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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   華見て詠むは


侯城県と新昌県の県境を越え、新昌県に入ってから最初の砦が見えた所で布陣。

袁紹軍も予想していた様で慌てている様子も無い。


それだけでも軍師である賈駆の能力の高さが判る。

前回──遼西郡の侵攻に彼女が参戦していたなら、最終的な結果としては大して変わらないとしても、長期化していただろうし、被害も拡大していた事だろう。

そういう意味でも、彼女が袁術の安全確保に回り、不参加だった事は良い意味で被害を抑えた要因。

それだけ彼女の影響力は大きいと言えるのだから。



「それでは、御兄様、行って参ります」


「華琳が直接指揮するのは久し振りだからな

御手並みを、ゆっくりと見物させて貰おう」



準備が整い、挨拶に来た華琳に軽い挑発(・・)

遣る気が低いという訳ではない。

寧ろ、賈駆の為に少しばかり隙が出来れば…と。

そういう意味で、煽ってみたんだが。

流石に俺と一番長く年月を共にしているだけ有って余裕の笑みで受け流されてしまう。

…いや、今ので逆に僅かな隙も無くなったか。

済まん、賈駆、余計な事をしたみたいだ。

後で愚痴は聞いて遣るから、死ぬな。

殺しはしないが、精神的には大ダメージを受けても可笑しくはないからね。

うん、本当にね…頑張ってくれ、マジで。


──という感じで、華琳とキスと抱擁を交わしたら俺は本陣から離れ、戦場を見下ろせる近場の山へ。

木の上とかでも余裕ですが、見付かる可能性が有る以上は目視し辛い場所を選びます。

張飛という野性を持った人材も居ますからね。

万が一を考えて置かないと。


切り立った崖の様な斜面に突き出る様に覗く岩。

ギリギリ大人一人が座れる程度の面積だが、十分。

其処に腰を下ろすと、咲夜が持たせてくれた御茶の入った水筒と茶杯、御菓子を入れた袋を傍に置き、観戦準備は完了。

丁度、両軍も布陣を終え、静かに睨み会う。


通常、舌戦や前口上が有ったりするものなんだが。

事、今回に限って言えば、御互いに今更な訳で。

袁硅の侵攻に始まり、袁平を返り討ちにして。

それから、こう為っている訳ですからね。

そういう事を態々遣る必要は有りません。

勿論、必要なら遣りますけど。

宅は兎も角、袁紹軍の方も理解した上で臨んでいる訳ですからね。

その辺りは暗黙の了解で省かれています。


宅が先に鳴らし、袁紹軍が応じ、少しだけ間を置き両軍の鳴らす銅鑼の音が重なった後──開戦。



「ざっと見て…二万って所か」



氣で探った所、袁紹軍の数は二万ちょっと。

今回はハンデ(・・・)として華琳達には事前の情報収集禁止を命じて有ります。

当然ながら氣の使用は普段通りに禁止です。

それでも、無双できますからね、宅の全力(・・)は。


今までとは違い、この一戦は殲滅戦ではない。

だから、死者は極力出さない方向で進める。

袁紹──賈駆が、どう考えるかも含めてだが。

それも華琳達には一つの縛り(・・)だ。

ただ、この程度で四苦八苦されていては困る。

よって、この徐子瓏、修羅と化し試練を与えん!。

──って、そんなに大袈裟な話じゃないですが。


さて、そんな事は兎も角として。

戦場は平野という訳ではない。

大体は緩やかな傾斜だが、所々には大きな高低差、急斜面も存在する時化の海の荒波の様な地形。

袁紹軍が傾斜の上、宅は下に陣取っている。

両軍の距離は直線で約2kmといった所。

その間には岩や林、小川も存在している。

また、袁紹軍は砦を拠点にしている。

兵数でも宅の約一万に対して、凡そ二倍。

宅の基準で見た将師の数では逆に宅が上だが。

状況的には袁紹軍が有利だと言える。


そんな両軍の一手目は真っ向勝負。

宅が千、袁紹軍が二千。

