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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   棘が有るけど


予定外であり、予想通り、と言うべきなのか。

「むっふーっ、満足しましたっ」と言わんばかりの血色の良い艶々した肌が眩しい笑顔の明命。

だが、その両腕の中の刺客の少女は魂が抜けているグロッキー状態で弛緩している。

その様子に獲物を回収して戻って来て、御主人から褒めて貰いたくて期待している猟犬に思える。

ただ、その猟犬自身も能力に反する可愛らしさ。

一見しただけでは猟犬とは思わないだろう。

とても愛らしく、人懐っこい、マスコット的な。

そういう印象を持つ存在なのだが。

中身は非常に優秀な狩人なのだから。

本当、ギャップって凄いよね~。


──とまあ、それは置いといて。

取り敢えず、言い掛けた“嶺胡の最強”さんに話を訊いてみる事にしましょう。

…正面に喋れるかは判りませんが。

精神的に疲労困憊状態なので口は滑り易いかも。

頭が回らないと事実や本音が出易いですからね。


ほら、「酔った拍子に…」って言う様に。

そういう時の言動は、その人の根幹にある本質。

だから、御酒には注意しましょうね。

“酒は飲んでも、呑まれるな”です。

ええ、意外と深い言葉だと俺は思いますよ。



「こんにちは、俺は徐子瓏、名を教えてくれるか?」


「……みゃーは嶺胡の最強の戦士、屠牙(・・)にゃ…」



少女の目の前で屈み、視線を合わせて話し掛ける。

漫画的な表現をすると、レイプ目になってるな。

レイプされたって訳じゃないんだけど…。

まあ、精神的には蹂躙された訳だから近いか…。

いや、実際には全く違うんだけどさ。

簡易に表現しようとすると中々難しいんですよ。


──という話は兎も角として。

目の前に居る少女は“原作”での名は“孟獲”。

ええ、自称・南蛮大王様の猫耳少女さんです。

現実の彼女も見た目には同じです。

稀少な白虎の毛皮を使った装束を身に纏っているが中身は俺達と同じ人間です。

ただまあ、明命が反応した理由も頷けます。

だって、この娘、無意識に自分の氣を装束に通して自身と一体化させてるんですもん。

判る者(・・・)からしたら、獣人(・・)に思えます。

だから、明命の反応も当然だと言えます。

それに可愛いものは可愛いので。

可愛いは正義!、猫耳・犬耳・兎耳!、世の中色々有るけれど、可愛ければ何でも有りっ!。

可愛いは世界を救い、可愛いは世界を統べる!。


──コホンッ…といった話も有りますが。

今、彼女が口にした“屠牙”という名も正しい。

実は、彼女の本名は孟獲なのだが、罪を犯した事で姓名を剥奪され、忌み名(・・・)の屠牙で呼ばれる。

そういう事情が有ったりする。

その罪というのは長老を失明させた事なのだが。

宅の調べた限りでは、その可能性は限り無く低い。

切っ掛け(・・・・)としては有り得るが。

決して、主因とは思えない。

──と言うか、長老の失明は糖尿病(・・・)だ。

既に、かなり視力が低下していた所に、孟獲により引き起こされた事故に巻き込まれた。

その後、視力が完全に失われてしまった訳だが。

それを長老は利用し、孟獲を手駒(・・)にした。

元々、その力から次の長は孟獲になる筈だった。

