可能性と成る
遼東郡を中心とした袁家──袁硅勢との戦は一旦、休止状況へと入っている。
実際には水面下で遣り合っているのだが。
表面上は御互いに「少し落ち着こうか」的な体。
当然、宅としては意図が有っての事です。
潰そうと思えば楽勝で出来ますからね~。
それはさて置き。
五人目となる息子の擁は兄の誠達と九ヶ月違い。
生年で言えば一歳違いになる訳ですが。
まだまだ誠達も赤ん坊の域を出ていません。
しかし、本能的に判るんでしょうね。
誠達に“お兄ちゃん感”が生まれています。
ええ、同じ兄の身として判るんですよ、俺には。
だからもう、四人の新米お兄ちゃん達が初々しくて可愛過ぎて鼻血が出そうです。
実際には出ませんけどね。
それ位に萌えキュンな可愛さなんです。
一方、擁は擁で自分達が兄弟だと判るのか。
兄達に対する警戒心が皆無で、かなり緩い。
うん、俺と愛紗の息子とは思えない位にです。
…いやまあ、俺も愛紗も家族の前では緩いか。
そういう意味でなら、正しく受け継いでいるのか。
「──と言うよりも、私達の方が赤ん坊の接し方が判ってきたからじゃない?
最初は貴男以外、皆恐る恐るだったんだし
そういう部分が薄れてるから安心出来るのよ」
「咲夜さんや、そういうのは“言わぬが花”じゃよ
それが例え事実じゃったとしてものぉ…」
「何よ、その爺キャラは…」
さあ?、俺にも解りませんからね。
ただ、こういった時に若い者を諭すのが老いし者の人生経験を活かした役目の一つだと思うんです。
決して、自分の価値観の押し付けではなく。
「意外と、こんなものなんじゃよ」的に。
静かに独り言の様に語ってね。
此処で「儂の若い頃には…」的な言い方をするから若い者は嫌煙するんです。
「年寄りの自慢話なんて面白くもない」が本音。
しかし、「昔の話を聞くのは面白い」のも事実。
その感想の違いは、語り手の語り方。
つまり、自己主張が強いとしつこくて。
客観的な方が話に入り易い、という事。
勿論、其処に上手く感情を混ぜると更に面白くなり聞き手側も引き込まれていく訳です。
…ん?、「妙に慣れてないか?」ですと?。
これでも華琳を筆頭に数々の姉妹を育ててきた身。
だから、そういう時の接し方は心得ています。
まあ、数々の失敗や黒歴史を積み重ねて、ですが。
その辺りは御察し下され。
後生に御座る。
「それにしても不思議なものよね…
同腹でも双子とかじゃない限りは差が有るんだから母親が違えば個人差が出るのは当然でしょうけど…
擁って本当に大きいわよね
誠達が小さい──未熟児って訳でもないのに…
氣を使って特別な事も遣ってないのよね?」
「妊娠中は母体の栄養が胎児に流れるから、それを補う処置は白蓮達にはしてたけどな
それ以外は特別な事はしてないな
偶々、単純に擁は愛紗からの栄養供給が良かった、というだけの話だな」
「まあ、そうなんでしょうけどね…」
「俺からすれば帝王切開したりしないで済むだけで十分に安産だったと思えるからな
個々の差も成長していけば出て来るものなんだ
そう考えれば生まれた時から有っても可笑しくない個々の特長だってだけだろ」
「…貴男って本当、良い父親よね」
「まだ一歳にも成ってない稚父だけどな」
「そうね、私達も気にし過ぎない様にしないとね」
そう言って膨らんだ自分の御腹を撫でる咲夜。
まだ御腹よりも双丘の方が出っ張っていますが。
そんな事は思っても、直ぐに彼方に飛翔。
妻に成り、母に成り、女性は確実に強くなる。
それは身体的・精神的な意味ではなくて。
本能的に──芯が、なんです。
精神的な強さには、思考力や自制力が必要ですが、意識的な意味合いが強いと俺は思います。
それよりも深い部分──人の芯は本能的なもので。
それは無意識的な強さだと言えます。
其処の成長力は男よりも女性の方が上かと。
それだけ、生命を宿し、産むというのは過酷で。
同時に、男には無い逞しさな訳です。
だから俺は自分との子供を成し、産んでくれる妻を心から愛していますし、尊敬しています。
本人達が「大袈裟だ」とか言っても。
「それが女としての役目です」とか言っても。
絶対に男には出来無い事な訳ですから。
