己を示すもの
陳宮達が率いる狼理は戦力と物資だけを持ち即座に占拠した左罵・洒假の里を放棄。
北西部域を離れ、北東部域へと移動した。
その清々しいまでの決断力には素直に感心する。
見方によっては「略奪だ!」と声を上げる様な者も出て来るのだろうが。
実態としては、決して悪手ではない。
この状況で宅が両一族の里を獲り、残された民達を虐げたり奴隷の様に扱えば、反感を買うだけ。
非戦力の一族の者が非道な仕打ちを受けたとなれば連れて行かれた戦力としての者達は憤慨。
大きな敵意を持って向かってくる事だろう。
だから、丁重に扱うか、無視するかになる。
当然、後者の選択は有り得無い。
その為、両一族の里を押さえた後、統治移行の為に人員を割かなくてはならなくなる。
兵だけを置き、監視程度に留める方法も有るが。
陳宮は兎も角、韓当達は一騎当千の猛者だ。
彼女達の特徴を聞く限りでは、“原作”での孟獲の取り巻き三人娘と見て間違い無い。
そして、一人一人の実力は美以と遜色無い程。
だから手薄な所を奇襲されては不要な負傷者を出す事に繋がるだけで、良い事は無い。
それなら、放置した方が増しだ。
陳宮達を下した後、統治する方が良い。
まあ、現実的には両里の物資──食糧を狼理が多く持っていってしまった為、飢え死にの可能性も。
宅が押さえ、食糧を与え、人員を割く。
そうしなければならない様に仕向けた陳宮。
原作よりも確実に手強い相手だろう。
戦わずして、宅を削ってきたんだからな。
呂布有りきで考えていた原作とは別物だわ。
──という事で、左罵に明命、洒假に紫苑を置き、兵を二百ずつ配して下準備に入った。
宅の本隊は麗羽を大将に据えた。
袁家の影響力が完全に失われた訳ではないしな。
少しでも相手が逡巡する要因に為れば十分。
必要以上の効果を求めてはいない。
軍将には蒲公英・沙和・美以を配置。
ええ、実戦経験を積ませに連れて来たんですから。
初志貫徹、その目的は果たしますとも。
軍師は風・人和に任せる。
理由は軍将と同じです。
…まあ、華琳は陳宮を自分で試したそうでしたが。
其処は空気が読める妻ですからね。
悪影響になる我が儘は言いません。
──で、俺と一緒に見物。
遣る事は有りますが、手出しし過ぎると後々の事に影響が出ますから仕方有りません。
決して、サボる為の口実では有りませんからね?。
サボる為では有りません。
また、隠密衆が得た情報によるとだ。
太史慈は朽狸の出身である事が判明。
しかも、韓当・凌統と共に先代の長の一族の血筋。
北部の四大部族の現在の長は五年以内に代々続いた長の家系から変わっているそうだ。
つまり、内乱による地位の奪取。
別に珍しくもない事だが。
こんな辺境の地でも遣ってるとはねぇ…。
いや~、人間の欲深さって本当、凄まじいわ。
いや、冗談じゃなくてマジでね。
そして、陳宮が合爺の出身で、先代の長の縁者。
ただ、血縁関係は無いらしい。
どうやら陳宮は捨て子で。
それを先々代の長の妻──先代の母親が拾って来て育てていたらしい。
陳宮の姓名も彼女が与えたんだそうだ。
聞いていて気分の良い話ではなかったが。
事実は事実、それは変えようが無い。
だが、少なくとも陳宮にとっては。
先代の一家の存在は大きかったのは間違い無い。
それが判れば、陳宮の動機は判り易い。
復讐という訳ではない。
ただ単に、遣られた事を遣り返す。
弱肉強食に従い、生きているだけ。
だから、他者に文句を言われる筋合いも無い、と。
まあ、そういう訳です。
ただ、物事の優先順位は有る訳で。
陳宮にとってのそれは、俺達よりも二部族。
