83話 花咲き落ちて
肯定と否定、賛成と反対。
何方等も是非を問う時などに用いられる言葉だ。
だが、それは似ている様で異なるもの。
例えば、一つの意見に対し、肯定する。
これは、その意見が自分にとっては理解が出来る、或いは納得が出来る、という事であり。
決して、その意見を支持したり、推挙するといった事ではないと言える。
勿論、そういう意図で訊かれ、肯定したのならば、そういう意味を持つのだが。
肯定は飽く迄も自己完結する、或いは出来る。
そういった様に考えられる事だと言えるだろう。
一方、賛成は自分完結ではなく、自分の意見に対し他者が賛同したり、自分が他者の意見に賛同する。
つまり、自他共有の意思により、可決する事。
其処に用いられるのが、賛成だと言えるだろう。
──と、改めて考えてみて。
普段、当たり前の様に使う言葉の数々だが。
果たして何れだけの人が正しく意味を理解した上で使っているのだろうか。
日本語は発音も含め、世界一難しい言語である。
その上に、日本文化は異文化を受け入れ易い性質を持っている為、様々な言語が入り混じる。
世界規模で人種差別が社会問題となる中。
日本文化の多様性を受け入れ、共存共栄してゆける圧倒的な許容力と柔軟性は世界が見習う規範として認知されるべき価値が有ると言えるだろう。
少なくとも、他国の様に自国こそが正しく、自国の在り方が全てだと考えている様な独裁思考国よりも世界を纏める可能性は高いと言えるのだかり。
ただ、その弊害として原型が判らなくなってゆく。
過去よりも、未来が大事だ、と。
そう考えれば、伝統や風習は廃れても構わない。
淘汰されるものは、その程度の価値しかない以上、どうしても遺さなくてはならない訳ではない。
しかし、現実的には伝統や風習は大事なもの。
極一部の、限られた人々の為だったとしても。
多様性を許容する社会となるならば、伝統や風習は切り捨てたり、途絶させていい事ではない。
そういった事が積み重なり、現在に到っている。
その土台を崩す事は、支えを失うという事。
人々の価値の根底を無くせば、無秩序となる事など少し考えれば、誰にでも判りそうな事だろう。
それなのに、世界の多くの人々は多様性に対しての考え方が間違っていると気付かない。
まるで、思考や価値観が汚染されているかの様に。
人々は上辺の正論や感情論に賛成し、自分の存在を肯定する為だけに声を上げている。
そんな風に見えてしまう社会とは何なのだろうか。
人々の真の意志は何処に在り、何を成すのか。
明言出来る者は居ないのではないだろうか。
「月、無理はするなよ?」
「はい、大丈夫です」
心配する俺に笑顔で返す月。
その額には輝く珠の汗が浮かんでいる。
妊娠中は控えていた日々の鍛練。
いきなり、其処に戻す様な真似は遣らないものの。
到底、産後一週間の女性が遣る内容ではない運動を揃って「先ずは慣らしからですね」と言って遣る。
そんな非常識な我が妻達。
ええまあ…そうなった元凶は俺なんですけどね。
それはそれとして。
冥琳もだけど…何故、宅の奥様方は直ぐに現場復帰しようとするんですかね?。
まだ産後二週間も経っていないんですけど?。
もう少し自分の身体を労り、ゆっくりしなさい。
──と言うか、普通、逆だよね?。
奥さんの方が「気遣え、馬鹿!」とか言うよね?。
どうして宅は、こうなったかなぁ………俺かぁ…。
まあ、こういう時代だし、社会情勢だからって事で備える意味で、譲ったとしてもです。
もう少し落ち着いてからでもいいんじゃないの?。
別に誰も「そのまま引退すれば?」とか言わないし言わせませんから。
何時でも現場復帰は出来ますから。
そんなに無理はしなくても大丈夫なんですよ?。
氣や俺の医術・薬術が有るからって言っても決して万能な訳じゃないんですから。
「いや、そういう訳ではないのだがな…」
「俺からしたら、どんな理由だろうと一緒だ