そうなれば自分は用済み、一族の底辺に落ちる。

そう為りたくはない。

しかし、戦って死ぬ気概も度胸も気高さも無い。

だから孟獲の罪を作り上げ、自分の保身を成した。

孟獲を使い自分の手柄とし、地位を磐石に。

死ぬまで偉そうにしていられる様に成った。


所が、遼東郡の争乱が思わぬ火種として拡散。

飛び火(・・・)した結果、遼東属国でも争乱が。

当然ながら長老に一族を守る力は無い。

しかし、孟獲を利用すれば孟獲の手柄となる。

彼等は強き者に従う。

長老が戦えぬなら、孟獲に支持が集まる。

そんな事態になる前に。

長老は孟獲に英雄──次の長への道を示し、激励。

長老に対する孟獲の罪悪感を利用し、自分の立場を敵ではなく、恩人へと入れ替える。

老獪で姑息で保身的な輩に見られる常套手段(遣り口)だ。


ただ、それを看破するだけの思考力が無い。

排他的で、狭く閉ざされた文化・風習を重んじて、遵守・従属(・・)している彼等には。

それに疑問や違和感を懐く要素が欠けている。


まあ、その辺りも含めて。

利用している長老は狡賢い訳なんだけどな。

こういった環境だと、そう為り易いのが現実。

だから何も可笑しな話ではない。

何しろ、有り触れた事なんだから。


──という訳で、その鎖を、ぶっ壊しましょう。



「そうじゃない、俺が知りたいのは本当の名だ」


「…っ………ミャーには無いのニャっ…」


「そうか?、俺には有る様に思えるけどな」



俺の質問に表情を歪め、顔を逸らした。

華琳達も察した様だが、反応は見せない。

そういった訓練もしていますからね。

出来無かったら、帰ったら特別補習(・・・・)です。


──で、当の孟獲はというと。

俯いたまま考え込み──小さく呟きます。



「……………………どうして、そう思うニャ?…」


「本当に無いのなら、それが本当の名だ

だから、「無い」なんて答えはしない

そう言うのは、本当の名が有る者(・・・・・・・・)だからだ」


「────っ!!」



吃驚した様に顔を跳ね上げる孟獲。

見開かれた円らな双眸を俺は真っ直ぐに見詰める。

男女を、色恋を意識する御年頃なら照れる場面。

しかし、まだまだ花より団子な孟獲は真っ直ぐに。

照れる事無く俺を見詰めてくる。

……ちょっと、俺の方が恥ずかしくなってくるね。

勿論、この徐子瓏、この位では動揺もしませんが。

無垢な真っ直ぐな眼差しって…凶器ですよね~。


そんなこんなな今の遣り取りなんですが。

これは、ちょっとした思考誘導。

本名が有るのだと、それを奪われたのだと。

知っているから出来る茶番劇な訳なんですが。

勿論、孟獲は知らない訳で。

それを態々親切丁寧に教えてあげる必要も無い。


そう遣って感情と思考を誘導し、気付かせる。

自分を縛っている鎖。

それは自分が(・・・)生み出した幻想なんだと。



「一族の掟とか有るのかもしれないが、そんな物で本当に名を奪えると思うか?

ただ、言わないだけ、呼ばないだけ

実際には何の力も無い、そう思わせているだけだ」


「…っ…そ、そんにゃ事は…」


「なら、御前は自分の名を忘れたのか?」


「──っ!?」


「本当に名を奪われたのなら、誰も覚えていない

それは本人でさえもだ

だが、御前は覚えている、忘れてなどいない

御前の名は、今も尚、御前に刻み込まれている

その名を、教えてくれるか?

