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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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      雨濡れの鴉黒


転生特典(チート)の効果は俺の意思次第で、ある意味無制限に適用される。

一時、“五感と第六感”の強化を考えた事が有る。

だが、これは微妙だった。

いや、可能不可能で言えば間違い無く可能だろう。

第六感に関しては断言する事は出来無いが。

五感は確実に出来る。


だが、問題が有った。

抑、五感を鍛えて強化した場合に、どうなるのか。

勿論、能力的な向上だから僅かな毒や薬を判別出来、遥か遠くの場所まで見え、微かな音でも危機逃さず、残り香からでも嗅ぎ分け、空気の変化すら感じ取る。

そんな味覚・視覚・聴覚・嗅覚・触覚を得られる。


ただ、考えてみて欲しい。

繊細過ぎる味覚は原作での“死の料理人”達の作った物を食べれば一撃死で。

見え過ぎる視覚は間違えば簡単に失明の危機に。

聞こえ過ぎる聴覚は夜でも安眠する事は出来ず。

優秀過ぎる嗅覚は望まない臭いでえ嗅ぎ取り、最悪は“嗅ぎ死”も有り得て。

敏感過ぎる触覚は無意味に感じ取り過ぎるだろう。


そう、五感の性能向上は、任意での制御は出来無い。

飽く迄も、強化するのみ。

「それなら、その可能性は氣に任せてしまおう」。

それが俺の答えだ。

それなら、強化の具合等は任意に出来るのだから。

…まあ、“それが出来る”自分を理想とすれば至れる可能性は有るとは思う。

ただ、“どうすれば”至る事が出来るのかが不明。

解らない事は出来無い。

だから、氣に委ねた。


因みに、氣が存在する事は母さんから聞いている。

ただ、扱える者は極めて稀なんだそうだ。

華佗っ!、カモーンッ!。



「──御兄様?」



──と、瞬間的に何処かに飛んでいた思考が、華琳の不安と緊張感を含んだ声で直ぐ様、我に返る。

そして、気付く。

自分にとって、あの一件は回想すら忌避すべき事で、未だに“終わって”いない事なんだと。

同時に、その所為で無意識だった事だとは言え華琳に心配を掛けるとは。

兄として、不覚っ!。


──いやいや、違う違う。

それよりも今は優先すべき事態が起きている。

それに対処しなくては。



(…これ、血の臭いだな…

それも、人間の血だ…)



