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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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86話 間違いを正す


“ストレス社会”という言葉が有る。

ストレスを抱える人が増え、それが社会的な問題に繋がってきている。

そういった意味を含んだ表現なのだろう。


確かに、時代が、技術が、文化が変わった事により一人一人の受けるストレスというのも変わった。

本の十年──いや、四~五年前とでさえ、社会的な変化というのは小さくない。

曾ては、その変化に数十年という年月を費やした。

それが今では数年、或いは一年未満で可能に。

その違いの要因は技術の進歩・発展だと言える。


ただ、その急速な変化に対し、人々の意識や理解が変化──適応する速度自体は変わったのか?。

変わっていないとは言わない。

だが、技術の変化する速度には到底追い付かない。

技術の研究・開発、そして普及する速度は高い。

それに対して人々の変化する速度は低い。


しかし、そうなるのも仕方が無い事なのだろう。

多くの人々が変化を嫌う。

保身的、という意味ではない。

一度順応・適応した環境や生活。

それを変える事を厭うもの。


何故なら、変化とは不安定であり、未知数だから。

今が安定しているのなら、それを変えたくはない。

失いたくはない、と。

そう考えてしまう事は何も可笑しな話ではない。

多くの社会理念は、その安定を広く求めるもの。

その水準の高低差に関しては意見が分かれるが。

大枠としては、同じだと言えるのだから。


ただ、それ故に生じる捻れ(・・)が有る。

例えば、何かしらの大きな災いが起きた時。

殆んどの人々は「元の生活に戻りたい」と思う。

それが悪い事だとは言わない。

ただ、それは結局は問題の先送りでしかない。

“元に戻る”という事は、同じ様な災いに晒された時にも再び何も出来無い、という事。

──否、何もしない(・・・・・)事を選んだ。

そう言い換えても間違いではないだろう。

そういったつもりではなかったとしても。


ただ、仕方の無い事でもある。

自ら変化を求める場合と。

変化する事を強要される場合。

その違いは言葉で表す以上に大きく、異なるもの。

そして、殆んどの人々は後者である事が多い。

だから、どうしても変化に対する抵抗は否めない。


ただ、そういう時にこそ、強い意思を持って人々は変化しなければならない。

それは単純な問題の解決の為だけではなく。

自分達が、そして多くの子供達が生きる未来の為。

変化する事で繋いで行く。

そう考えると、人々も社会的にも変化する必要性が判るのではないだろうか。



「…右、下がる」


「伝令!、右翼、後退しなさい!」



恋の言葉を受け、稟が即座に指示を飛ばす。

それにより、受け止めながら押し込まれる様にして右翼が後退し、前線を引き込む。

それにより、相手側は優勢が故に気付かず。

知らず知らずに陣形を崩してしまう。



「……左、中に行く」


「伝令!、左翼、中央に斬り込んで!」



そして、陣形が崩れて出来た僅かな隙を見逃さず、今度は詠が指示を飛ばし、槍で一突きする様に鋭く左翼の部隊が敵陣に斬り込んで行った。


それにより、此方等も鶴翼陣は崩してしまったが、正直な話、宅の陣形は準備姿勢(セットポジション)に過ぎない。

だから、陣形そのものを保つ事に意味は無い。

臨機応変、流動的に動く事が俺の遣り方。

その為、将師は勿論、兵士にも染み付いている。


それを証明する様に左翼の突撃で狼狽え、足を止め間を生んでしまった敵軍に対し、右翼は指示を待つ事無く、自ら攻勢に転じる。

