意外といい
“戦争”というものに正義は一切存在しない。
それは応戦した側にも言える事で。
如何に「正当防衛だ!」と言おうとも。
相手側に一人でも死者を出せば相手と同じ事で。
応戦を決断・実行した者達は例外無く共同戦犯。
だから、どんな言い訳も成立する事は無い。
そう、俺は考えている。
その為、戦を正当化はしない。
賊徒が相手だろうが、戦は必要悪で。
決して、正義ではない。
ただ、その悪業を覚悟し、背負っているだけ。
自分の、自分達の理想と未来の為に。
奪った命なのだから。
「御兄様、陽楽県の郡境に第一陣が到達したと」
「漸くか…袁硅らしいと言えばらしいんだけど…
それに付き合わされる方は面倒臭くて仕方無いな」
「本当に…慎重と愚鈍は別物です」
一報を伝えた華琳も俺と同じ感想だったらしい。
「時間の無駄です」と言わんばかりに不機嫌で。
目の前に袁硅が居れば瞬殺する事だろう苛立ちを、全く隠そうともせず、愚痴っている。
“原作”の曹操もそうだったが、無駄が嫌いで。
勿論、良い意味での無駄──遊び心は大切だが。
無意味に時間を費やされる事を強く嫌う。
それでも、宅の華琳は気長で懐は深い方だろう。
まあ、それはそれとして。
袁硅が動いたという一報から一週間が経った。
袁硅の本拠地である襄平県は遼東郡を南北に分けた場合の境界線に面し、北側寄りの中央に位置する。
遼東郡最大の領地面積を持つ郡でもあり、総人口は20万人に届く程なんですよ。
はっきり言って遼東郡は幽州一だったりします。
──で、その襄平県からは安市県を抜け、陽楽県と隣接する西安平県に入る訳なんですが。
如何せん、その行軍速度が遅いのなんのって…。
いやね?、袁紹は「ガンガン行こうぜ!」一辺倒で押せ押せな進軍だった訳ですけど。
袁硅は性格を反映した様に慎重過ぎる進軍でね。
「御前、どんだけ嫌われてんだよっ!」って。
直接乗り込んで指差して言って遣りたい位に。
ビクビク・オドオド・ソロソロなんですもん。
それはね~…華琳じゃなくても苛立ちますって。
普通に行軍しても三日有れば十分な距離です。
しかも、袁家の治める領地なんですから。
もっとスムーズに行軍出来るんですよ。
そう出来無いのは、袁家内部の権力闘争が故に。
自分の人気の無さを、よく知ってるって証拠です。
「まあ、彼方から手を出して貰わないといけない分どうしても待たないといけないしな…
そういう意味じゃあ、仕方が無いからな」
「…そうですね」
「我慢、我慢」と言外に伝える様に。
華琳の頭を撫でて宥める。
「それじゃあ、足りません」と。
甘えたいモードの猫が頭を擦り付ける様に。
華琳が抱き付いて甘えて来ます。
ええ、甘やかさないという選択肢は存在しません。
全力で、甘やかすに決まっているでしょう!。
──という脱線は有りましたが。
御仕事は御仕事で、ちゃんと遣ります。
暇を持て余している──否、待機中の前線へ。
新幹線よりも速く到着出来る我が快足。
いや~、これで無料って凄いよね。
氣って本当に素晴らしいものですね~。
「御苦労様です、忍様」
「其方も御苦労様、紫苑
部隊の皆の様子は?」
「遼西戦は出番が有りませんでしたから…
皆、程好く気合いが入っています」
軽い抱擁を交わした後、紫苑の返答に苦笑。
戦争を楽しんでいる訳ではないが。
やはり、自分の修練等の成果を試したい、と。
そういう思いが有るのは仕方の無い事で。
その機会が与えられたなら。
気合いが入るのは当然と言えば当然だろう。
…まあ、「此処で活躍して…」とかの野心を懐いて気合いが入ってる者も居るには居るだろうけど。
そういう奴って大体が失敗するのがオチだしね。
気にするだけ無駄だから気にしません。
結果を出せば優遇するのは普通だからね。
「そう言う割りには迎撃戦で良いのか?」