御前達の身に万が一の事が有れば、俺は自分を赦す事は絶対に出来無い
それこそ、もう二度と子供は作らなくなるかもな」
「それは困ります!」
「それは困る──っと、月の方が早かったか…」
冥琳との会話だったけど、月の方が先に反応した。
その事に冥琳は苦笑する。
月にとっても復帰に向けた鍛練──慣らし運動より大事な事らしく、此方等に駆け寄っていた。
──と、我に返ったのか、月が顔を赤くした。
そっと視線を外し、俯いている月。
…これは反則でしょう。
抱き締めずに居られる男は男でしょうか?。
否!、きっと何処に歪みが生じている筈です。
だって、宅の月は可愛いんですからっ!。
「…その、御祖母様からは「曾孫は二十人」と…」
「…………あー……成る程ねぇ…」
別に強制されて、という訳ではない。
それは月自身の希望でもある。
だから、俺が子供を成さなくなると困る。
夫婦の営みは有っても、それはそれ、これはこれ。
「私は貴男の子供を産みたいんです」と。
明確な意思表示を月はしてくる。
──いや、宅の奥様方は皆さん、そうなんですが。
こういう場面でのアピールが月は然り気無く巧い。
咲夜や華琳をして、「意識しても無意識でも出来る所が月の凄い所よね」と言わしめる程。
まあ、俺としては構わないんですけどね。
──と言うか、梓様…然り気無く数が倍に…。
そうか、あの時、余裕が有ると見られたのか。
……月は双子や三つ子も欲しいと言っていたから、そういう方向で頑張って、一回の人数を増やすか。
出産回数を増やすのは調整が細かくなるしな。
月ばっかりを贔屓する訳にもいきませんからね。
「──で?、早期復帰に拘る理由は?」
「忘れなかったか…」
「事、こういう話では俺は誤魔化されません」
「…まあ、アレだ…今が私達にも貴重な機会だ
女としては直ぐにでも空いた腹に仕込んで貰いたいというのが本音では有るが、御前の妻として傍らに立つ為には私達自身も成長しなくてはならない
日々の鍛練や学習だけでなく、今、こういう情勢の中だからこそ経験し、得られる糧が有る
それを自ら見逃す訳にはいかない、という事だ」
「……そう言われると俺が困るなぁ…」
「だから言ったからな
まあ、出来れば誤魔化されてくれた方が、私達には色々と都合が良かったんだが…」
「別の機会に使えるから、か…」
「そういう事だ」
そう言って笑う冥琳に、苦笑する月。
俺にしても別に嫌な気はしないし、納得する事。
ただ、これが一般的な夫婦の会話ではない、という自覚は俺達には有ります。
夫婦の会話なのに、駆け引きが介在する。
それは平和な時代、男女平等を掲げる社会の中では有り得ない事なのかもしれない。
何故なら、男尊女卑が色濃く社会の根幹に有るから冥琳達も俺の妻として傍らに立つ為に頑張る訳で。
男女平等な社会なら、そんなに頑張る必要は無い。
男女平等の考えは素晴らしい事だ。
しかし、それが怠慢や堕落、果ては衰退を招く様な負の温床に為ってしまっては意味が無い。
そう為らない様に社会を導く事は至難であり。
少なくとも、俺達の代で実現出来る事ではない。
子供達が、孫達が、曾孫達が、繋いで、積み上げ、託して、都度整え──それでも完成はしない。
延々と続く、永遠に終わらない社会政策。
それこそが、男女平等な社会の実現なのだから。
だから、こういう夫婦の関係、在り方は特殊な事。
そう在りたいと望んでも中々実現は出来無い。
そういう意味では俺は恵まれているな。
こんなにも素晴らしい女性達が妻なのだから。
「……その顔は反則だ、馬鹿っ…」
「…忍様、我慢出来ません…」
そう言って二人に抱き付かれ──奥へと消える。
いや、態々言わなくても判るでしょ?。
妻の甘えに、妻の求めに応じるのが、真の男です。
「──で、此方に来るのが遅れた、と」
「反省はしている、だが、後悔はしていない!」
