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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   花の咲く姿より



「──────ぇ?……」



それは一体、誰の声だったのか。

事の成り行きを見届けるだけの物言わぬ観覧人形の1体が漏らした音だったのか。

或いは、自信満々の表情のまま地面に転がっている孫艾の頭が出した最後の一言だったのか。

まあ、俺からしてみれば何だって構わないがな。


自己犠牲と立場の責任に対する潔さをアピールし、取り入ろうとする浅ましさの何と醜い事か。

取り入ろうとする事自体は可笑しな事ではないし、社会的生存方法の手段の一つとしては有りだ。

だが、それは潔白であればこそ、与えられる道。

我欲に塗れた者には到底与えられはしない可能性。

それが政治という社会に身を置く者としての自戒。


尚、ネタ元にしたのは冥琳達や稟達の時の話。

ただ、それが実は意図的に流されたものだったとは疑いもしない。

所詮、その程度でしかない奴なんだから。


情報戦に置いては全ては疑う事から始まる。

どんなに信頼出来る筋や人物からの情報だろうが、先ずは事の真偽を確かめる。

次いで、その情報元に関する調査。

この二つさえ徹底していれば先ず騙されはしない。

組織内の大半が裏切っていない限りはな。


だが、人は慣れてしまう生き物。

信頼と怠慢は全く別物なのは言うまでもない。

しかし、自分の他者に対する信頼。

それは本当に信頼なのか?。

ただ、結果が伴っているから「大丈夫だろう」等と安易に考え、慣れてしまっているだけでは?。

そう問われても、多くが立証は出来無いだろう。

何故なら、信頼というのは目には見えないもの。

だからこそ、世の中には契約書等が存在する。

性善説を謳いながら、実際には誰も信じない。

人間という種の本質の一端が垣間見えると言える。


そんな孫艾の物言わぬ転がった頭を見詰めている、呆けた表情のままの手近な男達の頸を同じ様に剣を振り抜いて抵抗も許さず断ち斬る。

小首を傾げる様に自重で傾き、落下する頭。

大した高さもない為、弾みもせず、転がる。


ゴロゴロ…ゴッ…ト…と。

転がっていた複数の頭が全て止まって…数秒。

其処で漸く、残った者達は現実だと理解する。



「────ィッ、ヒイィイィィッ!?」


「ナァッ!?、な、なななななっ…」



拘束された状態から器用に尻餅を着く数人。

これが芸人だったら、最高のリアクション。

後に何度も使われる見事なシーンとなった筈。

まあ、此処では何の意味も無い醜態ですけどね。


動揺している連中を更に追い詰める様に感情を消し草刈りをするかの様な体で剣を軽く振る。

それだけで悲鳴を上げる者が多数。


こういう悪役な感じって妙に楽しいんだよね~。

人間って生き物には強い支配欲や征服欲が有るから自然界とは違う特有のマウンティングが有るし。

これも、そういう事の一部なんだろうけどな。



「可笑しな奴等だな、何を驚いているんだ?」


「驚くに決まっているだろうがっ!

これでは話が違うっ!」


「何故だ?」


「我等を助けるのではなかったのかっ?!」


「ん?、何を訳の判らない事を言っているんだ

これが(・・・)御前達から望んだ事だろう?」


「ば、馬鹿か貴様はっ!、そんなのは取り入る為の口実、建前に過ぎぬわっ!──っ!?

あっ、いやっ、違っ、今のは──」


「ああ、知っているさ、だから、こうして不要品(ゴミ)を纏めて片付けているだろう?

何だ、もしかして気付いていなかったのか?

