。

それは水害対策として元々母さんを通して色々な策を講じていたから。

先日の豪雨みたいな経験は村でも無かったらしいけど雨量自体は多い事は、俺も住んでいて知っていた。

だからこそ話も通り易く、実施して貰えた。

ただ、万全ではない。

田畑への影響は仕方無いが全滅という訳でもないので飢饉に陥る事は無い。

全滅する事から考えれば、十分過ぎる成果だ。

人・家屋の方は問題無い。

村の周囲で何ヵ所か崩土が起きてはいたが、想定内。

生活に支障を来す事は無く土砂の除去も天候の回復を待ってからでも構わない。

結果、村の中は無事だったと言えるだろう。


そんな村の様子を見ながら皆へと指示を出す母さんの姿をぼんやりと見詰める。

ずぶ濡れで、女の子を一人連れ帰ってきた俺に対して母さんが…キレました。

エエ、怖カッタデス…。


いや、自業自得だって事は判ってるんですけどね。

母さんの怒り方が、もう…心をズタズタにしました。

ただただ笑顔で、無言で、涙を流すんです。

「人命救助という事自体は素晴らしい事よね、だけど貴男が自分の命を危険へと晒してまで遣る事なの?」と言う様な感じで。

其処に尊重してくれながら心配してくれているから、言い訳も出来ません。

もう、ただただ母さんから御赦しの言葉が出るまで、視線を逸らさずに正座して向き合っていました。

……5時間位かな?。

うん…本当に堪えました。

足は平気でも、心がね。


少し思い出しただけでも、未だに心が痛みます。



「御兄様、自業自得です」


「ああ、判ってるよ…」


「本当に…御兄様は…

…もう少し御自愛下さい」



ぎゅむっ…と、両腕を首に回して、おぶさる様に俺の背後から抱き付く華琳。

信じて送り出してくれても不安は消えはしない。


英雄(ヒーロー)願望なんて無かった筈なのに。

もしかしたら、心の何処か片隅には居たのかも。

華琳を、関羽を助けた事で勘違いし、調子に乗ってた愚かで青過ぎる自分が。

気付かなかっただけで。




助けた女の子は今朝、漸く目を覚ましたばかり。


母さんには言えないけど、昨夜の時点で雨が止んだ為今日の未明には再び現場に足を運んでいたりする。

氣とか使えないから土砂の中から探す事は出来無い。

だから、兎に角目視出来る範囲内での捜索だったが…見付かったのは埋没をした四人の遺体だけ。

生存者は居なかった。


彼女から聞いた話では共に居たのは十七人。

一度目の土石流で何人かが悲鳴と共に消えた事。

二度目の土石流では運良く巻き込まれなかったのが、自分だけだった事。

そして、其処に至るまでの負の連鎖が有った事。


正直、掛ける言葉が無くて黙るしかなかった。

その辺りの事は俺達よりも母さんが頼りになった。

彼女の心を解く様に話し、心の奥に溜まらない様にと吐露させていたから。


その後、俺は彼女を連れて通い慣れた山の一角へ。

其処に見付けた四人を弔い埋葬した墓が有るから。

誰かは判らなかったから、彼女に特徴ん伝えて特定し立てていた木の墓標に名を刻む事が出来た。



「…皆を助けて遣れなくて済まなかった」


「……いいえ、私を助けてくれただけで十分です

貴男が来てくれなかったら私も死んでいたから…

だから、ありがとう

私は…皆の分も生きる

助かった、この命を決して無意味にはしない様に」


「…そうだな」



空を見上げ、一人思う。

設定上でしかない家族。

顔も名前も知らない家族。

それを失ったとは言えない自分には…多分、関羽達の本当の痛みは判らない。

想像では至れない。


だけど、生きてゆく。

そう決意してくれたのなら俺は十分だと思えた。

生きる為に死者を弔う。

忘却と決別ではない。

未来(まえ)へと進む為に。

人は死者に別れを告げる。

生きて、繋ぐ為に。














         とある義妹の

         義兄観察日記(えいゆうたん)

          Vol.5
















 曹操side──




■月△◇日。

私自身、生まれ育ってから初めて経験する様な豪雨がこの村を襲って三日。

降り続いた雨は既に上がり久し振りに陽光が差す。

暑い時は「一雨くれば」と思うのだけれど。

こういった状況を経験して何気無い晴れの日が実際は有難いのだと気付く。

尤も、人というのは単純で自分勝手だから少し経てば「暑い、雨よ降れ〜」等と言い出すのだと、御兄様は仰有っていた。

成る程、確かに。


そんな御兄様だけれど。

激しく降り続ける雨の中、御兄様は壁の向こうに有る景色ではなく、それよりも遠い何かを見ている様な、そんな物憂げな表情をして静かに座っていた。

御兄様の過去を考えれば、雨に対して良い感情は無いのかもしれない。

見ていて胸が苦しくなって私は£ゐξゐ£ゑξゑ。


ただ、その経験が有るから御兄様は村の皆に対しては対策を提案されている。

勿論、御母様を通して。

結果的に言えば、御兄様のお陰で被害は最小限。

誇るべき成果でしょう。


けれども、御兄様の御心は深く沈んでいる。

あんな御母様の怒った姿を見たのは私でも初めての為御兄様が気にされるのも、十分に頷ける。

でも、本当に御兄様の心を傷付けているのは御兄様が助けた少女の事。

少女しか助けられなかったという事実なのでしょう。

だって、私の御兄様は優し過ぎますから。




目を覚ました少女を連れて御兄様は山に向かわれた。

それを愛紗と二人で見送り揃って溜め息を吐く。



「…大丈夫かしら…」


「…大丈夫でしょうか…」



口から零れた同じ言葉。

ただ、愛紗は気付かない。

私と愛紗の言葉は同じでも内容が違っている事に。


愛紗は純粋に御兄様の事、彼女の事を心配した上での一言だったのでしょう。


けれど、私は違う。

勿論、御兄様の事も彼女の事も心配ではあるけれど、その辺りは御兄様だもの。

きっと上手く行くわ。

ただ、そうなった場合には私の御兄様に近寄ってくる余計な“蟲”が増える。

ええ、先ず間違い無く。

御兄様に惹かれるわ。



(“英雄、色を好む”とは聞いているけれど…

御兄様が、そういう質とは限らないものね…)



だから、御兄様へと近付く“蟲”は少ない方が良い。

だけど、彼女も家族として迎える事に為った。

つまり、私の御兄様の側にまた一人増える事に為る。

ある意味、御兄様の所為と言えなくもないけど。

それも御兄様の英雄として生まれ持った素質ならば、仕方が無いのでしょう。

故に、この程度で挫けては居られないわ。

もっと頑張らなくては。



──side out。



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