一直線に駆け、戦場の粗真ん中で激突する。

宅は登り坂だが、袁紹軍は降り坂。

集団で駆け下りる場合には転倒が一番の危険。

だから動きは慎重さを求められるので搗ち合うのは丁度中間点になるのは可笑しな事ではない。

宅にしても精鋭を投入してはいませんからね。

ええ、専属部隊以外は全て新兵(・・)です。

まあ、その辺の遣り方は今更ですけどね。



「へぇ…桔梗が押さえ役に回ってるのか…」



宅の先鋒を務めるのは桔梗と厳顔隊に新兵五百。

突破しようと思えば容易だろう力量差が有る。

だが、桔梗は相手の兵を倒さず、此方等も倒させず上手く操作して(・・・・)足止めしている。

そういった面倒な調整役を苦手としている桔梗が。

華琳、上手く乗せたな。


先鋒が膠着状態に入ったのを見て袁紹軍が動く。

援軍として更に二千を出陣させる。

同時に宅も援軍として桂花と斗詩が出陣。

斗詩は顔良隊と新兵五百、桂花は新兵千を率いる。


そんな両軍の動きに合わせ、桔梗は態と宅の本陣に近付く様に押し込まれる格好で後退(・・)

入れ代わる様に桂花と斗詩の部隊が両脇を抜けて、袁紹軍の援軍を迎え撃つ格好で衝突。

搗ち合っている両軍の間を埋める様に桔梗は上手く押し返し、中央の進路に()をした。



「現状、御互いに意図するのが短期決戦とは言え、必ずしも最短(・・)策が正解とは限らない」



この戦況を見て賈駆は顔を顰めている事だろう。

少なくとも、彼我の戦力差が判らない訳が無い。

──であれば、この状況が異常(・・)だと気付く。

余程余裕が無く、視野も思考も狭窄化しているか、捨て身で自棄に為って突貫していない限りは。


そんな賈駆を嘲笑い挑発するかの様に。

次は華琳が先に仕掛ける。


宅の本陣から見て右手側の林に五百の兵を入れる。

率いているのは蒲公英と焔耶。

普段はライバル心を剥き出して喧嘩しているが。

裏を返せば、それだけ相手の事を理解もしている。

それに、そんな相手に助けられたり、失態したり、足を引っ張る様な真似は屈辱でしかない。

つまり、普段以上に集中力が増す事になる。

…まあ、それで本来の目的を見失ってしまったら、元も子も無いんだけどね。

“原作”とは違い、その辺りは心配していない。

何だかんだで御互いに認め合ってはいるからな。

ただ何方も素直じゃないだけで。


そんな別動隊を時間差で更に出す華琳。

今度は左手側の起伏の激しい小川の流れる斜面。

其処に騎馬が主戦力である馬超隊を投入。

不向きな事は一目瞭然。

下手をすれば、上を取れる袁紹軍に狙い撃ちされ、全滅しても可笑しくはない。

それなのに、敢えて判っていて遣る華琳。

「どう?、貴女に出来るかしら?」と。

言外に更なる挑発を仕掛ける様に。

賈駆の敵愾心を煽りに行く我が愛妹。

流石と言うべきか…うん、本当にドSだな。

俺の前では超が付く従順で献身的なドMなのに。

………いやまあ、主導権を渡せばSに為りますが。

そんな我が家の夫婦事情は置いといて。


賈駆も負けじと動きを見せる。

中央の援軍に三千を出し、押しに掛かる。

華琳が中央を膠着状態で維持しようとするのなら、それを数では押し切り、穴を開けよう、と。

「其方がその気なら、遣ってやるわよ!」と。

華琳の挑発は食い付いてしまう。

それが出来るのなら問題無いんだが。

如何せん、袁紹軍の将師格の質が低い。

それはまあ?、先の袁硅・袁平の麾下に居た連中に比べれば全然増しだし、人間性も悪くないが。

それは、その辺(・・・)と比較すればの話で。

宅を基準にしてしまうと…ねぇ…。

──とは言え、華琳は中央を動かしはしない筈。

そういう意味では混戦に為れば隙が生じる可能性は無いという訳ではない。


尤も、その中央を任せられている三人──特に軍将である桔梗と斗詩からすれば、現状維持というのは思わず「まだかっ?!」「まだですかっ?!」と華琳に言いたくなってしまうだろうけどな。