此処に居るのは、そういう(・・・・)連中ばかりだって事に」


『──────っっっっっ!!!!!!!!!!??????????』



俺の言葉に反射的に男達は御互いの顔を見合う。

それだけで、「──ああっ!」と納得出来る。


“類は友を呼ぶ”と言うでしょう?。

或いは、“同じ穴の狢”でも構いませんが。

同類だからこそ、利害が一致し易く、群れ易い。

そして、それが表立っては口に出来無い事なら。

「此処では余計な事は言わないのが御互いの為」が暗黙の了解であり、遵守すべき利である。


ただ、それ故に無意識の仲間意識に慣れてしまうと自分達に不都合な事からは自然と目を背ける。

失念してしまい、気付く事が出来難くなる。

今、俺の目の前に居る連中と同じ様にだ。



「まあ、そういう訳だ

孫艾の上っ面の易い目論見に乗ったのが運の尽き

仲良く一緒に地獄の底まで沈んで逝け」



そう言って、断末魔さえ残させずに瞬殺。

恐怖心と絶望感、自分の愚かさを認識させたから、もう無駄な時間を割く必要は有りません。

ちゃちゃっと片付けて終わりです。

罪人は公開処刑しないなら、死体すらも無価値。

文字通り、ただの生ゴミですからね。

丁寧に扱う理由も有りません。

抑、此処に居る連中は社会に不要な訳なので。

まあ、「家族の為に自らの命を差し出した」とでも伝えて美談っぽく仕上げて置けば十分。

悪を断じて逆恨みする様な馬鹿は要りません。

老若男女問わず始末するだけです。


一応、後片付けの事を考えてはいますけどね。

それはそれ、直接は関係有りませんから。



「御苦労様です、御兄様」



──と、其処に見計らった様に姿を見せる華琳。

事実、見計らっているんですけどね。

その間の読み方は、正に絶妙。

早過ぎず、遅過ぎず、そして然り気無く。

その才能を無駄遣いしている気もするが…見事。



「孫権達は?」


「特に問題も無く無事に(・・・)撤退しました」


「華琳から見た評価は?」


食べ頃(・・・)ですね」


「いや、其方じゃなくて」



いやまあ、確かにね、美味しそうでしたよ。

熟れ過ぎず、青過ぎずで。

俺は果物は熟した物より、歯応えが有る固めが好きなんですよね。

熟したのは熟したので甘くて美味しいんですが。

…え?、「果物の話じゃなかっただろ!」って?。

はっはっはっ…さて、何の事でしょうかね。

──という冗談は置いといて。

よく俺の好みや嗜好を理解していますよ。

伊達に一番長く一番多く俺と致してはいないな。


それは兎も角、欲しい返答をプリーズ。

絶対に判ってて言ってるんだろうしね。



「まだまだ脇の甘さ、判断の拙さは有りますが…

それを差し引いても鍛え甲斐(伸びしろ)は有ります」



そう、世界が違えば覇権を争う屈指の大英雄からの評価を受けているとは思わないだろう孫権。

姉の、姉同然の軍師の、或いは最古参の猛将の。

命を奪った仇という関係が付き纏う関係だが。

此処では、今の所は憎み合う理由は無い。


だからこそ、そういう評価にも為るんだろうが。

孫策は兎も角、孫権は軽く見られ勝ちだったしな。

どうしても、亡き母や姉の影と比較されていた。

それだけ、その存在が大きかった事も事実だし。

孫権自身が“未完の大器”という状態だった。

だから、仕方が無いと言えば仕方が無い話。

自他共に比較する時には、その二人が基準になる。


……そう言えば、原作の曹操が孫呉勢に対して欲情したり、評価する場面て無かったよな?。

関羽は勿論、劉備に対してもチラッとは興味の有る素振りは見せていた様な気が………気の所為か?。


才能有る美少女・美女が大好きだった曹操。

そんな彼女の食指が動かない相手か?。

いいや、寧ろ、食欲全開、垂涎物だった筈。

確かめる術は無いが…うん。

孫呉が曹操に敗れ、孫権が曹操に……とかね。

あ、甘寧も良いよね、“くっ殺”的な感じで。

孫策は…ほら、最終的には曹操に屈しそうだけど、途中は一旦、主導権(マウント)を取りそうだし。

孫策に攻められ、それでも意地で堪え切る曹操。

そして、「あ、あら~?…」と逆鱗に触れた孫策は曹操に容赦無く攻め立てられて…と。

うん、何だろうね。

この二人って裸の付き合いをさせたら、何だかんだ言ってても悪友(・・)的な関係に落ち着きそうだわ。

性格は兎も角、根っ子の部分は似てるしな。

全然可笑しくはないね、うん。

百合百合しい学園物だったら、表では対立してても裏では実は…な関係だったりとか。

ちょっと妄想が膨らむ組み合わせでしょう。


──とかいった事を考えながらも仕事はしてます。

ええ、妄想に没頭して何も出来ていない、みたいな事は俺としては有り得ません。

まあ、転生特典(チート)の御陰なんですけどね。

それでも、怠けていたら意味の無いものなので。

これも努力と継続の成果なんですから。



「詠、指揮してみて皆の動きはどうだった?」


「…正直な話、こうして実際に実戦で指揮してみて初めて、その実力を本当に理解出来た気がします」


「詠、無理に敬語にしなくても良いからな?