──なんて事を考えていたら咲夜が抱き付いてきて無言のまま濃厚なキスをされました。
もう流れ的には慣れていますけど。
何故、こんなにも宅の妻達は俺に特化した読心力を持っているのでしょうね。
俺は困る事は有りませんが。
そんなこんなで日常に少しの変化が有りますが。
だからと言って俺達の在り方が激変する事は無く。
幸せで穏やかな日々が続いています。
ええ、とても他勢力と殺り合っているとは思えない余裕綽々な感じですが。
それも日々の努力と積み重ねが有ってのもの。
正しく“継続は力なり”という訳です。
──で、産後の愛紗も健康そのもの。
愛紗自身は初産でも誠達に接してきて経験が有り、擁の扱い方も様に為っている。
比べては為らないが…白蓮よりも母親感は有る。
元々、母性は大きかったしね。
「──それは関係無いだろっ」
そう言って首筋に甘噛みしてくる白蓮。
そうですよね、事の最中に別の女性の事を考えたり比較したりするのは駄目ですよね。
ええ、判っていますとも。
だから、君だけを見て、しっかりと貪りましょう。
「ち、違ァアッ!?、バッ、ま、待って──」
──とまあ、そんな感じで夫婦仲も円満です。
“教祖”との水面下での戦いを除けばね。
ええ、我が愛妹を相手に油断したら致命的ですから気を抜く事は出来ません。
ただまあ、それはそれ、これはこれ。
夫婦としては何の問題も有りません。
華琳には立場上、我慢もさせていますからね。
その分、甘えさせたり独占させたりする時間は多く作れる様には心掛けています。
勿論、華琳との子供も待ち遠しいですしね。
その辺りは頑張りますよ。
「──おや、子瓏様、久し振りだね~
最近は顔を見なかったから皆寂しがってるよ」
「久し振り、女将さん、桃饅頭二つね
今はほら、ちょっと北側と揉めてるからね~
前線に出てる事も多かったんだよ」
「皆さっさと子瓏様に傅けば良いのにねぇ~」
「まあ、そう出来無いのが施政者や権力者だからね
そういう意味じゃ、これも仕方無い事だよ」
「世の中の馬鹿達に聞かせて遣りたいね~
はい、出来立てだよ」
白蓮の客将だった頃から付き合いの有る女将さんと他愛無い話をしながら俺が教えた事で商品化された桃饅頭──桃型の“あんまん”を受け取る。
そして、一つを隣に居る思春に手渡す。
会話に参加していませんでしたが、女将さんからは視線で「新しい奥さんかい?」と訊かれましたので素直に「そう、だから今度は宜しくね」と肯定。
何気に女将さんの“奥様情報網”は凄いので。
俺は勿論、華琳達も御世話になっています。
まあ、そうは言っても女将さんは一般人です。
ただ、話好きなので、色々と知っているだけで。
凄腕の諜報員とかでは有りません。
なので、会話は飽く迄も世間話です。
うん、桃饅、旨ぁ~。
──と、そんな感じで二人で街ぶらして。
買い食いしたり、服や小物を見て、贈ったり。
彼方此方で顔見知りと話をしたり。
元気一杯な子供達に囲まれ、遊び相手をしたり。
戦から距離を置いた、本来の日常を肌で感じる。
同時に、「これが俺達が背負い、守るべきもの」と静かに重みを再認識したり。
「この日常が俺達の在るべき場所だ」と。
自分達の原点や居場所を再確認する。
こういう事を定期的に遣ってないと人は忘れる。
心を亡くすのは、忙しさと忘れる事から。
だから、初心って大切なんですよ。
自分自身を見失わない為にもね。
「…こうしていると忍様の仁徳が判ります」
そう、感嘆した様に呟く思春。
だが、正直な所、俺は仁徳なんて無いと思う。
皆が俺を支持するのは結果が伴っているから。
その人物の人格や能力に限らず、人々を惹き付ける才能こそが仁徳だと思っていますので。
“原作”の劉備みたいな魅力は俺には無い。
──と言うかね、“転生特典”が有ってもね。
どう遣って魅力を鍛えるんですか?。
ファッションセンスやリーダーシップとは違って、真の魅力とは自ずと滲み出るものですよ?。
どないせぃっちゅうねんっ!。
──なんて思ってても、外には出しませんが。
「そうか?、単に慣れてるだけだと思うけどな」
「いいえ!、こんなにも民に慕われ、距離感の近い領主というのは極めて稀です!
