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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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94話 春日音に芽吹く


よく用いられる“理想と現実”。

それは“思想と経済”と言い換える事も出来る。


絵を描く様に、何かを思い浮かべる事は自由で。

それ自体に制限や禁止されている事は無い。


勿論、それを公表するなら、責任を伴うのは当然。

“表現の自由”とは、どんな事でも赦される免罪符ではないのだから。


それはそれとして。

どんなに素晴らしい理想を懐き、語ろうとも。

それを実現させる事が出来無ければ、只の妄言。

口の上手い詐欺師や怪しい宗教団体の勧誘と同じ。


ただ、後者は自分達が利益を得る事が目的であり、その為の手段として他者を騙し、利用する。

そういう意味では、振れてはいない(・・・・・・・)

そのつもりで最初から近付き、弱味に突け込む。

悪質は悪質だが、自覚の有る悪意だと言える。


それに対して、真っ直ぐな理想というものは何故か不思議と人々の心に刺さり、揺さ振るもの。

勿論、それだけなら何も問題は無い。

飽く迄も、ただ持論を語っているだけなのだから。

其処に悪意は無い。

どんなに情熱的であっても、個人の話なのだから。


ただ、これが賛同者を集めたり、率先して動いて、組織化したり、公的な活動を始めたなら。

それには必ず経済が絡んでくる事になる。


どんな正論や理想であろうとも。

その実現には費用や人手、時間や場所。

様々な事が必要不可欠であり。

経済と切り離して実現する方法など存在しない。

だからこそ現実とは、経済を伴う事だと言える。


しかし、その一方では矛盾する考え方も有る。


確かに人の社会は経済とは切り離せないだろう。

けれど、自給自足という考え方を第一とするなら。

必ずしも、人は経済──御金という概念に縛られる社会で有る必要性は無いとも言える。


元々、狩猟や漁業、山や森等での採取で日々の糧を得ていたのが人類である。

それを上下関係で分けたり、「自分の縄張りだ」と主張する様に村や里を作り、町や国へと巨大化。

そして、人が多く集まった為、経済が生じる。


つまり、経済を破棄しても人は生きていける。

自給自足出来る環境や技能さえ有れば。


ただ、あまりにも発展した現代社会に置いては。

税金を納めずに住める場所など存在しない。

仮に、存在しているのだとしても「今日から此処で暮らしていく」と思い付きで行けはしない場所。

何より、其処ですらも何処かの国の領土。


結局、人が自由に、完全な自給自足で生きる。

そんな場所は何処にも存在しない事になる。


これを「仕方が無い」と思うなら、正しい。

現代の人々の生活とは、長き人類史の最先端。

逆を言えば、幾多の人々の積み重なりの上に有る。

つまり、過去を蔑ろには出来無いという事。


ただ、その過去に囚われてしまってはならない。

過去は過去であり、変えられないが終わった事。

だからこそ、過去を知り、過去に学び、過去と向き合って進んで行かなくてはならない。


人が身に余る理想を思い描く時。

それは事の大小を問わず、現状を憂う時。

或いは、これでもかと絶望・失望し、憤怒・悲哀に心を掻き乱され、憎悪・反抗に染まる時。


長い人類史の中、“革命”とされる出来事。

それらは偶発的に起きたという訳ではない。

その結果に至る過程では、偶然も有っただろう。

しかし、その起因には必ず誰かの意思が有る。


ただ、その結果が本当に望んでいた事なのか。

始まりの意思が疎かになってしまってはいないか。

そう、自問自答し続ける事が大切ではないのか。


踏み出す事は勇気だろう。

