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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   人が思うよりも


袁平軍との戦いに勝利し、平野県と安市県を獲た。

だが、労力という労力は掛かってはいない。

勿論、戦場に出る以上は皆命懸けではあるが。

訊ければ、「いいえ、これよりも普段の鍛練の方が全然キツイし死にそうです」「冗談ですよね?」と言われる気がしますからね。

ええ、それだけ厳しく遣ってますからね。


それもまあ、ある意味、当然なんですけどね。

スポーツのトレーニングとは違い、戦の為の物。

殺し殺されが常である生き死にの世界。

其処に立つ以上は、立たせる以上は。

生半可な鍛練をさせる訳が有りません。

憎まれようが、嫌われようが。

それが彼等の命を背負い、預かる者としての務め。

命懸けな以上、過酷なのは当然の事なんです。

そうして少しでも死傷率を下げ、一人でも犠牲者を減らせる様に考え、行い、結果を出す。

それが俺達の責任ですから。


そんな宅の皆が頑張ってくれている訳ですから。

まあ、袁平軍程度では歯も立ちません。

噛み付いて来ようと歯形も残りませんよ。

──って言える位に、差が有りますからね。


それでも偶発的な事故は起きたりします。

その所為で運悪く(・・・)命を落とす。

そんな事も有り得る訳ですから。

決して油断・慢心・過信はさせません。

勿論、俺達もしません。

そうする事で、不測の事態にも落ち着いて対処し、生存率を上げられる様に。

日々の鍛練は厳しくなっているんですから。


──という訳で、順調なんです。

西安平県で準備を整えた後、今度は啄郡の北東端で待機していた部隊の進軍を観に行く。

目指すは遼東郡の南東端である文県。

其処には、袁平が防衛と攻勢時には投入する予定で待機させていた予備軍が居る。

それを叩き、文県を獲るのが今回の進軍の目的だ。


──で、その宅の部隊なんですが。

岩山に囲まれた深い渓谷の途中に有る砦を目指して進んで来ましたが……相手が外に出て来ません。

その所為で立ち往生している状態です。

まあ、砦に籠っているのは防衛を優先させている為なんでしょうけど。

昨日の今日なので連敗している事は知らない筈。

宅なら兎も角、其処まで速い伝令は居ませんから。

だから、忠実に命令に従っている訳です。



「御兄様、氣を用いる事は禁止でしたね?」


「ああ、こういう状況を想定すれば、氣を使ったら苦も無く落とせるからな

それだと折角の経験を積む機会なのに勿体無い

だから何処も氣の使用は基本的に禁止した」



勿論、本当に必要な状況では話は別です。

人命救助等、生死を左右する様な場合には特にね。

逆に言えば、そういう状況でもない限り、使わずに落として見せて貰わないと困るんですよね…。

氣頼みの戦い方っていうのは危ういですから。


そんな訳で、宅の部隊が困っている所です。

まあ、だからと言って助けたりはしませんが。

この程度の膠着は軽く打破して貰わないとね。

そうじゃないと先が思い遣られますから。



「──ん?、ああ、漸く動き出したな」



微動だにしていなかった宅の部隊から五分の一程が砦から遠ざかる様に退却。

砦から見て曲がりくねった渓谷の道の死角に入り、姿を消した所で散開。


道の両側は切り立った80°近い急斜面ではあるが登れない訳ではない。

岩質も硬く、簡単には崩れはしない。

其処を、ロッククライミングの技術を叩き込まれた明命の率いる部隊が二手に分かれて登る。


凪の所も大概だが、此方等も非常に身軽で軽快。

高層ビルの多い都会でパルクールとかを遣らせたら滅茶苦茶格好良い集団演技が出来そうだよな。

いや本当に冗談じゃなくて。

