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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   隠した鋭危な


嶺胡の里に本陣を移した翌日。

予想通りに亥駑の部隊が動き出した。

まだ夜明け前にも関わらず、積極的な行動。

嶺胡の狩猟スタイルの戦い方とは違う。

明らかに策を以て敵を倒しにいく軍略の片鱗。

華琳が興味を持つのも頷ける話だ。

それだけ奈安磐は隔絶された環境なんだからな。



「緊張してるのか?」


「──ニャっ!?、そそそそんな事無いのニャっ!

ミャーが全ー部っ、やっつけて遣るのニャっ!」



ビクッ!、と身体を跳ねさせた後、慌てて誤魔化す様に胸を叩いて強がる美以。

判り易い強がりだな。

だが、そんな所が可愛いと思える今の俺。

きっと明命の情熱が飛び火したんだろうな。

…うん、それは違うな、絶対に。

猫も美以も可愛いけど。

それは違うと思うんですよ、坂本さん。

いや、坂本さんって誰ですか?。


──とかいう脳内ボケツッコミを遣りながら。

俺の萌える右手は美以の頭を撫でている。

真っ赤になるのは美以ですが。


俺達の前に現れた時とは違い、皆と戦う。

それは美以にとっては初陣であり。

久しく誰かと一緒に戦う──狩りをしたりする事も無かった美以にとっては感慨深いもの。

だから、「失敗したら、また…」と。

失う恐怖に苛まれるのは仕方が無いのだろう。

勿論、そんな事は有り得ませんけど。

失敗したら繰り返さない様に努力するだけ。

失敗した経験を糧に成長して貰う。

それが宅の基本方針ですから。


──とは言え、信賞必罰は政の基本です。

特に、そういう立場に有る者には尚更にです。


そういう意味では美以は既に背負う(・・・)身。

だから、緊張するのも可笑しくは有りません。

寧ろ、その重さ(・・)を理解している証拠。

自分の為だけに戦うのとは訳が違う。

多くの者の未来を左右する責任を背負っている事。

それが何れ程のプレッシャーとなるのか。

それは背負う者にしか理解出来無いもの。

それを投げ出さず、逃げ出さず、眼を逸らさずに。

しっかりと向き合い、背負っているのだから。


そう思うと、“原作”の孟獲よりも立派ですよ。

“上に立つ者”としてね。


そんな美以の緊張を解してやる様に。

明命程に遣り過ぎない御猫様極楽拳を使用。

…え?、「何で御前が使えるんだっ?!」って?。

だって、この技を明命に教えたの、俺だもん。

創始者が使えない訳、有りませんて。


まあ、元々は明命から「忍様っ、もっと御猫様達と仲良くしたいですっ!」と涙ながらに懇願され。

それで明命の意見を元に開発した技なんです。

当初、俺はね、「マタタビやネコジャラシで十分に満足させられると思うけど?」と発言。

しかし、明命に「それでは物に頼っていますっ!、私は自分の手で御猫様を満足させたいんです!」と物凄い熱量の情熱で熱弁されましてね。

ええ…まあ、押し切られて開発した訳です。

──あ、因みに氣は未使用ですから。

御猫様極楽拳は純然たる手技・指技です。

明命的に可能な限り氣も使いたくないとの事で。


尚、その開発と昇華と会得の過程に於いて、明命が自らを被検体としたのは俺達二人の秘密です。

ええ、あんな明命の姿は冥琳や華琳にも見せる事は出来ませんので。

二人だけの秘密(・・・・・・・)なんですよ。




──とか遣ってる内に見張りからの知らせが届く。

俺は今回も見学です。

勿論、“歪み”の気配が有れば動きますけどね。

今の所、それらしい気配は感じられませんので。

この一戦を使って美以や嶺胡族に宅の戦いを知って貰おうと思います。

つまり、いつも通りって訳です、はい。


平時を装っている早朝。

里の南側が急に騒がしくなり、敵襲が告げられる。



