真っ直ぐに育つ
西安平県での袁平軍との開戦から、僅か四日。
俺達は怒濤の勢いで遼東郡の南部を飲み込んだ。
そして、現在は侯城県へと部隊を進めている。
その為、普通なら袁平は撤退している所だ。
しかし、あまりにも早い展開が故に袁平側が事態を把握し切れず、右往左往している有り様。
つまり、隙だらけだったりする訳ですよ。
ええ、今攻めなくて、何時攻めるの?、です。
「手勢も大半を失って、逃げる機も逸したな
袁硅の様に臆病であれば違ったんだろうけど…
袁平は所詮、凡庸で平凡な範疇を出ない奴だ
だから、こういう時でも有り触れた反応しかしない
そういう意味では楽だが…面白味には欠けるな
勿論、踏み台としては悪くはないが」
「そうですね、御兄様
どんなに才器が凡庸であろうとも袁家の三分割する一派閥の主格ですからね
それを討てば実績としては箔が付きます」
「まあ、後で剥がれない様にしないと駄目だけどな
──と言うか、その輝きを本物に、だな」
「はい、その通りですね」
そう話しながら華琳と眼下の様子を見詰める。
軍師として、総大将として率いるのは桃香。
言わずもがな、桃香に実績を作らせる為です。
──とは言うものの、八百長では有りません。
確かに舞台を整える上では俺達も動いてはいますが本番は桃香に任せて有ります。
それに打付け本番ではなく、一戦した後です。
余計な肩の力も抜け、自信も付いている。
調子に乗って痛い目を見れば、それも経験。
失敗を糧に、成長してくれるだろうしな。
だから、特に心配はしていない。
現在、緩やかな傾斜の平原に両陣営が展開。
袁平軍が丘陵の上に陣取っている。
袁平としては死に物狂いで逃げ出したい所だろう。
しかし、逃げる為には桃香達が陣取る丘陵の下側を抜けなければならない。
もし、この現場を初めて見たなら、直進などせずに開けている平原を移動して回り込めば良いのに。
そう思っても可笑しくはない。
しかし、現実は袁平軍に厳しいもので。
広大な平原は周りを岩山や崖・谷に囲まれており、三つ有る道の内、二つは安市県と文県に繋がる。
今は宅の領地ですから逃げられません。
──で、唯一の活路が新昌県へと続く道でして。
それを桃香達が抑えている格好になります。
まあ、そうなる様に仕向けたんですから。
当然と言えば当然なんですけどね~。
ただね、それも必要な事なんですよ?。
下手に袁平を追い込んで街等に籠城したり、住民を人質や死兵にしたり出来無い様にする為にもね。
幾ら兵も含め殲滅しているからとは言っても。
街を丸々壊滅させる様な真似はしたく有りません。
勿論、必要なら遣りますが。
基本的には必要な訳が有りませんので。
だから、仕掛けるタイミングは重要なんです。
袁平達が移動し、平原に入る所を狙って──と。
“戦って突破する”以外の選択肢を与えない。
そういう風に為る様に仕掛けたんですから。
「御兄様、漸く袁平が腹を括った様ですね」
「まあ、投降は死を意味するんだから当然だよな
他に選択肢は最初から無いんだし
──とは言え、決断が遅い
それが勝つ為の準備に割いた時間なら良いんだが、袁平が決断するまでの逡巡している時間だからな
その所為で全体の士気はダダ下がりだ」
「指揮官──総大将としては失格ですね
如何に士気を上げるか、或いは保つのか…
それが出来るか否かだけで器量が見えます
所詮、袁平は袁紹でも袁硅でもない中途半端な者が固まっただけの派閥の主格ですね」
「ああ、智謀や人望、魅力が有る訳じゃない
ただ、他に誰も適当な人物が居なかったから
それだけで担ぎ上げられた奴だからな
