花は強く逞しく
あっさりと袁平軍の第一陣を撃破した俺達。
その勢いのまま平野県を陥落させに向かいました。
彼方は稟達に任せておけば問題無いでしょう。
いや、本当にね、負ける気なんかしませんから。
だって将師も兵士も精強ですからね。
だから「このままガンガン行こうぜっ!」って誰か言ってても何も可笑しく有りません。
──で、俺は華琳と二人で同日に行われている北の安市県攻めの戦場へと向かいました。
ええ、もう現着しています。
我等兄妹、何だかんだでチートなので。
そんな現場なんですが。
いい感じに宅の軍が包囲されています。
稟達の方には平野県から進軍してくる袁平軍を引き込んでからの戦闘を課題として出していました。
一方、此方等には北と東から挟撃しようとしている相手の動きの裏を掻いて奇襲を仕掛ける所から。
つまり、今、囲まれているのは奇襲部隊な訳で。
当然、別動隊が居る訳です。
「それにしても、桂花は釣り方が上手いな
特に挑発したり罵倒したりはしていない筈だが…
彼処まで相手の感情を狂わせられるとはな~」
「あの娘は演技力も勿論ですが相手の感情の機微を読むのが本当に上手いですね
特に感情的に為り易い軍将や武官は格好の獲物です
翻弄するのに言葉など必要とはしません」
「それを遣られてる方は全く気付いてないしな
自分達が感情まで意図的に操られているなんて…
夢にも思わないだろうからなぁ…」
挑発や罵倒は相手に判り易い反面、見抜かれ易い。
副官や部下が気付いて宥めれば失敗するしな。
そういう意味では、“原作”の華雄って、現実では有り得無い反応だって言いたくなるよね。
アレは、そういうキャラ付けだから。
そうじゃなかったら、有り得ませんから。
幾ら華雄が単純で、猪だったとしても。
一軍を預かる歴戦の将なんです。
あんな馬鹿な真似を遣る訳が有りませんて。
だから、アレはフィクションなんです。
フィクションだから成立する遣り方なんです。
判ったかな?、良い子は真似したら駄目だよ?。
──で、桂花が遣ってる事なんですが。
マジック等のミスディレクション、メンタリズムの応用だったりするんですよね、これが。
ええまあ、それを教えたのは俺なんですけどね。
正直、此処まで桂花に填まるとは思ってません。
鬼に金棒、桂花に心理学。
原作では落ち担当色物毒舌キャラでしたが。
抑、軍師である桂花の観察力は素で高い訳で。
的確な比喩の毒舌には語彙力だけではなく、相手を分析する観察力が必要になりますからね。
素養は有った、という訳です。
それに加えて、宅の桂花は俺にベタ惚れです。
自分で言うのも何ですけど。
あと、言わずもがな、華琳に心酔しています。
熱心な信者の出現は俺の政敵の強化を意味します。
──ではなくて。
いや、それはそれで物凄く大事なんですが。
原作と違い、宅の桂花は俺に反発しませんからね。
教えた事の吸収力が倍増しなんです。
だから成長力が物凄いんですよね。
疑問が有れば質問もして来ますし、思い付いた事や面白そうなアイデアを提案したりもします。
まだまだ男嫌いな部分は有りますが、それも過去に色々有ったが故で、仕方が無い事ですからね。
それを加味しても、宅の桂花は素直な方です。
…まあ、原作の荀彧を知っているとね、少しばかり物足りなさを感じるのは否めませんが。
如何に有能だろうと、あんな風に接している人物を重用しようとは流石に思いません。
あれは曹操が主君だから成立している形です。
男優位な男社会の此処では実現しない事です。
──で、そんな桂花が指揮している部隊は袁平軍に包囲され、パッと見には絶体絶命なんですが。
