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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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13話 紅染む双眸に


あの血と反吐に塗れながら“死”を実感した日から、特に何事も無く、時は過ぎ三ヶ月が経っていた。

いや、本当に平穏無事ってマジで最高ですよ。

普通、あんな事が有ったら済し崩し的に厄介事ばかり続き始めるのが多いんで。

何も無い事は素敵です。

…まあ、そういう展開自体“御都合主義”な訳なんで仕方無いんですけど。

望んで飛び込みたいなんて思いませんから。

残念!、俺は庶民なんで。

英雄には至れません。

為りたくもないです。


そんな感じで日々を過ごし──もう直ぐ奴が来る。

そう、また冬が訪れる。

未だ“冬将軍”という言葉自体存在しない時代だが、奴は確かに其処に在る。

冷徹で無慈悲な極寒の腕は抱く物全てを凍てつかせ、等しき死(眠り)へと誘う。

だがしかし、何時の日にか憎き奴を討ち果たす存在が現れる事だろう。


──なんて、事を考えつつ昨冬を振り返ってみる。

振り返ると憂鬱では有るが鍋が美味しい季節なのは、とても魅力的である。

何気に旨かったのが牡丹鍋だったりもした。

何かと因縁深い奴だったが素直に旨かった。

素晴らしく旨かった。

尚、鞣した毛皮は有効利用されていますので。

安心して成仏しなさい。


…ん?、炬燵(勇者)様?、さて、何の事でしょうか。

……いや、未練タラタラで引き摺ってますけどね。

流石に難しいんですよ。

でもきっと、何時の日にか現れてくれるだろう。

その時、俺はパーティーに加わり進化するだろう。

“ジョブ:炬燵無離”に。

……嗚呼っ、炬燵様っ!。


──と、馬鹿な事は兎も角として、俺は何もしないで諦めてはいない。

でもね?、難しいんです。

それだけは判って下さい。

ただ、囲炉裏は何とか造る事が出来ましたよ!。

──と言うか、つい一昨日完成したばかりです!。

出来立てなんです。

さあ、御上がり!。


……コホンッ…少々、取り乱してしまいました。

けど、本格的にリフォームしないと駄目だったから、大変だったんですよ!。

其処は汲んで下さい。

母さん達には冬の間を使い説明をしておいた。

春に為り、雪が消えてからコツコツと遣ってました。

…え?、「村の人達に手を貸して貰わないのか?」、「炬燵なら兎も角、囲炉裏だったら漁師の家って事で誤魔化せそうだろ?」。

ええ、そうでしょうね。

その方が楽ですとも。

加えて、村の人達も厳しい冬を越え易く為りますからWin‐Winですよね。

でもね、現物が無いと中々説明し辛いですし、皆にも理解され難いんですよ。

日本人なら大抵は知ってる常識に近い事でも此処では未知だったりしますから。

だから、先ず宅で造って、使ってみてから。

その上で、母さん経由にて村の人達に伝えます。

俺は表には立ちません。

立ったら面倒なんで。

其処は羽毛布団の事も有り母さんの了承済みです。

…賄賂じゃないですから、御間違え無き様に。




それはそれとして。

この三ヶ月の間に、大きく変わった事が一つ有る。

それは何かと言うと──



「──どうかしましたか、“(じん)”御兄様?」


「ん?、いや、別に?

何でもないよ、“華琳”」



──と、話し掛けられて、俺は普通に笑って答える。


もう御判りだろう。

そう、真名である。

因みに俺の真名は“忍”、母さんは“涼華(すずか)”というらしい。

操は原作通りに“華琳”。

この点に関しては同じ事に無条件で安堵した。

だって、もし真名が違うと呼び間違えしそうで物凄い恐いんですもん。

だから、少なくとも自分の記憶(感覚)通りって事は、それだけで楽になる。

勿論、取り扱い注意なのは変わりませんけどね。

其処は仕方無いんで。


それで、何故、真名で呼ぶ事に為ったのか。

そう、其処には語るも涙、聞くも涙の深い愛の物語が──有りません。

いや、本当に無いんです。

あ、でもね?、家族の間に愛情が無いっていう事は、全く無いんですけど。

結局、どうしてかと言うと「今日で恕が家族に成って丁度一年になるから真名を預け合いましょう」という母さんの唐突過ぎる一言で真名を交換する事に。

…ただまあ、あの件の直後だった為に俺個人としては「俺が預かっていいの?」という葛藤は有った。

ただ、それを口にした場合“二人が納得する理由”を話さなくてならない。

うん、此処、重要ね。

“納得させる”じゃない。

“二人が、納得する”ね。

つまり、当の二人が組んだ時点で俺に拒否権は無い。

勿論、俺自身、嬉しいから拒否する気は無い。

──けどさ、やっぱり心の奥深くでは二人を“穢す”様な気がしてしまう。

それが躊躇わせていた。


……まあ、結局はあれだ、「…あ、あの、御兄様?、その、私は御母様以外には初めての事なのですけど…私の真名を、受け取っては頂けませんか?」と妹から潤んだ瞳&恥ずかしそうな上目遣いで言われたなら、断れる愛妹紳士(兄)なんて居ないだろう。