殺さず、倒さず、行かさず、退かさず。

その上で、自軍の被害は出さない、とか。

無茶苦茶高難易度な注文ですからね。

俺だって遣りたく有りません。

遣らせる事は有ってもね。

…え?、「パワハラだっ!」って?。

まあ、そう見えなくも有りませんけどね。

必要な事(・・・・)なんだから仕方有りません。

それに、その先により多くの人命(・・・・・・・)が関わるなら。

一時的なパワハラなんて些細な事です。

働き易い、楽しい職場?。

そんなものは平和ボケした社会だから言える事。

常に生き死にが側に有り、日々の生活がギリギリな人々が圧倒的多数の社会・時代なんです。

そんな愚痴を言っても、働かないなら不要(・・)

あっさりと切り捨てられるのが現実です。


そして、俺達は甘やかす(・・・・)気は有りません。

“働かざる者、食うべからず”です。

怪我や病気、老衰等で働けない者は別としても。

それを支えるのは家族や友人です。

そして、その絆を築くのは自分自身に他ならない。

つまり、社会の中で(・・・・・)生きるという事。

それが、結果として自分を助ける訳です。

社会的な支援が欲しいなら、社会に貢献する事。

それは労働だけでなく、罪を犯さない事やルールを守るという当たり前の事からです。


──なんて正論も結局は偽善や政治的な言い回しを含んでいる訳なんですけどね。

まあ、要するに本当に完璧な正論なんて存在しないという事なんですよ。

立場や身分、在り方・生き方、文化や価値観。

様々な違いが有るだけ、その組み合わせも有って。

誰もが絶対に納得し、理解出来る。

そんな正論(答え)は存在しませんよ。

人間は機械やAIとは違いますから。

100%論理的・合理的には為れません。

感情が、心が有る限りはね。



「──とか考えてる間にも動いたな」



翠達の先には大楯を構えた前衛と槍兵が布陣。

数は五百程だが、横長に並んで待ち構えている。

弓隊を投入しないのは後々に遺恨を残さない為に、此処では可能な限り不殺で行きたいからか?。

甘いと言えば甘いが、ちゃんと見えている(・・・・・)証拠。

そういう所も地味に評価に響くからね。


一方、蒲公英達が入った林には──へぇ~…。



「此処で張飛(手札)を切ってきたか…」



袁紹軍の──賈駆にとっての切り札。

単騎で戦況を覆せる武力を持つ唯一の存在、張飛。

原作での賈駆には優秀な軍将が三人も居た。

特に呂布という鬼札(・・)も有ったしな。

そういう意味では、選択肢は多かっただろう。


しかし、現実の賈駆には選択出来る道は僅か。

常道の“相手より多くの兵を以て勝つ”。

それ以外の選択肢は勝機を見出だし難い。


だから、張飛の存在は賈駆の奥の手。

袁紹は勿論、袁術にも戦働きは期待出来無い。

そういう意味では、張飛の敗北は軍の敗北も同然。

それを判っていて──此処で使ってきた。

他に選択肢が無いという事実も有るんだろうが。



「騎馬の翠達に当てるよりは、か…

中央に突っ込ませたら乱戦になって敵味方問わずに被害が多くなるか、張飛が身動き出来無いしな

そういう意味でも選択としては妥当か…」



状況判断としては悪くないが…惜しいな。

個人的には、多少の無茶を承知で冒険して欲しい所ではあったんだけどな。

賈駆の能力は疑うまでもない。

ただ、その才器に対しては縮こまった(・・・・・)印象が強い。

最悪を想定し、危険や損害は避ける。

軍師らしい考え方だし、それは必要な事だ。

しかし、個人の才器という意味では──勿体無い。

まあ、色んな()が有るからなんだろうけど。

だからこそ、此処では少し我が儘に動いて欲しいと期待していたのは否めない。


結果が見えているのなら。