「だろうな、まあ、私達も忍に強請る側だから今更文句は言わないし、言えないんだけどな
…御前の方が無理はしてないんだよな?」
「確かめてみるか?」
「馬鹿、私が我慢出来無くなるだろ」
そう言う白蓮は本当に成長したと思う。
常に俺に翻弄されていた頃の初々しかった白蓮だが今は言葉通り、自分から要求してくる様に。
積極的で貪欲な白蓮は……うん、エロいっす。
気を抜くと直ぐに二人目が出来るでしょう。
成長して変わったが故のギャップが更なる魅力に。
いや本当にね、女性って凄いですよね。
こういう所って多分、男には中々無いよね?。
少なくとも俺は、そういう男は見た事有りません。
寧ろ、男って単純だから、変わったら、方向性まで変わっちゃってたりするしね。
それは後で頑張るとして。
今は御仕事を頑張りませんとね。
先ず、新領地となった奈安磐郡ですが。
想定外の問題は起きず、順調だと言えます。
急激な変化、或いは人や物、文化の出入りは刺激が強過ぎて忌避感を強く持たせてしまうでしょうから少しずつ免疫を付ける様に慣れさせていきます。
まあ、服装や料理等から入れば異文化でも、意外と馴染むのが早かったりしますからね。
その辺りは上手く調整して遣っていますし、現地の代官や文官武官も頑張ってくれていますから。
余程の事が無い限り、一年も有れば、好奇心旺盛な者達から外界に出たくなってくれる筈です。
そこからは此方等が意図しなくても、次第に内外の人・物・文化の交流が始まるでしょう。
其処まで行けば、第一段階は完了と言えます。
ええ、まだまだ先は長い話なんですよ。
独自の文化というのは淘汰するのは簡単ですけど、共存・保存・維持しながら遺す事は至難。
それでも、彼等のアイデンティティーですからね。
その辺りに配慮し、変化する中でも良い落とし処を見付けて、提示し、同意して貰える様に努める。
文化の調整も立派な政治の一環ですからね。
次に、遼西郡の南部域は下準備が整い、董家からの支援で人員・物資共に入り、本格的に動き出した。
梓様も話していたが、彼処は宅の中では中立地。
幽州各地の大体が、妻の誰かしらに所縁が有る中で直接的な関係が無い場所だ。
桃香達が生活はしていたが、出身地でもない。
飽く迄も、少しばかり、其処で生活をしていた。
ただそれだけなんですよ。
ただ、だからこそ、上手く使えば良い経験を積める数少ない場所でも有るんです。
此方等は奈安磐とは違い、隔絶された環境といった特殊な状況でも有りませんから、順応も早い。
先の事を考えて動き易いから遣る気も出ます。
任地となる皆にも遣り甲斐が有る事でしょう。
そして、目下、宅の一番の問題案件です。
「それで遼東郡の方の具合は?」
「それはもう、見事なまでに読み通りに──いや、筋書き通りに行ってるな
忍を筆頭に宅の精鋭が遣ってるんだから、当然だと言えば当然なんだけどさ
それでも客観的に見てたら畏怖を超えて感嘆するな
よくもまあ、彼処まで出来るものだ…」
「出来れば、そういう事が出来る様に成って欲しいというのが家臣達の本音だと思うけど?」
「…それ、私らしいって思って言ってるか?」
「いいや、寧ろ、真逆だな
個人的な意見を言えば、白蓮には一番似合わない」
「本当、はっきり言うよなぁ…
まあ、私自身も同じ様に思ってるから仕方無いが…
やっぱり、出来る方が良いと思うか?」
「向き不向きは誰にでも有る事だからな
無理に家臣達の理想や期待に合わせる必要は無い
勿論、それを言い訳にしてるだけなら話は別だが
白蓮の場合、そういった裏表が無いのが魅力だ
その人柄が故に得ている信頼の方が大きい
これが武功や戦功で一気に成り上がったりしたなら必要な要素も違ってくるんだろうけどな
少なくとも、長く続く公孫家という土台が有るんだ
それを自ら割り砕く、或いは腐らせる様な真似さえ遣らなければ、大事には為らないものだ」
「事実だけどな…何と言うか、こう…
微妙に燻るんだよなぁ…」