合爺と朽狸の里を落とす事の方が大事。
奈安磐を支配しよう、とか。
奈安磐を制して幽州を、とか。
そんな妄想に等しい野望を陳宮は懐いていない。
ただただ、北部の四大部族を屈伏させる事。
それが全てであり、唯一の目的なんだからな。
尤も、だからこそ、厄介では有るんですけどね。
ああ、因みになんですけど。
本家・分家的な関係・扱いになる小規模な部族達が奈安磐全域で見れば、それなりに居ます。
南部域は大本家と言える嶺胡が抜けていましたが、北部は拮抗していて、四部族が睨み合う格好。
その為、北部では四大部族と言われる訳です。
分家筋に当たる一族が「もう付いて行けない…」と思う位にバッチバチなんだそうです。
本当、積もり積もった怨念というのは厄介ですね。
どうせなら全く役に立たない百害有って一利無しなそれで深い溝を埋めてくれればいいのに。
埋めたら攻め合うんですから。
人間の業って、度し難いですよね。
──とまあ、そんなこんなで。
狼理は宅に背を向け、朽狸、合爺と落としました。
超が付く楽勝振りでしたよ。
はっきり言って実力差が有るからね。
そう為って当然です。
…え?、「見てきたみたいだな?」って?。
ええ、華琳と観てましたから。
皆に任せた以上、手出し口出しは一切しません。
だから、中立の立場として、傍観するだけ。
俺達が見た情報を皆に与える事もしません。
後、隠密衆からの情報提供も無しです。
情報収集するなら、斥候を出して、です。
楽はさせませんよ、教育上良く有りませんから。
「──御兄様」
「ああ、動いたな」
華琳の膝枕を堪能しながら皆と狼理の戦を観戦。
序盤は見る価値も無いので、氣の探知で把握。
それで十分な程、大した事は有りませんから。
宅の方針としては、可能な限り死者を出さない。
敵味方共に、です。
だから、長引くのは仕方が有りません。
それを陳宮も理解したからでしょう。
開戦当初は様子見だった戦い方を変えました。
“戦力の温存”は無意味だと。
だから、兵に関しては思い切った展開と投入を。
そして、その先を見据えた采配を。
「先ずは美以と凌統か」
「似た者同士の対峙ですね」
「…あー…確かにな」
視線の先──戦場で打付かる二人を見ながら華琳の一言に思わず苦笑してしまったのは不可抗力。
だって、説得力抜群なんですもん。
そんな狼理との決戦なんですが。
兵を指揮する風・人和と陳宮の軍師戦は宅が優勢。
その状況を打開する為に陳宮は韓当達を投入。
一騎当千の実力を持つ軍将の個による一手。
それで戦況を覆そうと考えてだ。
当然だが、風達も読んでいる。
初期の情報として韓当達三人の実力が美以と比べて遜色無い物である事は知っている。
それさえ判れば、陳宮に隠し玉が無ければ。
この展開は読み易い。
そして、同数の軍将が手元に有るなら。
遣る事は決まっている。
勿論、敢えて違う方法を選ぶ事も出来るが。
自身の活躍ではなく、全体の終結時の状況を。
その判断が出来ている事こそが、俺達には重要。
華琳達の教育が風の血肉に成っている証拠だ。
──で、戦いに話を戻すと。
華琳が言った様に似た者同士な美以と凌統は戦場で打付かりながら、子供の様に口喧嘩もしている。
美以とは違い韓当達は語尾がネコってはいないが、口喧嘩をしていると意外と移り易い。
だから、凌統がネコ化してしまうのは不可抗力。
子供だからこそ、影響を受け易いしね。
「明命が居たら、また遣らかしていましたね」
「本当にな、秒で片付いただろうなぁ…」
勿論、俺達だって遣れば出来るが。
明命の様に理性の箍が外れて、ではない。
