82話 この腕の中に
“国際社会”という表現が存在するのだが。
その国際社会とは、一体何なのだろうか?。
国籍・民族・過去…様々な柵を排除し、一人一人を一人の人間として考え、差別・偏見を無くす。
様々な違いを持っていようとも、それは個性で。
その人を成す一部である事に変わりはないなら。
それを差別・偏見の対象とするのは間違いで。
それこそ、国際社会に置ける理念に反する事。
ある意味、最も重罪だと言う事も出来るだろう。
勿論、その考え方は極端な例えではあるのだが。
決して、間違いだとも思わない。
何故なら国際社会とは古い枠組みを超えるもの。
超えた先に、人々が御互いを認め合い、手を取って新しい社会を構築し、繋いでゆく。
その為の第一歩に過ぎない。
しかし、その第一歩が揃わなければ無意味。
歩調の合わない進行は、差別・偏見だけではなく、格差・批判・嫉妬・対立を生むだけ。
寧ろ、解決すべき問題を更に深刻化させるだけで。
どんな理想を語ろうとも、現実しなければ妄言。
詐欺師の騙る言葉と大差が無い。
…いや、詐欺師は相手を騙す為に用いるのだから、ある意味では初志貫徹、振れてはいない。
そういう意味で言えば、国際社会に関する言動とは詐欺師以下であり、詐欺師以上だとも言える。
当然、観点・価値観の違いにより、どう感じるかも異なる以上、これも一つの意見でしかないが。
文明の発達、技術の発展により、“時代の流れ”は人々の想像を超える速さで変化してゆくもの。
それだ誰かが意図して作り出せるものではなく。
また、意図的に制御出来るものでもない。
その事を理解し、流れを読んで、飲まれない様に、沈まない様に、外れない様に。
自らが溺れない様に常に注意する必要が有る。
それは、とても面倒で、窮屈で、葛藤し、不便で、苛立つ事なのかもしれない。
だが、その変化に逆らって得られるものは?。
現実の維持・継続だけでも大変な事ではあるが。
抗っても、逃げ出しても、その先に何が有る?。
その先が何処に繋がってゆくのか。
少し想像し、考えてみれば判る事ではないか。
目の前に突き付けられた現実。
それが以下に苦しく、もどかさしく、辛くとも。
少し先を見て、考え、自らを律してみる。
其処から、変化の第一歩が始まるのではないか。
どの様な状況であろうとも。
変化を受け入れる事が重要。
“適応・順応に伴う進化”という言葉の様に。
そう遣って人類は生き残り、今に在るのだから。
「…はふぅ~…嗚呼~…もちもちしてますぅ~…」
甥っ子を抱き、頬を合わせる明命。
“御猫様”相手の時みたいな事は無いが。
それでも、嬉しそうにしている姿は微笑ましい。
冥琳も俺と同じ様で、「やれやれ…」という苦笑を浮かべてはいるが、穏やかな雰囲気を纏う。
それは冥琳が母となり、自らが変化した証。
その様子を静かに見詰めていると、冥琳が気付き、視線が合うと恥ずかしそうに慌てて逸らす。
「見るな、馬鹿者…」と言わんばかりの仕草に。
愛しいと思わない男は男として終わっているな。
少なくとも、俺は滅茶苦茶萌えます。
なので、少し強引に照れて嫌がる冥琳にキス。
冥琳も抵抗はしていても拒否はしません。
明命?、今は蕩けていますから無問題です。
長々とは遣りませんしね。
それは後で、です。
「んんっ!…月の予定日は明明後日だったか?」
「ああ、順調だし、予定通りだろうな」
照れ隠しで咳払いする冥琳。
だが、その咳払いで気付いた明命は、冥琳の様子に違和感を感じ──察して顔を赤くした。
だって、明命も何も知らない訳じゃないんで。
ええ、何と無く、想像は出来ますよ。
そんな明命の腕の中で、「どうしたの?」と明命を見詰めているのが、冥琳との長男・周直。
名前の由来としては、実直・素直を大事に、と。
まあ、冥琳自身が自分の経験から大事だと感じた、当時の自分に足りなかった部分。
それを尊ぶ様に、という事で。
名前の事だと、同姓の場合は考えるのが大変。
特に黄姓と張姓は数が多いから。
黄姓は紫苑・祭に璃々。
張姓に至っては霞・七乃・天和・地和・人和と。
字は勿論、音にも注意しないといけません。
だって、誰が呼ばれてるのか判らなくなるので。
物凄く現実的な話ですが、大事な事ですから。
親として、其処には最大級の配慮をしますよ。
それはそれとして。
俺にとっては六人目の子供で六男。
見事に、皆、跡取り息子を産んでます。
ええ、その方が面倒が無くて良いんですけどね。
こうも息子ばかり続いているとね~…。
偶然と言うよりも意図を感じますよ。
勿論、俺達が意図に男児を設けてはいません。
子作りは頑張っていますが、授かり物です。
人為的な操作等は一切しておりません。
妊娠にしても自然に、です。
だって、氣を使える夫婦なら意図的に妊娠は可能。
ただ、どういった影響が出るか判らないから却下。
