77話 季移りて巡り
近代食文化の一つにある“味変”という方法。
これは有りそうで無かった分野の確立であり。
閉塞感の有った料理・食品業界に対し一石を投じ、確かな波紋を拡げ、大きな影響を生んだ。
味変は、それ自体は素晴らしい事なのだが。
それを少しばかり掘り下げると問題が現れる。
それは人類の味覚の贅沢化である。
抑、味変という方法の誕生は“料理を楽しむ”事と似ている様で、実際にはズレている。
勿論、そうする事で一皿の、或いは同じ料理で違う味を味わって貰うという趣向でもある。
ただ、その方法を必要とする理由は何故か?。
より、美味しい料理を追求した結果?。
更に異なる食べ方に挑戦してみた結果?。
──否、そうではない。
味変という方法が世の中に受け入れられた理由。
それは、人々の味覚が贅沢化している為だろう。
尤も、「味覚の贅沢化」と大袈裟な言い方をすると批判的に聞こえるかもしれないが。
単純に言えば、それは社会的な味覚の飽き性化。
そして、“飽き”とは慣れである。
人でなくとも、動物でも慣れる事は珍しくない。
人食い熊や虎や狼は、味を覚えたから人を襲う。
人の味を知らなければ、そんな事は起きない。
それと同じ事が、人類にも起きない理由は無い。
濃い味付けの料理を好み、そういう味付けばかりを食べる生活をしていると味覚は濃さに慣れ薄味では物足りなくなり、美味しく感じ難くなる。
逆に薄味な生活をしていると、少し濃い味付けでも異常に感じ易くなり、嫌煙し勝ちになり、結果的に外食をし難くなる。
勿論、極端な例だと言えば、そうなのだが。
そういった食生活の偏りが味覚に異常を生じさせるという事もまた否めないだろう。
ただ、味覚というのは本来は毒味の為。
つまりは、美味しさを感じる為の感覚ではなくて、危険性を見極める為の感覚である。
それは本来の味覚は“美味しく感じる必要は無い”という事を意味している訳だ。
ただ、人類は食事に美味しさを求めてきた。
それが料理という文化を、知恵を生み出し。
今日に至る無くては為らない事へと変わった。
しかし、その一方で、“美味しい”が当たり前で、その有難味を感じない人々も増えている。
食糧難やフード・ロスの問題は人類が原因。
ならば、人々は考え直すべきなのだろう。
その“美味しい”は本当に必要な事なのかを。
「──集いし勇士達よっ!、今こそ世に示す時っ!
この天下を治めるべき唯一無二の真の皇が誰なのか愚か者達に教えてあげましょうっ!
我等が徐子瓏の名の下にっ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄オオオォオォォッッッ!!!!!!!!
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「……………いやいや、何してんの、華琳?」
「御覧の通り、出陣前の大号令ですが?」
「それが何か?」と言わんばかりの顔で小首を傾げ少しだけズレた眼鏡を直そうとする稟。
いや、それは流石に見れば判りますって。
俺が訊きたいのは、何故、華琳が遣っているのか。
そういうのって俺の仕事だよね?。
遣りたくはないけど、一応は主君の俺だよね?。
それなのに……何で華琳が?。
「忍様では「簡単にし過ぎるから」と」
「くっ…流石は我が愛妹、よく理解してるな…」
確かに、俺が遣るなら士気はそこそこだろう。
そんなに必要だとは思わないし、実際に必要無い。
勿論、気を抜いたり油断したりは論外だが。
はっきり言って、其処までには至らない。
…いや、正確には全体的にはだけど。
兎に角、その必要は無いと思っていた。
だから、華琳に突け込まれたみたいだ。
まさか、こんな時に布教活動を仕掛けるとはっ…。
ククッ…遣りおるわ、曹孟徳めっ…。
──って、遣ってる場合じゃない。
いや、もう手遅れなんだけどね。
どう考えても俺が目撃したのは途中からだし。
熱気と盛り上がり具合から考えても三十分は固い。
「…稟ー…何故止めてくれなかったぁぁ…」
「忍様に無理な事が私に出来ると思いますか?」
「それなら、せめて知らせてくれても…」
「私程度で糸を掻い潜れると?」
「………ごめん、単なる愚痴だから…」
「いえ、その御気持ちは理解は出来ますので」
そう言う稟だが、結局は理解するだけ。
それで俺の味方をしてくれる気は無い。
だって、此奴も教祖の手先!、信者だもんっ!。
「ブルータス、御前──だけではないのかっ?!」と思わず二度見してしまう超展開ですから。
最早、根絶やしに出来無い規模になってますし。
“原作”での張三姉妹が率いる黄巾党より厄介。
アレは結局、制御不能で暴走してた訳ですしね。
彼方此方に敵を作って自滅したに等しい訳です。
しかし、件の教団は教祖を筆頭に猛者揃い。
だって、教団の幹部は俺の妻達なんですもん!。