──ああいや、訂正。
理性ではなく、欲望の、だな。
明命の言動は理性的なのは間違い有りませんから。
だから怖いし、手が付けられないんですけどね。
そんな二人から視線を外し、戦場を移動。
次に視界に捉えたのは、蒲公英と韓当の対峙。
凌統が相手なら、あっさりと蒲公英の挑発に乗って真っ先に勝敗が決まっていたんだろうが。
風も判ってるな。
そんな結果は俺達が望みはしないという事を。
だから、しっかりと考えて選んで当てている。
「凌統と韓当は似た印象ですが、韓当の方が臆病で行動も慎重ですね
そして、警戒心の強さは“借りてきた猫”と…
蒲公英にとっては一番嫌な相手でしょうね」
「自分は氣の使用が禁止されてるから単純な一撃の威力では韓当とは撃ち合えない
だからと言って言葉巧みに揺さ振ったりも出来ず、得意な流れに引き込み難い
そうなると、蒲公英も考えないといけない」
「今の自分では足りない以上、超えるしかない…
ふふっ、良い仕事ね、風
御兄様、後で御褒美を上げて下さいね?」
「…それは俺がが重要なのか?」
「勿論です、あの娘も御兄様を慕っていますので」
原作では感情や思考が判り難かったけど、宅の風はストレートに甘えたり強請ったりする。
寂しがり屋で甘えん坊な辺りは年相応だしな。
…まあ、偶に女らしい計算高さも垣間見れるが。
それはそれで女性の魅力だからな。
性根の悪さや腹黒さとは全く違います。
混同され勝ちですが、あざとさは魅力です。
要は、男を仕留める為の技術なんですから。
──というのは置いといて。
蒲公英には頑張って貰いたい。
陳宮が落とされるまでに勝って欲しい所だ。
再び視線を移動させた先には沙和が居る。
対峙する太史慈を見据えながら、攻め倦ねている。
──が、仕方が無いだろう。
何しろ、その太史慈は立ったまま寝ている。
寝ている振りをしているのではなく、マジで。
だから、沙和の葛藤は理解出来る。
「どうしろって言うのーっ?!」と。
出来る事なら、思いっ切り叫びたいだろうな。
立場上、そんな真似は出来無いが。
太史慈は見た目通りに無防備で隙だらけだ。
しかし、必要最低限で反応する。
傍目には寝惚けている様にすら映る程度だが。
それだけに無駄が無い。
氣を使えれば楽勝だが、それは出来ませんので。
頑張れ、沙和、活路は有る!──と思う…多分。
「…蒲公英や美以の方が良いでしょうか?」
「美以は駄目だな、自爆するのが落ちだ」
闘牛士みたいにヒラヒラ躱されて自爆。
或いは、隙が出来た所に一撃、だろう。
そこまで美以も猪じゃないが、我慢が出来無い。
焦れて仕掛けた時点で敗けたも同然だからね。
「蒲公英なら勝てるだろうが…
果たして、その結果を勝敗と呼べるのか…」
「…と仰有いますと?」
「体当たりして抱き締めでもすれば終わる
ただ、それは太史慈が勝手に終わらせるからで…」
「成る程…戦いには為らない、という事ですか…」
「明命の時の美以みたいに抵抗してれば、精神的に敗北したと言う事も出来るが…
自分から放棄して止められたらなぁ…」
「確かに…意味は有りませんね」
「まあ、あの娘は気にもしないだろうけどな
のんびりと過ごせれば良いだけだろうからな
太史慈としては」
「不要な禍根も残りませんか…
良いのか悪いのか難しい所ですね…」
「良い方では有るだろうな
あの娘自身、変な正義感や使命感や責任感で自分を見失ったりはしないんだから」
「それもそうですね」
そう、道を踏み外したり、身を滅ぼす事も無い。
そういった余計な欲望が感じられないからな。
ある意味、凄い事なんだけど…ねぇ…。