しかし、踏み止まる事もまた勇気である。


過ちを犯す前に、過ちに気付き、己を正す。

その自省の精神こそが、真に社会を良くする為には必要な第一歩なのではないのだろうか。



「……しゅ、秋蘭?………その…大丈夫か?」


「ん?、何がだ、姉者?」


「い、いやっ、何でもない、何でもないぞ、うん」


「そうか?、可笑しな姉者だな、ふふっ」



そう答えた秋蘭に春蘭は顔を引き吊らせる。

そして、此方等を見て「忍様、秋蘭がっ…」と。

まるで、死に別れたかの様な眼差しを向けてくる。


まあ、そうなる気持ちも理解出来無い訳ではない。


今、秋蘭の腕の中には春蘭が産んだ男の子が居る。

名前は春蘭の希望も有り、俺の真名の音から取って夏侯()と命名しました。

ええ、八男です。

秋蘭が産んだ栄に続く次女とはなりませんでした。

──と言うか、これが普通なんでしょうけどね。

如何に父親が同じで、母親同士が双子だろうと。

それはそれ、これはこれ。

他所は他所、宅は宅。

だから、特に可笑しいとは思いません。


ただね、秋蘭が………うん、滅茶苦茶若気てます。

いや、若気ると言うか、蕩けてる?。

俺に貪られた時の恍惚とした感じではなくて。

あまりの可愛さに、という感じでね。


うん、まあ、アレですよね。

春蘭も栄の時にはデレッデレでしたから。

秋蘭が恁にデレッデレでも可笑しくはない。

秋蘭だから甥っ子に手を出したりもしないだろうし今だけの一時的なものなんだろうけど…うん。

春蘭が戸惑う気持ちも判る。

何て言うか……ちょっと、怖い。

いや、別に危害を加えそうとか、そういった方向の意味ではないんだけどね。

若干、秋蘭がポンコツ化している感じがね~…。

まあ、そんな秋蘭も新鮮で可愛いんですけど。



「体調の方は問題無いな

だが、もう暫くは大人しくしていろよ?」


「はい、それはもう…皆から言われていますので」



思わず、「そうだろうな」と言い掛ける。

実際には口にはせず、苦笑するだけ。

そして、誤魔化す様に春蘭の頭を撫でる。


皆の産後の様子を見て知っているだけに。

春蘭が直ぐにでも鍛練を再開したり、仕事に復帰し部隊の調練を遣り兼ねない。

実際、出来無い訳じゃないしな~。

まあ、それを遣った祭には…だったけど。

少なくとも、それを見て知っている訳だから。

猪ではなくなった春蘭は遣りはしない………筈。

「遣らない」と言い切れないのは春蘭だから。


此処暫くは特に動けなかったからな~。

その反動で、いきなり…って事も考えられる。

──と言うか、遣りそうだからね。

だから皆から口酸っぱく言われている。

後は何処まで自重し、自制し、自愛出来るか。


尤も、「二人目はいいのか?」と。

ちょっとばかり、脅迫紛いの遣り方も有りますが。

それは流石に春蘭も泣きそうなので遣りません。

…それしか方法が無いなら遣りますけどね。

その必要は無いと思います。



「むぅ~…私も早く忍様の子供が欲しいです~…」


「そんなに焦らなくても大丈夫、心配要らないわ

御兄様による幽州統一も成ったのだから、これから私達が一番に求められるのは統治の為、各家を興し安定させてゆく事

その為にも、後継ぎを成す事が必要不可欠なのよ

だから、直ぐに貴女も順番が来るわ」


「そうですよね~、ふふっ、楽しみです~」



そう言いながら秋蘭の抱く恁を見て笑う穏。

秋蘭が栄を産み、春蘭が恁を産んで。

一人、取り残されていた様な感じがしていた様で。

催促する様に愚痴ってはいたが、不安は拭えず。

しかし、頭では理解しているから我が儘も言わず。


それを華琳も察しているから、落ち着かせる様に。

そして、上手く期待という方に向けさせる。

流石で御座います、奥様。

いやまあ、皆、俺の奥さんなんですけどね。


それはそれとして。

出産予定日の近かった春蘭は先の作戦には不参加。