そんな集団、チートに決まってるじゃないっ!。
何でそんな所で覇王の才器を発揮してんのっ?!。
──って、叫びたくなりますよ、マジで。
そんなこんなな理由は置いといて。
袁紹との戦いに向けた出陣式な訳ですけど。
正直、其処まで煽らなくても大丈夫ですよ?。
ねぇ、華琳さんや?、俺の話、聞いてました?。
──という思いを込めて見詰めていたら。
視線に気付いた華琳が此方を見て、首肯。
「万事、心得ています、御兄様、御安心を」と。
ドヤ顔とも受け取れそうな笑顔を向けてくる。
──が、「いや、全然違うから、不安しかない」と側に居れば突っ込んでいる所だろう。
離れているから視線での遣り取りになるんだけど。
こういう時の華琳には何を言っても無駄。
実力行使以外では止まりはしない。
それを稟も学んでいるから、動かない訳だし。
後手に回った時点で此方等の詰みは確定したも同然だったりしますからね~…。
俺も無意味に疲労したくは有りません。
普段の兄妹・夫婦の戯れ合いとは違いますから。
「…はぁ~……で、準備の方は?」
「はい、一切滞り無く出来ております
第一陣に桂花と顔良隊・厳顔隊に兵二千、第二陣に馬超隊・張遼隊に兵千と私、最後に本隊は華琳様と桃香に蒲公英と焔耶で兵五千、仰せの通りに」
対袁紹戦に愛紗達の名前が無いのは仕方が無い事。
流石に主力を全投入するのは遣り過ぎだからな。
如何に正当防衛でも、過ぎれば過剰防衛とされる。
例え、恐怖で錯乱して必死に抵抗した結果でも。
裁判等は客観視する事が重要であり。
それが公平性だと考えているから。
だから、被害者の気持ちや加害者の思考という点は可能な限り排除され勝ちだったりする。
勿論、“法の下の平等”という意味でなら、それは間違いではないんだろうけど。
結局は、裁判所の仕事は判決を下す事だけ。
その後の被害者のアフターケアや援助といった事は裁判所の仕事ではないから遣らない。
だからと言って法を定めた国も何もしない。
マスメディアも視聴率の為に大々的に取り上げても事が済めば見向きもしなくなる。
守られるべきプライバシーを土足で荒らし回っても掃除すらしないマナーの悪さと身勝手さ。
そんな社会が「これって可笑しい!」とは思わない人々が多いという現実。
だが、そういう立場に置かれる人々の方が少数故に理解されない苦労や悲痛が放置されている事もまた間違い無く現実でもある。
そういった社会を変えるには何をするべきなのか。
上に立ち、国を背負う者は考えなければならない。
──なんて事を、つい頭の片隅で考えてしまう。
いや、今の俺には無縁の話なんだけどね。
だって、俺が法律だし、統治者なんだもん。
解ってる以上、そういう間違いは起こしません。
──と言うか、起こさせない施政と万が一の対策は怠りはしませんからね。
睨みを利かせるって大事な事ですよ?。
特に、要職や特権階級に有る者達に対してはね。
一般市民より、その辺りの方が質が悪いので。
腐敗は土よりも、根から始まるものです。
まあ、そんな話は兎も角として。
愛紗達が居ないのは、これが短期決戦だからだ。
勿論、状況によっては全投入の可能性も有るが。
まあ、その必要は無いだろうからね。
油断じゃなくて、確信としてね。
一応、備えはしてあるし、俺自身も居るからね。
ええ、俺は頭数に入っていませんよ。
「短期決戦だから兵糧や物資の運搬・補給・消費が無いのは有難い話だな
長期戦や遠征戦になれば欠かせないだけに、護衛で戦力や兵数も割いたりしないといけないから…
正直な話、俺達だけで戦う方が全然安上がりだし、手っ取り早いからな~…」
「そうですね…あまり大きな声では言えませんが
私達の立場から言えば、経費削減と期間短縮…
この二つは常に付き纏う問題ですから
そういう意味では、そうしたいのが本音ですね」
そう言って苦笑する稟。
そうしない理由も、そうしてはいけない理由も。
きちんと理解はしている。
それでも、その二つだけを考えれば…という葛藤。
勿論、それで俺達が動く事は先ず有り得無いが。
やはり、気持ちとしては多少は複雑な訳だ。
立場上、俺も気持ちは嫌と言う程判るしな。
本当、儘ならないものなんだよなぁ…。
「まあ、戦なんて遣る身に為れば利益は少ない
戦で一番利益を得るのは大体が商人だからな
そういった意味では“死の商人”なんて言葉が世に存在しているのは、ある意味では必然だろうな
戦の本質的な経済効果を理解していればこそだ」
「時には彼等が戦を誘発・煽動させますからね」
「ああ…まあ、今回に限って言えば無関係だが…
袁家の繁栄の裏には、そういう遣り方が有った事は否めないからな」
袁家は、表向きには政略結婚で勢力を拡大した事に為ってはいるが、裏では色々と遣っている。
邪魔者や政敵を排除し、時には取り込みながら。
可能な限り不必要な血を流さない様に。
そう、全く流されなかった訳ではない。