怠惰なだけにしか見えませんよ。
──とは言え、矛盾してはいない。
ただただ、彼女は穏やかな生活が送りたいだけ。
だから、自分から攻撃したりはしない。
基本的に回避優先で、必要なら迎撃・反撃。
しかし、追撃したり、決めに行く事もしない。
此方等が手を出さなければ何もしない。
ダンジョンの固定モンスターなら、無視する所。
倒せばレアなアイテムが手に入るとかなら頑張って攻略しようとする人は居るんだろうけどね。
うん、俺も頑張る人達の内の一人ですよ。
そんな訳で、無理に戦う必要は無い。
だから、風も沙和を当てたんだけどな。
沙和にとっては自分で考えて決断しないといけない状況こそが成長する糧になる。
「一々考えるのも面倒でしたのでー」とか。
風なら言いそうだけど。
馬岱side──
少し前の私達の生活からは考えられない事だけど。
だからこそ、その違いが実感させてくれる。
私達の中の常識は過去のもので。
今では目の前の現実こそが、正しい事なんだって。
ちょっと前だったら遼東属国──奈安磐に来るとか考えられなかった事。
ううん、考えもしなかったよね。
だって、此処って幽州の東端なんだもん。
「そういう場所が有るんだ」って話題になる程度。
物語の中の、見た事無い、現実味のしない場所。
その程度の感覚の、認識でしかなかった。
その場所に、今、自分が立っている。
これで変化を感じないなんて頭が可笑しいと思う。
或いは、そんな事自体、気にもしないか、だよね。
まあ、私には無理な話だけど。
其処まで鈍感にも尊大にも成れません。
私の感覚は庶民的なんだもん、無理無理。
──って話は置いといて。
狼理との戦いも無事に終了。
私が相手をした韓当とは相性が悪かった。
御姉様みたいに直感的な訳じゃない。
寧ろ、察しが良い沙和って感じ。
基本的には沙和も慎重な方だから。
御姉様みたいに押せ押せじゃないもん。
…忍様に対しては未だにモジモジしてるくせに。
遣る事は遣ってるし、積極的らしい。
うん、それは何と無く納得出来るかな。
だって、御姉様って根は助平だもん。
忍様達が言ってた“ムッツリ”がね、ピッタリ。
正に御姉様の為の言葉だと思う。
そんな御姉様の事は関係無いけど。
苦労したけど、要は私から仕掛ければ済む話。
撃ち合えば、勝機は見えてくるから。
…其処に気付くまでに時間が掛かったんだけどね。
本当にねぇ…風って絶対に狙ってたよね?。
訊いたりはしないけど。
その確信は有る。
だって、忍様達なら絶対に遣ると思うもん。
宅の軍師って皆、こうなんだもん。
楽勝なんてさせてくれないもんね~。
戦い自体は私と美以が勝って、士気が激減した所を麗羽さんが押し切って、陳宮を倒して終了。
倒したって言うか、降伏させて、だけど。
その辺りは気にしなくてもいい事。
勝敗は決したんだから。
それから私達は事後処理へ。
私としては戦ってるよりかは気楽だから遣り易い。
御姉様みたいに考えずに戦えないもん。
色々考え過ぎちゃうから疲れるんで嫌い。
同じ考えるなら此処の方がいい。
…選べる立場じゃないんだけどね~。
(けど、忍様って本当に狡い人だと思うよね~…)
降伏した陳宮──音々音は華琳様と。
韓当──弥芥達は忍様と一緒。
──と言うかね、太史慈──紗夢なんて忍様の膝で気持ち好さそうに寝てるし。
何?、その図々しさは。
ちょっと…ううん、かなり羨ましいんですけど!。
美以と凌統──兎良は仲が良いし。
その順応力には呆れてしまう程。
まあ、ギスギスするよりかは良いんだけどね~。
──side out