一回十数万の観覧チケットを売っても完売する様なアーティスティックでダイナミックでスリリングな最高のライブ・パフォーマンスになると思う。


…まあ、申請しないと捕まるし、申請しても許可が下りない可能性が高いでしょうけどね。

そういうのって大体が責任問題が焦点ですから。

「全て自己責任でなら」で許可がすれば良いのに。

失敗して死んだって、自己責任なんだから。

尤も、実際には何方等かと言えば観客や野次馬等が起こす事の方が問題なのかもしれませんけど。

其処は流石に「自己責任で」は難しいでしょう。

パフォーマーや役所の人達には関係無くても。

あーだこーだと難癖付ける輩は居ますからね。


そんな明命の部隊が岩山を登って、身を潜めながら砦へと近付いて行きます。

その一方で、再び五分の一が死角へ。

此方等は来た道を戻る様に距離を取ります。



「アレは翠の部隊か…」


「元々高い馬術の腕を持っていた者が多いですが、新たな部隊として編成されて変わりましたね」


「ああ、一族伝統の技術というのは重要ではあるが排他的な思考や価値観も強かったからな

それが多民族渾然一体化で補い合い、吸収し合って更に上の高みに至る結果になってくれたのは大きい

特に、騎馬での忍び足(・・・)は一つの武器だ」


「静かに歩くだけなら白蓮の部隊も出来ていますが翠の部隊は走れますからね」


「まあ、流石に全力疾走は難しいが…

それでも足音と土煙を出さずに速く移動出来る事は姿さえ捕捉されなければ裏を掻き易くなる

ある意味、突進力の有る騎馬隊よりも脅威だ」



そう言っている間にも翠の部隊は遠ざかった。

袁平軍の視界からは勿論、聴覚からも消えた。


次に動いたのは七乃の率いる部隊。

しかし、此方等は死角には半分だけしか入らない。

半分は砦から見える様に留まり、布陣。

だが、死角に入った兵士達は道の両脇に沿って並び道の内側に向かって楯を構える。

手に持つのが楯でなければ。

まるで“隠れ蓑”を使って潜むかの様にだ。


それに続いて焔耶の率いる部隊が引き上げて来て、七乃の部隊が作った“楯の道”の先に蓋をする様に布陣したら砦に向かって方向転換し、待機。

焔耶の部隊は専属とは言え率いている兵士達は全て新たに選抜され、結成されたばかり。

その為、まだまだ連携や統率には粗さが目立つ。

しかし、それを補って有り余るのが焔耶の鼓舞力。

蒲公英と戦っている時は単純で脳筋っぽいが。

焔耶は愚直と言える位に真っ直ぐ。

勿論、軍将としては、それでは困るんだけどね。

ただ、その気性が兵士達を引っ張る力になる。

焔耶の闘志が、そのまま士気として伝播する。

そういう意味では、乗せる(・・・)と恐い。


そして最後に()が率いる部隊が、ゆっくりと後退。

他の部隊とは違い、砦を睨んだまま後ろ歩きに。

見るからに「警戒してますよー」と誘いながら。

うん、普通なら、「いや、その手には乗らない」と警戒して、動かない所なんですけどねぇ…。



「……風の誘い方は本当に自然(・・)だな

意図的に遣っている以上、少しは演技が不自然さを生じさせるんだが…」


「あの娘のは演技というよりも成り切り(・・・・)です

ですから、不自然さが殆んど出ません」


「まあ、知らない事は出来無いだろうからな…」



それでも、それは十分過ぎる程に凄い事だ。

俺や華琳でも完璧に演じて不自然さを隠す訳だが。

風の場合は演じるのではない。

所謂、“憑依型”なんですよね。

──って、言うのは簡単なんですが、これを実際に遣るとなると意外と難しいんです。

「キャラ設定を落とし込めば出来るだろ?」なんて思った人っ!、なら、遣ってみなさい。

その時には自我(・・)を完全に消す必要が有ります。

つまり、完全に別人に為らないといけません。

そんな真似が、普通に出来ると思いますか?。

そう、出来無いんですよ。

