遠回りかも
紫苑の部隊による開幕戦から始まった袁硅軍戦。
先陣の約五千は略殲滅され、指揮官達は全殺。
残念ながら期待に応えてくれる者は皆無でした。
まあ、その期待自体が奇跡を願うに等しい感じで、期待と言う程では有りませんでしたけどね。
だから、落胆する様な事は有りません。
さて、それは兎も角として。
意図的に見逃された敵兵達。
彼等が一目散に向かう先は本隊の袁硅の下。
そして、初戦の結果を報告した訳です。
その報告を受け、袁硅は考えた。
「それはつまり、下手に近付けば兵を減らすだけ、砦を攻めるのは得策ではない」と。
そうなると狙いが変わるのは当然の事で。
陽楽県ではなく、南下して啄郡か南西の漁陽郡へと進軍先を変更する可能性が高くなります。
──で、啄郡の北境と遼東郡の南境は東西に長く、先の遼西郡の動乱時に見せ付けて置きましたからね。
慎重な袁硅が狙うのは必然的に漁陽郡な訳です。
しかし、それで慎重さを失わず、慎重さが増すのが袁硅の小心者さを物語っていると言えます。
袁配・袁快・袁孟に兵二千を率いらせて進軍。
ええ、撃破されても痛くもない人物と兵数を使った威力偵察を遣らせた訳です。
──で、その御期待通りに真桜が蹴散らしました。
先陣と同様に見逃された敵兵が袁硅に報告。
その状況にも関わらず、陽楽県の砦から此方の軍が出て来てはいない。
その事実を聞いて、再び袁硅は考える訳です。
「…まさか、陽楽の砦は防衛のみなのか?」と。
「確かに大軍での移動となれば、彼処を使う以外に陽楽に入る道は無いだろう…だが…」と。
「……もしや、領境の壁と見張り台は此方等に対し侵入が不可能と思わせる為の見せ掛けか?」と。
そうして、砦攻めと幾つかの陽動部隊を編成。
砦を抜けそうなら、本隊も加勢するという構え。
袁段が兵三千を率いて砦に再進攻。
それを紫苑に代わり恋が迎え撃つ。
但し、此処では劣勢を演出しなくてはならない。
その匙加減を恋は自分で判断し、指示・実行する。
“原作”の呂布は勿論、昔の恋からも成功している姿を想像する事は難しいと言わざるを得ない。
──が、それは過去の話でしかない。
宅の恋は頑張り屋さんで──負けず嫌いなんです。
ええ、普段は天然癒し系マスコット妹な恋ですが、根っこの部分は華琳達同様に超負けず嫌い。
周りの皆が色んな状況下での活躍をしている中で、自分は同じ様な状況でしか活躍が出来無い。
それが自分の未熟さであると気付くまで。
実際には大して時間は要りませんでしたよ。
決して馬鹿でも暗愚でも脳筋でも有りませんから。
ただ、それを実際に実戦で活用出来るまでに時間が必要だったというだけの話で。
腐らず、諦めず、絶え間無い努力を積み重ねて。
今、それが花開く時を迎えた訳です。
袁段の攻撃を押され気味に受けて。
相手の攻め気を上手く誘いました。
その報告を受け、陽動部隊が攻撃を開始。
それを待ち構え、狙った様に潰すのが梨芹と凪。
一部隊は小規模とは言え、敵兵の合計は二千。
陽動部隊は作戦開始の伝令以外は完全殲滅。
一人も逃がす事無く、です。
それには一応、理由が有ります。
陽動部隊の兵は本隊や故郷に戻る可能性は低い。
戻っても罰せられたり、処刑される可能性が高く、退路が無いと言えるからです。
そんな彼等がどうするのか。
真面目に働くにも身元の確認はされます。
俺の統治下では戸籍管理を徹底していますので。
彼等が正面な仕事に就ける可能性は有りません。
抑、下手に見付かれば此方等でも処断されますし。
そうなると彼等が行き着く先は──賊徒な訳で。
結果、殲滅した方が無駄に被害を出さない訳です。
まあ、時代の価値観や世界情勢により、その判断を如何に考えるかは異なるでしょうけどね。
ただ、俺達は──少なくとも俺個人は。
万人を救う気は有りません。
国の為、民の為、必要な命の取捨選択を。