当然、こんな状況で自力で覆す能力は無い
追い込まれて発揮してくれるなら有難いがな」
「桃香達にとって良い経験に成りますしね」
──という会話をしながら、戦いを眺める。
三角陣を敷き、桃香達に突進していく袁平軍。
だが、兵士達は何れも素人に毛が生えた程度。
それも徴兵された農民が大半なのだから当然。
物量策以外には出来無い集団だ。
だから、走り方にも、速度にも差異が生じる。
それは陣形を崩し、本来の機能を失わせるのには、十分な要因だと言える。
本隊の位置に居る袁平は気付いていないのだろう。
それは自分を守る筈の人壁が剥がれ落ち。
致命的な穴を作っているという事にな。
その袁平軍を迎え撃つ桃香達は波形陣を敷く。
ただ、それは待機状態の間の話に過ぎない。
袁平軍の動きを見て、鶴翼陣に移行。
側面に回り込む様に上がる左右の両端に居た部隊が巨大な顎で挟み込む様に横撃。
応戦という形にも為らず、一蹴されて崩壊した。
「左は思春、右は亞莎か…
良い連携を見せた沙和を敢えて外し、別部隊だった面子で組ませてみたが…良い使い方だな」
「はい、二人と部隊の長所を理解出来ていますね
軍師を付けず、亞莎も軍将としての参戦です
その意味を皆が理解した上での動きでしょう
そうでなければ、多少はズレが生じますから…」
「そうだな、今見た限りではズレは無い
寧ろ、何年も一緒に組んでいる様な動きだ
思春も亞莎も合わせるのが上手いとは言ってもな」
勿論、事前に再編時に伝えてはいるのだが。
それでも二人の連動は鏡合わせの様に見事だ。
その理由──要因は華琳の顔を見れば一目瞭然。
「御兄様という要が在ればこそです」と。
兄敬愛全開の自慢気なドヤ顔をしていますから。
…まあ、それで上手く行くなら構いませんが。
「そんな理由で良いのか?」と言いたくなる。
言ったら華琳が止まりませんし。
思いながら見詰めても脱線するでしょうからね。
視線を戦場に向け、話を終わらせます。
流石に皆が戦ってるのに、イチャつけませんしね。
挟撃にも等しい横撃を受けながらも。
袁平軍は前進を止めてはいない。
──が、それは自分達の意思で、ではない。
獣が獲物に噛み付けば、肉を噛み千切る為に素早く顎を閉じて食い縛る。
それと同様に、本来ならば思春も亞莎も鶴翼陣から更に内側に攻め込んでも可笑しくはない。
しかし、敢えて鶴翼陣の形を保つ。
まあ、翼の角度は高角に為ってはいるが。
その狙いは袁平軍を懐に引き込む為。
数を削り、陣形を崩しながらも、脚は落とさせず。
寧ろ、袁平に「これなら突破出来る!」と。
有り得無い可能性を思い浮かばさせて。
そして、十分に引き込んだ袁平軍の先陣が桃香達の本隊と交戦を始める。
ただ、其処に桃香の姿は無い。
本隊を率いているのは霞。
敢えて霞の騎馬部隊を動かさず、本隊に据えた。
騎馬を矛としてではなく、盾──壁に使う。
軍師としての意識を持たず、勉強もしていない。
それ故に、桃香には柔軟な発想力が有る。
勿論、発想を実際に活用出来るだけの知恵や知識は必要ではあるんだけどね。
霞達、騎馬部隊が進路を塞ぐ壁と為り。
前が詰まる事で袁平軍は水が溜まる様に横に膨れ、陣形は完全に崩れてしまう。
其処を見逃さず、思春と亞莎が素早く絞り。
桃香が袁平軍の退路に蓋をする。
霞に本隊を任せた桃香は自ら兵を率いて別行動。
思春の部隊の影に潜む様にして後ろを移動。
大きく回り込み、霞達の本隊が袁平軍を引き込んで受け止める格好になった所で、背後を塞ぐ。
最終的には日輪陣を敷く形で袁平軍を包囲した。
