流るる浮き雲
「────というのが、現状での結論になる」
咲夜と袁硅の検死──と言うか、事前の意見調整を済ませてから、皆を集めて簡単に説明をする。
流石に何も言わない訳にはいきませんからね。
ただまあ、皆の顔は当然ながら渋い。
はっきり言えば、俺ですら確証が無い訳ですから。
それは嫌でも不安になりますよね。
今までは何だかんだ有っても俺が断言してたし。
それが安心感を生んでいた訳ですからね。
動揺するのも仕方が有りません。
…まあ、一部、無関係な人達達もいますが。
其処まで信頼されているのは嬉しいんですけどね。
少しは疑ったりする気持ちを持ちなさい。
あと、其処、「難しい事は判りません」って態度で暢気に御茶を飲んでいないで少しは考えなさい。
…え?、「考えても判らないから考えません」?。
「考えるだけ時間も労力も無駄です」?。
………はぁぁ~~~~………。
そういう正論的な言い訳だけ上手くなって…。
全く…誰に似たんだ。
「間違い無く貴男よ」って視線で語るな、咲夜。
──と言うか、俺のノリツッコミを取るな。
スベった感が半端無いから。
「…それで?、結局の所、どうする気なんだ?」
ぐちゃぐちゃになりそうな場の空気を感じ取ってか白蓮が代表する様に訊いてくる。
こういう時、切り込み役が出来るのが白蓮の良さ。
華琳が心臓・脳なら、白蓮は血管・神経。
全体を繋ぎ、機能させる上で必要不可欠な存在。
…まあ、白蓮以外にも咲夜達数名が該当するが。
それも状況により、役割が変わってくる。
今回は白蓮だった、という話。
決して、白蓮が遣らされいる訳ではない。
「まあ、何も判らない事は変えられないからな
取り敢えず、考えられる最悪順に準備する」
「つまり、いつも通りって事か…」
「そうするしかないからな」
そう言うと場の空気が弛緩し、不安が薄れる。
何気無い事だし、大した事ではない。
ただ、こうして実際に言葉に、声にする事により、普段遣っている事を遣れば良い。
そう意識させるというのは地味に効果が有る。
特に個人ではなく、集団心理として働く場面でなら更に高い効果が期待出来る。
だから、こうして皆の意識を同じ方向に向けさせて気持ちを落ち着かせるというのは重要。
御馴染みの夫婦漫才的な感じで。
然り気無く、気付かれない様に。
こういうのは気苦労し、気遣い屋の白蓮だから。
華琳や咲夜とだと、少し態とらしくなるからな。
それはそれで良かったりするし、使い方次第だが。
そういう使い分けは俺の役割ですからね。
こう見えても色々と考えてるんですよ。
「せやけど、師匠~、根本的な解決は出来るん?
何か企んどる黒幕が居るんやったら、動くの待って仕留めるしかないって事なんやろ?」
「基本的にはな」
「そういう言い方をする、という事は、何かしらの考えが有ると思ってもいいのか?」
「今、行方不明の袁硅の家臣達を探している
其奴等を全て潰せば、少なからず何かが掴める」
「何かって…何がやの?」
「祭、昔の──あの時の事、覚えてるか?」
「いや、あの時、と言われてものぅ…」
「猪令山での隔離世狭間の事だ」
「おおっ、あの時の事か、勿論覚えておるとも」
嬉しそうに──それでいて顔を赤くする祭。
何しろ、祭との初めての思い出だからな。
そういう反応になるのは仕方が無いでしょう。
そして、同じ女だからこそ、察しが付くのもね。
何人か、貰い照れしてますから。
「隔離世狭間というと、あの話のか?」
「どの話のなのかは知らないが、そうそう同じ様な言葉や表現が有るとは思えないから、多分な」
「……初耳だが?」
「行って帰ったという証拠も無いからな~…」
「当の儂等にしても白昼夢じゃったと言われれば、それは否定出来無んだじゃろうしな
…まぁ、一応は証拠が有ったからのぅ…」
ボソッ…と呟いた祭の一言。