「やぁやあっ!、我こそは亥駑で一番──いや!、奈安磐一の可愛さを誇る張子海(・・)様だーっ!」



そう叫ぶ声の方を見れば、原作での袁紹を思わせる御輿風の移動式玉座に立って(・・・)いる少女。

張宝(・・)の姿が有った。

「行くぞーっ!、野郎共おぉーっ!!」と。

幻聴が聴こえそうなイケイケ・ゴーゴー・ノリノリテンション爆アゲ中のライブパフォーマンスの様に身を乗り出している。

…うん、もう何かね、あの娘って凄いわ。

自分で亥駑一から奈安磐一に格上げする所とか。

「言うだけならタダ!」「言った者勝ちだし!」と自信満々の回答が訊きもしないのに返ってきた。

そんな感じの迫力が有ります。


原作では一応“太平要術の書”というファクターが有ったにせよ、あれだけの事を遣らかした訳で。

その最大の起因は間違い無く、彼女の言動。

その場のノリと勢いと可愛さと萌えで。

大陸に大混乱と戦禍を撒き散らした諸悪の根元。

その無駄に凄い“捲き込み力”は現実でも健在。

こういう煽り能力──先導力が彼女の怖さ。


それに加え、姉が包容力で誑し、妹が統率力で纏め原作の“黄巾党”は成立していた。

まあ、肥大化(・・・)して自滅するんだけど。

もう少し上手く立ち回っていたら、本当に大陸一も可能だったかもしれない。

それ程のポテンシャルを持っていた訳だから。

はっきり言って侮っていい相手ではない。


──とは言え、それでも主戦力は物量戦(・・・)だ。

正直な話、宅の敵ではない。

まあ、いきなり宅が歓待(・・)はしないけどな。


里の防衛役に配置した嶺胡族の男達が頑張る中。

颯爽と突っ込み(・・・・)、敵を蹴散らす影。

「真打ちは遅れて登場するから格好良いのよ」と。

ちゃんと(・・・・)乗せられた美以だ。

誰が囁いたのかは言わずもがな。

まあ、効果覿面だから文句はないけどね。


美以の驚異的な登場の仕方に、敵兵は吃驚するのと同時に動きを止め、後退りした。

辺境という閉鎖的な奈安磐だからこその反応。

──という訳では有りません。

自分の想像を超える個の力を目の当たりにすれば、誰だって怖じ気付くのは自然な反応なのだから。


美以が一睨みすると敵兵は引き潮の様に下がる。

しかし、美以が敵兵を気にする事は無い。

睨み付けるのは指揮官──張宝。

ズビシッ!、という効果文字が背後に見えそうな、名探偵の決めポーズの如く張宝を指差す。



「御ミャーが誰かなんて知らないのニャっ!

ただ、其処の御調子者(・・・・)っ!

御ミャーは、この孟長嶺(・・)が潰すのニャっ!」


「なあっ!?、このっ…生意気な事をーっ!」



返り討ち宣言をする美以。

字である“長嶺”は文字通りに“嶺胡の長”を指す代々の長に受け継がれている字。

だから、美以が新しい長と成った事で受け継いだ。

別の字を名乗らせる事は簡単だが、伝統は大事。

特に閉鎖的な部族の場合、そういった細かい部分が彼等のアイデンティティーに直結する為。

だから、そういう所に配慮する。

宅としては重要な案件ではないしな。

美以に別の字を名乗らせるのも簡単な事だし。

美以が成長し、俺の妻として息子を産んで。

その子が字を受け継いでから別の字を名乗ればいいだけの話ですからね。

急ぐ理由も有りませんから、じっくりと待ちます。


──と、そんな俺の補足説明な思考は置いといて。

美以に“御調子者”呼ばわりされた張宝。

頭に血が上ったのか、叫び返す。


美以を知ってるから言えるが、入れ知恵(・・・・)だな。

美以が、そんなに上手い挑発は言えないって。


ただ、そんな事は此方の内輪の裏事情。

知る由も無い張宝は顔を真っ赤にして、屈辱からか肩を震わせながら、美以を睨み返している。



「──って、あれ?…アンタ、誰よ?

此処で出てくる(・・・・・・・)のは屠牙って奴じゃないの?」


「もう屠牙は居ないのニャっ!