俺は常に考え、判断し、実行しています。
それは俺が多くの民の未来を背負っているから。
だから、時には好感度も必要ですが。
それは手段の一つでしかなく。
絶対に必要な事ではない。
寧ろ、如何に血と泥に塗れられるか。
その覚悟こそが、統治者に必要な事だと思う。
……あ、間違っても我欲に塗れるのは別ね。
それは統治者以前に集団的社会性の中では問題。
考えるまでもなく、処断されるべき悪なので。
まあ、そういう連中が多かったのが前世だけどね。
だから余計に考えさせられるんでしょうね。
「他人の振り見て我が振り直せ」って。
前世の政治家に言って遣りたいもん。
「その言葉の意味、理解出来てる?」って。
──とまあ、そんな話は置いとくとして。
砦攻めに可能性を見出だした袁硅軍が動く。
袁表と三人の弟達、軍将三人が二万を率いて参戦。
一気に畳み掛けに入った。
──が、当然ながら、それは此方の思う壷。
決して、「重っ、ウツボッ!?」ではない。
恋が引き込んでいた袁段の部隊が砦に引っ掛かり、結果として目詰まりを起こす。
それにより、袁表達の援軍は前進も後退も出来ず、自縛する様に大渋滞に。
其処へ、流琉と季衣の部隊が左右から乱入。
加えて、祭が蓋をする様に背後へと回り込む。
止めに、堪えに堪えていた恋が突撃。
袁段の部隊を容易く蹴散らし、袁表達を喰らった。
此処まで圧勝しているが、それでも袁硅の喉元には噛み付き切れないのが実情。
勿論、本気で獲りに行けば楽勝だが。
それは個人の武に頼る遣り方なので今は却下。
其処まで必要な首級って訳でもないしね。
「攻めて来ておいて最後方から動かないとはなぁ…
らしいと言えばらしいんだろうけど…
それじゃあ、支持は得られないわな…」
「その通りですね、御兄様
結局、袁硅に付き従う者は同類ばかり…
だから、こうなると脆弱でしか有りませんね」
「贅肉だけは多い奴が目立つけどな」
「そうではない袁硅は違う意味で一枚上ですね」
「確かにな」
華琳と二人、高見の見物をしながら、そう愚痴る。
いやまあ、順調なのは順調なんですけどね。
予想外の事が一切起きないという事は想定を超える経験値を得られはしない、という事。
だから愚痴りたくもなるって訳なんですよ。
さて、それはそれとして。
袁硅という男は慎重が慎重を履き、着て、羽織って慎重という杖を使いながら慎重に歩いている。
そんな感じの男なんです。
そういった意味では最初から最前線に出張ってくるだなんて微塵も思ってはいませんけれども。
それでも、此処まで動かないとは…ねぇ…。
呆れを通り越して、その振れの無さに感心します。
加えて、華琳が言った様に食生活等も慎重で。
健康に対する意識や気配りも凄いんですよ。
だから変死や突然死の可能性は低いんです。
まあ、そんな期待は全くしてもいませんけどね。
袁硅の死には、色々と利用価値が有りますので。
その生存にも、死に方にも。
本人の意思に伴う自由や選択肢は有りません。
ええ、その全てが俺達の為の生け贄ですから。
そんな事を考えながら華琳と見下ろす戦場。
袁硅軍の本隊約一万八千。
それに対し、鶴翼陣で迫るのが穏と璃々。
率いる兵は各二千の合計四千。
兵数では四倍以上の差だが、質ではそれ以上。
軍将の直属部隊とは違い、汎用性を重視する軍兵は軍師の為の兵であり、活かすも殺すも軍師次第。
その穏達は色々と共通点も多く、共に過ごしてきた時間も軍師陣の中では御互いに一番多い。
──あ、華琳は別枠で考えての話でね。
それ故に、二人の指揮は春蘭・秋蘭の連携に等しい意志疎通を見せ、袁硅軍を追い詰めている。
「結果論になるけど、時期的に丁度良かったな」
「はい、穏にとっても璃々にとっても御互いの姿を通して自分自身を見詰め直す形にも為りましたし、自立心と覚悟を改めて養えましたから…
それが二人の才能を飛躍的に向上させました
