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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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17話 深き波瀾に


水が流れ行く様に。

しかし、留まる事は無く。

早くもなく、緩やかもなく淡々と流れ続ける。

その流れに擬音を付ければチクッ、タクッ…と。

一定の感覚で刻むかの様な物に為るのかもしれない。


──とまあ、そんな感じで第二の人生を始めてから、二年が経ちました。

遂に九歳児!、一桁最後に突入しました!。

あっと言う間だった様にも感じますが……長かった。

いや、まだ一年有るけど、本当に長かったなぁ…。


年齢、一桁と二桁。

僅か一歳の違いなのだが、其処には見えない壁が有り両者を隔て、分ける。

それは一つの境界線。

異なる世界の交差線。

二度と戻る事の出来無い、一度きりの一方通行。

進む事しか出来ぬ道。

だから、人間は不老不死や不老長寿を望むのかも。

俺は御免だけどね。



「──御兄様?」


「何か有りましたか?」


「ん?、いや、ちょっと、ぼんやりしてただけだ」



ぼけ〜っ…と、空の彼方を見詰めていたからだろう。

二人に心配された。

──と言うか、どうしてか二人の中の俺のイメージはしっかり者で頼りになって働き者で勇猛果敢で、でも優しくて子供っぽさも有るという難解な人物像が出来上がっていたりする。