まだ産後一ヶ月の秋蘭も当然。

結果を待っている状態だった。


それがまるで、父親()の偉業を祝うかの様に。

帰ってきたのを待っていた様に春蘭は産気付き。

恁は、その産声を上げてくれた。


いやまあね、そんな訳は無いんですけどね。

偶々、そうなったというだけなんですけどね。

親ってほら、ちょっと自分勝手じゃないですか?。

だからね、そんな風に思っちゃう訳なんですよ。

うん、子供からしたら迷惑な話なんですけどね。

それで勝手に期待したり、押し付けたり。

そういう事って、よく有る話ですからね。

でも、大丈夫だから、安心しなさい。

俺達は、そんな親じゃ有りませんから。


──と言うか、そんな訳有りませんからね。

だって、春蘭の妊娠が確定した時点では、今に至る全ての過程が決まっていた訳では有りませんから。

それはまあ?、ある程度の道筋は見えてましたが。

それは言わば、粗筋です。

全てが全て、細かく判っていた訳ではないので。

だから、合わせる(・・・・)という事は出来ません。


──と言うかね、それが出来るのなら、この時点で出産するのは春蘭ではなく、華琳の筈です。

春蘭には悪いけど、それが最も良い形ですからね。

だから、そういう事なんです。






「それじゃあ、特には何も無かったの?」


「ああ、これと言った収穫は何も無い」


「…貴男でも、何も感じ無かったって事?」


「そうなるな」


「……私を、皆を気遣ってじゃなくて、本当に?」


「ああ、ガチのマジで」



春蘭の出産から一息吐いたので李刊──袁硅の件を一通り咲夜に話した。

得られた情報は少ない。

これと言った収穫も無かった事も情報の一つ。

そういう風に広く、柔軟に考えたなら。

全く何も情報が無いという訳ではない。

…まあ、負けた言い訳にも等しい言い分だけどな。

だって、仕方が無いじゃない。

何も判らなかったんだもん。


──という冗談は置いといて。

真面目な話、これと言って目立つ違和感は無くて、悠長に調べる時間も無かった。

勿論、状況的にも仕方が無いんだけど。

想定していた中では、最悪に等しい結果。

勿論、それ以上の最悪は幾つも想定していたが。

ここまで何も判らないというのは…厳しい状況だ。


ただまあ、救いが有るのだとすれば。

今回の様に──仮説ではあるが、魂魄を入れ替えた場合には確実に存在自体に異常が起きる。

それだけは間違い無い。


──と、咲夜の方も考えたのだろう。

一つ大きく息を吐き、「仕方が無いわね」と。

自分自身を納得させる様に切り替える。


過ぎた事は遣り直せはしないし、それを無かった事になんて出来もしない。

だったら、それを受け止め、向き合うしかない。

その上で、前に進む為に何をするべきなのか。

それを考える方に思考も切り替えなければならないという事を判っているから。

本当に頼りになる妻です。



「何処の誰が、そうさせているのよ」



そう言って睨んでくる咲夜だが、恐くはない。

寧ろ、今の俺達の間には甘~い桃色空間が広がる。

ええ、こんなのは日常茶飯事のツンデレです。

咲夜に限らず、宅の奥様方はツンデレ多め。

俺自身、ツンデレ好きですしね。

勿論、デレデレやクーデレも好きです。

そして、一度展開された桃色空間は結界と同じ。

貴方は知っていますか?。

魔王からは逃げられない事を。

それは桃色空間も同じだという事を。

此処から脱出する術は唯一つ。

戦って、勝つ以外には有りません。




──という訳で、無事に勝利した訳です。

まあ、何を以て勝敗を決するのかは判りませんが。

だって、俺も咲夜も満足満足。

Win‐Winな訳ですから。

勝敗としては引き分けな訳ですもん。

尤も、其処を掘り下げても、広げても誰も得をする事は有りませんからね。

“触らぬ神に祟り無し”って事です。