…ただ…」
「ああ、璃々は軍師ではなく、軍将だからな…
それでも軍師を務めた経験は後々の財産になるし、最終的には今は軍将の皆も各家を背負う訳だしな
そういう意味では皆、他人事じゃないんだ
だから、璃々を介して学ぶ事も多い筈だ」
「それも含めての御兄様の采配ですね」
──と、潤んだ尊敬の眼差しを向けてくる華琳。
その純粋さと敬愛の念が棘の様に刺さります。
「いや、流石に其処までは…」と。
軽く言えたら、どんなに楽な事でしょう。
ただ、謙遜しても嘘になるんですよねぇ…。
だって、そういう方向性の意図は有ったので。
でも、それは粗筋──骨子だけの意図なんです。
具体的に「これがこうで、ああなって…」と。
そんな風には考えてはいません。
しかし!、愛妹を失望させたくないのが兄心理!。
そう!、世の中の愛妹紳士兄達よっ!。
この葛藤と苦悩を理解してくれるだろうかっ?!。
私は声を大にして叫びたいっ!。
「俺は、兄は──愛妹に好かれたいんだっ!!」と。
──なんて気持ちは決して悟らせはしません。
ええ、万が一にも悟らせて御覧なさい。
私は…この愛を止められはしないでしょう。
──と言うか、華琳ですからね。
それを巧みに利用して誘惑してくる事、確実です。
まあ、別に困りはしませんが。
物事には限度って有りますからね。
華琳にばっかり構っていたら他の妹達が怖いので。
だから、何事にも程々って大事なんですよ。
「──っと、どうやら大詰めみたいだな」
「はい、三人での呼吸も見事ですね」
鶴翼陣の中央──左右に開いた翼に付け根。
其処から首が伸びるかの様に。
開かれた道を通り、一気に袁硅軍を貫く一団。
鶴翼陣からの連携──“穿鶴陣”への移行。
鶴の嘴の様に鋭く獲物を穿つ。
その姿を想起させる様に敵に突っ込んで行ったのは白蓮の率いる騎馬部隊。
その気配を潜め、短距離で一気にトップスピードに加速して突撃する短槍の様な強襲。
しかも穏達との息も合っているから道が開いてから敵が先頭を捕捉するよりも早く、撃ち穿つ。
だから、どうしても対応の初動は後手後手に回る。
「あの強襲を騎馬で出来るのは白蓮だけですね」
「まあ、本来は俺や凪達みたいな近接戦闘が得意な奇襲技だからな…
寧ろ、「物は試し」で遣らせてみて物にして見せた白蓮達の頑張りが有ってだ
だから真似をしようにも、先ず無理だろうな」
「霞なんて特に真逆ですからね」
「隠行系は目立ちたがり屋には不向きだからな…」
原作では「普通」「影が薄い」と弄られていたが、その性質が一つの個性・武器へと昇華された一例と言わざるを得ないだろう。
本人にとっては、不本意・不名誉だろうとも。
こうして、その実用性が明らかになったのだから。
それに対する評価は相応しい物だと言える。
嬉しいか、嬉しくないかは別にしてもね。
それはそうとして。
袁硅軍を突き裂いていく白蓮の部隊。
しかし、勝鬨が聴こえてくる気配は無い。
「…やはり、袁硅は袁硅ですね、御兄様」
「普通の慎重さや臆病さなら今の一撃で詰むが…
まあ、その御陰で此方にしても利用し易いんだ
此処は良い方に考えるべきだろうな」
「それもそうですね」
面倒臭そうに呟く華琳に肩を竦めて見せる。
華琳も大して気にはしていない為、直ぐに納得し、思考を切り替えている。
──が、そう言いたくなるのも仕方が無い事。
普通なら本隊の中央、或いは中央稍後方に位置取る事が多いのが、その手の大将・主君だったりする。
しかし、この状況でも袁硅は自分自身の退路だけはきっちりと確保し、そう出来る位置に陣取る。
その為、白蓮の部隊の刃が届くよりも先に脱出。
見事な程の一目散で戦場から逃げ去った。
それだけなら別に可笑しくはないのだが。
袁硅の場合、自分以外は全て等しく捨て駒で。
端から消耗品としか考えてはいない。
それが読み取れるから、苛立ち、嫌悪する訳だ。