もう少しは自分自身を売り込む(・・・・)様に。

或いは、より“高み”を目指す意味で、大胆に。

この一戦を活用して欲しかったんだけどな。



「………まあ、後は華琳に任せるか」



同じ様に、華琳も賈駆には期待していた。

だったら、コレ(・・)には苛立ってるだろう。

期待していただけに、その落胆は大きい。

多少(・・)、苛烈には為ってしまうだろうが。

今回だけは特別だ、構わないから。

だからな、華琳、賈駆に魅せて(・・・)遣れ。

定石を覆し、自ら活きる路を拓く。

そういう高みが有るんだという事をな。





 張飛side──


詠に言われて砦を出て一人で(・・・)林の中を下る。

周りに誰か居たら無理だけど。

一人でなら、思いっ切り駆け降りられるのだ!。


ただ、そんな状況には不安が有るのだ。

いつもは「アンタは軍将──指揮官なんだから兵の事を考えて動きなさい!」って煩いのに。

今日は「一緒に兵は出るけど、指揮は別の者に全部任せるから、貴女は敵陣に斬り込む事だけを考えて全力で突っ走りなさい!」って言ったのだ。

それはもう、詠が戦いを捨ててる気がして…。

…何だが、胸の中がモヤモヤするのだ…。


だけど、難しい事は判らないし、詠に言われた様に余計な事を考えなくて済む方が楽なのだ。



「────っ!、ににゃっ!?」


「──あーもうっ!、惜っしぃーっ!」



躓いた訳でじゃないけど、地面を転がった。

林の中──木陰から、急に飛び出してきた()

丁度、足の脛を引っ掛ける様な高さで。

いきなりだったから、危なかったのだ。

躱せたのは、偶々。

もう少し身体が大きかったら引っ掛かってたのだ。


起き上がって警戒しながら声のした方を見る。

さっきの柄──槍を持った女の子が木の幹に隠れる様に立っているのが見えた。

歳は……同じ位?。

でも、身長は自分よりも大きいのだ。



「ほら見ろ、そんな姑息な方法に引っ掛かるか」


「「堂々と迎え撃つ」なんて言ってた誰かさんより足止め出来ただけ増しだと思いますけどー?」


「…何だと?、何が言いたいんだ?、あ゛あ゛?」


「言わないと判らない?、少しは考えたら?」



馬鹿にする様な声が後ろから聞こえたと思ったら、別の御姉ちゃんが姿を見せた。

此方は絶対に歳上なのだ。

麗羽様みたいにボンッ、キュッ、バンッ!なのだ。

…あー…でも、御尻は麗羽様の方が大きいのだ。



「御姉ちゃん達、誰なのだ?

今、急いでるから行っても良いのだ?」


「良い訳有るかっ!」


「もーっ、誰かさんが煩いからだからねーっ!」


「喋っていたのは御前も一緒だろうがっ!」


「喧嘩するなら勝手に遣ってて欲しいのだー…」



口喧嘩してて、無視してるみたいなのに…。

二人共、全然隙が無いのだ。

つまり、逃がす気は無い(・・・・・・・)って事なのだ。


詠に言われた様に敵陣に行かないといけない。

けど、この二人を倒さないと先には進めない。

一対一なら何とかなるかもしれない。

二対一だと……にゃあー……ちょっと厳しいのだ。



「二対一は卑怯なのだ!」


「は?、御前は馬鹿なのか?

戦場に卑怯も何も無いだろ、結果が全てだ」


「凄いムカつくけど、その通りだと思うよ?

これは試合や決闘じゃないんだから」


「むー…それはそうなのだ…」



仲は悪いのに、言ってる事は同じなのだ。

どうせだったら、仲間割れして欲しいのだ。

……でも、二人共、強そうなのだ。

だから、詠には悪いけど、ちょっと楽しいのだ。

どうせ戦わないと通れもしないんだったら、全力で楽しんだって構わないのだっ!。



──side out



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