「…まあ、そうは言っても気は抜けないからな…」



一人になり、静かに空を仰ぐ。

澄んだ青空に、流れる白い雲。

戯れる様に飛ぶ小鳥達の姿が有り、時折、吹く風に彼方等此方等の木々が枝葉を揺らし。

視界の外、地上では多くの人々が日々の生を営む。

その喧騒が遠く聞こえる様な気がするのは。

きっと、まだ本当には終わってなどいないから。


李刊や袁硅が氣を扱えた、という事実は無い。

しかし、少なくとも李刊は何かしらの方法によって今回の一件を引き起こした。

その一連の裏に潜む存在が、確かに有る。

そうでなければ説明が出来無いし、繋がらない。


ただ、一先ずは幽州統一は成った。

それは間違い無い。

だから、それは喜ぶべきだろう。





 夏侯惇side──


ふと、昔を懐かしむ様に振り返り、思い出す。

果たして、自分は一般的な女としての幸せを求めた事が有ったのだろうか?、と。

結婚という事、それ自体には必要性(・・・)が有ると。

そう思っていただけで………それ以上は無かった。

いや、抑、結婚する事が、必ずしも幸せな事だとは思ってすらいなかった。


ただ、そうしなければならないのだと。

それが自分達の義務であり、責任なのだと。

それだけは、幼いながらにも理解はしていた。


だから、結婚する事に執着は無かった。


だからこそ、今が、とても幸せなのだと思う。



「ぅむっ……飲みっぷりは栄の方が良いな」


「姉者、まだ恁は生まれたばかりだ

一ヶ月しか違わないとは言え、赤子の一ヶ月の差は我々の思う以上に大きな違いだ

だから、其処で比べてやるな

栄も生まれたばかりの時は、それ位だったからな」


「そうなのか?」


「ああ、他の子供達も同様にだ

まあ、それも忍様が居るからだがな」



そう言いながら、慣れた手付きで栄の背中を優しく叩いて噫気をさせる秋蘭。

私も同じ様に噫気させ様とするが……難しい。

力加減が微妙だし、皆の話では角度や間隔等色々と個人差も有る様だしな………おっ、出たな。

うむっ、中々に良い噫気だったぞ。


そう満足して顔を上げれば秋蘭は既に胸を仕舞って服を直し、腕の中では栄が眠り始めている。

…我が妹ながら、妙に様になっているな。

いやまあ、私よりも秋蘭の方が子守りが上手い事は今更言うまでもないのだがな。

………まあ、少しだけ、それが羨ましくもなるが。

私は私、秋蘭は秋蘭だからな。

私は私なりに頑張るのみだ。


──と気合いを居れながら、まだ慣れない授乳後の服の直しを遣っていると。

栄を見詰める秋蘭の表情が僅かに曇った。



「……昔、まだ十歳になる前だったか

一度だけ、出先の村で産まれたばかりの赤子を見た事が有った

…今に思えば、かなり厳しい環境での出産だったと言わざるを得ない事だったな」


「……そんなに、だったのか?」


「ああ……まあ、それが当時は当たり前だったがな

そういう意味では、忍様の政策等が素晴らしい事は言うまでもない

その御陰で母子共に出産後も健康で居られる

こうして自分が子を産み、我が子を腕に抱いている今だからこそ、改めて、そう思う事が出来る

この当たり前の幸せを、当たり前にしてくれる

それが如何に難しく、しかし、尊い事なのかをな」


「……そうだな、ああ、本当に、そう私も思う」



「出産は命懸けだ」と。

そう忍様から散々言われてきた。

それだけ大変な事なのだと、経験したから判る。

そして、だからこそ、秋蘭の懐く思いにも気付く。


昔の私達は自分達の事ですら手一杯だった。

それが忍様の御陰で変わった。

女としての喜びを、幸せを、知る事が出来る。


恩返し、と言うのは違うのだろうが。

私達は私達なりに、この手を伸ばして行こう。

忍様の様に、目の前に居る人に向けて。



──side out



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