吹き抜ける薫風
「んん~~~っ、あーもうっ、男の子も良いけど、女の子も凄く可愛いわね~」
「御姉様っ、私もっ!、私も抱っこしたいっ!」
「…はぁ~…逃げも隠れもしないでしょうに…」
栄を抱き、頬擦りしている雪蓮。
その様子を見ながら「次は私なんだから早く!」と栄を抱きたくて催促している小蓮。
そんな姉妹の様子を呆れながら溜め息を吐く蓮華。
“女三人寄れば姦しい”とは言われるが。
姉妹の多い家庭が全て普通に賑やかな訳ではない。
そういうのも含めて、各々の家庭の色だろう。
宅も女性が多い家庭だが、賑やかさは程々。
少なくとも、姦しいと思う程ではなかった。
華琳にしろ、愛紗にしろ、梨芹にしろ、恋にしろ。
何方等かと言えば、真面目で穏やかで慎ましい。
寧ろ、賑やかすのは俺の役目だと言えた。
…主に、愛紗に「全く、貴男は…」と世話を焼かれ御説教という形のコミュニケーションでだが。
うん、今思うとね、アレは単に幼馴染みカップルがイチャついてるだけなんだよね~。
それを許容──と言うか、日常と考えて受け入れる器量が華琳や梨芹達には有ったから成立してるって点が重要だったりしますからね。
本当、俺は妻達に恵まれていますよ。
それはそれとして。
年長組の誠達なんですが、違いが判るのか。
弟達に対する反応と明らかに違っていました。
ええ、既に兄妹は御対面済みで御座います。
いや、もうね、息子達の反応が一々可愛いんです。
弟と妹の違いが本能的に判るのか。
かなり、慎重なファーストコンタクト。
先住猫と新参猫の顔合わせみたいな感じですかね。
…いや、それは流石に違うかな?……んー…でも、全くの的外れな感じでもないし……難しいな。
まあ、兎に角、おっかな吃驚な仕草は可愛い。
それでも、俺の血が流れているからでしょう。
早くも愛妹紳士たらんとしています。
ええ、俺には判る、判るんです!。
「貴男と違って妹に手は出さないでしょうけどね」
「華琳達は義妹だからな
勿論、妹としては等しく愛してはいるが、義妹故に御互いに一人の男女としても愛し合える
実妹だったら流石に手は出さないって」
「腹違い、或いは種違いの妹だったら?」
「種違いって…もう少し違う言い方が有るだろ?」
「今更だし、夫婦しか居ないからよ
流石に私だって時と場所と状況は弁えるわ」
そう言う咲夜に「まだ妻じゃない娘も居るぞ」とは思っても口には出しません。
蓮華は兎も角、小蓮が騒がしくするので。
まあ、その小蓮にしても将来的には妻になる訳で。
結果論で言えば、妻と言っても間違いは無い。
間違いは無いが──絶対という訳でもない。
蓮華は絶対に妻にしますけどね。
小蓮の場合、実は其処まで拘る必要は有りません。
だから、意外と自由に相手を選べます。
当然ながら義兄として、相応しくない相手であれば認めませんし、容赦無く排除致します。
ええ、それが兄の役目ですから。
「それで、どうなのかしら?」
「あー…そうだな…同腹だと難しいだろうな
腹違いなら…まあ、見れない事も無いと思う
要は、母親の存在だろうからな」
「あー…成る程ね、そう言われると判り易いわね」
「自分を産んだ母親は母親だ
だから、父親違いでも同腹の姉妹は姉妹だ
一方、腹違いの姉妹の場合、その母親も血縁関係は無いから、一応は異性として見られる」
「ふ~ん…一応、なの?」
「そういう特殊な趣味嗜好じゃないんでな」
──と、事も無く流す体で答えますが…危ない。
咲夜め、何という危険球を投げて来るんだ。
それはまあ?、俺も男ですからね。
義母や未亡人、人妻というジャンルに興味が無いと言ったら嘘になりますとも。