それは何も知らなければの話です。
ジリジリと包囲網を狭めている袁平軍。
だが、その意識は桂花達にだけ向いている訳で。
背中はガラ空き、隙だらけなんですよね~。
「先ずは思春の部隊か」
「こういった状況で裏を取らせると流石ですね
上手い事は勿論ですが、仕掛け方が絶妙です」
「相手が優位を疑わず、援軍等の可能性を排除して勝利を確信した、その瞬間だからな
思春も桂花と同様に人心の機微を読むのが上手い
伊達に暗殺者として二つ名を取ってはいないな」
総攻撃の号令が発せられようとしていた瞬間に。
その指揮官を一撃で射殺し、一気に空気を変える。
それと同時に包囲網に雪崩れ込み、蹂躙を開始。
トップの指揮官が討たれた事で一体感を持っていた袁平軍は各部隊毎の指揮官の判断による対処行動を強制され、連携を取る余裕は無くなる。
宅の様に各軍将の専属部隊が中心なら平気だが。
最初から数で押す事しか考えていない軍勢とは実に脆いもので、自発的な行動が下手だ。
日本人に多い、“言われないと出来無い”タイプの集団というのは頭を失うと死に体も同然。
指揮下であれば非常に優秀な軍勢なのだが。
バラけた途端に無能如何に成り下がる。
勿論、それは極端な表現ではあるのだが。
原作の甘寧は登場当初の印象とは違い、孫権ラブの抱き合わせ型のセットキャラになっていたが。
抑、江賊の頭で統率力や人望の有る人物。
加えて、“錦帆賊”は義賊が故に悪徳官吏や商人を多数敵に回し、難しい状況の中に有った訳で。
それでも活動出来ていたのは、甘寧の読みが大きな要因だった事は間違い無いと言える。
此処では経歴は違うが、思春も裏社会に居た身。
ある意味では同じ位、そういう事には敏感だ。
だから一番効果的なタイミングを見極められる。
そうして袁平軍の一体感は一撃で砕かれた。
その僅かな混乱と、立て直しで生じた空白。
それを見逃す程、桂花は甘くはない。
宛ら、ハリセンボンが敵を威嚇する様に。
包囲されて固まっていた部隊が攻勢に転じる。
中央に密集しているから周囲は全て敵。
つまり、全面が正面だけに集中出来る。
背後を脅かされる心配が無い。
それだけで、戦いの集中力は大きく異なる。
そして、此処に居るのは二人だけではない。
思春が襲い掛かった対面側。
其処に態と間を置いて襲い掛かった部隊が有る。
「亞莎の部隊か…良い感じの仕上がりだな」
「はい、亞莎にも専属の部隊を持たせると仰有った御兄様の先見の明には感服致します
体術に優れているとは思っていましたが…
正直、此処まで機能するとは予想外です」
「亞莎には人見知りも有ったからなぁ…
そういう意味では華琳達が頑張ってくれたからだな
今の亞莎の才能の開花は」
「勿体無い御言葉です」
そう謙遜しつつも、俺の左腕を取り、抱き締める。
「言葉だけですか?」と強請る様に見上げる視線に胸中で苦笑しながらも、短く唇を重ねる。
ガッツリと遣ると脱線しますからね。
亞莎の部隊は思春の部隊に近い。
歩兵ばかりだが、汎用性が高くなっている。
まだまだ思春の部隊と比べると練度では劣るけど、努力家の多い部隊だったりしますからね。
今回の経験は確実に成長に繋がる筈です。
ただまあ、同じ歩兵部隊でも凪の所とは違う。
彼処は俺の所為で忍者集団化していますからね。
いや、優秀な事には間違い無いんですよ?。
ただ、凪も含めて忠誠心が……ねぇ…。
悪い事じゃないんだけど。
あまりにも忠誠心が強くて統率力も高いから。
華琳の影響も受け易いんです。
──と言うか、略信者ですからね。
丸々盗られた気分です。
俺を裏切ったりはしませんが。