麗羽達と話している時と同じで構わない

公的な場でなら兎も角、こういう時には普段通りに話してくれている方が俺としても嬉しいしな」


「…っ………はぁ…分かったわ

まあ、奈安磐でも指揮はしていたけれど…

相手の実力が低過ぎたから、実感が無かったわ

だから、こうして孫家を相手にしてみて漸く、ね

でも、一番感じたのは、その高みの存在…

私自身、まだまだ成長出来るんだって判るから」



そう言う詠の表情には曇りや含む所は無い。

敗北と未知。

その二つの経験が詠に成長を促す。

「賈文和、貴女は其処までだったの?」「それとも只一度、躓いた程度で挫けてしまう訳?」等と。

裡から自分自身の声が聴こえてくる様に。

持ち前の負けん気が、更なる一歩を踏み出させる。


後悔し、反省し、けれども囚われはせず。

その全てを糧として自らを成長させる。


言葉にすれば簡単だが、実は意外と難しい事。

その最たる理由が、人は引き摺り易い(・・・・・・)という事。

“思い出”には概ね良いイメージが付随するが。

記憶や経験は必ずしも良い事とは限らない。

そして、人は嫌な事や悪い事は忘れたい生き物。

多くの動物が、その経験や記憶を忘れず、同じ事が起きない様に、起こさない様にするのに。

人間は愚かしく、何度も何度も何度も繰り返す。


「本当、馬鹿じゃないの?」と軽蔑する人も。

「いい加減に気付けよ、愚図」と嘲笑する人も。

結局は、その相手と同じでしかない。

そんな単純な事実にすら気付かない程に。

人間の思考回路には、超御都合的な“忘却”機能が備わってしまっている。


それは人間が進化の過程で、社会性の構築する上で獲得した特別な能力では有るのだが。

その所為で、人間は身勝手さが際立ってしまう。

自分にとって都合の良い事、利益になる事ばかりを学習し、蓄積し、追い求める。


一方で、本当に大切な自然の秩序は忘却。

「我々は獣から脱却したのだ!」等と。

訳の解らない身勝手な進化論を口にする学者。

だが、彼等は何も理解していない。

人間だけが、自然の摂理から自ら解離した結果が、世界を蝕む最大の害悪と化している事実を。


人類は進化などしていない。

確かに進化はしたが、その進化の成果を自ら棄て、不都合な事実を忘却し、退化している。

その事実を認めなければ、真の成長は訪れない。


──という堅苦しい持論は置いといて。

詠が一歩を踏み出した事は確かだ。

まあ、それは俺の妻への一歩でも有るんだけど。

態々言わなくても詠も理解はしている事。

新しい賈家の歴史を刻んでいかなくてはならない。

その責任を背負っているのだから。



「今回は主力としての参加だ

条件付け(縛り)は有るが、励んでくれ」


「…本当、他人事みたいに気軽に言ってくれるわ

見ていたし、話にも聞いているから判るけれど…

そういう所は全く容赦しないのよね…」


「容赦して成長出来るなら遣りはしない

厳しく、苦しく、辛く、過酷な中、必死に足掻いて何かを掴み取るからこそ、成長に繋がる

日々の鍛練や勉強、研鑽し積み重ねる事は必要だが昇華に繋がらなければ成果としては拙い

その昇華の為の機や場が必要なら見逃しはしない」


「…本当、大変な主君を持ったわ…」



“鉄は熱い内に打て”と例えられる様に。

成長は苛烈な環境に置き、叩く(・・)必要が有る。

それが、どういったものかは人各々。

特に群を抜いて秀でた者の成長は困難。

だからこそ、常識の範疇に収める訳にはいかない。