宛ら、鋏で敵軍を切るかの如く。

翼だった宅の本隊は凶悪な顎へと姿を変えた。


そんな本隊を率いているのは恋。

その天賦の“戦眼”と感性で感じ取る流れ。

それを必要最低限の言葉で表し。

それを右翼を指揮する稟と、左翼を指揮する詠とで解釈し、伝令を出して指示する。

そういう形式で戦っている。


ただ、これは宅の遣り方としては実は珍しい事。

基本的に宅では部隊毎の判断が優先される。

勿論、全体的な作戦の共有や、最低限の共通認識は有るのは言うまでもない。

その上で、現場の判断に委ねている。

そういう遣り方を普及させている。

だから、こういう従来型の指揮系統で戦うという事自体が宅では、かなり珍しくなる。

──とは言え、全く遣らないという訳ではない。

飽く迄も、頻度が少ない、というだけの話。


その為、急に遣る事になっても誰も戸惑わない。

寧ろ、突発的な指示(オーダー)が有るからこそ。

普段から自分達で考え、判断出来る力を養っている宅の方針が皆の日々の努力を発揮させる要因。

何時、如何なる状況だろうが、待ってはくれない。

その緊張感と危機意識を常に持って居られる事。

それだけで、戦場での動きは大差を生む。


だから、一見して二度手間に見える遣り方でも。

きっちりとした役割分担により効率的な指揮系統を構築する事が出来ている。

特に、まだ日の浅い詠の指揮は評価出来る。

恋の言葉を、其処に有る意図を汲み取るのは困難。

軍師という効率的・論理的な思考を主とする者には簡単には理解し難い感覚。

それを割り切って(・・・・・)受け入れる。

これは言葉にするよりも遥かに難しい事。

どうしても()が邪魔をしてしまうもの。

だからこそ、今の詠の判断は見事だと言える。


まあ、稟が居て、信頼しているから、という要因も詠に割り切らせている理由の一つなんだろうけど。

それでも、その思い切りは中々出来る事ではない。


そんな恋達が戦っている相手は孫家の防衛戦力。

だが、其処に孫策達は居ない。

しかし、兵数と砦や地形の堅牢さは屈指。

そういう場所を選んで(・・・)襲撃している。


…え?、「侵略は遣らないんじゃないのか?」?。

ええ、侵略は遣りませんよ。

これは飽く迄も威力偵察(・・・・)ですから。

それに、抑、孫家から仕掛けられた後です。

孫策から謝罪の書簡も、和睦の使者も有りません。

だから既に両勢力は交戦(・・)状態に有ります。

その為、此方等から攻めても最早侵略ではなくて、単純に戦争の一端でしかないんです。

なので、宅の方針は変わっていません。

所謂、“正当防衛”が既に成立していますからね。

もう、孫策が何を言おうと遅いんです。


尤も、そうなる様に裏で色々と仕組みはしましたが敵対する可能性の有る勢力からの裏工作を警戒せず気付かない方に落ち度が有る訳ですから。

文句を言われる筋合いは有りません。

そういった事を一度も遣った事が無い施政者なんて先ず居もしませんからね。

綺麗事で批難しようものなら、徹底的に潰します。

自分が如何に矛盾した主張をしているのか。

己が身の汚さ(・・)を教えて遣りますとも。


それは孫策には必要の無い事でしょうけどね。

ちゃんと、彼女は理解していますから。


話を戻して、現状ですが。

郡境に有る右北平郡側の砦を攻めています。

ただ、敵軍は籠城はしていません。

中に乗り込んでいる訳でも有りません。

これは敵軍を釣り出したから。

──とは言え、敵も馬鹿では有りません。

宅の本隊が近付けば籠城するのが第一選択肢。

余程、暗愚な指揮官でも居ない限りは、宅に対して野戦を仕掛ける事は先ず有り得ません。


それなのに、何故、敵軍は釣り出されたのか。

その答えは単純です。

釣りに於いて重要なのは()です。

狙う獲物に適した餌を使わなければ、食い付く訳が有りませんからね。


そして今回、宅の使った餌は賊徒(・・)