それは董家の様に長く続く事も有りますが…
それでさえ、幽州では唯一と言える程です
最初は良くても、多くは途中で変わりますから…」
「それを言えば宅だって可能性は有るけどな」
熱弁する思春の熱意を冷ます様に冷静に返す。
何しろ、思春は立派な信者ですから。
ええ、愛紗も幼馴染みじゃなかったら、こんな風に俺を心酔する信者と化していたでしょう。
…まあ、結局は教祖に協力していますが。
それは言わぬが花、でしょうか。
枯れて散ってくれても構わない花ですけどね。
「勿論、その可能性は私も否定致しません
ですが、それを忍様や華琳様達は理解された上で、託し、繋ぐ為の術を思案・実施されています
その姿勢の有無だけでも、未来は異なります
私は忍様に御仕え出来て、本当に光栄です」
「仕えるだけなのか?」
「……ぇ?──っ!?、そ、それはっ…~~~っ…」
忠犬モードに入りそうな思春に不意打ち。
決して揶揄っている訳では有りません。
だって、今はデート中なんですよ?。
それなのに忠犬モード発動されても…ねぇ~…。
華琳達だったら、甘えまくりのイチャイチャです。
──とは言え、思春は生真面目ですからね。
そうなり易いのは仕方が有りません。
何しろ、愛紗と並ぶ忠犬タイプの思春ですから。
しかし、愛紗は幼馴染み化している為、正統派妻のポジションに現在は居ますからね。
その為、忠誠心よりも恋愛が勝つ訳で。
世話女房が板に付いています。
俺も意識的に愛紗に世話を焼かれていますしね。
そうする事で「全く…やはり貴男には私が居ないと駄目ですね」といった感じで。
愛紗の自尊心と充実感を満たしている訳です。
面倒臭い様ですが、こういう気遣いも大事ですよ。
妻として、女として、恋人として、人として。
可能な限り、尊重し、認め合いたいので。
──とまあ、それはそれとして。
忠犬モードに入り掛けた思春を強引に引っ張って、恋人モードに切り替えさせます。
そうしたら──あら不思議!。
あっと言う間に真っ赤っかな思春が出現。
激レアなのに、俺の前では頻繁に出現します。
ええ、男としては最高の特権だと言えます。
「…っ…その…忍様の妻としても…幸せです」
夫婦・恋人という部分への意識は羞恥心が有る為、小声に為ってしまっているが、最後は明確に。
俺を真っ直ぐに見詰め、見上げながら言い切る。
思春らしい、気持ちの籠った一言。
「これだけは間違い有りません」と。
言外に伝わる想いが俺の胸に響きます。
──と言うか、これは自分で振っておいて何だけど予想外の特大ホームランを貰いました。
だからね、俺の本能に火が点いちゃいました。
「…ぇ?、ぁ、あの、忍様?」
然り気無く、人気の無い場所に思春を連れ込む。
戸惑っている思春だが、残念、狼は腹ぺこです。
いや、腹拵えは出来てますけどね。
まあ、餓えちゃったん訳ですよ。
ただ、此処は街中です。
全く誰も居ない、来ない場所では有りません。
でも其処はね、色々と便利な氣を駆使します。
咲夜に「無駄に器用」と言われている俺です。
ちょっとした人避けの技を用いて。
擬似的な隔離領域を作る事は可能。
「──という訳で頂きます」
「じ、忍様っ、あのっ──ンンッ!、ァァア──」