相手を知りて
北西部域を争っていた左罵と洒假を横入りして叩き吸収したという謎の一団・狼理。
その報告が届いてから凡そ一時間後。
新たな情報が届けられる。
ええ、宅の隠密衆はマジで優秀ですよ。
「狼理の首魁は陳宮、十代前半の少女です
彼女は見た目に違わず、まだ子供の様です」
「素性は?」
「まだはっきりとは…ですが、北東部域の出身者の可能性が高い様で、其方等を急ぎ調査中です」
「北東部域なら…合爺か朽狸が怪しいか…」
華琳の伝える情報を聞きながら腕組みし、考える。
振りではなく、本当に。
“原作”の陳宮は“呂布大好きっ娘”だった。
その言動や価値基準、大凡全てに呂布が絡む。
それ位に判り易いキャラ付けがされていた。
しかし、現状、呂布──宅の恋との関係は無い。
…いやまあ、恋が俺達と出逢う前に縁が有ったなら可能性としては有り得る事なんだけど。
少なくとも、恋の方は覚えてないんだろうな。
だって、そういう話は一切聞きませんから。
あ、ちゃんと昔の事とかは当時訊いてましたよ?。
恋のカウンセリングの一環としてね。
だから、恋の身の上等は大凡把握しています。
恋自身は奈安磐とは無縁だと言う事もです。
なので、話題の陳宮と恋の間に縁が有った可能性は無いに等しいと言えます。
…完全には否定が出来ませんけど。
現実的に考えて、陳宮の行動理由に恋は無関係。
此処、奈安磐の中での因果関係によるものだろう。
左罵と洒假の衝突を狙ってるしな。
「狼理の中で陳宮以外に有力な者は?」
「韓当・凌統・太史慈の名が上がっています
見た目も年齢も陳宮と同様に、との事です
また凌統が左罵の出身、韓当が洒假の出身であると情報を掴んだそうなので現在、確認中です」
「成る程な、両一族を吸収した理由は其処か…」
要するに美以の状況に近い訳だ。
勿論、二人が名を奪われていた訳ではないだろう。
ただ、何かしらの理由で迫害、或いは追放された。
その可能性は十分に考えられる事だ。
そして、陳宮と太史慈も似た様な境遇。
だから、陳宮という頭脳を中心に集まっている。
…下手をすると、其処に美以が加わっていたな。
最悪なのは、美以達の上に天和達が立つ事。
そう、熱狂集団“黄巾党”の再現だな。
まあ、現実には“たられば”の話なんだけど。
正直、面倒臭い相手には為っただろうな、と思う。
特に、ノリと勢い任せの地和と美以の相性がな。
相手をする身としては、嫌な相乗効果だから。
──というのは、まあ、飽く迄も俺個人の意見。
華琳達からすれば、それは知らない話。
だから、そんな話は言っても意味が無い。
なので、それは兎も角として。
左罵と洒假を倒し、吸収した事で、二人に対しての認識は逆転した事だろう。
美以にしても、そうだったからな。
その上、二人が従う陳宮の威光は高まる。
少なくとも、両一族に反抗の意思は無いだろう。
結果的に言えば、第三者に屈したのだから。
単純な勝敗なら、遺恨は残り易い。
しかし、因縁の無い第三者が勝者となり。
因縁の有る者同士が共に敗者となる。
この状況で、敗者同士の結託の可能性は低い。
余程、納得出来無い卑怯な方法でも無い限りは。
怒りの鋒は向き難い。
そして、敗者同士だが、「奴等よらは上に」という意識が働くから、勝者に対しては従順で協力的に。
つまり、陳宮の遣っている事は政治的な采配で。
それは天和達──人和よりも広く、深く、先を見て物事を考え、行動している証明に他ならない。
「…厄介ですね、御兄様」
「ああ、しかも後手に回ってるからな…」
「…つまり、その陳宮を倒せばいいのニャ?」
「それはそうなんだけどな
ただ倒せばいい訳じゃない、倒し方が重要になる」
宅の実力を考えれば、倒す事自体は容易い。
しかし、陳宮達の今後の事を考えれば、周囲に対し実力を認めさせる演出も必要。
美以にしろ、天和達にしろ、そういう事を遣るから後々の禍根を減らし、一族を纏める基盤を築ける。
面倒だが、手抜きをすれば確実に後に響く。
だから、こういう時の手抜きは愚行でしかない。
「その上で問題なのが、陳宮の性質だ」
「…性質、ですか?」
「人和は氣に関しては詳しくないだろ?」
「はい、一応の説明はして頂きましたが…」
「氣による強化は主に身体強化だが、頭──思考を強化する事も可能だ
だから、常人離れした思考力を発揮出来る」
「忍様ー、それは人和ちゃんもなのー?」
「いや、人和は普通に地頭が良いんだ」
「──っ、そ、そうですか…」
俺の言葉に人和が顔を赤くする。
この世界では本当に女性の社会的な地位が低い。
だから、前に出過ぎる才女は疎まれる。
その為、肯定され慣れていない。
つまり、“チョロイン”なんですよ。
いや、馬鹿にしてる訳じゃなくて、本当に。
まあ、宅の華琳達みたいに幼い頃から俺の価値観に染まってしまっていると話は別なんですけどね。
