表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
216/238

   深く覗くは眼


敢えて、全てを見透かしているかの様な事を言って挑発する格好で話し掛けてみるが……反応無し。

微動だにせず、その場に佇み続けている。

──が、死んではいない。

まだ生きている、という事だけは間違い無い。

まだ今は、しっかりと氣を感じ取る事が出来る。

だから、弁慶ではないが、立ち往生しているという事は無いだろう。

そんなに格好良い死に方の出来る奴ではないしな。


ただ、これはこれで此方も困ってしまう。

勿論、こういう可能性も想定内ではある。

まあ、全く動かないというのは不気味なんだけど。

それは然程重要な事ではない。

一番の問題は会話が不可能っぽいという事。

本の少しでもいいから何か言って欲しい所だ。

…悪口とか言ったら反応しないかな?。

……いや~、それも無理っぽいな。


──となると、現状からの情報収集は不可欠。

意識を向けたまま部屋の中に視線を巡らせる。


目の前に佇むのは李刊だが、中身は袁硅だろう。

それを確かめる術は今の所無いんだけどな。


左右三つずつ、合計六つの篝火。

特に可笑しな所は無い。

気になるとすれば、何時から(・・・・)焚いているのか。

少なくとも、李刊…いや、袁硅と言うべきか?。

…もう面倒臭いし、李刊でいいか。

身体は李刊なんだしな。

李刊が自分で管理していないなら、岩城には一人も部下が居ないので誰が管理しているのか、という話になってくるからな。

その場合、他に居る(・・・・)という事になる。

人が──生者が、とは限らないという話で。


部屋は縦横10m程の正方形。

高さは3m程だが、広さとしては十分。

人力で、氣も用いずに削って造ったのだとすれば、気が遠くなる様な歳月を費やしているだろう。

俺と真桜なら三日程完徹すれば同じ様に岩城を造る事は出来るだろうが……遣りたくはないな。

好き好んで完徹なんかしたくはないし。

同じ完徹なら、妻達と愛し合いますとも。


まあ、それは置いといて。

部屋の中に他の者の気配は無い。

屍は勿論、骨の一本も転がってはいない。


──と言うか、綺麗だ。

いや、綺麗過ぎる(・・・・・)


此処に来てから、まだ間が無い筈なのに。

この部屋には蜘蛛の巣一つ、塵一つすら無い。



「────っ!!」



そう考えた瞬間、岩城に入ってからの様子を脳裏で一瞬の内に思い出し──本能が警鐘を撃ち鳴らす。


──が、それよりも奴が動く方が僅かに早かった。

否、その一瞬の思考が遅れを生じさせた。


気付いた時には目の前に李刊の俯いたままの頭部が視界の下方に沈み込む様に映っていた。



「────っ!?」



下から上に突き上げる様に放たれた右の掌底。

アッパーカットとは違う、太極拳の様な動き方。

しかし、身体の使い方や姿勢は全くの別物。

──と言うか、凡そ人の(・・)動き方ではない。


先手を取られた。

それでも、それで決まったという訳ではない。

鼻先を風が掠めるが、ギリギリで回避。

そのまま後ろに飛び退く。


姿勢を戻しながら着地。

俺と入れ替わる様にして左から恋が、右からは凪が李刊に向かって疾駆し、仕掛ける。


影絵でキリンか象を描いているかの様な姿勢。

頭は俯いたままなので普通に考えれば視界は利かず得られる情報というのは限られる。

その上、恋は出逢った時から気配や足音を消す事を本能的に遣っていた生粋の狩人。

凪は俺が指導こそしてはいるが、その才器は本物。

言わば、鍛え抜かれた猟犬。


加えて装備も状況に適した物。

凪は愛用の拳脚甲。

一方、恋の得物は硬さに特化させた大鉈(・・)

