身勝手が生む
“遼東属国”──その名の通り遼東郡に属する地。
──とは言え、正確には遼東郡ではなく、別扱い。
また、国と名が付いてはいるが。
実際には、その実態は支配地域でしかない。
紛らわしいが、そういうのが政治でもある。
要するに、上辺を整えただけの事。
そして、其処に暮らす人々は異民族。
──とは言え、角が有るとか、耳が長いとか。
そんな判り易い特徴の有る人種ではない。
──と言うか、何が違うのかすら見ただけでは先ず判る事ではない。
当然と言えば当然の話だが。
その異民族というのは俺達と同じ人間だ。
ただ、風習や文化、歴史が異なるだけ。
その毛色の違いで、分別される。
差別というのは人類の歴史に根深く存在する問題で過半数が政治的な要因が絡んでいたりするもの。
“村八分”の様な規模の大小は有るにしてもだ。
そんな異民族とされる人々だが。
多くは先住民や移民、敵対勢力である事が多い。
それを戦争で排除するには手間が掛かるし、犠牲も出る事は避けられない。
其処で、上手く交渉し、丸め込む。
そう遣って隅に追い遣った。
そういった境遇である事が少なくはない。
「遼東属国ですか…」
「知ってはいるんだろ?」
「はい、勿論です
ただ…彼処は私達の立場では関わる事が難しく…」
「それは俺達も理解している
情報という意味でなら宅の方が持っているしな
聞きたいのは袁家との繋がりが、どの程度かだ
まあ、あまり良好な方ではないんだろうけどな」
そう言えば麗羽と詠は苦笑する。
見栄を張る必要も、取り繕う理由も無いが。
はっきりと言われれば、そうもなるだろうな。
頭では判っていても、他人事だから。
遼東郡を統治──支配していたのは袁家だ。
そして、遼東属国の地を現在の様な形態にしたのも他ならぬ袁家だ。
今までは隠密衆も調べる事は難しかった。
下手に探ると確実に怪しまれるからな。
だから、抹消されたりした情報を、口伝という形で引き継いでいる可能性を考え、二人に訊いている。
「…異民族とされる遼東属国の民は私達とは風習が異なる事も多々有り、御互いに不干渉とする事で、衝突する事無く、共存してきました
──とは言え、それは同じ地で、という訳では無く各々の地で、という形でです
もし、袁家が踏み込んでいれば…
或いは、彼等が反抗心を懐き、侵攻していたら…
今の様な状況にはなかったと思います」
「不干渉だからこそ、だな
詠、御前の立場でしか聞けない様な話は有るか?」
「御役に立てれば良いのですが…済みません」
「別に謝る事じゃない、そういうものだからな」
「そうなると…やはり、直接介入になりますか…」
「そうだな…」
華琳が言った様に此方等から介入する他に無い。
時間を掛けさえすれば彼方等から仕掛けてくる様に持っていく事も難しくはないのだが。
如何せん、動いた理由が内乱だからな。
下手に放置すると長引くし、被害も拡大する。
切り捨てても構わないなら、そうするんだけどね。
遼東属国の民は殆んどが被害者だと言える。
切り捨てるのは楽だし、簡単だが。
此処で彼等の支持を、信頼を得られたなら。
宅の将来的な不安要素を大きく解消・改善出来る。
その為、ここは臨機応変に対処すべき所になる。
かなり面倒臭くてもね。
「俺と華琳、麗羽と詠は確定として…」
「御兄様、愛紗が出たがると思いますが?」
「当然、却下だ
幾ら俺が居て、氣が使えるとは言え、出産直後だ
限り無く無いに等しいにしても、絶対じゃないんだ
どう言おうと許可は出来無い
──と言うか、判って訊いてるだろ?」
「念の為の確認です、御兄様」
何に対しての念の為なのか。
態々訊かずとも、麗羽と詠を見れば判る。
そう遠くない内に俺との子供を産む事になる二人に宅の価値観を教えておく為だろうな。
そして、それを教祖は利用し、布教。
うん、本当に振れないし、抜け目が無いな。
「…はぁ…まあ、連戦にはなるが、蒲公英と焔耶、明命に亞莎に風も、それから沙和にも此処で場数を踏んで貰うとするかな」
「桂花は宜しいですか?」
「元々の能力も高いし実戦経験も積めたからな
だから今の内に少しでも内政の経験を積んで貰う
これから冥琳達が順に産育休に入るし…
周りにも、ある程度の入れ替わりには慣れて貰う
いざと言う時、慌てたり混乱しない為にな」
「畏まりました」
こうして麗羽達に俺の考え方や遣り方を見せる事で理解と共に信頼や尊敬を懐かせる。
──という、内助の功を然り気無く遣る華琳。
ええ、その良妻振りは正に天下一と言えます。
だって、己が野心の為に自分で立てる才器だしね。
それを全力で妻としての方向に傾けている訳で。