ええ、其処ら辺に掃いて捨てる程居ますからね。

ちょっと探せば直ぐに見付かります。

孫策達も頑張って減らしては居ましたけど、御隣を宅が獲った事で賊徒達は大移動。

一目散に宅の領地から逃げ出します。

殺虫剤の煙を焚いたら逃げ出す黒い奴等の如くね。


そういった理由から今、賊徒の逃げ場は僅か。

その為、一区域内の賊徒の密度は上がっています。

どの道、処理しないといけない粗大塵ですからね。

上手く転用(リサイクル)するのは、エコでしょう。

言葉は通じなくても理念は理解して貰えます。


──で、そんな賊徒の情報を与え、討伐に出させ、始末して戻ってきた所に、偶々(・・)仕掛けが重なる。

そういった訳なんです。

別に弱らせてから狙うのが目的では有りません。

宅の実力的に、そんな小細工は必要は無いので。

飽く迄も、釣り出す事が目的。

帰りに仕掛けたのは、出て来た所を狙った場合には賊徒との内通を疑う気持ちを懐かれる為。

賊徒を倒した後なら、無関係だと判りますから。

まあ、冷静に考えられれば釣り出された(・・・・・・)事には孰れ気付くかもしれませんが。

それは今回の事に限った話でも有りませんからね。

一々気にしたりはしません。


──とまあ、そんなこんなで、野戦を遣っている訳なんですよ。

俺達としては恋の成長が確認出来れば十分。

その序でに、詠の成長も見られましたしね。

成果としては砦を落とす以上だと言えます。



「──御兄様、孫策達が此方等に向けて出ました」


「やっぱり、孫家の隠密は優秀だな

宅と比較すれば劣るが、宅を除けば幽州一だろう」


「そうですね、よく鍛えられています」



華琳の報告を聞きながら、宅の動きを見て砦よりも孫策達への報告を優先した隠密の事を思い出す。

勿論、砦へも報せてはいるが、自身は孫策の元へ。

これは砦が簡単には落ちないだろうという予想と、仮に落ちたとしても孫策達が危険な状況に身を置く可能性が低い方が勢力としては優先される為。

その辺りを指示ではなく、独断で動ける。

そういう所が、優秀だと言える点。


ただ、残念ながら、その情報を運ぶ伝令は宅が捕獲しちゃってるんですけどね。

敵の伝令や隠密、細作を見付ければ捕らえるもの。

だから、何も可笑しな話では有りませんし、それも仕方の無い事です。

その可能性を承知の上で、隠密は砦を切り捨てた。

直接ではないにしても、二者択一を迫られたが故に選ばざるを得ない状況で、迷わず判断した。

それこそが隠密としては重要な能力なんです。


こういう言い方をするのも何なんですが。

民や兵士の替え(・・)は利きます。

しかし、真に(・・)人々の上に立つ者は稀少。

名ばかりの、血筋だけの、或いは財力のみの。

そういう紛い物(・・・)とは違う、本物(・・)