俺と真桜が恋専用に試行錯誤した結果。

恋の膂力、速さと鋭さ。

それを最大限に活かす為に、そうなった。


状況的に見れば、詰み。

恋の攻撃を躱しても、凪の攻撃は躱せない。

更には俺の後ろでは華琳が氣を練っている。

氣弾を撃つにしろ、氣を纏う小刀の投擲にしろ。

三手先まで連続する。

そして、それを見ながらでも(四手目)まで有る。

当然、其処からは無限ループの無限コンボ。

どんな回避も防御も、軈て必ず突き破る。


そう思っている。

そう出来るイメージも確信も有る。

それなのに──悪寒がする。



「────っ!?、触るなっ!!」


「──っ!?」


「──っ!!」



自分の直感と、それに伴う経験を信じて叫ぶ。

だが、既に必殺の間合いで飛び掛かっていた恋。

空中に居る為、回避も中断も出来無い。

余裕の有る状態なら、出来るが。

今回は一撃一撃を必殺として臨んでいる。

それが裏目に出てしまった格好。

悔やんでも悔やみ切れない致命的な落ち度だ。

──普通の達人レベルであれば。


俺の声に凪が即座に反応してくれる。

恋も強引に動きを止め、少しでも時間を稼ぐ。

そうして出来た直撃までの僅かなズレ。

其処へ凪が蹴りを放ち、恋の一撃に合わせる。

そうする事で恋の接触を阻止。

左右から逆回転で打付かり合うと、駒が弾き合った様に二人は李刊から飛び退く様に同時に壁際へ。


それと同時に俺は半身になり、射線(・・)を開ける。

その瞬間、華琳が小刀を投擲。

氣を纏った六本の小刀が李刊を襲う。



「「「────っっっ!!!???」」」



しかし、李刊の身体に触れる事は無かった。

目の前で躱されたのでも、叩き落とされたのでも、受け止められたのでもない。

空中で(・・・)停止した。

まるで、見えない壁に突き刺さったかの様にだ。


氣の壁を作る事は出来る。

しかし、それは壁であり、楯という感じで。

突き刺さる様に受け止める事は難しい。

そう、それが出来無いという訳ではない。

ただ、あまりにも効率が悪いし、面倒臭い。

小刀が一本だけなら兎も角、複数だと尚更にだ。

だから、躱すか、弾くか、自分の手で掴み取る。

その方が手っ取り早く、氣も無駄遣いしない。

合理的に考えれば、遣る理由が無いと言える。


ただ、こうして目の当たりにすると、僅かとは言え見た者を動揺させるには十分な効果が有る。

華琳でさえ、そうなってしまうのだから。


──が、それは正面(・・)であればの話。


三人が動きを、思考を乱し、止めようとも。

俺には何の効果も成さない。

李刊が動こうとした時には、俺の右の掌底が李刊の身体を捉え、真っ直ぐに弾き飛ばした。


李刊が壁に叩き付けられたのと同時に。

六つ有った篝火の内の四つが消えた。

部屋の中が暗くなり、視界を奪ってゆく。

──とは言え、氣で探知が出来る俺達には無関係。

いやまあ、有るなら有る方が有難いんだけどね。

無ければ無いで、そういう戦い方をするまでの事。

だからこその、この面子なのだから。



「華琳、入り口に陣取れ、逃がさず塞がせずにな

凪、攻守は氣を纏わせて、絶対に受けたり組むな

恋、刃だけじゃなくて両手も肘から先まで纏わせて攻撃したら一撃離脱、連撃はするな」



李刊から意識を外さず、必要最低限の指示を出す。

それだけで十分なのも、この面子の良さ。

華琳は兎も角として恋と凪は戦いに集中し始めると必要以上には考えなくなるからな。

相手に惑わされる事が少ない。

…まあ、集中し過ぎてしまうのも危うさだけど。

其処は俺や華琳が指示を出せば済む話だからな。

二人共、素直だから、ちゃんと聞いてくれるし。

本当、可愛いのに頼もしい限りです。


──と此方等が布陣を変えたのに危機感を感じてか壁から抜け落ちる様に倒れ込む李刊が踏み留まり、大の字になる様に手足を広げ、下げていた頭を上げ仰け反る様にして咆哮を上げた。