だから俺や華琳達は演技力を高める訳です。

その方が技術的に見ても確立し易いですからね。


──で、風の事なんですが。

“原作”では腹話術を駆使していた様に。

演技に関しては天賦の才能が有ります。

芯はしっかりしていますが、我が強過ぎません。

此処で言う“我”とは、個性や自己主張です。

“柳に風”では有りませんが。

風の自然体な精神は稀有なものです。


だからこそ、ついつい口角が上がってしまう。

風は軍師陣の中では唯一無二のタイプ。

後にも先にも滅多に現れない人物。

その風が、これから先、どう成長していくのか。

楽しみで仕方が無い。



「御兄様、出て来ましたね」


「ああ、まんまと釣り上げられたな」



風の部隊が曲がり道に入る直前。

砦の門扉が開いて袁平軍が勢い良く飛び出した。

兵士達の士気は高く、遣る気に満ちている。

ギラつく眼は「俺が一番手柄を獲ってやるっ!」と言わんばかりに攻撃性を剥き出しにして。

地鳴りの様な雄叫びと共に突進していく。


そんな袁平軍に対し、風の部隊は半円状に組み直し楯を構えて防御(・・)体勢を取った。

左右は屈んだ者と立ったままの者が楯を重ねる形で強固な構えを見せている。

一方、中央は立ったままだが、大楯を持つ。

今、袁平軍からは宅の部隊の姿は見えない。


そして、人は見えない部分を想像して(・・・・)補う。

さて、今の状況下に置いて、袁平軍の兵士達は一体何を想像するのだろうか。

恐らく、大半が必死に楯を構える兵士達の姿で。

「死ぬ気で堪えろっ!」的な意気込みをしている。

そんな情景を思い浮かべている事だろう。


一旦、「此方等が優勢だ!」と思ってしまうと。

どうしても自分にとって悪い想像はし難くなる。

それは彼等に限った話ではない。

殆んどの人々が、そうなのだから。

誰しも、好き好んで悪い想像はしない。

悪い想像をする時は不安や恐怖心・警戒心から。

それが稀薄であればある程に。

人の想像力というのは、都合の良い方向に傾く。


その想像こそが、自らを破滅に導くとは知らずに。


蛇が巣穴から出て来たかの様に。

渓谷の道を埋め尽くす形で進んで行く袁平軍。

その先頭が風の部隊に襲い掛かる。

──その瞬間だった。

目隠し(・・・)だった大楯が左右に退いた。


そして、拳を突き出す様に飛び出してくる焔耶。

先陣を切って袁平軍に襲い掛かり、部隊が続く。


前が詰まれば、勢いの付いた後ろは止まれない。

壁に衝突した車が潰れる様に。

焔耶達に迎撃された仲間の屍が彼等の脚を絡め取り身動きが取れなくなって、混乱を引き起こす。


それでも最後尾に居た者達は異変に気付き、砦へと慌てて引き返そうとする。

そして、彼等の視界は閉じて行く門扉を見る。


岩山を駆け抜け、手薄になった砦を強襲した明命の部隊により、あっさりと制圧。

袁平軍の退路を奪った。


絶望が広がり始める中、破滅の疾槍が閃く。

最高速で突っ込む翠の騎馬部隊。

焔耶達が作った亀裂を穿つ様に襲い掛かる。


その肝は七乃の部隊が構えた楯に有る。

如何に馬術に長けていようとも最高速で固まって、狭く曲がりくねった道を駆け抜ける事は至難。

しかし、楯を構える仲間をガイドレール(・・・・・・)にする事で速度を落とさずに、コーナリング。

後はストレートを突っ切るのみ。


単純な様だが、楯を構える側には膂力と根性が。

騎馬側には信じて突っ込む度胸と集中力が。

これでもかと言わんばかりのレベルで要求される。


そんな無茶な作戦を考えた軍師達も。

遣って見せた将兵も。

「天晴れっ!、御見事っ!」としか言えない。



「ふふっ、これは後で興奮の冷めない翠の自慢話をたっぷりと蒲公英は聞かされそうですね」


「ああ、そうだろうな

俺でも暫くは語りたくなると思う位だ」


「御兄様でも、ですか?」