──とまあ、そういう訳でして。
陳宮の何が問題なのか、ですよ。
人和の様に地頭が良いだけなら、問題は無い。
だが、陳宮の場合には違う。
氣で強化出来るのは、飽く迄も頭の回転。
思考速度・処理量を上げる事は出来る。
しかし、知恵や発想力という面は強化出来無い。
そういったものは蓄積したり、経験したりして積み上げて身に付けていく事。
だから氣の強化による効果としては有り得無い。
そして、それを華琳達軍師陣は理解しているから、事の深刻さが判っている。
陳宮は奈安磐の外の知識を得ている。
そう考えて間違い無いからだ。
そして、そうなると先ず考えなくては為らないのが陳宮が如何にして知識を得たのか、だ。
勿論、陳宮の身体能力等は聞いた限りでは低い。
それはつまり、陳宮自身が外に出た可能性は低いと物語っているとも言える訳で。
陳宮が外の出身で、奈安磐に捨てられた。
そういう可能性も無い事には無いのだが。
年齢等から考えても、死ぬ方が先だろう。
奈安磐は辺境の地なだけに生存競争が苛烈。
幼い子供が独力で生き残るには厳しい世界だ。
美以達の様な先天性の身体強化が出来無い限りは。
そう考えれば必然的に浮かび上がる影が有る。
その正体こそ定かではないが。
陳宮を育てた何者かの存在。
それだけは間違い無いだろう。
尤も、意図的に教育したのか、結果的になのか。
その辺りは現時点では何とも言えない訳だけどな。
その様な人物が陳宮の側に見当たらない事からして既に亡くなっている可能性が高い。
陳宮の才器を見抜き、育て上げ、傀儡にする。
そんな、まどろっこしい真似をする理由が無い。
男尊女卑の社会だし、知よりも武を尊ぶ時代だ。
如何に優れた知性を有していようとも認められない優秀さは何の役にも立たない。
…いや、それは今の時代に限った話でもないか。
──兎に角、裏で糸を引くには陳宮自身は良くても舞わせる舞台が不釣り合い。
“腕試し”という事なら判らなくもないが。
それにしては陳宮が奈安磐を制しても、戦力的には美以を含めて軍将は四人。
天和達は…まあ、一応は軍師扱いだろうな。
人和は別にしても、普通の感覚で見れば、天和達に軍将としての可能性は感じないだろうから。
俺の場合、原作という一つの可能性を知っている。
それが有るから、色々な可能性を探れる訳で。
普通は、そういう事は中々出来無いのが現実だ。
だから、普通に考えれば天和達は軍師扱いになる。
…まあ、その影の人物が男なら、天和辺りは自身の愛妾にする可能性は有るだろうけどね。
勿論、地和にも需要は有りますので。
その辺りは個人差に因りますよ。
──という俺達の話を聞きながら、美以が唸る。
これが漫画やアニメなら頭から煙が出てますね。
これからは、しっかりと考えられる様に成ろうな。
「ぅニャ~…話が難しいのニャ~…
結局、ミャー達はどうするのニャ?」
「予定通りに、だな」
「…え?……何も、しないのですか?」
「既に後手に回ってるからな
此処で下手に彼是小細工しても味方が混乱するし、連携・統率の面での精度も下がる
それは結局は相手に突け込む隙を与えるだけだ
だから、予定通りに動く
その上で、随時最善手を打っていく事になるな」
「………少し…いえ、かなり、意外です」
「そうか?」
「はい、こういう事にこそ、相手の思慮を上回って主導権を取りに行くものだとばかり…」
「それも間違いではないんだけどな…」
「…と仰有いますと?」
「相手が軍将──飽く迄も武を戦い方の中心に据え向かってくるのなら、それでもいい
真っ向から戦って勝てないなら、策を用いる
それが軍師の戦い方だからな」
そう、力に力で対するのは武人の価値観だ。
勿論、その力には膂力という意味だけではなくて、研鑽により鍛え上げた技巧も含まれる。
だから、そういった意味で言えば、軍将達の戦い方というのは“弱肉強食”に基づくもの。
最も判り易く、シンプルな戦い方だと言える。
対して、軍師の戦い方というのは真逆だ。
同じ様に、“勝つ為のもの”では有るが。
その性質は大きく異なる。
軍将の戦いを“社会競争”と考えたなら。
軍師の戦いは“生存競争”と言えるだろう。
前者は一つの群れや範囲内での地位争い。
後者は社会的に生き残る為の戦い、と。
そういう風に言う事も出来る。
当然だが、それだけではない。
飽く迄も、一例として、一端としての話でだ。
ただ、そう考えると区別し易いと思う。
まあ、生存競争には地位や権力争いも含まれるから政治的にも複雑な状況下での事、と。
そう言ってもいいのかもしれない。
…うん、判らなかったら判らないでいいよ。
生きていくだけなら大して意味の無い話だし。
こういうのは、背負う立場であればこそ、だから。
そして、今は人和が理解してくれれば十分な事。
美以達まで理解が及ばなくても構わない。