ただね?、そういうのはフィクションだから良くて現実的に手を出すのは問題が有ります。
……ああいや、未亡人に限っては合意の上であれば普通に恋愛対象になるんですけどね。
うん、義母も人妻も夫が居る訳ですから。
夫が亡くなっているなら、再婚は有りですしね。
でも、だからと言って自ら積極的に動きませんし、好んで手を出したりは致しません。
そういうプレイなら、妻達と遣ります。
俺としては、それで十分に大満足出来ますから。
──と言うか、それってアレだよな?。
華琳の後宮計画だろ?。
そう遣って人材を集めようとしてるよな?。
採用枠の拡充を謀ってるよな?、な?。
そう視線で問えば、咲夜が視線を外した。
やっぱりか!。
妊活を始めたのに……あの教祖め…。
いい加減、そんな計画は実現しないと諦めなさい。
「そう簡単に諦めない様に、と教育したのは?」
「くっ……俺です…」
「私が言うのも何だけど…
貴男って変な所で潔癖よね
後宮を設けて、数多の女性を孕ませても継承問題は貴男や私達が起こさせはしないんだから、好き勝手愉しんでたらいいんじゃないの?
それが出来無い訳でもないんだから」
「出来る出来無いの問題じゃないだろ…」
「まあ、価値観と言えば価値観よね
でも、これだけ妻が居るんだから、今更、千や万の相手が増えたって同じだと思うわよ?」
「それはそうなんだ──って言うと思ったかっ?!
千や万って、どう考えても可笑しいだろっ?!」
「…チッ…しぶといわね」
「教祖の魔の手が此処まで及んでいるとは…」
「──というのは置いといて」
「…冗談だよな?、冗談だと言ってくれ!」
何も言わず、微笑むだけなんて。
スマイルはサービスでも、意味が違う!。
ちゃんと言ってくれないと不安ですからーっ!。
──と、一つオチを付けた所で、切り替える。
いやまあね、咲夜の言いたい事は判ります。
白蓮にも言いましたけど、家を継ぐ、或いは興した妻達は全員が正妻なんです。
だからね、所謂、側室が俺には居ない訳でして。
華琳の計画は、側室を娶らせる為のもの。
その必要性は、俺にも理解は出来ます。
出来ますが…それとこれとは別なんです。
まあ、遣ろうと思えば遣れますけどねぇ…。
俺も男だもん。
深く考えないで色に溺れるなんて大楽勝です。
でもねぇ…そう出来無いのが俺の価値観でして。
同じ色に溺れるなら華琳達が居れば十分なんで。
本当にね、側室なんて要らないんですよ。
ただまあ、政治的な意味合いも含めて、側室という存在には意味が有るのも確かな事ですから…。
…うん、判ってはいますよ、判ってます。
でもなぁ……やっぱりなぁ……俺には無理っぽい。
せめて、十年先まで待ってくれませんかね~。
……え?、「その間に気が変わるのを期待するのは勝手だけれど、先ず有り得ないわよ」ですと?。
まあ、そうでしょうけどね~…。
…はぁ~~~~…………幽州取るより、側室を娶る方が俺には遥かに難易度が高いでゴワスー…。
「寧ろ、正妻総同意・推奨で側室を娶るだなんて話後にも先にも起きないでしょうからね」
そうですね……そんな話、有り得ないでしょうね。
普通、正妻と側室って仲が悪くなり易いので。
まあ、仲が良い所も探せば有るでしょうけど。
基本的には、立場が違いますからね。
どうしても利害が絡んでくると揉めるし、衝突し、次第に仲が険悪になってゆきますから。
俺の置かれた状況なんて、数百──いや、数千年に一度有るか無いかの大珍事でしょうから。
ある意味、人類史に名が残る事でしょう。
超不本意ですし滅茶苦茶恥ずかしい話ですけど!。
まあ、考えても悩んでも仕方無いので放置です。
今は考えたくもないので。