そして、ミャーが嶺胡の新しい長なのニャっ!」


「ええっ!?、嘘っ!?、いつ代わったのよっ?!」


「昨日なのニャっ!」


「ちょっと聞いてないんだけどっ?!」


「御ミャーに言う必要は無いニャっ!」


「そうなんだけど、そう言われると腹立つーっ!」



“売り言葉に買い言葉”と言うべきのか。

…何か、こう…物凄い低レベルな子供の口喧嘩的な感じがしてきたんですけど?。

貴女達、この状況を忘れてませんか?。

そして御互いに嶺胡族と亥駑族のトップですよ?。

それが…そんなんでいいの?。

…まあ、トップが少し緩い方がピラミッド型階級の組織力は高くなり易いんですけど。


…え?、宅ですか?。

宅は例外中の例外ですから。

それでもまあ、俺達夫婦が中核ですけどね。



「もう怒ったっ!、皆っ!、遣っちゃえーっ!!」


「ふふんっ!、ミャー達の力を思い知るニャっ!!」



張宝の掛け声で傍観者と化していた敵兵が動く。

空気を読む者が多いのか。

意外と動きはスムーズで即時反応している。


一方、嶺胡族も美以の掛け声で前に出る。

敵を討ち倒すのではなく、押し返す(・・・・)為に。

急ぎで用意させた“連大楯”を構えながら。


連大楯というのは大楯を鱗の様に組み合わせて並べ動く壁の様にして扱う軍戦用の特殊兵装。

警察や軍隊で、最前列の一人一人が楯を持ち隊列を組んで前に進み出る、あんな感じになる。

違うのは楯を個々で持たず、横に並べて一体化したブロック式の造りをしているという事。

複数人で持ち、大きな面を維持する。

状況により、下部の杭を地面に撃ち込み、堅持。

一時的なら中央の一人でも支えられる為、他の者は敵に対して攻撃を仕掛ける事も可能。

──といった感じの物です。

今までの戦いでは出番が有りませんでしたけどね。


その連大楯なんですが。

即席だから造りが粗いのは仕方が有りません。

真桜が居れば見映えも整えられるんだけどね。

ただ、今回に限っては粗い位の方が丁度良い。


張宝は御調子者だが、決して馬鹿な訳ではない。

もし、これが奈安磐や嶺胡族の文化レベル的に見て不釣り合いな装備を手にしていれば。

その違和感に彼女は気付くだろう。

そういう抜け目の無さが、彼女の恐い所。

そして持ち前の決断力から即時撤退を決める筈だ。


それは先程の美以との口喧嘩からも窺える。

口を滑らせてはいるが。

張宝は情報を与える事で美以の反応を窺った。

美以は根が正直だから演技力は無いに等しい。

そういう意味では張宝の方が女らしく、強か。

ある意味、女の戦い(・・・・)を知っている。

だから、直ぐに美以の性格は察しただろう。


美以が余計な事を言わなかったのは入れ知恵されて覚えないといけない事で頭が一杯だったから。

その余裕の無さが、上手く張宝への目眩ましになり怪しまれる事が無かった、という事。

…まあ、張宝の性格も一因ではあるけど。

華琳は上手く仕込み、釣って(・・・)見せたな。


結果、張宝は役目(・・)を果たしてはいる。

本来の形とは違うが、予定外の展開にも関わらず、即座に切り替えて動いているのだから。

その辺りは類い稀な才能だと言えるな。

勿論、だからと言って彼女が戦上手な訳ではない。

飽く迄も、それだけを見れば、というだけの話。


そして、戦局は次の場面へと移行する。


美以と張宝が一進一退で激しく遣り合っている中、里の北側が騒がしくなった。

美以は兎も角、嶺胡族には動揺が走った。

それを見て、張宝は北叟笑む。

…いや、張宝だとドヤ顔(・・・)だな。

その方が、しっくり(・・・・)くる。



「さて、どうする、張梁(・・)?」



美以は華琳の指示通り、張宝を押さえ付ける。

それだけに集中させる事で雑念を払拭。


その美以の姿に──張宝の顔色が変わる。

屠牙は居ないが、役者が代わっただけ。