俺は、俺達は、御前の事を知りたいんだ」


「……っ…………………っ………“孟獲”にゃ…」


「孟獲か、良い名だな」


「──っ!!、~~ぅにゃっ、にゃあぁぁあぁっ…」



そう言って頭を撫でて遣ると孟獲は顔を強張らせ、仮面が罅割れ、感情が溢れ出す様にボロボロと空が泣き出す様に涙が地面へと落ちる。

そっと抱き寄せれば、幼児の様に抱き付いて。

抑える事無く、声を上げて、歓喜を示す。

詰め込んでいた孤独と寂しさを吐き出す。


久し振りに誰かに名を呼ばれる。

普通に生きていれば当たり前な事だが。

そんな普通を奪われ、人としての尊厳を奪われ。

ただただ、()の様に扱われ、生きる。

そんな経験をしてきた者の心中は。

察する事は出来ても、本当には理解出来はしない。

それ程に深く、異質で、共感し難い事なのだから。


ただ、そうだとしても。

寄り添う事、向き合う事、包み込む事は出来る。


その傷付き、弱り、不信となった心が。

少しでも癒され、再び、歩み出せる様に。

傘となって守ってあげる。

そして暫しの雨宿りを。

雨が止めば、其処には晴れ渡る空が待つのだから。




──なんて身体が痒くなる様な一人言を思い浮かべながら孟獲が泣き止むのを待っていた訳ですが。

貰い泣き(・・・・)して抱き付いてくる面々。

それにより、俺は餡の様に包み込まれました。

いや、此処は孟獲を包み込む所でしょ?。

…え?、「弱った乙女の心には、御兄様の愛こそが必要なのです」って?。

「そんな訳有るかーいっ!」とツッコミたい。

叫んでシリアスを終わらせてしまいたい。

だってコレ、教祖の布教(・・)に使われてるし。

しかも、俺が阻止出来無い様に自分も貰い泣きした体で抱き付いてるし。

勿論、本当に孟獲の事を想ってもいるんだけど。

それはそれ、これはこれ、と割り切れるのが華琳。

その上、少量とは言え、涙を他者に見せるとか。

華琳の事を知っていれば、一目で怪しめます。

だって、宅の愛妹は超絶負けず嫌いなんですから。

そう簡単に涙を見せる訳が有りません。

何よりも、原作の曹操とは大きく違う点。

それが涙や女の武器の巧みな使い方でしょう。

母さん、貴女の英才教育は花開いていますよ?。


──なんて現実逃避を兼ねた回想も終了。

流石に初対面の俺達の前で泣いたからなのか孟獲は顔を耳まで赤くしています。

頭上の猫耳ではなく、顔の横の人の耳をです。

此処、重要ですから。



「さて、孟獲、改めて話をしたいんだが…

俺達は遼東属国──御前達が“奈安磐”と呼んでる領域の外側から来た者だ

それは判っているか?」


「ミャー達と匂い(・・)が違うから判るニャ」



そう孟獲が言ったからか。

蒲公英と沙和が「えっ!?、そんなに臭うの?!」とか言ってるも同然の反応で自分と御互いを嗅ぎ合う。

それ自体は微笑ましいリアクションなんだが。

「…貴女達ねぇ…」と華琳が御怒りだ。

当然だが、事前に孟獲の様な少数の女性が無意識に氣を使い身体能力と五感を共感している事は伝え、対策方法を指示している訳で。

それで、その反応は…なぁ…。

うん、華琳じゃなくても少し説教したくなるって。


まあ、華琳も今は(・・)脱線しませんが。

後の事は、俺は知りません。



「今、この奈安磐は彼方此方で戦いが起きてる

その事は知っているんだよな?」


「勿論ニャ、ミャーも攻めて来てる“亥駑”を倒す為に戦うのニャっ!」


「そうか…だが、その必要は無くなったな」


「どうしてニャ?」


「孟獲は俺達に敗けたから」


「…ぅニャ?…………………ニャァアーーーっ!!??

ちちっ、違うのニャっ!、敗けてないニャっ!

ミャーは敗けてないのニャっ!!」


「そうなのか?」


「そうなのニャっ!」


「じゃあ──もう一回、行ってみるか」


「────ギニ゛ャ゛っ!?」



孟獲の闘志を尊重し、視線を明命に向ける。

釣られる様に見た孟獲が瞬間硬直。

闘志が一瞬で消え失せた。

明命は「良いんですかっ?!」と嬉しそうだ。

本物の獣人でも猫でもないんだけど。

余程、孟獲のモフ感が気に入ったみたいだ。


そんな明命を見て怖じ気付くのも仕方が無い。

そう、仕方が無いのだよ、明智(あきとも)くん。

誰だよ。



「どうする?」


「……ほ、他の奴で…」


「良いけど、一人ずつ倒しても戦う事になるぞ?

それなら最初から戦っても同じだと思うけどな」


「…ぅニャぁ…」



明命というラスボスを前に泣きそうな孟獲。

ぎゅっ…と、俺の服を無意識に握っている仕草。

その反応と可愛らしさに数名が既に敗北しているが態々言う事ではないな。

それに言った様に結果は同じなんだから。



「なあ、孟獲、御前以外に戦ってる者は?」


「そんなの居ないのニャっ!

ミャーは嶺胡で最強なのニャっ!