逸してこそ、花は咲く。




 孫権side──


右北平郡の領境に有る砦。

その一室で椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。

張り詰めていた緊張の糸が切れてしまった様に。

それまでは感じなかった疲労感に襲われる。

何もかも放り出し、布団の中に潜り込みたい。

そんな衝動に駆られてしまうけれど。

それは流石に不味い。

だから、丸まって寝ようとする猫の背中の様になる自分の背筋を気合いで伸ばす。

まだ遣らなければならない事は山積みなのだから。


顔を上げ、机の上に置かれた茶杯を手に取る。

程好い熱さの茶を喉に流し込み、自らの緩む意識に喝を入れ、切り替える。



「…“莉乃”、殿を受け持った孫艾達の情報は?」


「はい、我々が逃げ切れるのを確認した後、彼方に投降したそうです」


「そうか…なら、生きてはいるか…」



莉乃──呂納の事に安堵する。

戦場では如何に苛烈であろうとも、施政者の徐恕は悪を断じ、善を赦す。

そういう人物であると、彼の話を聞けば思える。

だから、無益な血が流れる可能性は低いだろう。


──が、現実は非情なのだと突き返される。



「いいえ、彼等は皆、斬首されたそうです」


「なっ!?、投降したのにかっ!?」



思わず机を叩く様にして立ち上がっていた。

莉乃に責任が有る訳ではないし、悪い訳でもなく、遣った訳でもない。

だから、莉乃に怒鳴っても無意味。

そう、頭では理解しているのだけれど。

感情というのは必ずしも思考に伴ってはいない。

反射的な言動の多くは、思考ではなく感情に伴う。

だから仕方の無い事だ。

──と判ってはいても、軽い自己嫌悪。


それが判っているから、莉乃は動じもしない。

その胆力が羨ましく──妬ましい。



「此方等が孫艾と共に下った者達になります」



そう言って差し出された竹簡を広げる。

半数は姓名と顔を知っている。

だが、残りは……正直、姓名を知る者も一握り。

かなり、末端の者達なのだと判る。

それだけに申し訳無く思う──が、ふと気付く。

如何に莉乃や隠密が優秀でも、この短時間で大して知られてもいない者達の事まで掴めるのか?。

いや、それは至難だ。

ならば、コレ(・・)は、どういう事だ?。

何故、この竹簡には彼等の姓名が書かれている?。



「………莉乃、この者達は一体何なんだ?」


「一言で言えば離反者です

姫様や我々を逃がす為に殿を受け持った

その事実を手土産に、取り入ろうとした様です

尤も、見透かされていた為、失敗しましたが」


「…………」



淡々と答えた莉乃だが、私は流石に動揺する。

…いや、それ自体は可笑しな話ではない。

孫艾の身分等から考えれば、孫家から乗り替える事自体は十分に考えられる話。

その事への徐恕の対処もだ。


私が動揺した理由は、その過程。

その場で孫艾の狙いを見抜いて、ではない。

これは、そう動く事を見越した誘導(・・)

なら…まさか、内通者が?。

そう思ったが、口に出す前に莉乃に首を横に振られ即否定される。

だとすれば…全ては意図的に仕組まれた罠。

その手(・・・)の輩を巧みに炙り出し、始末している。

信じ難いけれど…徐子瓏、恐ろしい男だわ。



──side out



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