ビリビリと空気を震わせ、今まで皆無だった殺気を見せ付ける様に叩き付けてくる。

並の者なら気圧されて動けなくなってしまう所。

ただ、俺達には何の効果も成さない。

──と言うより、殺気を感じた事で少し安堵。

まだ生物として(・・・・・)の本能が有る証。

つまり、殺せる(・・・)という事だからな。


しかし、今の咆哮は人の発する音域を逸脱してるし鳥獣のそれとも似ていない。

生物と言うよりは、機械の様な。

或いは、陶器や硝子が破壊したり、破裂する様な。

そんな感じに近い。

それは言い換えると、壊れている(・・・・・)という証。

会話等からの情報収集は期待出来そうにないな。


──なんて考えている間に、李刊は動く。

5m以上有った距離を一歩で詰められたのは凄い。

速さも十分だし、正に必殺と言える仕掛けだ。


ただ、残念な事に宅の妻達の方が数段上。

どんなに速くても、入り(・・)が判れば対応出来る。


李刊が俺の心臓を狙って右腕を動かすよりも先に。

その場で後ろに倒れ込む様に躱すと同時に死角から放たれた俺の右足が李刊の顎を蹴り上げる。

まあ、李刊の視野が活きているかは不明だが。

取り敢えず、血走った白眼は俺に向けられていた。

黒目?、見当たりませんでしたよ。


浮き上がった李刊の身体。

その頭を狙い、凪の踵落とし(・・・・)が続く。

床に叩き付けられ、力強くで投げられた硬くなったゴムボールの様に鈍く跳ね、再び宙に浮く。

其処に恋が氣を纏わせた大鉈で一閃。

頭頂部を叩かれ、釘の様に先程の壁に出来た凹みへ足から突き刺さる様に叩き付けられた。


力加減など一切していない恋のフルスイング。

場外ホームラン間違い無しのクリーンヒット。

その威力が故に、李刊の全身の骨は一瞬で粉砕。

まるで、スクラップ工場のプレス機に押し潰されてミンチになる様な音を残して。

先程、めり込んで出来た凹みに肉体は押し込まれて朝方の飲み屋街の電柱の影の汚物の様に。

…うん、今が食事中とかじゃなくて良かった。

尤も、そんな事を気にする様なデリケートな自分は疾うの昔に亡くなられましたがね。

そんなんじゃ、この世界では生きていけません。



「……御兄様?」


「…今ので終わったみたいだな」



華琳は待機で、凪と恋は下がらせる。

一人で李刊だった肉塊に近付いて確認する。


はっきりと判る程に李刊の氣が薄れてゆく。

これは死者特有の氣の変化なので間違い無い。

李刊は──この身体の生命は、確かに終わった。


魂が袁硅に入れ替わっていたのかは判らない。

──が、明らかに心身に異常は出ていた。

その理由は定かではないが……仕方が無いか。

下手に手加減して華琳達に万が一の事が有るよりは終わらせてしまった方が良い。


──と言うよりは、あっさりと終わり過ぎた。

正直、この状態からでも筋繊維を氣で操って蛸とかスライムみたいな感じで戦ってくると思ってた。

滅茶苦茶ホラーで、スプラッターだけどね。

その程度は有るんだろうって。

皆で話してたんだけどね~…。


取り敢えず、万が一は要らないから肉塊は処分。

部屋の中にも、華琳達にも異常は見られない。



「これで終わった、でいいのか…

はっきり言って、微妙な所なんだけどな~…」


「これ以上は手掛かりは無し、ですか…」


「まあ、これで本当に遼東郡も平定した訳だしな

今は、これで十分だと考えておこう」


「そうですね、幽州統一が成った訳ですから」



そう、華琳が言う通り、漸く、幽州統一が成った。

走り始めてからは、あっと言う間だったが。

俺が今の新しい人生を始めてからは大分経って。

随分と時間の掛かる第一幕だったと思う。

だって、その間に結婚して妻が沢山出来て。

その妻達との間には愛する子供達が出来て。

今では、多くの民の生活を、未来を背負う。

到底、昔の自分からは考えられない現在だ。


ただ、それでも。

今、此処に在る俺が確かに歩んだ道であり。

此処から先へと続く道の途中でしかない。

そう思うと、まだまだ第一幕すら終わっていない。

そういう風に考える事も出来ると言える。