「普通の──個人での限界突破とは違う

あれだけの人数が一体となっての限界突破だ

その昂りや達成感と歓喜は比べ物にならない

…まあ、地味に俯瞰する格好になった明命達には、少しばかり気の毒だけどな…」


「……確かに、同じ軍将でも翠と焔耶とは度合いに温度差が有るのは否めませんね…」



ただ、明命は三人の中では一番の古参だ。

若干、仲間外れな空気を感じでも往なす…筈。

気にしてる様だったら俺が慰めてやる。

多分、それが一番効果的だろうしな。


まあ、取り敢えず、予定通りに進めるだろうし。

後は文県を掌握するだけだからな。

其方での活躍の場は多い。

頑張って貰いましょう。





 馬超side──


配置的に第二陣(・・・)って事で不満だった。

それはまあ?、誰かが遣らないといけないんだし、忍様の決定だから従うけどさ。

やっぱり、「第一陣で出たかった」っていうのが、本音だったりする訳だ。

勿論、それはそれで切り替えはするけど。


それでも、ちょっとは気合いに影響していた。

その事実を風に然り気無く指摘されてしまう。

言い返せないから気不味くて困った。


そんな中、今回の作戦を風と七乃から説明された。

聞いた当初は「…は?、今何て言った?」と本気で聞き返してしまった程だ。

いやさ、騎馬を最高速のままで狭く曲がりくねった道を駆け抜けさせる、だなんて…なぁ?。

正面な思考をしてたら、無理だって思うっての。

──というか、正気を疑うわ!。


ただ、一つ一つ順立てて説明されていくと…な。

「…あれ?、出来るかも…」って。

その気にさせられたんだよなぁ…ったく。

軍師ってのは本当、そういう所が恐いんだよ。


いざ、本番になると緊張感は拭えない。

何しろ、事前に練習した訳でもない。

綿密な打ち合わせと連携を確認した訳でもない。

打付け本番の一発勝負。

軍師が一番嫌う“大博打”を遣ろうとしている。

有り得無い話なのに。

その現実が、可笑しくて仕方が無いアタシが居た。

…半分は自棄になって開き直ってたんだろうな。


だけど、もう半分は──心が躍っていた。

「こんな馬鹿みたいな真似、遣らないって」と。

未知への挑戦に対する好奇心と闘志が昂る。

馬鹿にしか出来無い事なら。

今回に限っては、喜んで馬鹿に為ってやるさ!。

そう、笑って言える程に。

抑え切れない程の高揚と興奮が支配していた。



「──でな!、焔耶達が仕掛けた咆哮を合図にしてアタシ等は百を数えてから、駆け出したんだ!

一頭なら勿論、五~六頭でなら楽勝だけどさ…

数十の騎馬が群れで狭い道を駆け抜けるんだぜ?

手に汗握るってもんじゃない!

一瞬のズレが自分だけじゃなくて全員を巻き込む…

そのとんでもない緊張感の中をさ!

アタシ等は緩める事無く駆け抜けて行ったんだ!

七乃の部隊が作ってくれた楯の壁を蹴ったり、馬の身体を擦り当てながら曲がってさ!

あの緊張感と達成感と疾走感は半端無かったなっ!

その後、袁平軍に突っ込んだんだけど…

正直、その時の事は殆んど覚えてないんだよな~

もうさ!、兎に角、味わった事が無い凄さだった!

ギュギュギュワグワワギュワーーンッ!!って感じで駆け抜けたのは、あっと言う間だったけど…

あんな経験は滅多に出来無いんだろうな…」


「へー、そーなんだー、よかったねー」



ちょっとした事後処理の報告で遣ってきた蒲公英を捕まえて、今日有った事を話してやる。

いやもうさ、思い出すだけで身震いする位に。

あの経験は強烈だったし、刺激的だった。

「もう一度…」と思うんだけど…。

同じ事を遣っても味わえない。

それは多分、別物なんだよな。

だからこそ、一生物の経験だったって言える。



──side out



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