子供は実験台では有りませんので。
「上の子達の御陰で扱い方には慣れているが…
この授乳という行為は少々不思議な感じだな」
「まあ、知っている感覚とは違うしな」
「ああ………──って、忍っ!」
「…ぁぅぅぅ~…」
俺が何を言いたいのか、察した冥琳が赤面。
明命も先程以上に顔を赤くして俯いた。
そんな冥琳の急な大声にも動じず、「………?」と不思議そうにしている直。
君は大物だね~。
「誤魔化すなっ!」と続けたい冥琳だが。
俺が直を見たから、状況に気付き、黙る。
ただ、睨み付けて「今夜は覚えていろ」と。
宣戦布告してきます。
フッ…この徐子瓏、逃げも隠れもするが?。
いやいや、ちゃんと受けて立ちますとも。
だから、両手の氣を消して下さい、物騒だから。
冥琳と直の健診を済ませ、俺は仕事に戻る。
休みたい所ですが、休めないのが現実です。
勿論、公休は有りますけどね。
遼東属国改め、奈安磐郡を獲得。
各部族の族長を暫定的な代官として任命。
但し、現時点では政務が出来る力量ではない。
その為、名目上の補佐官が仕事を代行。
跡取りを此方等で預かり、教育して継がせる予定。
嶺胡族の様に族長が俺の妻となる所は話が楽。
宅が主導して変えていけるからな。
勿論、各部族の色を残しながら、だ。
その辺りの加減や調整も出来る人物を選んである。
当然、変な野心も持ってませんよ。
美以達は素直だし、陳宮──音々音も従順。
ある意味、当初の目的は達したからだろう。
天和達も含め、閉塞社会環境で生きてきたからな。
暫くは色々と社会勉強をして貰う。
天和は直ぐにでも子供を作りたいみたいだが。
今のままで母親に為られても困ります。
先ずは自分が親となる為に成長しなさい。
──という訳で、頑張って貰っていますが。
「その基準で行くと人和が一番先か」と言ったら、意外にも天和は真面目に取り組み始めました。
「妹に負けたくない」「姉としての誇りが!」等の理由が有って、という訳ではなく。
まあ、何と言うか…単純にね、「忍様の子供は私が先に産むのーっ!」だそうです。
遣る気が出るなら理由は何だって構いませんよ。
「………あの、御兄様?…これは?…」
「合爺族の里の東に有る山で見付けた人参だ」
「………………え?…………人参、なのですか?」
「まあ、そう言いたくなる気持ちも判るけどな…」
華琳ですら思考停止してしまうのも無理も無い。
流琉なんて、思考回路が焼き付いてして硬直。
笑顔のまま固まってます。
そんな俺達の前に有るのは、葉や茎──地上部分は確かに普通の人参だが、根が人型をしている。
しかも、その根は長さ50㎝程、太さも10㎝程。
人参と言うよりも、赤い大根です。
うん、「コレ、マンドラゴラだよね?」と。
見る人が見たら言うと思いますよ。
でも、抜く時に悲鳴を上げたりはしません。
抑、顔や口は有りませんので。
飽く迄も、根が人の型に見えるだけです。
…偶々、ではなく、何れもなんですけど。
其処が不気味な訳です。
だから、目の前には同じ様な人型の人参が山積み。
組体操に失敗したみたいに為ってます。
正面な神経をしていれば、「……え?」物です。
理解し難いものには、そうなるものなので。
「合爺では“超仙人参”と呼ばれてる代物だ
何でも彼等の間では、これを乾燥させて粉末にした物は万病に効く万能薬になるんだとか」
「……………胡散臭い話ですね」
「まあな…ただ、その粉を貰って調べたんだが…」
「………………ぇ?…まさか…」
「そのまさかでな、かなりの薬効を持ってる
流石に万能薬は言い過ぎだが、普段、生活する中で薬が必要になる様な体調不良や症状になら効く
はっきり言って、これさえ有れば大抵の事に対応が出来るって言い切れるな」
「……………見た目からは判らないものですね…」
「本当にな」
この手の話は珍しくないし、危険性も含む。
これでも“華佗”を継いでる身だからな。
そういう意味でも見過ごせない話なんで。
念の為に調べてみたら──大当たりでした。
それで生えているという場所──“曼陀山”に。
其処は毒草や毒虫が滅茶苦茶居る厄介な場所で。
十歩と進まず、俺以外は引き返させました。
ええ、危険度で言えば宅の領地では一番です。
通りで「里の者も近付きません」な訳だ。
極稀に山の外に生えたり、土砂崩れなどで出た物を回収して使っていたというのも頷ける。
「ああ、一般人が入ったら死ぬな、コレは」と。
満場一致でしたからね。
──で、その辺りは無敵に等しい俺が調整して。
五十本程採取してきました。
一ヶ所からではなく、彼方等此方等で、です。
そうじゃないと調査に為りませんから。
一通り成分分析が終わったので、十本程を華琳達と使ってみようと考えた訳です。
所謂、薬膳料理としてね。
実は粉末薬だと少し効果が強いんですよ。