そう訊ねれば、紫苑は少しだけ驚きを見せ。
次の瞬間には獲物を狙う様に鋭い眼差しをしたまま不敵な微笑みを浮かべる。
その瞬間、理解が出来無ければ男は縮み上がる程の恐怖心を否応無しに感じる事だろう。
「少しは手心を加えませんと…
そうしなければ、実戦訓練に為りませんので」
有利な条件──と言うか、縛り無しだと。
自分も、部隊も、経験を積む機会には成らない。
だから、敢えて条件付けをする事で機会を作る。
それは上に行けば陥るジレンマで。
自己鍛練は兎も角、集団戦闘というのは特に経験を積み重ねる事が難しくなり。
特に、本当の戦を経験するというのは難しい。
だから、そういう機会を作れるので有れば。
遣らない理由の方が無い。
その僅かな経験の差が。
後々に活き、生死や勝敗を分ける事となる。
それを考えれば、そうする事の必要性が判る筈。
──とは言え、そう簡単な話でもない。
それに値する状況の質が求められる。
だから、稀有な機会は逃せないんですよ。
「それに──開幕戦は独占出来ますから
そういう意味では美味しいですので」
「成る程、確かにな」
そして、一転して悪戯っ娘の様に無邪気に笑う。
人に因れば小さく舌を出して見せそうな感じで。
普段の紫苑とは違う、茶目っ気たっぷりの笑顔。
それを見て、俺も笑みを浮かべる。
原作では母親であり、多くの兵民の命と未来を左右する重責を背負っていた訳だが。
宅の紫苑は一児の母親では有るが、原作とは違って一人で背負ってはいない。
そして、夫と死別してもいない。
それが紫苑の精神的な余裕にも繋がっている訳で。
その余裕が、才器を更なる高みへと導く一因。
無駄を削ぎ落とし、極限まで突き詰める事だけが、高みに至る方法ではないのだから。
「──失礼致します、袁硅軍の先陣が見えました」
「おっ、見計らった様な良い頃合いだな
それじゃあ、御手並み拝見って事で」
「はい、御緩りと御覧下さい」
紫苑は開演前に舞台挨拶をする大物主演女優の様に堂々としながらも恭しく一礼をし、報告に来た兵と共に自らの戦場へと向かう。
俺達が居るのは陽楽県の東側──遼東郡との往来の要所である山間部の街道に築いた臨時の砦。
まあ、封鎖された関所だと言えば判り易いかな?。
要は、街道を通行止めにしてるんです。
これは単純に往来を禁止する為では有りません。
戦争を視野に入れた先手なんです。
平野部や草原地帯なら、街道から外れても進軍する事は難しくはないが、山間部等では困難。
下手をすれば折角徴兵した兵数を失う事になる。
加えて、兵糧・馬・武具・資材等々。
そういった物も消耗以外で失う事にも繋がる。
だから、進軍というのは安全性を重要視するもの。
その為、大軍の進行ルートというのは予想し易く、人員と財力さえ有れば、砦等を築く事は簡単。
結果、その早さが主導権へと繋がるんです。
それに加えて、陽楽県の東側には領境を隔てる様に真桜達が築いてくれた境界壁も有ります。
壊したりして侵攻出来無い訳では有りませんが。
一定間隔で見張り台と、兵舎詰所を兼ねた砦も。
だから、迂闊な攻めは罠に掛かりに行く訳でして。
特に袁硅の様な者には効果的なんですよ。
──実態が見せ掛けでしかなかったとしてもね。
警戒していれば陽動や奇策は遣り難いですから。
下手な賭けをするよりも、兵数勝負を取る。
保守的で、無難な思考をする者の選択は読み易く、誘導もし易いので楽が出来ますよ。
──で、その袁硅軍の先陣が見えた訳ですが。
うん、旗印は“袁”が多いんですよ。
それはまあ…一族の数が現時点では幽州で最多で。
当然ながら、要職に就いている者も多い訳で。
そうなると、こうなるのは当然だったりします。
だから、「せめて、姓名か姓字で書けよ!」と。
言いたくなる俺は間違ってはいないと思う。
勿論、生地の色、字の色、字体、装飾と。