それと、先程の祭の反応。
加えて、俺の妻達は全員が純潔を俺に捧げている。
つまり、祭の処女喪失が何よりの証拠。
単なる白昼夢では有り得無い事ですからね。
ただまあ、「寝惚けてたのでは?」とか。
「そう言ってるだけでは?」とか。
要は、疑われれば実証する術は有りません。
だって、改めて猪令山に行って見ても隔離世狭間に行く事は出来ませんでしたし、二度目は無し。
つまり、作り話とされても仕方が無い。
だから、祭も誰かに話す事はしなかった。
…二人だけの秘密、という意味も有りましたが。
理由としては半々、といった所でしょうかね。
祭からしたら、後者の方が強いかもしれませんが。
自慢したくても出来無い話なのは確かですから。
何方等にしても話し難い事なのは間違い無いので。
それは兎も角として──冥琳、侮り難し。
祭の話だとマニアックな感じだったし、個人的にも興味が有って調べたんですよ。
でね?、実際に本当にマニアックなネタでして。
その言葉が出て来る文献自体も殆んど無くて。
有っても、小説の設定ネタみたいな扱い。
具体的な話は勿論、そんな話が広まっていた時期や地域を特定出来る様な記録は皆無。
俺の世間話ネットワークで極めて稀に知ってる人と巡り合う事は有っても内容は乏しい。
飽く迄も、「昔、そんな事を子供の頃に聞いた」と記憶の片隅に残っていた程度で。
大人が「良い子にしていないと怖~い怪物が現れて隔離世狭間に連れて行かれるぞ~」的な感じでね。
子供の躾に脅し文句として使っていた程度。
だから、どうしても印象に残り辛い。
怪物の方なら、具体的なイメージさえ出来上がれば後世まで言い伝えられて残ったんでしょうけど。
あの世でもない、微妙な話ですからね…。
前世のラノベ等で異世界ネタが流行る前だったら、そういう設定も面白かったんだろうけど。
無駄に設定が固まってないと破綻し易いネタだから扱い難くて敬遠され勝ちだったんだろうな。
個人的には好き設定のジャンルなんだけどね~。
──という昔話は放り投げて。
そんなネタを知ってる冥琳に感心する。
「御主、よく知っておったのぅ…」
「想像しようとしても想像の出来無い話である程、現実逃避をするには適していたからな」
そう言って苦笑する冥琳。
「複雑な立場でも有ったし時には全てを忘れる様に物語の世界の中に浸りたかったものだ」と。
そんな冥琳の声が聞こえてきそうな気がしたのは。
きっと、俺だけではないんだろうな。
そして、同意する様に頷く数人。
皆、色々と苦労してきているからねぇ…。
うん、改めて強く、皆を幸せにしようと思う。
民を、とか、全人類を、という意味ではなく。
俺の愛する妻達を、です。
尚、我が子達には「自分で頑張れ」と言います。
ええ、父は御母さん達を幸せにするのみです。
君達は君達で幸せを掴みなさい。
君達の人生は君達のものなんですから。
我が家では親の脛齧りは一切認めませんので。
勿論、それが出来る様に育てます。
その点は親としての責任ですからね。
育児放棄は致しませんとも。
「…で?、それがどう関係するん?」
「突飛な発想にはなるが…
例えば、袁硅と行方不明になっている家臣の誰かが御互いの肉体と精神──魂魄を入れ替える…
そんな真似を遣っていたとしたら?」
「──っ…袁硅が生きている、と?」
「飽く迄も、可能性の話だけどな
ただ、俺自身、所謂、魂というものが存在しているという事は経験で感じた事だ
だからこそ、そういう可能性も思い浮かぶ」
そう皆を見ながら言うが、含みも有る。
それは咲夜と華琳、俺の前世を知る二人へ。
それが最も懸念するべき可能性だと示す為。
だから、咲夜にも検死の際には話さなかった。
下手に話して一人だけ反応が浮くと怪しまれる。
其処から色々と説明する事態は避けたい。