加えて、かなり濃い。

あの一件を思わせる濃さの量の血が流れている筈。

無視は……出来無いよな。

賊か否かは判らない。

賊なら放置をして死んでも構わないが、一応確認して処理する必要は有る。

一般人なら──助けないと後悔するんだろうな。

結局は行くしかない。


だが、問題が一つ。

華琳を、どうするか。

此処に残すか?──無い。

一人で帰すか?──多分、大丈夫だろうけど…絶対に安全だとは言えない。

送ってから向かうか?──いや、時間が惜しい。

となるとだ、一緒に連れて行くしかない。

…懸念は、華琳に俺の戦う姿を見せてしまう事。

しかしだ、それが現状での最善だと思う以上、覚悟を決めるしかない。





「いいか華琳、絶対に手を離すんじゃないぞ」


「はいっ、御兄様!」



華琳を背負って両腕を首に回して組ませ、俺は左腕を華琳の両膝の裏へと入れて落ちない様に支える。

日々の努力が無かったら、八歳児には不可能な芸当と言えるだろう。


その体勢で、臭いを辿って森の中を疾駆してゆく。

一応、華琳への負荷も考え「頭を上げない様にな」と事前に言ってある。

それだけでも大違いだし。



「──────っ!!」



強化された訳ではない。

ただ、それでも今の視力は嘗ての俺の自慢でもあった視力2.0を越えている。

何故かは解らない。

世界の違いかもしれない。

だが、特に支障は無い。

だから、無問題!。

──ではなく、俺の視界に巨体を立ち上がらせている熊が両腕を広げ、文字通り“ベアハッグ”の体勢へと入っている。

「おお…見ろ、熊が俺達を歓迎してるぞ」なんて事を考える余裕は無かった。

その熊の正面──足元に、倒れ伏してる小さな人影を見付けたからだ。


「させるか!」と言うより「くっ、間に合えっ!」と思いながら右手に持つ銛を熊に向かって投擲する。

狙うのは熊の胸元。

其処なら外れても何処かに確実に刺さるからだ。

如何に投擲術を磨いてても今の様な状態での練習とか先ず遣らないから。

だから、打っ付け本番。

故に、一撃必殺は狙わずに確実に手傷を負わせる。

運が良ければ銛一本の代償程度で熊を撃退出来る。

“華琳(守るべき存在)”が居る状況でなら結果として十分だと言える。

だから迷いは一切無い。


放たれた銛は回転しながら両腕を閉じようとする熊に向かって奔り、穿つ。

──が、やはり、予想通り本来の技量では考え難いが狙った場所から外れた。

結局、銛が刺さった場所は熊の左肩だった。

「どうせなら、運良く頭に行ってくれれば…」という気持ちも無くは無いが。

期待はしてない。

結果として熊の動きを止め受けた衝撃で仰け反る様にしながら後退りさせた。

それだけで十分だ。


俺は脚を緩める事はせず、倒れている人影へと接近し──熊と擦れ違う様にして駆け抜ける。

その瞬間に、右腕で倒れた人物を掬い上げて。

熊から十分な距離を取り、止まって振り返る。

痛みに暴れながら、右腕で銛の柄を叩き、更に痛んで苛立ちながら柄を噛み砕き吐き捨てる熊。

関節部分に刺さったらしく左腕は力無く垂れている。

この点に関しては幸運だと言わざるを得ない。

良い仕事してます。


それは兎も角として。

右腕に抱えた人物を見る。

俺達と歳が変わらない位の“女の子”だった。

抱え上げた瞬間、一瞬だけ俺と目が合ったが、直ぐに気を失ってしまったが。

…え?、「それなのに何で女の子って判るんだ?」。

ハハッ…女の子って色々と柔らかいですよね〜。

うん、今は緊急事態だし、不可抗力だと思います。




それは置いておくとして。

彼我の視線が打付かる。

出来れば退いて欲しかった訳だけど…仕方無いか。

……いや、待てよ?。

威嚇したら逃げるかも。


善は急げ、遣ってみる。

視線──眼に力を入れて、カッ!、と見開く。

………が、効果は今一。



(…………あ、そう言えば俺って、殺気を抑えたり、隠したりする練習は遣って来てるけど…威嚇とかって全然遣った事が無いな…)



脳裏に浮かぶイメージから出来そうな物を選ぶ。

スッ…と目を細めてみたり兎に角眼に力を入れたり、息を止めて踏ん張ったり、「あ゛ぁ゛んっ?!」と言う感じでオラついたり。

しかし、効果は無い。

其処で、殺意が湧く様な事──宅の華琳に言い寄って馴れ馴れしくする糞野郎を想像してみると…………………クカカカッ──って、違う違うっ!、向こう側に堕ちたら駄目だって!。