傀儡に等しい夫でも、覇権争いを遣れるでしょう。
俺は決して傀儡では有りませんが。
この徐子瓏、尻に敷かれても、傀儡には為らぬ!。
──という感じで解散し、各々の準備へ。
そして、俺はというと咲夜の所へ。
二人きりで会います。
夫婦ですから、変な意味は有りませんからね?。
「毎回毎回疑うのも気疲れするし、馬鹿馬鹿しい事なんだけど…それで後悔はしたくないものね…」
「本当にな、もう少し判り易くして欲しいよ」
そう言って二人して溜め息を吐く。
──と言うか、御互いに以外、この手の愚痴を言う相手が居ませんからね。
華琳には前世の話はしていますが、必要以上の事は教えていませんので。
別に今は詳しい事は知らなくても構いませんから。
そういう理由からも、愚痴や相談は御互いのみ。
「仕方が無い」って言えば仕方無いんですけどね。
それでも何か言いたくなるのが愚痴って物です。
「…で、その遼東属国って確か、半自治領よね?」
「半じゃなくて、“実質的な自治領”が正しいな
遼東郡──袁家の支配下に有る、というのは殆んど此方側の政治的な解釈だからな
彼等に従属・隷属している意識は殆んど無いよ」
「多少は有る訳?」
「外交官って役割を担ってる極一部はな
彼等は外を知っているから、弁えている」
「成る程ねぇ…」
苦笑──呆れと言うよりは感心を含む咲夜。
だが、そうなるのも無理も無い事。
ただ、別に珍しくも、難しくもない。
極々有り触れた単純な話。
彼等も最初は自分達の扱いに驚き──憤慨する。
しかし、彼等は外交を任せられる様な人物だ。
決して、自分達の立場を忘れる様な事は無い。
その為、どんなに憤怒を懐こうとも──抑え込む。
感情に任せた言動を取れば、袁家勢力だけではなく他の全ての勢力をも敵に回す可能性も有る。
そうなれば、元々が少数部族である彼等は遼東属国全体が結束しても、勝ち目は無い。
寧ろ、そうなれば絶滅が最善の結末。
下手に生き残れば、どんな扱いを受けるのか。
態々言わずとも想像する事は難しくないだろう。
そうは為らない様に、そうはさせない為に。
外交官である彼等は感情を自制し、頭を下げる。
その程度で回避出来るのなら。
そんなに容易い選択肢は無い。
一族の誇り?、自分達の人権?。
そんなものは、ある程度の交渉が可能な社会の中で初めて可能となるもの。
この世界、この時代の様な社会状況では不可能。
それを理解していればこそ、彼等は切り捨てる。
生きる為に、生き残る為に、生き延びる為に。
何が最善なのかを考えて。
時には犠牲も必要な事なのだと。
政治という戦場で背負って戦う。
その意味を、その覚悟を、彼等は持っている。
「それで?、それだけなら話は早そうだけど…
“歪み”が関わって無くても面倒そうなの?」
「まあな…彼処の民の一部はさ、無意識に氣を使い生活してるんだよ」
「……そんな話、私は知らないわよ?」
「調べ始めたのは随分前だったけど、一部なのか、秘伝的な事なのか判らなくてな…
その実態を把握出来たのは二ヶ月程前だからな」
「…それ、華琳には?」
「まだ華琳にも話してない事だな
──と言うか、話したら混乱しそうだったからな
袁家攻略に集中して貰う為にも教えなかった」
「………確実に私が華琳に睨まれるじゃないの…」
「可愛い妹の甘えだ、頑張れ、御姉ちゃん」
揶揄う様に言う俺を睨む咲夜。
だが、決して嫌な訳ではないし。
「他人事だと思って…」とも考えてもいない。
華琳の精神を支える為にも咲夜の存在は大きい。
加えてだ、俺と咲夜にとっても華琳という理解者が居るという事実は大きな支えでもある。
だからこそ、華琳と咲夜は御互いに姉妹にも等しい関係を築いているし、心地好く思っている。
普段から仲が良いしな。
だから、俺が先に咲夜に話した事に華琳は不満で、拗ねてしまう可能性は高い。
そう遣って、ガス抜きをする。
それを咲夜も理解しているから頼もしい。
──とまあ、それはそれとして。
話は話として進めないとな。
「調べた結果、遼東属国の民の一部は無意識に氣を使ってはいるが、それは感覚的なもので技術として指導・継承されてはいない
だから、完全に個人技能で発展してはいない」
「…けど、それだけじゃないんでしょう?」
「ああ、効果的には強化のみだ
身体能力と五感のな」
「…だから、調査に時間が掛かっていたのね」
俺が言いたい事を直ぐに理解し、納得する咲夜。
氣の尤もポピュラーで、使用し易い効果は強化だ。
単純な身体能力の強化なら別に問題は無い。
宅の恋みたいな実例も有りますからね。
そういう者は少なからず存在します。
…何故か、女性しか居ませんが。