それを失わない様にする事は、何よりも重要。

その判断を誤れば、無用な犠牲は増える一方。

そして、勝利だけが終わらせる(・・・・・)術ではない。

それを理解出来ているか否かでも大きな違いだ。


尚、情報収集能力では隠密ではないが、董家が群を抜いていると言い切れる。

宅と比べても見劣りはしないしな。

遣り方・方向性は違うけど。

だからこそ、共存出来るし、怖くもある。

そういう緊張感も大事ですから、有難い存在です。

認め合い、競い高め合える存在というのは貴重。

望んでも中々に得難いものですからね。


それはそれとして。

孫策達が此方等に向かってくる事は予定通り。

その為に隠密を見逃した(・・・・)んですから。

動いてくれないと困ります。


ただ、孫策の()は侮れませんからね。

此方等も油断は出来ません。

ちょっとした隙から崩されるかもしれませんので。

それを可能にする嗅覚も爪牙も持つのが孫策。

趙雲・諸葛亮という将師も居る事ですしね。

…まあ、そうなったら楽しみも出て来ますが。

流石に道楽で危険(リスク)は背負わせられません。



「さてと、それじゃあ此方も動くか」


「はい、御兄様」



華琳と二人、見下ろしていた戦場に背を向ける。

じっくりと観戦していたい所だが、流石に其処までのんびり出来る余裕は無い。

何しろ、孫策達の居る砦から此処までは1時間程。

宅の基準なら、30分も有れば十分な距離ですが。

別に速さを競う訳じゃ有りませんからね。

今は関係有りません。


それよりも、遥かに大事な御仕事が有ります。

それを遣るか遣らないかで大きな分岐点になる。

──と言うのは少々大袈裟かもしれませんが。

俺の考えとしては遣って置いた方が良いので。

頑張ります。




 孫尚香side──


「まだ子供だから」と。

何度言われ、何れだけ聞かされてきたのか。

数える事さえ嫌になる程に。

飽きる程に、繰り返されてきた。


「そんな事、私が一番判ってるもん!」と。

一言叫び、泣けたなら、どんなに楽なんだろう。

そうしたいと思う弱気な自分と。

「そんなの絶対に嫌っ!」と頑なに拒む負けん気が強いだけの自分が居て。

結局、いつも強気な自分が勝つ。

勝って──後悔してしまう。

もう少し素直に、もう少し本音を言えば。

こんなにも苦しくなんてないのに。

そうは出来無い自分が憎たらしい。


それでも、私を認めて欲しい。

皆に私の事を認めて貰いたい。

その欲求だけは、私の身の丈を超えて膨らみ。

──私は大きな失敗をしてしまった。

…ううん、失敗なんて言えない。

自分だけの話じゃない。

皆の未来を破滅させてしまう大罪。

そういう事を私は遣ってしまった。


「男なら私の魅力で落ちるわよ!」と。

根拠の無い自信で勝手に動いてしまった。


その時は、「私が妻になれば戦わずに済むしね」と楽観的に考えていたし、良い考えだと思った。

真っ向から戦っても勝つのは難しい。

そう御姉様達が言っていた。

“戦の化身”“孫家の麒麟児”と呼ばれる御姉様が自ら「勝てない」と言う相手──徐子瓏。

幾つもの呼び名と、信じられない様な逸話の数々。

正直、嘘としか思えない様な人物だった。

それでも御姉様が高く評価しているのも事実。


だから、私は自分で確かめようと思った。

そして、それなら、私が気に入られて妻に成れば。

御姉様達が、民が、戦う必要は無くなる。

それが如何に浅慮な事だったのか。

私は私自身を疑う力を持っていなかった。


その結果、取り返しの付かない事を遣ってしまう。

遣ってしまったのだけれど──見逃された。

以前の私だったら、「馬鹿にしないでよねっ!」と突っ張ねていたと思う。

でも、そんな余裕は全く無くて。

自分が子供だ何だと主張する以前の問題で。

どんな物を背負っているのか。

御姉様達が戦う理由が何なのか。

それを、はっきりと理解させられた。

だから、自分自身の愚かさにも気付けた。

私は結局、自分の事しか考えていなかった。

見えているつもりで、何も見えていなかった。

そのあまりの滑稽さには笑う事ですら出来無くて。

自分が、如何に御姉様達や皆に護られているのか。

その事実を痛感させられた。



「…………はぁ~………徐子瓏様ぁ……」



ただ、来て良かったとも思う。

私自身の遣った事は私自身が一番赦せない過ち。

だけど、その御陰で私は自分の道を見付けた。

徐子瓏様の妻になり、徐子瓏様の子供を生む。

これこそが、女として生まれた私の天命。


少し乱暴に撫でられた頭。

でも、とても優しいと感じた掌。

その掌で身体の隅々まで撫で回して貰いたい。

そんな欲求が、身体の芯を熱くさせるのだから。

もう他の男なんて見えないもん!。



──side out



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