「さて、帰るか」


「はい、御兄様」



華琳が、恋が、凪が、笑顔で頷く。

城外で待つ皆の事も心配だし、包囲網を敷いている皆にも早く報せないとな。

ああ、そうだ。

考えれば遣る事は山積みなんだ。

ゆっくり感傷に浸っている暇は無い。

やっぱり、俺は生まれ変わっても日本人気質だな。

こういう時にでも、先の事を考えるんだから。

自分でも笑うしかないって。





 袁紹side──


一体、何れ程、嘆いた事か。

一体、何れ程、憂いた事か。

一体、何れ程、悔いた事か。

一体、何れ程、躓いた事か。


振り返ってみても染み付いた様に残るのは痛み。

決して、消えはせず、色褪せる事も無く。

何時までも、じくじくと膿み続ける様に。

心の奥底に澱む様に溜まり、臭って(・・・)くる。


我が身すら護れぬ自分自身の非力さを。

同じ血の流れを受け継ぐ一族の在り方を。

民が民である事を失ってしまった現実を。


直視する事ですら、躊躇ってしまう惨状に。

けれども、背を向ける事も出来無くて。


結局は、項垂れては顔を両手で覆い。

結局は、目蓋を閉じて仰いでは涙を流し。

何も出来無くて。

何をしても変わらなくて。

何もかもが破綻し、破滅し、崩れてゆく。


そのまま、この生も命も終わるのだと。

そう思っていた中で。


その掌は力強く、強引に。

とても厳しく、けれど、とても優しく。

しっかりと、私の掌を掴んでくれました。


その喜びを、その感謝を、その嬉しさを。

何よりも、この幸せを。

きっと、気にもせずに愛してくれるのでしょう。

そういう方ですから。



「──忍様……んっ…………っぢュッ…んぅ……」



仰向けになった忍様に覆い被さる様に。

その胸の上に、その腕の中に。

自分を収め様としながら、身を縮めて。

忍様の唇を求める様に、小鳥の嘴の様に啄む。


焦らしに焦らされて、待ち望んでいた今宵。

忍様を待つ間、煩い程に響いていた胸の音が。

身体が固まる程に緊張していた事が。

何だったのかという程に。

忍様に抱き寄せられて、口付けをされたら。

もう、ただただ求める事しか考えられなくなって。


自分のした事なのですが。

思い出すと恥ずかしくなってしまう程に。

忍様に御強請り(・・・・)をしてしまって…。

気付いた時には、もう何度受け止めた後か。

この欲求が、この熱が、この渇望が。

消える気がしないのは私だけなのでしょうか?。

…いいえ、きっと、皆さんも同じなのでしょうね。

満たされても、満たされない。

そういう事なのでしょうから。


ただ、大切な初めてが…あんな風になるなんて…。

……し、仕方が無いじゃないですかっ。

忍様がっ……そのっ……い、色々と為さるからっ。

「麗羽は直ぐに子供を作る事に成るからな」と。

あんなにも素敵な笑顔で仰有って。

それなのに、焦らす様に意地悪な事ばかりで。

ですが、その全てが……忍様を感じられる事が。

私自身、嬉しくて堪りませんでした。


……だ、だからと言って、あの様な事をっ……。

それは…まあ、その……ですね…。

皆さんも為さるそうですから…。

別に可笑しな事ではないのだとは思いましたが…。

それでも………むぅ………やはり、意地悪ですわ。



「麗羽が可愛いから仕方が無いな」


「ま、またっ…~~っ…その様な事を仰有って…」


「でも、麗羽が喜んでるのは判るな」


「──ァッ!、だっ、駄目ですっ、忍様っ、マッ、まだ、身体に力がァアッ!」


「判ってる、麗羽は休んでればいいからな」


「そ、それは意味が違っ、ァあァアッ、んンッ!」



忍様に貪られる事に嬉々としながらも。

その一方では、体裁を取り繕おうとする私が居て。

けれど、そんな建前は結局は何処かに消えて。

気付けば、忍様に合わせる様に身体を動かす。


まだまだ夜は長く続いて。

きっと、朝が来ても、この夢は褪めないでしょう。



──side out



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