何しろ、説明が面倒臭過ぎますからね~…。
立証も実証も出来ませんから。
信じて貰うしかない。
そういう説明って本当に大変なんですよ。
「しかし、可能性とは言え…そんな真似が?」
「まあ、俺達は氣を扱えるからな
その観点からすると矛盾する様に思えるが…
水を冷やせば氷に、熱せば蒸気に変わる
氣が生きている状態なら、魂は死んだ状態…
そんな風に考える事も出来るとは思わないか?」
「それは………」
「…ですが、忍、その場合、魂は死なない限り人が生きている内は感じ取れない、という事では?」
「ああ、だから俺達を出し抜ける」
『────っっっっっっっっ!!!!!!!!????????』
そう、先の状況を説明しようとするなら。
そういった抜け道でもないと難しい。
そして、それは普通なら思い付きもしない遣り方。
偶々、俺には経験が有ったから。
だから思い付いた、というだけの事。
そうでなければ、考えもしなかっただろう。
同じ様に転生した身である咲夜ですら思い付かずに可能性を見落としていた事なんだからな。
先ず、他の誰にも思い付かない事だろう。
「………確かに突飛な発想だな
しかし、忍、そんな真似を受け入れるのか?」
「袁硅の主導だったら抵抗されているだろう
だが、袁硅の屍は間違い無く、服毒自殺だった
──という事はだ、主導したのは相手になる
だから、入れ替わった後、自ら毒を呷った
そうする事で肉体的には袁硅は死ぬ
事実、俺達の誰も袁硅の死自体は覆せない」
「…そうね、死因や死亡した事実は確かよね
それは覆せないから、袁硅の死は確定しているわ」
「ですが、袁硅の意思──魂は存在している
肉体を取り替えていても、それは判らない…」
「逃げ伸びるだけなら出来る、か…
だが、そうまでして袁硅を生かす理由は何だ?
其処まで遣る価値が袁硅に有るのか?」
「だからこその黒幕の存在だ」
「──っ!?、まさか…」
「ああ…袁硅自身を生かす事が目的ではない
この状況、袁硅達を使っての実験…
その過程や結果、関係する情報の収集が狙い
そう考えれば、辻褄は合う
勿論、飽く迄も推測でしかないがな」
「………笑えない話だが…確かに筋は通るな…」
「ですが、忍様、そうなると逃げ切られてしまえば後々面倒になるのでは有りませんか?」
「逃げ切られたらな」
「忍は出来無いと?」
「基本的には他者の氣というのは自分に有害な事は皆も知っているだろ?
それなら、魂魄を入れ替えて無事だと思うか?」
「…ぁ、成る程な」
「本の少しの氣でも、そうなるんだ
だったら、魂という、遥かに氣よりも純度や質量が有るものが肉体に及ぼす影響は?
そう、決して小さくはないだろう」
「その情報を得る為に、袁硅を利用した、と…」
「魂魄が生まれた時点で世界に一対とするならば、入れ替われば必ず影響が出る
肉体的にも、精神的にも異常を来す事になる
そうなれば──見付ける事は難しくはない」
「成る程な、氣にも異常が現れるって訳か」
「そうなると、尚更に黒幕の存在は厄介だな…」
「まあ、生者とも限らないしな」
『………………………………………………………』
「………いやいや…冗談、だよな?」
「言ったろ?、魂は氣の裏側、死の側面だって」
「それは……判り易く説明する為じゃないのか?」
「残念ながら、それだけじゃないんだよなぁ…
祭は一緒に隔離世狭間を経験したから判るだろ?」
「………確かに…そうなりますかのぅ…」
「…ぅわぁ…考えたくないわねぇ…」
「面白そうだとは思わないんですね、姉様」
「幾ら私でも面白がれないわよ、そんなのはね~」
顔を引き吊らせる雪蓮と、それを揶揄う蓮華。
他愛無い会話に思えるが──それは強がり。
まだ自由に氣を扱えない身だから実感が伴わない。
ただ、想像は出来る。
嫌な方向に、だけどな。