密かに、小さく息を吐いて思考を切り替える。

狩りに於いては気配を消す技術の方が実用的だ。

威嚇して怯ませるのも隙を作るには良いんだけど。

そう為るよりも逃げられる可能性の方が高い。

だから、遣ってない。

こんな事なら、其方の方も練習しとくべきだったな。

うん、明日からは遣ろう。


──けど、取り敢えず今は俺達を殺る気満々の熊を、どうにかしないとな。



「…華琳、降りて

それから動かない様にな」


「──っ…判りました」



俺の肩越しに顔を覗かせて熊を見て息を飲んでいたが直ぐに意図を理解し、腕を解いて地面に降りる。

視線は切らず、ゆっくりと屈みながら、右腕に抱えた女の子を地面に降ろす。

そして急には動かない様に気を付けながら、前へ。

三歩、進み出た所で左前の半身に構える。


対する熊は子供(俺達)から見れば十分に巨体だ。

大人から見ても大きい。

だが、あの巨猪に比べれば常識内の範疇に有る。

決して、異常個体といった様な事は無い。

それを考えれば、脅威では有るかもしれないが絶望的だとは言えない。

……いや、十分に子供には絶望的なんだけどね。

危機感がズレている時点で色々手遅れな気がするが…うん、考えるのは止めた。

下手をすると立ち直れなく為りそうなんだもん。

中身は大人、容姿は子供、メンタル的にはヘタレ。

「俺に優しい世界をっ!」と叫びたくなる。


──じゃなくて、集中!。

短時間で変な事ばっかりを考えてても仕方が無い。

現実逃避をしても今は無駄なんだから。

殺るしかないんだ。




獲物(敵)だけに意識を置く事で集中力を高める。

静寂の水面に、一滴の雫が落ちるかの様に。

研ぎ澄まされてゆく。


そんな俺の変化を本能的に感じ取ったのか、熊は腰を落として四つん這いに。

左腕は機能していないが、それを気にする様子も無く俺だけを見据えている。

華琳達は意識から排除。

そうするのは当然か。

何しろ、熊にとってみれば俺だけが障害なんだ。

俺さえ倒せば、餌を三つも手入れる事が出来る。

とても判り易い算段だ。

そして、俺には好都合。

その欲求に感謝する。

俺を避けて華琳達を狙う、という事が無くなった以上意識を傾けられるから。



「──っ!」



ザリッ…と摺り足で動いた左足が音を立てた瞬間。

熊は躊躇無く突進。

三本足に為った分、速度は本来よりは劣るだろうが、その巨体から繰り出される一撃の威力は十分。

下手な大振りの一撃よりも確実性も高いだろう。

──普通の子供になら。


焦る事無く間合いを計り、領域に入った所で動く。

俺は左前の構えのままで、フェンシングの突きの様に前に踏み込み、その瞬間に重心を腰から胸に移行し、着いた左足に軸足を移して右足を踏み出す。

それと同時に突き出された右の掌底が突っ込んで来た熊の眉間を捉える。

その巨体の質量が宇宙にで居るかの様に消え去る。

俺も、熊も、動かない。

緊迫した沈黙の中、華琳の小さな筈の息を飲んだ音がはっきりと響く。


その次の瞬間、右の掌から毛並みの感触が消え去り、そっと静かに湿り気の有る生暖かな空気が触れた。

ドザッ…と崩れ落ちたのは絶命した熊だった。



「……ふぅ〜……」



仕留めた事に息を吐き出し構えを解く。

勿論、警戒は緩めないが。


今回の決め手は寸勁。

だが、その前が肝。

躱す事は愚か、認識する事でさえ出来無かっただろう“絶速”の一撃。

その秘訣は古流武術にある“無拍子”に有る。

神速の類いとは違う。

速さを絶つ、間合いの技。

まあ、その元ネタは漫画の見よう見真似だが。

意外と難しいんだよ?。

修得は大変なんですから。





涙鴉女(あめ)、身衣に咲く命花、哀郷想起(おも)ひ、布津唄を詠み。



──なんて、一句出来てる場合じゃないんだけど。

何と無く考えてしまった。

“鴉女”は黒髪の女の子で“雨”にも掛けている。

“身衣に咲く命花”の所は“命花(血)”で身体も服も染めているという事。

“布津唄”は“鎮魂歌”、“詠み”は“黄泉”の方に掛けてます。

…うん、だから何だ。



「……あ、あの…」


「ん?、ああ、起きてきて大丈夫か?」