栄~、父を癒しておくれ~。
「まあ、息子達が側室を娶ればいい話ではあるな」
「だよね?、だよね?、そう思うよね?」
「だが、忍が先に側室を持つ方が問題は少ないな
…何だ、その「御前まで裏切るのか?」と言う様な表情と視線は…」
「そのままの意味ですが?」
「全く…妻として、女としては嬉しいのだがな」
「じゃあ、娶らなくてもいいじゃない」
「それはそれ、これはこれだ
華琳も「今直ぐに」とは思ってはいない
しかし、将来的には必要不可欠な事では有るからな
──と言うか、要は御前の気持ち次第だろう?」
「それを言われると何も言えません」
「…まあ、愚痴りたくなる気持ちは判る
それで気が済むなら、幾らでも聞いてやる」
そう男前な台詞を言いながら、その豊かな胸の中に俺の顔を抱き寄せる冥琳。
正面な恋愛経験の無い初な少年ならイチコロです。
だが、生憎と拙僧は初さなど遠い過去に置き去り、色と欲に塗れた身ですからな。
この程度では落ちたりは致しませぬぞ。
「…私達ばかり、御前に甘えてしまうからな
偶には私達にも甘えてくれると嬉しい」
「…………それは殺し文句だろ」
「ふふっ…そうか?、それなら、証明してくれ」
そう言われて、「否!」「だが、断る!」と言える空気の読めない馬鹿は稀だろう。
男として、夫として…何よりも雄として。
此処で往かねば何時往くと言うのか!。
いざっ!、合戦じゃあーっ!!。
──という愛する妻達との一時を過ごし。
…え?、「一人じゃないのか?」って?。
途中で参加したり、乱入したりは日常茶飯事です。
だって、気付く者は気付きますからね。
時間が有り、都合が付けば、動きもします。
まあ、それは兎も角として。
目の前には聳える竹簡山脈。
嗚呼、同じ聳えるなら君の双峰を眺めたい。
──なんて思いながらも仕事は遣ってる訳でして。
生まれ変わっても染み付いた日本人らしい勤労体質というのは失われないものです。
まあ、世界一の働き者大国でしたからね。
俺が居なくなった後の事は判りませんけど。
咲夜が知る範囲は、俺と大差有りません。
俺を送った後、後を追う形で此方等に来たので。
だから、見られるものなら見てみたくは有ります。
俺の築く社会と、俺が居た社会。
その何方等が客観的に見て、住みたいと思うか。
可能なら、皆と見比べながら議論してみたい。
まあ、何方等にしても長所短所は有りますからね。
結局は、自分が何に価値を見出だすのか。
それ次第なんでしょうけど。
俺は今の人生の方が間違い無く幸せです。
ただ、前世の経験や知識が有ればこそです。
それが無ければ何事に対しても思考の行き着く所も高が知れているでしょうからね。
人の過去って大事だって思いますよ。
「そう言えば、今回も特に異常は無かったのね」
「ん?、ああ、そうだな
事前に眼を光らせていたとは言え、何も無しだ
だからこそ、余計に此処からが要注意だろうな」
「その場に居ても結局は何も出来無いのだけれど…
私自身が動けないというのは、もどかしいわね…」
「俺との子を身籠り、慈しんでくれている
それで十分に御前は力に成ってくれてる
守るべきものが多い方が遣る気は出るからな」
「…それなら側室を娶れば?」
「それとこれとは話が違うから」
そう返せば咲夜は呆れながらも苦笑。
溜まっていた不安を吐き出す様に肩を揺らす。
妻達の中で咲夜だけが格段に背負うものが大きい。
正確に言えば、背負ってるのは俺なんだけどね。
自分のミスが原因な訳だし。
こうして、この世界の一人として今は生きる身。
だからこそ、尚更に責任感が強くなるのも必然。
しかし、その一方では無力である事も事実。