一つ一つ違う訳ですが。
「一々確認してられるかっ!」です。
せめて、其方から一覧表を作って提出しろ。
そうしたら、ちゃんと把握して識別するから。
──なんていう愚痴は口には出しません。
ええ、時代あるある、言わぬが花、ですから。
懐に右手を入れ、隠密衆が調べ上げた先陣に参加の旗持ち一覧表を取り出し、開く。
「え~と…袁喜・袁枢・袁順・袁飛・袁閭・袁但・袁洛…おっ、高雄・李伸・張博・劉紳と…
まあ、何奴も此奴もパッとしない連中だこと…
一人位、評価を覆してくれないかねぇ…」
そうすれば、紫苑達にとっても良い糧になる。
加えて評価が上がるなら助命して、鍛えてもいい。
少なくとも、慢性的な人材不足なのは確かだし。
中々、これといった人材は日常では見付け難い。
だから、こういう時こそ、チャンスな訳だ。
雇用主にも、在野の人材にもね。
そんな事を考えながら、袁硅軍の様子を窺う。
道幅一杯まで使って埋め尽くす様に兵を列べ連ね、濁流が押し寄せるかの様な圧迫感を見せ付ける。
流石に原作みたいな金ピカじゃあ有りませんよ。
勿論、先の袁紹軍もです。
アレはゲーム上の演出ですからね。
…まあ、もし、アレを現実に遣れば、相手に対する挑発や威嚇には為るでしょう。
「こんな事が出来る程の財力が有りましてよ?」と言外に示し、精神的に揺さ振る事が出来るしね。
ただ、そんな物を身に付けているのなら、戦闘中に死んだ振りをして逃亡する兵士も出る筈。
だって、その装備を売れば大金に為りますから。
それで暫くは遊んで暮らせるでしょう。
金が石ころ並みの価値しかない位に溢れ返っている世界とかでもない限りはね。
何にしても現実味の無い話だって事です。
──で、そんな袁硅軍なんだけど。
正直、宅が相手じゃ、アレは無意味でしかない。
──と言うか、紫苑の部隊は遠距離射撃が大得意。
だから、連中は既に射程圏内に入ってます。
それなのに紫苑が動かないのは引き込む為。
もう少し近付けば最前列は射撃を警戒して盾を構え歩く壁と化すんでしょうけど。
それを狙っているんだよねぇ…。
近付くのに全く攻撃しないと不審に思われるから、適度に攻撃はするんだろうけど。
態と盾を狙って、「余裕で防げるな!」と。
相手に誤認させ、勢い付かせる様にして。
十分に懐に引き込んだら──後方を一気に襲撃。
指揮官は武官──軍将としては名ばかりの文官連中だから後方に位置取っている可能性は高い。
其処を集中的に狙い、指揮系統を潰す。
同時に、敵の屍を障害物として転用。
そうする事で軍の退路を塞ぐ。
後は、前後両方から挟み撃ちする様に射殺す。
「こういう地形での射程の長い弓隊は恐いね~」
──とか言いつつ、そう指導したのは俺だけどね。
紫苑だけじゃなく、祭や秋蘭の部隊も特化型。
いざという時の為にも体術や剣術・棒術は共通技能として必修化して有りますが。
弓術に関しては各軍将の特色に染めて有ります。
そして、それは三人に限った話では有りません。
ええ、恋の所なんか、檄ヤバな仕様ですからね。
自分で遣っといて何ですが…遣らかしたと思う。
……まあ、凪に明命に思春の所も…ねぇ…。
別にネタに走った訳じゃないんですよ?。
ただ、各々の資質や才能、向き不向きを考えた末に俺が「これが良いかな?」と思い付いた事をね。
アレやコレやと混ぜて詰め込んだんですね。
そうしたら…「何か合成事故って想定外のレア種が誕生したんですけど?」的な結果に…ね。
うん、強いのは間違い有りませんし、頼もしい。
人間性が失われたとか、頭が可笑しい訳でもない。
ただ…そう、ただ、その強さが非常識なだけ。
決して、暴走して宅を襲うという事は無い。
だって、それ以上に俺や妻達が強いんですもん。
馬鹿な真似をして死にたい自殺志願者は居ません。
だから無問題って事で。