袁家にとって不都合だったりすれば、排除する。
そういう真似を遣って来た一族だからこそ。
眼には見えない裏の顔は闇に紛れ。
その深さ故に、人々は袁家に恐怖心を懐く。
結果、袁家の支配が強固に為っていた訳だ。
「これは結果論かもしれませんが、それが忠誠心を失わせてしまい戦力や士気が落ちていますよね?」
「そうだな、だから袁家は報奨金や要職という餌をぶら下げる事でしか遣る気を引き出せない
唯一、袁紹の家臣団の一部を除いてはな」
「幽州の東と西で離れていましたから直接の面識は私達には有りませんでしたが…
正直、あまり良い評判では有りませんでしたね」
「袁硅が政敵として目の敵にしていたからな
外部に袁紹の失態や言動等の一部を誇張して流し、意図的に評価を貶めていたしな
袁紹の事を直接見たり、知ったりしていなければ、その評価が印象として残るのも仕方が無い
寧ろ、その辺りの袁硅の手腕は確かだと言えるな」
「確かに…そういった仕事をさせれば優秀ですね」
「そればっかり、というのは現実的に無いけどな
一時的に重用したとしても自身の引き際を弁えず、しがみ付く様な奴だからな~…
使った後は鬱陶しいから始末する事になる
それを理解出来るから、他者の下には付きたくない
──と言うか、理解していて、それだからな
結局、彼奴は自分で首を絞めているだけだ」
「袁硅に限った珍しくもない事ですが…そうですね
解っていながら、それに固執して身を滅ぼす…
袁硅には袁家以外の居場所は無い訳ですか…」
「他者の下でも自分の力を発揮出来るのであれば、或いは上手く取り入れるなら、違うんだろうが…
袁硅は臆病で慎重だが、自尊心の塊でもある
袁家が、と言うよりも自分が頂点なんだ、と…
まあ、そういう意識が強過ぎる奴だって事だ」
だが、それが自らの未来を破滅に導いてゆく。
可能性を理解しても、受け入れられない。
その弱さが、傲慢さが、追い込んでいくのにな。
賈駆side──
徐恕軍を迎え撃つ。
──とは言え、民を巻き込んだりは出来無い。
彼等が無辜の民を傷付ける事は無いでしょうけど、それ以外の要因も考えられる事。
だから、出来るだけ都や村からは離れて戦う。
ただ、そうは言ってても此方等から仕掛ける真似は難しいというのが本音よね。
長距離の移動、長期の駐留──遠征は論外。
今の私達に許されている資金や兵力は限られていて僅かだろうと無駄には出来無い。
だから、決めた場所での短期決戦。
──と言うか、一発勝負になるわね。
見逃がして貰えるとも思わないし。
そうまでして、袁家に拘る必要は無い。
勿論、麗羽達の身の安全は最優先事項だけれど。
少なくとも、彼に投降するという事に否は無い。
戦わずして、というのは流石に無理でしょうけど。
彼に付いて麗羽と話してみた印象からすると、特に嫌悪感や不信感は無い様に思える。
…いいえ、それ所か、かなり好意的でしょうね。
本人は「興味は有りますわ」と言ってはいたけど、私の目にはそれ以上の感情が窺えた。
それはそれで後々、面倒が無くていいわ。
彼が麗羽を受け入れてくれさえすれば、血は残る。
家は再興すればいいだけの話。
寧ろ、一度解体する事で汚れを一掃出来る。
その利の方が、百年後、二百年後を考えたなら。
遥かに今の存続よりも価値が有るもの。
だから、その為にも此処で私達の価値を示す!。
徐恕に私達を手元に置くだけの価値が有ると。
そう評価して貰わないといけない。
その評価を勝ち取る為にも尽くさなければっ…。
「にゃあ~…詠、顔が恐いのだ~…」
「鈴々、そうなるのも仕方無いのじゃ
姉様を支える詠の立場では頭を抱えたくもなろう
相手は世に名を轟かす、“天覇龍王君”なのじゃ
袁硅や袁平を相手にするのとは訳が違う
まあ、どの様な殿方なのか、逢うのが楽しみじゃ」
「鈴々もなのだ!、思いっ切り戦いたいのだっ!」
「~~~~~~~~~~~~~~っっっっ………」
──と、私が悩んでいる側で暢気に話す二人。
「何してんのよっ!、この馬鹿娘達がーっ!!」と。
叫べるもの叫び、怒鳴り付けたいわ。
だけど、今は我慢するしかない。
麗羽は大将だし、当主だから当然としても。
本来なら、美羽は戦場には連れて来たりはしない。
鈴々も戦力としては惜しいけれど、美羽の安全面を一番に考えて護衛に付けるのが普通。
それなのに、こうして戦場に連れて来ている理由。
それは、この一戦が私達にとっての転機だから。
勝つ可能性は無いに等しいから、負け戦だけれど。
勿論、諦めた上で戦うなんて馬鹿な事はしない。
可能性が僅かでも有るなら、尽力するだけ。
勝利を信じて、勝利を掴む為に足掻く。
その為にも、僅かな不安も潰して置きたい。
袁硅を侮ってはいけないもの。
尤も、美羽を私の傍に置いておく事で鈴々を前線に送り出せる事も大きい。
出し惜しみなんてしている余裕は無いもの。
──side out