これも“原作”の見えない影響でしょうかね?。
気にしても仕方が無い事なんですけど。
まあ、それは兎も角として。
彼女達は五感も強化している訳で。
特に、嗅覚・聴覚の強化具合が獣並みでね。
視覚は動体視力って感じで、望遠視力ではない。
その為、近付きさえしなければ気付かれないが。
迂闊に近寄ると気取られる。
──と言うか、匂いを覚えられてしまう。
常に風下を取れれば良いが、そうはいかない。
相手は自然だし、遼東属国の地形は少々厄介で。
四季は勿論、朝昼晩でも風向きが変わる。
高低差の大きい山間部が多く、複雑に入り組む谷。
それ故に、調査の前の調査──の前の調査、と。
時間を掛けるしかなかった。
勿論、それで宅が困りはしないんだけど。
「それにしても、身体能力と五感の強化、ねぇ…
パッと思い浮かんだ娘が一人だけ居るんだけど?」
「その期待を裏切らず、居るんだよ、“孟獲”が」
「ああ、やっぱりね…だから、蒲公英と焔耶を…」
「直接当てるかは状況次第だけどな」
「それでも同行出来無いのは残念ね
実際の孟獲が、どんな感じなのか…
宅に加入する前の反応が見て見たかったわ」
「加入しても大して変わらないと思うけど?」
「それは無理、誰かさんに染められるもの
だから、変わらないなんて不可能よ」
此処で「ああ、教祖か…」と。
的外れな、空気の読めない発言は致しません。
流石にね、こんなに嫁さんが居れば学習もします。
──と言うか、元々そんなに鈍くないし。
だから、咲夜の言いたい事は判ります。
そして、それを否定も出来ません。
だって、無視出来る存在じゃ有りませんからね。
きっちり、教育しますとも。
「まあ、宅に来たら可愛がれるし…楽しみだわ
──と言うか、原作みたいに獣人なの?
それとも、なんちゃってコスプレ?」
「なんちゃってでもコスプレでもないから
アレはアレで本気だし、一つの宗教だからな」
自然の擬人化や、自然との一体化。
その手の思想は古く、珍しくもない。
other side──
歩いていると、不意に鼻を擽る様に匂ったのは雨が降り出す前の湿った風。
気になって空を見上げてはみたが──晴れている。
雲一つ無い、澄んだ青が広がっているだけ。
雨が降る様には思えない。
しかし、経験から、この匂いは雨が降る予兆。
そして、それが間違っていた事は一度も無い。
だから、間違い無く、雨は降ってくる。
「──おい、何をボサッとしている“屠牙”
長老が御呼びだ、さっさと付いて来い」
「…っ……分かってるのニャ…」
前を歩く男に言われ、止めていた足を進める。
ただ一言、「偉そうにするニャ!」と言えれば。
少しは気持ちが、スッキリするのかもしれない。
でも、そう言う事が出来無い。
それが、もどかしくて──物凄く、ムカつく。
何もかも、目の前に有る全てを破壊したい程に。
でも、それも出来無いから、余計に苛々する。
胸の奥にジクジクと、膿む様に何かが溜まる。
自分の全てを呑み込んでしまいそうな程に。
でも、それに気付かない様にする。
気付いても、何も出来無いから。
どうする事も出来無いなら。
気付かない方が楽だから。
そう姉上が言っていたから。
だから、何にも気付いていない。
「長老っ、屠牙を連れて参りましたっ」
「…うむ、御苦労、下がってよい…」
「はっ!」
男が声を掛け、返事が有ると「行け」という視線を向けられたので長老の待つ洞に入る。
蛇の背の様に曲がった狭い道を薄暗い中、進む。
その一番奥、松明の焚かれた中に長老が居た。
無言のまま長老の前に座り、顔を向ける。
開いている筈の目は、どんなに見開かれていようと何も見る事は出来無い。
だけど、長老は全てを見通す様に言い当てる。
それが不気味で、怖い。
でも、本当は分かっている。
本当に怖いのは長老ではない。
長老の目を潰してしまったのは自分で。
その罪で追放されてしまう事。
居場所を失う事が、本当は怖い。
「屠牙よ、よく聞くのだ
今、我等は大きな岐路に立っておる
この“奈安磐”は曾て無い戦乱の時を迎えた
それにより各部族が動いておる
東では予てより不仲である“合爺”と“朽狸”が、北では“左罵”と“洒假”が打付かっておる
そして、我等“嶺胡”も例外ではない
“亥駑”が我等を滅ぼさんと動き出しおった
其処で屠牙、御主の力が必要となる
その力で亥駑を討ち倒し、一族を守れ
さすれば、御主は一族の英雄…
最早、御主を屠牙と呼ぶ者も居なくなろう」
「──っ!?、本当なのニャっ?!」
「うむ、それにより御主は名を取り戻せる」
「分かったニャっ、任せるのニャっ!
ミャーが亥駑を倒すのニャっ!」
──side out