そう、彼女は思っていただろう。

だが、此処に来て鋭い彼女は気付いた。

本来なら、此処で北側に意識を向ける筈の美以が。

一切、その素振りを見せない。

それが何を意味するのか。


そして、だからこそ。

彼女は一人の姉として(・・・・)声を出す。



「──人和(・・)ーっ!、来ちゃ駄目えぇぇーーーっ!!」



必死に、力一杯に声を張り上げる。

だが、両軍の怒声と雄叫びの飛び交う戦場では。

その叫びは、あまりにも小さく、無力だった。


次の瞬間、北側で雄叫びが上がり。

祈る様な張宝の顔が歪んだ。





 張梁side──


まだ夜が明けぬ内に私達は動き出した。

平静を装っても緊張感は拭えない。

…姉さんには強がってるってバレバレだけど。

作戦を立てた私が不安がってたら話に為らない。

だから、気合いで自分を誤魔化し、冷静に。

でも、そう簡単に勝てるとも思ってはいない。

それだけの相手なのだから。


嶺胡の民は、私達亥駑族よりも狩猟能力が高い。

吸収した非戦派の早屡・黄尼を合わせても奈安磐の南部地域では嶺胡族が一番だと言える。

それ程に昔から嶺胡の狩猟能力は有名。

一説には、嶺胡族の中で狩猟能力が低かった者達が里を追われ、或いは自ら離れて新しく誕生したのが亥駑族や他の二部族だとも言われている。

つまり、それ位に彼我に実力差が有るという事。


それでも、決して隙が無い訳ではない。


今の嶺胡の長は慎重な性格で、滅多に表に出ない。

元々、他の部族とも交流する事が無い嶺胡だけど、今の長に代わってから更に排他的に為った。

──とは言え、決して攻撃的な訳ではない。

飽く迄も、交流等をしないだけで。

決して、自分達から攻め込んだりはしない。


其処に、唯一の隙が有る。


嶺胡と亥駑の戦力差は僅かだが、嶺胡が勝る。

それに加え、能力も上で、屠牙という戦士も居る。

正面に遣り合っても、先ず勝てはしない。

ただ、此方等が戦力──兵数で上回れば。

決して勝てない訳ではない。

そう考えて早屡と黄尼を説き伏せ、吸収した。


そんな時、遼東郡の方で大きな争乱が起きた。

私達は兎も角、嶺胡は外部の情報には疎い。

──と、そう思っていたのが私自身の隙だった。


嶺胡の長は積極的には動かない。

けれど、決して外部の事に興味が無い訳ではない。

寧ろ、一族の者達にも気付かれない様に。

()()を持っていた。

その事に気付いた時、私達は動くしかなかった。

準備は万端ではないけれど。

不十分という訳でもない。

一気に仕掛ければ、十分に勝機は有る。


────その筈だったのに。



「右翼っ!、押し込むのーっ!」


「──っ、左翼っ!、前に出ては駄目っ!

広がり過ぎない様に固まってっ!」


「──っ、動いたの!、左翼っ、今なのーっ!

側面(・・)から突撃なのーっ!」


「──なっ!?、くっ──」



左、右、左…と大きく揺さ振られては崩れる。

しかし、それ以上に相手の動きが良い。

嶺胡族の者の筈なのに…動き方が全く違う。

数では此方等が勝っているのに。

押さえ付けられる(・・・・・・・・)

指示を出す少女──于文則とは一体何者なのか。


でも、問題は彼女ではない。

彼女を動かしている(・・・・・・)誰かが居る。

目には見えない深い影の中に潜みながらも此方等の全てを見透かす様に指を動かす。

それだけで嘲笑う様に私達を絡め取ってゆく。



「…っ……こんなの、まるで蜘蛛の巣みたいっ…」



そう自分で言って──納得してしまった。

それと同時に気付いてしまった。

私達は攻め込んだのではない。

巣穴に誘き寄せられた(・・・・・・・)のだと。



──side out



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