その葛藤や苦悩は簡単には解消出来無いものだ。
それでも、咲夜は俺との子供を望んでくれた。
自己満足や代替行為という意味で、ではなく。
心から、俺を愛し、俺を求め、望んで。
だから、しっかりと支えに成ってくれている。
照れ臭くて言い難い事ではあるが。
きちんと言葉にして、声に出して伝える。
そうするだけで不安は和らぐのだから。
勿論、それだけでは有りませんけどね。
仕事が後回しになってしまおうとも。
妻を愛し、慈しみ、労い、支えるのが夫の甲斐性。
妻に「この甲斐性無し」とだけは言われたくないし言わせたくも有りませんので。
──という建前で、ただイチャつく。
それ位の当たり前さで丁度良いんです。
孫権side──
今でこそ赤ん坊に触れる機会は無い訳ではない。
立場上、一般的な同い年の娘と比べれば少ないが。
それでも全く無いという事は無い。
そんな私が生まれて初めて触れた赤ん坊は──妹。
つまり、小蓮が生まれた時の事。
私自身、既に五歳になっていたという事も有って、その時の事は鮮明に覚えている。
御母様の腕から優しく渡された小蓮。
「…この娘が…私の妹…」と。
感じた事の無い高揚感は中々似たものは無く。
成長した今でも普通に赤ん坊を抱いた時と比べても同じ様な感覚は一度も無かった。
尤も、当然と言えば当然よね。
私の妹は、この世に小蓮唯一人しか居ない。
二人と居ないのだから。
因みに、姉様に訊いてみた所。
「貴女が生まれた時は三歳だったけど、特別だって感覚は確かに有ったわよ」と。
「シャオの時は尚更に強く意識したわね」と。
姉様は姉様で長子であり、長女であり、長姉である立場が故の感じ方をしていたみたいです。
「それなら、もう少し姉として──」と。
思わず小言を言い掛けたけれど、飲み込んだ。
流石に忍様の居る前で口喧しくはしたくないもの。
まあ、それはそれとして。
そういった訳で、私自身の赤ん坊に対する感覚は、シャオを抱いた時の体験が一番特別だった。
そう、だったのよ。
勿論、今までも、今も、今からも。
シャオが私の妹であり、特別なのは変わらない。
…まあ、将来的には恋敵にもなるけれど。
それは今暫くは先の話だから置いておくとして。
忍様の──愛する男の子供という事が。
ただそれだけで、物凄く強く特別感を懐かせる。
だから、私が産んだ訳ではないけれど。
皆さんの産んだ子供達が可愛くて仕方が無い。
これまでに生まれた御子息達も可愛いのだけれど。
先日、秋蘭さんが産んだ長女の栄ちゃんが可愛い。
兎に角、可愛いとしか言い表せない。
シャオは兎も角、姉様が顔を若気させるのも納得。
妹も特別なのは間違い無いのだけれど。
それを超えるのは、唯一、女としての歓喜のみ。
そう理解させられた。
だから、これで私自身が忍様の子供を産んだら。
…………想像を絶し過ぎていて判らないわ。
でも、きっと、その充足感は特別よね。
「その前に、忍に愛される歓喜が有るわよ?」
「────っ!?、わ、判っていますっ、大丈夫です
忍様に満足して頂ける様に頑張りますから!」
「ふーん…まあ、その意気込みだけは良いわね」
「むぅ…何ですか、姉様、その含んだ言い方は…」
「まあ、私の方が先輩だし、姉だしね
だから、一つだけ教えて置いてあげるわ」
「……何をですか?」
「蓮華、何も考えない方がいいわよ」
「………………え?」
「忍には、予め備えても無意味だって事」
「………あの、姉様?」
「まあ、頑張りなさい」
そう言って姉様は話を終わらせる。
そんな不安になる様な事を言って置いて…。
何なんですか、それは…。
──side out