だから、子供や高齢者、身体の弱い人とかには中々気軽に使う訳にはいきません。
其処で、薬膳という方法を開拓しよう、と。
だけど、助手の二人がねぇ……仕方が無いか。
「…これ、滋養強壮にも効きそうなんだよな」
「「────っっ!!!!」」
そう言うと華琳と流琉が揃って俺に振り向いた。
何ですか?、その無駄に凄い反応速度は。
「本当ですかっ?!」と掴み掛かりそうな勢いです。
──と言うかさ、可笑しいだろ。
流琉は兎も角、華琳は知ってるでしょ?。
そんなドーピングしなくても、俺は元気だぞ?。
…え?、「それはそれ、これはこれです」?。
「偶には理性を飛ばした御兄様に滅茶苦茶に…」と何を考えてるんだ、御前は…。
…ちょっと期待に応えたくなったじゃないか。
何という目論見をしているだ、怪しからん。
怪しからんが、試してみないと判らないな。
──とか言う訳無いから。
一瞬、日和掛けたけど!。
流琉、言って置くが「その流れで私も…」っていう期待をしても無駄だからな?。
そんなの、俺が盛られる訳が無いから。
そう、華琳には一回遣られてますからね。
二度と不覚は取りません。
この兄に同じ手は通じませんとも。
「はい、遣る気が出た所で始めるぞ
取り敢えず、一本使って試作してみよう
華琳は汁物、流琉は擂り下ろして、俺は焼きだ」
「…判りました」
「…頑張ります」
…おーい、いつもの君達なら楽しんでるよね?。
何?、そのローテンションは。
あからさまに「えー…つまんないー…」とでも俺に言いた気な態度は。
そんなに俺に一服盛りたいのか?。
「それはもう!」
「で、出来ればっ…」
「……………はぁ~……判った、出来が良ければ、粉の方を使って遣るから──」
「──流琉っ、気合いを入れるわよっ!」
「はいっ!、華琳姉様っ!」
甘いと判っていても、甘やかしてしまう俺。
子供達も甘やかしてしまいそうで怖い。
その前に妹達が怖いけど。
周瑜side──
普通、産後は最低でも一週間は安静にするのだが。
私達には忍という夫が居る為、翌日には動ける。
勿論、自重しなければ強制的に休養させられるが。
客観的に見て、普通以下の行動なら許容される。
…祭が翌日に鍛練に参加しようとして、笑顔の忍に一瞬で行動不能にされて抱えられて行ったが。
あんな非常識な真似は誰もしない。
そして、あんなに笑ってない忍も珍しかった。
まあ、それだけ私達の事を考えてくれている証拠。
祭も素直に反省していたからな。
そういう訳で私も直を預け、城内を歩いている。
会う文官や衛兵、侍女達から祝福されるのだが。
我が身の事になると妙に恥ずかしくなる。
他人の時には「嬉しい事じゃないか」と言ったが、いざ自分が経験すると──これは…困るな。
嬉しくない訳ではない。
その点に関しては、素直に嬉しい。
ただ…そう、ただただ、居心地が悪い。
多分、私自身が仕事を優先している為なのだろう。
自分が「子供を産む事が務め」と考えてはいない。
いや、今は必要な事だし、望んでもいる事だが。
以前は全く考えてはいなかった。
その為、こういう感じがするのだろう。
…まあ、慣れるしかないのだろうがな。
「出産、御目出度う、冥琳」
「ああ、有難う、咲夜
御前の方は体調は大丈夫か?」
「有難う、でも、心配するだけ無駄でしょ?」
「まあな」
訪ねた咲夜の執務室に入り、予備の茶杯を拝借し、咲夜の分も淹れて置き、予備の椅子に座る。
私は出産したから身軽になったが、咲夜は現行。
此方等が気を遣かっていかなければならない。
少し前は私が気遣って貰っていた身だからな。
「有難う…それで、早速情報収集して仕事復帰?」
「それは流石に忍に怒られるだろう」
「忍じゃなくても怒るわよ
少しは自分と子供の事を考えなさいよね」
「妊娠が確定してから十分に考えたさ」
「なら、まだ足りないわよ」
「いや…それは流石に大袈裟だろう?」
「考え過ぎても駄目だけど、もう少し貴女は将来の事を考えた方が良いわよ?
忍や私達は理解出来ても、子供には無理
あまり仕事仕事って優先してたら、子供達が貴女に遠慮ばかりして信頼されなくなるわよ?」
「そんな事は……………………………ぅ…むぅ…」
「ね?」
咲夜に言われ、子供の立場で考えてみる。
常に忍に「相手の立場・視点・価値観で考えろ」と言われて、漸く染み付いてきた考え方。
自分中心ではなく、相手中心の考え方。
これが実は簡単に出来そうで中々に難しい事。
だから、改めて忍の凄さを再認識させられた。
…まあ、そんな惚気話は置いといて。
余程聞き分けの無い子供でも無い限りは。
確かに仕事で忙しい親に遠慮するだろう。
親からすれば“良い子”なのだろうが。
それでは子供の事を何も判らなくなるだけ。
子供が何も話さないのは、親が向き合わないから。
見えている様で見えないものだな。
──side out