だから、ミャーが一人で敵を倒すのニャっ!」



萎んだ闘志を奮い起たせる様に声を上げる孟獲。

だが、その発言に怒気を懐く宅の面々。

蒲公英や沙和ですら「早く殺っちゃお?」と。

視線で嶺胡族の鏖殺を提案してきている。

うん、その気持ちは判るが、落ち着きなさい。



「なのな、孟獲…それは嶺胡族では普通でも外では可笑しい事なんだ

嶺胡では孟獲が一番強いのかもしれない

でも、苦手な事だって有るだろ?」


「…っ……ニャぁ…」


「その為に、俺達は力を合わせる

だからな、孟獲、御前の力を俺達に貸して欲しい

手を繋ぎ、俺達の新しい家族になってくれ」






 孟獲side──


失った名を、居場所を、取り戻す為にっ!。

そう誓って戦いに身を投じた筈なのに。

気付いたら、思いっ切り泣かされてて。

だけど、誰かに自分の名を呼んで貰えて。

悔しいのに、恥ずかしいのに──嬉しくて。

だから、戦いたくない。

そう思ってしまったのは仕方が無いと思う。


だけど──それでも、戦わないといけない。

名を奪われた訳ではないと判ったけど。

それは外の者(・・・)だから。

だから呼んでくれた。

でも、里に戻れば誰にも呼ばれる事は無い。

それを変える為には、戦うしかない。

戦って、勝って、英雄(・・)になる。

それしか無いのだから。


──と思っていたのに。

この男──徐子瓏は「家族に為って欲しい」と。

そう言った。

…正直に言って嬉しい。

ううん、物凄く嬉しい。

直ぐにでも差し出された手を握りたい。

だけど…でも…うん、そう簡単に信じられない。

嘘は吐いてないって判る(・・)けど。



「…ね~、孟獲ちゃん、そんなに悩む事なの~?」



悩んでいる所に、場違いな気軽な声が掛かる。

軽い苛立ちと共に、睨み付ける様に顔を向けた。

其処に居るのは一番弱そうな女。

そして、とっても馬鹿そう。



「御ミャーに何が判るのニャっ?

ミャーは余所者(・・・)ニャ!

家族に成れる訳が無いのニャっ!」


「あ~…でも、それって間違ってるの~」


「どうしてニャっ!」


「だって、私達も前は孟獲ちゃんと同じで自分達の一族の中でだけ生きてたの~」


「…………え?」


「今の奈安磐みたいに争って…沢山亡くなって…

それを子瓏様が収めてくれて~、私達を全部纏めて受け入れてくれたの~

だからもう、私達は争わなくて良くなったの~

あ、勿論、敵とは戦うんだけどね~」



──と、緊張感の無い緩みきった笑みを浮かべる。

ついさっき、自分達を襲おうとしていたのに。

どうして、こんなに簡単に受け入れられるの?。

命を狙った相手なのに?。

判らない、そんなの知らない!、判らないっ!。


そう心の中で叫んでいたら。

頭を優しく撫でられた。

誰なのか、誰の手なのか。

見なくても判ってしまう。

ついさっきまで、優しく撫でてくれていた。

暖かくて、優しくて、大きくて、力強い。

その掌を忘れられる訳が無い。



「親子や血縁者って意味でなら俺達は他人だ

だけどな、そんな他人同士が手を繋ぎ家族に成る

最初から決まってる関係だけが家族じゃない

御互いを知り、御互いを認め、御互いを必要とする

そう遣って、家族に成っていくんだ」


「…っ……………ミャーも…家族に成るのニャ?」


「孟獲が俺達を家族としてくれるのならな」



色んな事が頭の中で、グルグル、ぐるぐる。

そんな中で姉上の声が聞こえた気がする。

「貴女のしたい様にしなさい」と。

「それが貴女の道、貴女の幸せなのよ」と。

優しく、でも強く。

背中を押してくれた気がする。



「………………………………………判ったのニャ」


「有難う、孟獲

俺の真名は忍だ、受け取ってくれるか?」


「受け取るニャ、ミャーの真名は“美以”ニャ

宜しくなのニャ、忍!」




──side out



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