「作戦の立案は桃香に任せる様に言って置いたから桃香が考えたのは確かなんだろうけど…
意外や意外、中々どうして大胆不敵な罠を仕掛けて見事に獲物を嵌めて見せたな」
「まだ桃香は軍略の基礎を学んでいる最中ですが、その分、自分に出来る事よりも味方の能力や性格に意識を置いて考えています
“如何に活かすのか”ではなく、“その能力でなら何が出来るのか”、と…
それは似ている様で、大きく異なる観点です
その姿勢が普通とは違う発想に繋がっていますね」
「軍師というのは人を使う代表格だからな
そういう意味だと桃香の様な人材は稀だしな
内容自体は単純だが、上手く組み合わせてある
それだけでも評価出来るが…自分でも動けたな
正直、その積極性が一番の驚きだし、成長だ」
「沙和との連携、稟の指揮を受けた事…
それが短期間での成長を促した訳ですね」
──と言いながら、「流石は御兄様です」と何故か俺を称賛する視線を向けてくる華琳。
それはまあ、俺が配置は指示したんだし?。
そういう切っ掛け──刺激になればなぁ~…と。
期待を含めた意図が有った事は確かですが。
此処は素直に桃香を誉めて遣りましょうよ?。
…え?、「それは御兄様の役目です」?。
………つまり、御褒美を遣れと?。
いや、自信満々に頷かれましても……ねぇ…。
それは最終的には、そうなるんですけど。
それとこれとは話が違うと思うんですが?。
──と、問い詰めたい衝動は有りますが。
それを遣ると切りが無いので、彼方に流します。
ええ、水は巡りますが、戻って来なくても結構。
行っちゃったきりで大丈夫です。
寧ろ、そのまま逝っちゃって下さい。
御願いしますから。
そんな俺の現実逃避をしている間にも戦いは進み。
想像を覆される絶望的な劣勢の状況に加え、退路も見出だせない完全に包囲されてしまって。
正面に指揮も出来ず、慌てている袁平。
周囲を固める兵士達も命令が無い為に動けず。
だが、本能的に感じる迫り来る死に抗いたいが為に何処かに抜け出す穴がないかと探す。
その為、集中力は散漫。
はっきり言って護衛は役目を果たしていない。
その状況で、真っ向から突っ込んで行った桃香。
氣の使用は禁止している為、素の身体能力のみ。
その上、今まで殺し合う対人戦闘の経験も無い。
そんな桃香が、袁平軍の人混みの中を潜り抜ける。
俊敏とも機敏とも呼べない。
華麗ではないし巧みにという訳でもない。
まだ俺の指導を受け始めはばかりで、皆と比べれば出来る事の方が圧倒的に少ないという現状で。
今の自分が出来る事を注ぎ込んで、遣っている。
懸命に、必死に、頑張っているという感じで。
けれど、思わず見惚れてしまう程に凛々しい表情。
普段の“ほわぽわ”した桃香とは違う。
決して、鋭い、という訳ではない。
しかし、“一心不乱”という言葉を体現するが如く戦う事だけに集中している桃香は──美しい。
戦場には不要な優しさを捨て、無駄を削ぎ落とした斬る為に在る一振りの刀身の様に。
その眼差しは、意識は、袁平を討つ事に集中。
普段とのギャップも有り、余計に際立つ。
垣間見せる“冴え”だからこそ、なのか。
今は只、余計な事を忘れ、見入ってしまいたい。
「──あれを意識的に出来れば、ですね」
「ああ、そうだな、そう成れば化けるな」
──が、華琳の言葉に我に返る。
…無意識に身体が弾んでしまいそうな間だったが、其処は気合いと経験で堪えられて、一安心。
ただまあ、それはそれとして。
平静を装いながらも、左腕を抱く温もりが愛しい。
「私の前で他の娘に見惚れるなんて…嫌…」と。
構ってアピールをしてくる華琳の嫉妬が可愛い。
攻撃的な「私を見なさいよ」ではない。