まあ、母さん経由で聞いた情報なんだけどね。

「え?、誰それ?」と俺は思わず聞き返したのは今は懐かしい思い出です。

……いや、笑えないけど。


兎に角だ、そんな風な俺が二人の中のイメージだから少し気を抜いてるだけでも今みたいに心配される。

「俺は凡人だ!」と叫び、否定したいのだけど。

二人に失望されてしまうと立ち直れる気がしないので今は頑張っています。

でも、少しずつ本性を見せ認識を変えてみせる!。

だって、男の子だもん!。



「そうですか…それでは、御兄様、彼方へ」


「では、恕、此方へ」



──と、俺の両腕を取って二人が真逆に行こうと言いながら促してくる。

当然だけど、俺の身体には分離システムは無い。

だから、両側から別方向に引っ張られてしまうと当然動けなくなる。

まあ、本気で関羽が引けば膂力の差で勝つが。

そうはしないのは、それで勝っても意味が無い為。



『…………』



そして両雄──両幼女傑は俺を挟んで睨み合う。

打付かり合う視線。

レーザービームを越えて、レールガンに至れそうな程激しく火花を散らす。

きっと此処で「二人共?、どうかしたのか?」なんて事を平然として言えるのは鈍(勇)者だけだと思う。

色んな意味で人よりズレ、鈍感さが有るから、勇者は勇者足り得るのだと。

“勇者の居る世界”からは遠い異国、遥かな異世界の空を見上げて思う。


あの雲の様に、流れるまま身を任せてしまえたなら、どんなに楽だろうか。

しかし、人の世は無情。

それを越えなくては平穏に生きては行けない。

人は独りきりでは活きては行けないのだから。




取り敢えず、何方等側にも行かずに俺が行き先を決め日課と化した食糧調達へ。

生きていく上では、食事の質・量の向上は大事。

贅沢な事は言いませんが、育ち盛りが三人ですから。

母さんに負担を掛けないで為そうとすれば、自分達が動くしか有りません。

甘えられませんからね。


そんな訳で頑張りますが、保存が利き難い以上、毎日行う様に為るのは必然。

冷蔵庫・冷凍庫が無い以上肉や魚は乾燥させない限り傷み易いのが今の世。

でも、鮮度が高い事も有り味覚的には文句無し。

ある意味、贅沢ですね。


食中りとか怖いんだけど、この時代の人達って中々に丈夫だなって思う。

雑菌だらけの中に居るから免疫力が高いのかもね。

衛生環境が整う事自体には賛成だけど、子供の頃には死なない範囲で出来る限り雑菌に触れる事も必要な事なのかもしれない。

過度な滅菌環境は人の持つ生物的な能力を衰退させる気がしますからね。

何事も程々って事です。



「──っと、十五匹目だ」



手作りの釣竿を上げると、水面が下から盛り上がって火山の噴火の様に弾ける。

バシャッ!、と水の欠片を散らしながら踊り出たのは活きの良い山女魚。

正確には、山女魚っぼい、同じ種類だろう河魚。

日本人の感覚の山女魚とは違っているけど、呼び名は此処でも山女魚。

…まあ、今更だけど其処を気にしたら負けだと思う。


釣り上げた山女魚を左手で捕獲すると針を外す。

そして、後ろに居る華琳に手渡しして直ぐに血抜きし内臓を取り出して貰う。

最近になり、漸く包丁等の使用を母さんに許可されて実に楽しそうに捌く姿に、兄の(我が)心は感無量。

いや〜、癒されますなぁ。


同じ様に関羽も妹愛姉へと覚醒したらしく、その姿に表情を緩めている。

「判るか、羽よ」と視線で問い掛ければ、「はい」と力強い意思が返る。

やはり、可愛いは正義だ。


因みに、そんな関羽自身も可愛いのだが、口にすると色々と拗れるから言わない様に気を付けている。

ええ、色々とです。



「御兄様、今日の分としては十分だとは思いますが…どうしますか?」


「んー…そうだな…」



そう言いながら空を見上げ雲の動きを見る。

山の天気は変わり易い。

それを嫌という程に実感し体験してきた二年間。

その経験が天気を読む事の重要性を身に付けさせた。

自然の脅威程、人間の意を介さない事象は無いから。

生きる為には欠かせない。

自然を侮り、軽んじれば、必ず足元を掬われる。

…掬われて転ぶ程度じゃあ済まないけどね。



「…うん、もう少ししたら一雨来そうだし、帰ろう」



そう俺が言うと二人は頷き帰り支度を始める。

判断を俺に任せている事に異論が無い訳ではないが、どうせ言っても無駄なので言わないでおく。

言ったら言ったで拗れると判っているしね。

本当、円滑な人間関係って色々と大変なんですよね。




激しく屋根を叩く雨粒。

深い霞が掛かったかの様に視界を半透明な灰色で覆い包んでしまう。

“雨のカーテン”と呼べる様な風情は感じない。

自然災害の一歩手前。

