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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   揺れ動くだけ


無慮県・番汗県・沓氏県と落としてしまえば、残る袁家の領地は二県のみ。

その片方である望平県を制圧し終えた。

残すは、袁硅の本拠地である襄平県。

周囲は全て宅の領地。

海に面しているという訳でも無い。

つまりは陸の孤島。

その上、宅の精鋭が壁となり睨んでいる。

蟻の一匹ですらも這い出す事は不可能。

それ位の態勢で臨んでいる。



「──から、呆気無いのは判るんだけどな…」


「はい、あまりにも手応えが無さ過ぎ(・・・・)ます」



事後処理を始めている戦場を見ながら華琳と話す。

つい先程まで戦闘が有ったとは思えない程に建物や周辺の環境には全く影響も出ていない。

──と言うか、死んだ兵士達の血溜まりと屍以外の痕跡らしい痕跡が見当たらない程の大圧勝。

まあ、彼我の実力差を考えれば当然と言えば当然。

──なんですけど…ねぇ…。

ちょっとねぇ…あまりにも簡単過ぎるんですよ。


いやまあね、敵兵(彼等)も一生懸命ですし。

一矢報いる気概──は無さそうですが。

逃げ場が無い事は判っているので向かって来ます。

向かって来て──何とか潜り抜けよう。

そんな者がチラホラ出ても可笑しくないんですが。

見事な程に、大根役者の芝居の様な突撃振りで。

まだ処理能力の低いハードで作られた横スクロールアクションのゲームでも見ている様で。

何かこう…ね?……うん、駄目なんだけどね。

滅茶苦茶遣る気が萎えてしまうんですよねー…。



「少し考えれば希望も可能性も無い事は判る…が、それなのに無意味な(・・・・)戦いをする

後が無いから「一人でもいいから道連れだっ!」と自暴自棄になって突っ込んで来るのなら判るが…」


「はい、ただただ命じられたままに動く人形の様に命を散らせる為だけに、ですね」


「ああ、指揮官が忠臣で強烈だから逃げ出す事すら出来無いとかいう場合なら判るんだが…」


「その指揮官も捨て駒(・・・)ですからね

袁硅からの命令が有ったにしても、戦わずに兵士を纏めて投降し、囚人としてでも生き延びよう…

そういった思考をして選択する事も出来ます」


「それなのに実際には、だからな…」


「客観的に見ても異常(・・)です」



俺や咲夜は前世の知識等から彼是と考えられる。

それでなら、説明出来無い事もない。

ただ、それが納得出来る内容であるのかは別で。

正直な話、直接見ていても不可解でしかない。

人の思考として、辻褄が合わない(・・・・・・・)んですよ。


人は他の生物と比較しても圧倒的に利己的な存在。

自然界では種の保存や反映、或いは群れの存続等を最優先とし、自己の生存は絶対ではない事が多い。

勿論、自分も生き延びられるのなら話は別ですが。


危機的な状況、絶望的な中、選択と決断を迫られた場合であれば、自然界では強者が自らを犠牲として少しでも多くの種や群れの仲間を残そうとする。

しかし、人間の場合は逆。

勿論、戦って散る事を美学や本望としている人達は対象からは省きますけどね。


人間に限り、権力者というのは自己生存を最優先に考えて行動し、自分よりも弱い者を犠牲とする。

ある意味、最も醜い生物こそが人間だと言える話。

まあ、「人間こそが生物の進化の最高峰だ」なんて自画自賛している痛い(・・)人々は反論する筈。

認めたくはないんでしょうからね。

人間が最も低俗な社会性を持っている事を。


──とまあ、そんな話は置いといて。

普通に考えても、袁硅軍の兵士達の行動は異常。

しかし、自我を失っているという訳ではなかった。

──かと言って操られたりしていない訳でもなく。

氣の流れに可笑しな点も見られなかった。


──が、そうなる方法が思い付かない訳でもない。

催眠術に近いが、判り易く変化は出ない。

それは一種の刷り込み(・・・・)による思考誘導。

それならば、状況を説明出来無くはない。



(…ただなぁ…袁硅に出来る事か?

それに、宅の隠密衆に気付かれず、これだけの数に同じ様に、しかも短期間で施す?