いや、あれはあれで可愛いと思いますけどね。
“原作”の曹操みたいに。
意地っ張りな娘の精一杯の我が儘なんですから。
…うん、華琳に其方タイプの攻め方をされてたら、桃香達には申し訳無いが、脱線確実だったな。
だって、そんな真っ直ぐな御強請り断れません!。
漢なら、“俺に任せとけ!”一択でしょう。
──という俺の反省と言い訳の思考の間にも桃香は袁平へと距離を詰め──その首を刎ねた。
叫声が、驚愕による静寂を挟み、悲鳴に変わる。
御飾りだろうと責任の所在──最後の責任転嫁先の袁平という総大将を失った今、士気は潰える。
疾うに機能を失っていた統率も完全に無くなる。
蜘蛛の子を散らすよりも判り易い狼狽する袁平軍を一人残らず討ち取って──戦は無事に終わった。
other side──
何故、人は不意に過去の良い記憶を思い出すのか。
何か切っ掛けとなる物や話でも有ったから?。
ただただ懐かしい気持ちに為ったから?。
過ぎ去った日々の中に忘れ物が有ったから?。
在りし日の誰かや何かを偲んで思い出したから?。
きっと、理由は人各々、違うんでしょうね。
だけど、私はね、こう思うの。
人が過去を振り返るのは現実逃避したいから。
自分にとって良かった記憶の中に逃げ込みたい。
その思いが、記憶を呼び起こすのだと。
だってほら、そういう時の記憶って良い事ばかりで悪い事なんて中々思い出さないじゃない?。
それこそが、その可能性を示していると思うのよ。
……まあ、こんな事を考えている私自身も、結局は現実逃避の真っ最中だったりするんだけどね。
でも、仕方が無いじゃない!。
そんな事でも考えてないと遣ってられないのよ!。
「…っぁ゛あ゛あぁ~~~~~~~~~~~っ…」
誰も居ない部屋で声を上げ、滅茶苦茶に両手で髪を掻き乱しながら頭を抱えて机に突っ伏す。
その表紙に机の上に有った竹簡が飛んだり崩れたりしてしまうけど、気にする事も億劫になる。
それ位に、現実と向き合うのが嫌になる。
「……………………………徐子瓏ぅぅぅ~~……」
亡者の発する恨み辛みの籠る怨嗟の声の様に。
自分の身体の、心の深奥から響く様に。
自分を悩ませている人物の名を口にする。
──とは言え、私自身が何かされた訳ではない。
勿論、彼の登場による影響は受けてはいるけれど。
それは私一人に限った話ではない。
幽州全土を巻き込む程の巨大な時代のうねり。
それを引き起こし、尚且つ鎮められる。
それが“幽州の巨龍”とも呼ばれる徐子瓏。
民衆の中には字から“龍王君”なんて呼ぶ者も。
だけど、そうなるのも仕方が無いと思ってしまう。
それ程に徐子瓏の存在は巨大で強烈で崇高だから。
「……だからと言って大人しくは出来無いけどね」
少しばかり愚痴り、感情を吐露したからか。
漸く現実逃避を止め、意識を現実へと引き戻す。
…まあ、出来る事なら、そのままで居たいけど。
その結果、後悔してしまうのなら、無意味。
失敗を、破滅を怖れて何もしない。
そんな選択を私はしたくはない。
──と、考えていると近付く走音に気付く。
思わず蟀谷を押さえ、深呼吸をする。
反射的に怒鳴ってしまわない様に。
「──詠、詠、詠ぃーっ、大変なのだーっ!!」
「城内は走らない、そう言ってるでしょ、鈴々?
はぁ~…それで、どうしたの?」
「袁平が敗けたのだっ!」
「でしょうね」
「………あれ?、驚かないのだ?」
「驚くも何も、袁平が勝てる訳が無いもの
その程度の相手なら、遼西は麗羽が獲れたわ
さて、それじゃあ私達も動かないとね
貴女は美羽を御願いね」
──side out