未だに存在しない筈なのに思い浮かぶ“ゲリラ豪雨”という、その一言。

勿論、実際の其れとは違い予期出来た降雨ではあるが想像よりも激しかった為、そんな感想を懐いた。

だから、他意は無い。



「際どい所だったな…」


「ええ、貴男の判断が少し遅かったら、皆ずぶ濡れに為っている所でしたね…」



関羽と並び、家の外を見て安堵しながら呟く。

かなり余裕を見ての帰宅を決めていたが、それ以上に雲の広がりが早かった。

濃くなった“雨の匂い”に気付いたから、俺は即座に二人を抱き抱えて走った。

急な事に驚いてはいたが、背後で鳴る雨音を捉えると二人は即座にしがみついて落ちない様にした。

そういう事は滅多に無いが二人共に子供離れした高い思考力と判断力で対応し、最善策を取ってくれたから濡れる前に帰り着けた。


家に入ってから僅か三分と経たずに降り出した雨。

パラパラッ…という普通の緩やかな降り始めではなくシャワーヘッドから一気に吹き出す様に激しく。

あっと言う間に世界の色を染めてしまった。

それだけでも脅威的だが、今の問題は長さだろう。

降雨の勢いに多少の変化は見られるが、大粒のまま。

加えて止む気配が無い。



「…降り続くと厄介だな」



どうしようも無い事だが。

厄介な物は厄介だ。

降らないと降らないで色々困るのだが、降り過ぎても困ってしまう。

まあ、それは人間の勝手な都合の押し付けなんだから自然界的には「そんな事、知った事か」だろう。

それは間違い無く正しい。

人間が勝手に住んでる以上文句は言えないのだから。


尚、母さんは俺よりも雨に敏感であり、一緒に暮らし始めてからは一度として、母さんが雨に濡れた姿には御目に掛かれていない。

母さん曰く、「雨に濡れる事が嫌だからか、何と無く降りそうなのが判るのよ」との事らしい。

「え?、何、その局所的に特化した感知能力は…」が俺の素直な感想だ。

その為、今回も俺達よりも先に家に帰ってきていたし村の人達も母さんの直感に素直に従って帰宅した。

天気予報士も真っ青です。

ただ、そのお陰で母さんが村に来てからは一人として村人への被害は出ていないという事実には脱帽。

神ってますよ、母さん。




戸という戸を閉め切ってもはっきりと聞こえる雨音。

激しくなる気配は無いが、弱まる気配もしない。

聞いているだけで不安感が掻き立てられる。

…まあ、現代の降雨災害を知ってるかもしれないが。

或いは、“設定”だけの筈だった自分の過去に関する事だからなのか。

その辺りは解らない。

ただ、その感情は本物。



「………御兄様…」



見えない筈の壁の向こうを静かに見詰めていたからか華琳が背中から抱き付いて両腕を首に回してきた。

不安を、見も心も、纏めて抱き締めるみたいに。

ぎゅぅっ…と、優しく。

甘えて頬を擦り寄せる様に顔を触れ合わせながら。

切なそうに、囁く。


母さんと関羽が別室に居て二人きりの状況。

雰囲気的には恋人みたいな感じなんですが、現実には兄妹な訳なんですよ。

いや、愛妹に心配されて、慰められてるとか。

兄的には「ヒイィィャアッフゥーーウゥ〜〜〜ッ♪」なんですけどね。

舞っちゃいますよ、はい。

流石に、今はそんな気分に為れませんので。

ええ、真面目回なんです。


…いや、違いますけどね。

ただ、今の心情は不安感が強いのは事実です。

あと、華琳(妹)よ。

健やかに育っているようで兄は安心しました。

何がとは言いませぬが。

其処はマナーでござる。



(──とか、訳の解らない事を考えてる時点で、俺は劣勢って事だよなぁ…)



本当に、末恐ろしい娘。

──と言うか、本気で俺、攻略されそうなんですが。

いや、マジで、本当に。


そうなる事を本気で華琳が望むのなら……ならぁ……仕方が無い…のか?。

いや、忘れてしまおう。

うん、今は違うから。



「…華琳の覚えてる中で、こんなに降った事は?」


「………短時間でだったら有りましたが、ここまでの長さは…有りません」


「そうか…」



環境が、時代が、世界が、全く違うのだから一概には同じ可能性とは言えない。

それでも、胸騒ぎがする。

今生を得て、幾度か有った頭の中で警鐘が鳴る。

“危ない!、危ない!”とがなり立てる様に。




偏頭痛が起きそうな程に。

正常と異常。

その狭間に立ち、これから自分が何を選ぶべきか。

脳裏には可能性(選択肢)を幾つも思い浮かべる。

その中から、状況を加味し取捨選択してゆく。



(…華琳も関羽も母さんも一緒に居る、だから、俺を含む家自体が危険?

…いや、それは可笑しい

この警鐘の感覚は差し迫る命の危機に直結してる…

“そういう”感じがする)