「彼方等さんの動揺と混乱は大きな
まあ、内と外からの挟撃だからな
そんなの、実戦は勿論、想像もしてないか…」
「普通、挟撃と言えば左右や前後ですから…
円形に包囲網を敷いている状況から挟撃されるとは想像し難い展開でしょう
──とは言え、想像出来無い訳では有りません
それを考えれば、過信・慢心・油断ですね」
「それが生じる様に桂花が事を運んだからな
──っと、仕上げに斗詩と霞が突っ込んだか」
「これで逃げ場は無くなりましたし、混乱に乗じて逃げ出せる程の余裕は持てないでしょう」
華琳と話している内に袁平軍はリング・ドーナツを半分に割った様になり、更に半分に割る様に斗詩と霞が突撃。
四分割された上に内側からは桂花が攻め立てる。
うん、容赦が無いな。
斗詩は兎も角、桂花は上手く霞を我慢させたな。
決して猪ではないが、霞は目立ちたがり屋だ。
こういった戦い方をするなら、思春か亞莎の役目を希望しそうだし、渋りそうだが。
桂花一人ではなく、他の三人も含めて、だろう。
一対一だと、関係の浅い桂花一人では厳しい所。
その辺りを桂花も含めて理解し、協力していたから霞を我慢させられたんだろうしな。
それだけでも良い経験になったと言えるか。
「霞の場合、御兄様の御寵愛を得られたので少しは気持ちに余裕が出来た様ですから」
「あー…成る程なぁ…」
そう華琳に言われ、素直に納得する。
確かに、それを契機に霞の雰囲気は変わった。
原作の張遼の子供っぽさや明るさは元々有ったが、其処に軍将としての──いや、上に立つ身としての落ち着きと視野の広さが加わった。
原作では経験豊富な設定だったが、宅の霞は個人の武に傾倒していた分、指揮能力は未熟だった。
それが気持ちに余裕が出来て変化すれば…ねぇ。
原因が何かは言わずもがな、と。
うん、まあ、俺は言われて気付いた訳ですが。
それは無意識に避けていた所も有るんでしょうね。
自覚したら、「そういう訳ですから、御兄様」と。
華琳に言外に「増やしましょう」と言われる展開を作りたくはなかったから。
──が、その裏を掻く様に何も言わない我が愛妹。
此処で自分から話を振ったら敗けです。
後手に回りましたが、凌ぎ切って見せましょう!。
「特に問題も起きそうにはないし、終わったな
桂花達には予定通り安市県を取る様に伝えてくれ」
「その後は現地待機で、事後処理ですね?」
「ああ、斗詩以外は経験不足だからな
其方の経験も積んで貰わないと後々困る
俺は一足先に西安平県に戻っているから任せる」
「はい、御兄様」
笑顔で了承する華琳に背を向け、立ち去る。
あまりにも攻めて来ないから逆に不安になるが…。
これも華琳の駆け引きだろう。
迂闊に近付けば巣穴に引き摺り込まれてしまう。
だから、此処は引き際が大事。
この選択で間違い無い筈だ!。
ファイナル・アンサーッ!。
──と、現実逃避している思考は置いといて。
やっぱり、亞莎も含めて両立出来る人材は貴重だ。
璃々が筆頭格だったが、璃々は特別だったからな。
結果的に何方等も経験させる形になってるし。
冥琳も似てはいるが、気質が軍師だからな~。
どうしても軍将としては一枚落ちる。
一武官としてなら全く問題無いんだけど。
秋蘭は逆だけど、軍師は一枚落ちても問題無い。
だから今後は軍師も経験させるとして。
蒲公英にも軍師を経験させてみたい所だな。
思春は飽く迄も武人としての駆け引きの読み。
だから軍師の読みとは似ている様で異なる。
だが、蒲公英の読みは軍師に通じる所が有る。
経験のさせ方次第では化けてくれそうだからな。
本人は「…え?、軍師?、無理無理無理っ!」とか言って拒否しそうだけど。