はっきり言って、俺でも遣らない荒業だって…)



出来る・出来無いで言えば、可能な事だ。

遣るか・遣らないかで言えば、遣りたくはない。

はっきり言って面倒臭いしね。


それにだ、抑として矛盾している。

もし、それが袁硅に、或いは袁硅の側に居る人物に出来るのだとすれば。

何故、彼等を死兵(・・)にしなかったのか。

その最大の疑問を解消する事が出来無い。


今の袁硅軍が置かれた状況で考えるなら。

恐怖心を奪い、宅に対する憎悪や憤怒を植え付け、文字通りに死ぬ事でさえ躊躇わなくする。

そうすれば、本当に死ぬまで宅に抵抗も可能。

道連れにされる兵士が出ても可笑しくはない状況に戦場は為っていただろう。


或いは、全くの無抵抗で進軍のみさせるか。

無抵抗な敵に、しかも「大人しく投降しろ!」等と呼び掛けても停止もしなければ殺すしかない。

それは非常に後味の悪い虐殺となり、宅の士気面に大きなダメージを与えられただろう。

直ぐには影響しなかったとしても。

その戦いに参加した者達の中には精神的に病んで、退役する事は勿論、精神異常から狂気を掻き立て、内側から食い破る様に乱した可能性も有る。


しかし、そんな狙いが有る様子も見られなかった。

彼等は武装し、抵抗してきた。

当然と言えば当然の反応ではあるのだが。

やはり、どう考えても不自然にしか思えない。



「………彼等で実験していたのか?」


「実験、ですか?」


「死兵を仕立てる為に……いや、それも変だな

一か八かでも、此処で遣らない理由が無い

もう後が無いんだからな」


「そうですね」


「それを承知の上で、そんな真似を遣るのだとするならば──黒幕(・・)が居る事になる」


「袁硅を操っている者が?」


「それも隠密衆に気付かれずにだ」


「………流石に考えられませんね…」


「俺も自分で言いながら否定してるからな…

ただ、そうとでも考えないと説明が出来無い」


「…袁硅に訊くしかなさそうですね」


「ああ、急いだ方が良さそうだ」



もし、本当に黒幕が存在しているのだとすれば。

袁硅が始末(・・)されてしまう前に。

その身柄を押さえないといけない。


まあ、黒幕が居れば、の話なんですけどね。

宅の隠密衆が気付けない相手となると厄介です。

──というか、嫌な予感しかしませんから。

そうではない事を切に祈ります。




事情が変わった事も有り、苛烈に攻め、予定よりも早く袁硅の居城へと到達した。

──が、嫌な予感というのは当たるものですよね。

当たってくれなくても良いのに。

どうせなら良い方向に当たってくれれば。

そう思わずには居られません。


閉じられてはいたが封鎖はされていなかった門扉を通り抜け踏み込んだ街の中。

「此処は数年前に破棄され、ゴーストタウンに」と言われれば納得してしまう程に人気が無く。

人は愚か、動物──小鳥や鼠、虫一匹の姿も無い。

この状況からして既に正常ではないのだが。

街を棄てて避難──退去する可能性は有る。

宅の隠密衆が気付かない内に、というのは不可能な話だったりはするんですが。

現実に、それが起きている訳で。

警戒しない理由は有りません。



「御兄様、包囲が完了しました」


「住民は?」


「ただの一人の姿も(・・)有りません」


「そうか」



氣で探り、生存者(・・・)が居ない事は把握済み。

だから、兵の大半は外壁から離れた場所で展開して取り囲む様に指示。

精鋭だけを中に入れ、調査。

その後、袁硅の居城を包囲させた。

袁硅により鏖殺されていれば判り易かったんだが。

嫌な方向に予想が当たっているのが嫌になる。



「突入は予定通り(・・・・)だ、行くぞ」



そう言って、華琳・愛紗・梨芹・恋・凪、それから袁家の内部情報に詳しい麗羽と詠を伴い突入。

いざとなれば自力で退避・脱出が出来る少人数。

麗羽と詠は愛紗か梨芹が抱えて走れば一人で済む。

他が協力し合えば身の安全は確保出来る筈だ。

…まあ、それが出来る状況でなら、の話だが。

そういう事態には為らない事を祈るだけだ。


油断してはいないが、城内は氣で探索している通り兵士一人見る事は出来無い。

それ所か、静寂の支配する空間には有るべき様子が何処にも見当たらない。



「………忍、此処は本当に居城なのですか?」


「ああ、間違い無い

一昨日までは確かに城内にも、街にも人は居た

それは監視していた隠密衆が証人だ」


「しかし…」


「ああ、判っている

此処には、どう見ても生活感(痕跡)が無い

まるで、新築(・・)の様だ」



進みながら確認しているが内部が綺麗過ぎる(・・・・・)