だから“普通に”考えると家族に対する事ではない。

では、村の方なのか?。

いや、それも納得するには違う気がする。

確かに宅は村からは離れた場所に立っている。

しかし、巻き添えが無いと言い切る事は出来無い。

いや寧ろ、降雨災害の対象としては宅の方が可能性は高いだろう。

ただ、村の周辺の地形等を判断材料として考えても、土砂崩れ・浸水・氾濫等は起こるとは思えない。

勿論、絶対とは言わないが起きる為の条件としては、かなり厳しいだろう。

少なくとも、この雨位では起きる可能性は無い。


其処まで考えて俺は静かに華琳の腕を解き、ゆっくり立ち上がった。



「……御兄様?」



右手で俺を見上げる華琳の頭を少し乱暴に撫でる。

不安そうにする気持ちを、これから自分が遣る事への罪悪感を誤魔化す様に。



「華琳、母さん達には先に寝てる様に伝えてくれ」


「………はぁ〜…御兄様、止めはしません

ですから、御気を付けて」



「言っても無駄ですね…」という諦めた様に溜め息を吐いてから、笑う。

その笑顔に宿る俺に対する信頼に、思わず苦笑。


先程までは心配していた筈だったのに、今は疑い無く俺の行動を肯定してくれる華琳の良い女過ぎる言動に惚れてしまいそうになる。

何という魔性なのか。

八歳にして、この魅力。

これも覇王の片鱗か。

…曹操、恐るべし。

可愛いけどね!。





 other side──


悲劇・不運・不幸。

現状を言葉に文字にすればたったそれだけの事。

当事者以外にとっては全て一括りで片付けられる。

それが、社会という物。


けれど、悪いとは言えないというのも事実。

何故なら、自分自身もまた当事者にさえ為らなければ他人事の感想しか懐かず、深くは考えないのだから。


だから、当事者に為っても文句を言う資格は無い。

どんなに苦しく辛くても、出来る事は唯一つ。

歯を食い縛り、耐え堪えて一歩ずつ進むしかない。

嘆かず、憂えず、喚かず、愚直に前を向いて。

生きる事を諦めない様に、歩いて行くしかない。



「──皆、頑張れっ!

助け合い支え合うんだ!」



激しく降る雨の中。

途切れ途切れに為りながら男の声が響く。

それが誰の物なのか。

状況を理解していなければ判別するのは難しい。

それ程に激しい雨。

声は聞き取り難く、視界も霞の中に居る様に悪くて、足元も緩み、滑り易い。


はっきり言ってしまうと、こんな状況の中を進むのは愚かだとしか思えない。

しかし、そうするしか今は生きる術が無かった。


悲劇・不運・不幸。

それは続く時には嫌に為る程に連鎖的に繋がる。


始まりは些細な不幸。

誤って毒茸を口にした一家七人が亡くなった。

それ自体は珍しくはない。

小さな邑だったとしても、年に一度位は起きる。

どんなに注意していても、大事な食糧と似ているから取らない・食べないという選択肢は選べない。

だから、気を付けていても起きてしまう事故。

有り触れた、不幸だ。


続いたのは同じ様な不運。

天気が続いた為か、井戸は涸れてしまい、山の小川も干上がってしまった。

結果、作物の出来は天気と水に左右されてしまう為、大きな痛手を受けた。


それでも、まだ増しだ。

少なからず蓄えが有るから食い繋ぐ事は出来た。

──賊に襲われなければ。


村人の半数は死んだ。

どうにか逃げ延びた者達は散り散りになってしまい、その生死も行方も不明。

生きている事を願いつつも今は自分が生きるだけで、精一杯だったりする。


そんな中の、この豪雨だ。

「もう少し早ければ…」と天を見上げ憎み・恨む様に呟いた大人達。

まだ理解出来無い子供達。

自分は、その狭間に有る。

それ故に理解は出来ながら何も出来ぬ我が身の非力を恨めしく思った。


だが、それは束の間の事。

降り出した雨は弱まる事を知らない様に降り続く。

その状況に身の危険を感じ移動を始めた。

しかし、人が進むより早く雨は世界を喰らった。

小さい筈の山水の流れが、蛇の様に襲い掛かった。

一瞬の出来事だった。

一瞬で、一緒に居た人数が半分に為っていた。

助ける事は出来ず、逃げる事さえ困難に為った。

嘲笑う曇天を睨み上げて、私は心身を濡らす。



──side out。



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