「…はい………多分…」



ボソッ…と聞こえない位に小さい一言に苦笑しながら俯いてる彼女の頭に右手を置いて、少し強く撫でる。



「俺もな、経緯は違っても家族を、故郷を失ってる

その後、母さんに拾われて新しい家族が出来た

亡くした家族は戻らないが新しく家族は出来る

だからな、今は生きろ

生きていれば、その痛みは何時か“悼み”に変わる」


「………そう、ですね…

…折角、助けて貰った命…

…大切にします…」


「ああ、大切に生きよう

お前は独りじゃない

俺達が居る事を忘れるな

辛い時は泣け、“関羽”」


「────っ!?……ぅ…………っ……ぅっ…ふくっ…………ぅうぅ〜っ………」



グッ…と堪えて感情を全て飲み込もうとする彼女──関羽の頭を抱き寄せる。

その瞬間、堪えようとする彼女に抵抗を許さず、俺は強引に抱き締める。

そして、嗚咽が二人の間に滲む様に零れ落ちる。


華琳程ではないにしても、彼女も不器用な性格。

真面目で世話焼きなだけに甘える事が出来無い。

だから放って置けない。

そうでなくても、今はまだ小さな女の子なんだ。

我慢させたくない。

素直に泣く事も出来無い。

そんな下らない“頑張り”なんて要らない。


だから、泣いてくれ。

俺が拭うから。





 曹操side──


御兄様と日課の一つである食材探し(狩り)に出掛けて川で魚を捕っていた。

少し御兄様が体調を崩した様子を見せたから、物凄く心配に為った。

其処で、私の隣に座る様に隣を叩いて促した。

…御兄様と並んで座る。

ちょっとだけ寄り掛かれば御兄様の温もりと匂いが、私の心に染み込む。

……蕩けてしまいそうな程胸の奥が、ぽかぽか。

このまま寝たい位です。


──と思っていられたのも束の間の事でした。

御兄様の顔が、雰囲気が、珍しく強張っていた。

それは初めて見る姿。

少し怖く感じていたけれど──それ以上に胸の鼓動が煩い位に高鳴る。

御兄様に気付かれないか、心配に為ってしまう程に。


そんな中、御兄様から今の状況が説明される。

私は“足手纏い”だけれど御兄様と一緒に居たい。

願望(想い)を懐きながらも邪魔に為りたくはない。

矛盾し、葛藤する。

御兄様から私を連れて行く事を告げられた時。

本当に嬉しかった。

落ちない様に、しっかりと御兄様に抱き付く。

胸の鼓動が伝わりそうで、それだけが心配になる位にぎゅうぅ〜〜っ!!、と。


…正直、御兄様が止まって視界に熊が見える瞬間まで状況は判らなかった。

──というか、気に出来る余裕が全く無かった。

御兄様に抱き付ける状況が嬉し幸せ過ぎて。


だから、御兄様の背中から降りて、其処で漸く右腕に抱えられていた黒髪の娘の存在に気付いた。

………何か、胸の奥の方で暗く揺れる感覚が有った。


ただ、それは一瞬の事。

直ぐに私の意識は、全ては御兄様に向けられた。

そして、私は目の当たりにする事になる。

御兄様の本気の武を。

………格好良かった。

もうね、「格好良かった」としか言えない今の自分の語彙力の無さが恨めしいと思う事も馬鹿馬鹿しい位に御兄様は格好良いのだと。

私は改めて知った。


その後、御兄様と私は家に黒髪の娘を連れて帰る。

勿論、倒した熊は放置する事は勿体無いので御兄様は引き摺って持ち帰った。

私の御兄様は凄いです。

流石に御母様も驚いていたけれど直ぐに熊の事よりも黒髪の娘の方を気にする。


経験の無い私ですら、何が遇ったのか判る位に彼女は“血塗れ”だった。

それを御母様と私で洗い、拭い、着替えさせる。

絶対に御兄様に手伝わせる訳にはいかないもの。


二日後、彼女は目覚める。

そして私達は知る。

彼女の姓名は、関羽。

歳は御兄様と同じ八歳。

彼女の故郷は…賊に襲われ壊滅してしまった事。

亡くなった御両親が彼女を命懸けで逃がした事。

此処の平和な村の外では、それが珍しくない事を。

知識としてではなく。

現実に有るのだという事を私は初めて理解した。



──side out。



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