「それは孰れ…」で、良い事なんで。
「まあ、そういう訳だから、予定通りにな」
「任せるニャ!」
「了解なのー!」
美以と沙和の元気の良い返事を以て、解散。
各々が担当する仕事へと戻っていく。
──中で紫苑が戻ってきた。
その表情からして何と無く察しが付く。
母親と為った事で、見えるものが増えたからか。
或いは、天性の母性によるものなのか。
「更に大きくしたのは忍様ですよ?」
「いや、其方じゃないから」
当然の様に俺の思考を読み。
言葉通りに出逢った時から豊かだった二つの実りが更に豊かに成長した現在の姿を寄せて強調。
それを貴女が遣ると凶器を超え、神器に至ります。
いや、冗談じゃなくて、マジで。
──という軽い雑念は緊張の緩和の為。
物事に集中はしても、入り込み過ぎない。
その絶妙な加減の為には、こういう事も必要。
ただ雑念が多いのは集中力が無いだけです。
其処は一緒にしないで下さい。
「陳宮達の事が気になるか?」
「忍様ですから、後の事は心配していません
…ですが、既に彼女達が負う傷痕が有るのなら…」
そう言って目蓋を閉じ、俯く紫苑。
握られている拳が、彼女の憤怒を物語っている。
紫苑自身、俺達との出逢いの一件で心を痛めた。
特に、幼い璃々の事には過敏な位に。
知っているからこそ、知っているが故に。
今、紫苑の懐く感情は人並み以上だろう。
そんな紫苑を抱き寄せ、抱き締める。
抵抗などする筈も無い。
その為に、紫苑は此処に居るのだから。
紫苑が戻ってきたのは自制の為。
抱える感情が強過ぎるが故に、加減が出来無い。
そう為らない様に。
紫苑は俺に寄り掛かり、暴れる感情を宥める。
賊徒が相手なら好き勝手に殺らせて遣れる。
だが、相手が民である以上、そうはいかないから。
陳宮side──
“人と違う”とは、どういう事なのだろう。
“他人とは違う”と言われたなら。
それは「自分らしく在れ」と言われるのと同じで。
自分の存在を、価値観を、肯定されたと言える。
しかし、「御前は人と違う」と言われたなら。
その一言が意味する所は大きく変わってくる。
比較している対象が他者ではなくて。
人間という種族になっているから。
つまり、言い換えると「御前は人ではない」と。
そう言われている事になる。
勿論、声に出しただけなら、分からないのだけど。
それを口にした者の表情や態度、声色等から。
どういった意味で言ったのか。
判断する事は決して難しくはない。
ただ、それでも。
まだ、ある程度の経験を重ね、成長していたなら。
「そうなのかもしれません…」と。
理解し、受け入れられる可能性も有りますが。
そこまで心が出来上がっていない時に言われると。
どうしようもなかったりします。
「………忘れたくても忘れられないのです…」
思い出──人の記憶というのは厄介なもので。
忘れたくはない事は意外と忘れてしまって。
忘れてしまいたい事は忘れられないもの。
自分の事なのに、自分ではどうしようもない。
そういう、とっても面倒な事。
そんな忘れてしまいたい記憶──過去は。
私が家族を失った瞬間。
両親に、兄姉に、祖父母に。
異常な物を見る様な眼差しを向けられながら。
手足を縛られ、暗い森の中に捨てられた。
あの日の絶望を、憤怒を、失望を、孤独を。
私は今も、忘れられはしない。
ただ、決して最初から、そうだった訳ではない。
あの日の記憶程には鮮明ではないけれど。
私には幼い頃の、愛されていた記憶も有る。
まだ生まれて間も無い頃なのだろう。
笑顔で私を抱いた母と、私を覗き込む笑顔の父。
兄達も、姉達も、祖母も祖父も。
とても喜び、優しい笑顔を浮かべている。
それから数年、私の記憶は楽しく、暖かなもので。
このまま未来が続いていくのだと。
微塵も疑いもしなかった。
何も知らない、無垢な私が其処に居た。
私は自分では普通だと思っていたのだけれど。
家族は私を「天才だ!」と言って褒めていた。
それは私が他の子よりも早く話せる様になり。
他の子よりも読み書きが優れていたから。
だから、その将来を期待されていた。
けれど、それは唐突に地獄へと私を突き落とす。
母と一緒に出掛けていた時の事。
同い年の女の子の母親が私を見て、一言。
「…あの、御宅の娘さんって、確か宅の娘と同い年なんですよね?…小さ過ぎませんか?」と。
それまで私も家族も気にしなかった事実を。
そして──家族は私を異物を見る様になった。
でも、その女性を逆恨みする事は無い。
ただ彼女は事実を、疑問を口にしただけ。
それを罪だと言う事は出来無い。
気遣いや配慮を欠いた、浅慮な駄目な大人、と。
評価をしているだけで。
それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもない。
それだけでしかないのだから。
──side out