勿論、建物自体の傷みや劣化は感じられるが。

少なくとも、一昨日まで人が居た様には思えない。


普通に考えても、急いで避難・退避したのならば、そういった動きの痕跡が残っているもの。

無理矢理連行されたり、強要されても同様。

だが、そういった様子が一切(・・)無い。

まるで、痕跡を全て消して行ったかの様にだ。

それも城内だけでなく、この街全体(・・)が。


はっきり言って、それは俺達でも難しい事だ。

この街を落とすのなら、俺達には朝飯前だ。

しかし、痕跡を消すというのは街を徹底的に破壊し痕跡を判らなくなる様にするのとは意味が違う。

いや、それでも消す事は出来るんだけどね。

人が居た(・・・・)のは判るが、日常が見えない。

そういう意味での、痕跡の消去。

それは余程の経験と技術と知識が無いと不可能。

それこそ、そんな魔法(・・)でも使わない限りはな。


そんな事を考えながら辿り着いたのは城の深奥。

入り組みながら、要所要所に侵入者を迎撃したり、挟撃したり出来る様に詰所が点在。

更に窓を無くし、壁で仕切る事で迷路の様に造って方向感覚を狂わせる様に仕向ける。

警戒心が強く用心深い袁硅らしいと言える小部屋。


其処に、椅子に座ったままの袁硅の姿が有った。


華琳達には警戒しつつ待機させ、一人で近付く。

俯いている頭を机の上に有る筆を手に取り顎を掬い上げる様にして上げさせる。

麗羽と詠を見れば、二人は揃って頷く。

俺と華琳も顔は見て知っている。

だから、此奴は袁硅に間違い無い。



「…出血の跡も、絞殺の跡も無い…毒だろうな」



椅子の脚の側には蓋の外れた小瓶が転がっている。

争った形跡は無いし、現状で袁硅を毒殺する理由を持っている者も居ない。

いや、怨恨が無いという訳ではないが。

こんな真似が出来る者に心当たりは無い。

だから、俺達の手に掛かる位なら服毒自殺を選ぶ。

そんな袁硅の思考が手に取る様に判る。


──が、どうにも腑に落ちない。

──と言うより、何か引っ掛かる様な感じが有る。



「…袁硅の側近で死亡が確認出来無かったのは?」


「確か…武官では黄以・田弁・朱筒・趙益の四人、文官では厳信・李刊・晋雄の三人です」


「……此処以外に拠点に使えそうな場所は無い

氣を使う俺達が相手で、何処かに潜んでおいてから脱出するという事は出来無い

少なくとも、一昨日から丸一日と無い間に、連中は何処に移動した、という事になるな…」


「しかも此方等の網を掻い潜って、ですね」


「ああ…取り敢えず、袁硅の屍は運び出す

華琳達は念の為に袁硅の屍には触れるな」


「判りました、凪、先行して警戒しなさい

愛紗・麗羽・詠・私、それから御兄様

梨芹と恋は殿を御願い」



華琳の指示で全員が動く中、部屋の中に有った布で袁硅の屍を包み、肩に担ぐ。

見た目以上に軽く感じるのは痩せている為か。

本来なら、これで終わる所なんだが…。

どう考えても、まだ終わったとは思えない。

出来れば避けたいが、咲夜にも見せるか。

そうしないと意見も難しいだろうしな。

安全とは言い切れないからリスクは有るが…。

そのリスクを恐れ、より大きなリスクに備える機を逸するのは自殺行為に等しいからな。

勿論、咲夜と相談してからにはなるが。

幽州制覇は目前なんだけどな。

物事は簡単には成せない、という事か。




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