遣らせてみる価値は有ると思う。
駄目だったら駄目だったで経験には成るしな。
よし、帰ったら華琳達と相談してみよう。
「──とは言え、こうも順調だと不気味だけどな
こういう時にこそ、足下を掬われない様に改めて、しっかりと気を引き締めて掛からないと…」
「警戒して損した」って事は有りませんので。
それは「何も起きなくて良かった」とは言えても、警戒を怠っていい訳では有りませんから。
其処を勘違いすると、痛い目に遇います。
人の想像や予測は、所詮は人の範疇ですから。
それを逸脱・超越する出来事には後手になる。
その状況で如何に打開出来るのか。
その事前段階が準備ですから。
疎かにする訳には行きません。
張遼side──
袁平軍との一戦は退屈やったけど、悪ぅなかった。
ウチの活躍を、しっかり忍に見て貰たし。
此方に被害らしい被害は有らへんかったしな。
まあ、小っさい怪我は仕方無い。
ちょっとした事で出来るんやからな。
──とは言え、それを恥じて反省出来るんが凄い。
そないな価値観を、自省心を植え付けるんが、忍。
せやから、末端の兵士までが誇りを持っとる。
彼方此方旅して見て来たけど、宅の所みたいなんは何処にも有らへんかった姿や。
桔梗の所も精強遣ったけど、普通の中ではや。
はっきり言ぅて、何処とも比較出来へん。
それ位、圧倒的に格が違ぅてるからな。
そんな兵達に命を託され、軍将として戦場に立つ。
これで燃えへんかったら、軍将の器やない!。
そう言い切れる位に、昂っとったからな。
…まあ、桂花に先鋒やないって聞かされた時には、多少不満に思ぅたし、愚痴りもしたんやけど。
終わって見れば、良ぇ感じに美味しかったわ。
(──にしても、正直、亞莎には驚かされたわ…)
思春の事は本人から聞いて知っとる。
ウチも遣らかして加入した口やからアレやけど。
思春は思春で信じらへん様な話やからなぁ…。
まあ、それでも“忍が遣った事や”って思ぅたら、すんなり納得出来るんやから面白いわな。
──で、亞莎の事なんやけど。
個人の実力が高いんは普段の鍛練で知っとる。
凪みたいに体術に長けとる上に白蓮みたいに器用で色んな武器を使い熟すから遣り難い。
純粋な膂力──力業で押すと勝ち易いんやけど。
それも上手く往なしたり躱されるから簡単やない。
まあ、それでも氣抜きの一対一なら勝ち越しとる。
…氣を使ぅたら、ウチの方が負け越しとるけど。
しゃあーないやん!、経験も鍛練も違うんやから。
そんな亞莎に「専属部隊を持たせる」っちゅう話を聞かされた時には吃驚したわな。
せやけど、同時に楽しみでも有ったんよ。
試験的な事やったとしても。
忍が可能性を見込んで遣らせる訳やからな。
その結果が──もう、笑うしかないっちゅう話や。
ウチの想像の上を行く亞莎と部隊の一体感。
まだまだ凪や思春と比べると粗く見えるんやけど。
それでも、その先の可能性はウチにも見える。
朧気やけど、忍の先見の明には畏れ入ったわ。
尤も、亞莎本人は気付いてへんのやろうけどな。
あー、冥琳も居らんし、一杯でえぇから飲みたい。
今なら、さっきの戦いを肴に美味いやろうな~。
「ちょっと!、怠けてないで動きなさいよ!」
「えー…そんな事言ぅても忍が見てへんしー…」
「忍様が見てなくても報告は上げるわよ?」
「それはアカン!、冥琳にも行ってまうっ!」
「嫌なら働きなさい、まだ途中なんだから」
そう言って仕事に戻る桂花。
然り気無く釘を刺して来たんやけど…済まんな。
華琳から「ちょっと手古摺らせて頂戴ね」っちゅう極秘指令を受けとるんよ。
──side out