ええ、即答しましたとも。

…多分、母さんの策通りに嵌められた気はしますが、其処は気にしません。

だって!、真名を交換して両手を胸に当てながら俺を見詰めて嬉しそう微笑んで「絶対に返しませんから」なんて言われてみなさい。

鼻血じゃなく吐血物です。

逆の意味でハートブレイクされましたよ!。


…くっ…だが、見事だ。

兄(我)の想像を遥かに超え成長した姿を見られたなら我は安らかに逝ける。

だが、忘れるでないぞ!。

孰れ第二、第三の新たなる愛妹紳士(我)が汝が眼前に愛妹試練(巨壁)と為りて、立ち塞がる事だろう!。

努々忘れるでない!。

汝の歩む恋路(みち)の先に我は必ずや現れよう!。

常に心して置け!。

クククッ…フハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!!!!──的な感じでした。


要訳──操(妹)は最嬌。

天下に勝る者は無しっ!!。




──とまあ、そんな感じで真名を交換し、今では宅も普通に呼び合います。

尤も、母さんの事を真名で呼ぶのは可笑しいので今も“母さん”のままだ。


……いやね?、俺も脳裏にチラッ…と浮かんだよ?。

此処で“涼華さん”と呼ぶ様にすれば、枯(失わ)れた“原初の煩悩(アーク)”が甦るのではないか、と。

うん、浮かんだんだよ。

そう為った時の、何でだが死にそうな程に悲しむ姿の華琳(妹)が…ね。

その瞬間だった。

俺の中で僅かに燻っていた憧憬と色欲(ほのお)が綺麗さっぱり消え去った。

だが、それで良い。

間違ってはいない。

己が妹を悲しませる事など愛妹紳士(兄)として決して有っては為らないのだ。

そう、秘蔵(お気に入り)のエロネタ品を初めて出来た彼女を部屋に呼んだ事で、断腸の思いで手離す覚悟を決める思春期の少年の様に仕方が無い事なんだ!。


……あ、そう言えば前世で所持してたのって俺の死後どうなったんだろ?。

…………………っ…いや、考えるのは止そう。

過去を振り返って嘆いても何も変わりはしない。

悔やむならば、同じ過ちを繰り返さない様に活かす。

そう、それで良いんだ。



「──さらば、青き春…」



ツー…と頬を汗が伝う。

あ、涙じゃないから。

本当に、汗だから。

幾ら水の中に居ても身体が水面から出てると太陽から逃げられはしないし、水の照り返しが加わる。

体感では涼しいんだけど、紫外線・太陽光の量的には逆に厳しくなる。

つまり、炎天下の暑さから逃げたいなら海より山。

木陰の小川で涼む。

これが一番だって事。

但し、虫や蛇には要注意。

毒持ちに限らず、菌持ちも沢山居ますからね。

ノー・タッチ。

イエス・ハッピーライフ。

危険は貴方の傍に有る。



「──御兄様?」


「おっ、美味そうな鯉だ」



誤魔化す様に右手に持った銛を素早く構えて、投擲。

鍛練の成果は容易く獲物を我々に御与えに為られた。

…いえね?、真名交換後の華琳の勘が倍増しに為った様に感じるんですよ。

だから下手に言うだけだと見抜かれ掛けるんです。

その為、多少強引に話題を逸らさないと危ない。

いや、別に浮気を隠すのに必死な男じゃないですけど何か「バレたらヤバイ…」という心理が働く訳で。

本当に他意は有りません。


でも、何でだろうね?。

男って、下手な割りに色々隠そうとするよね。

あと、誤魔化そうとも。

不思議な生態だよね〜。




銛に穿たれた鯉は間を開けプカッ…と水面に浮かぶ。

銛と共に近付いて回収し、華琳の方に振り向く。

「……むぅ〜……」という声が聞こえてきそうな位に御機嫌斜めな妹(お姫様)。

それを見て、胸中で苦笑。

だが、口には出さない。

これは大切な一時だから。


母さんの前でも見せない、年相応の可愛らしさ溢れる我が儘な一面。

だから、決して叱ったり、窘める真似はしない。

勿論、行き過ぎていれば、当然ながら説教するが。

基本的に華琳は、同い年の子供達と比べたなら格段に“聞き分けの良い”娘だ。

「ほら、貴方も操ちゃんを見倣いなさい」と村の親が我が子に対し躾をする際に引き合いとして出す程に。

華琳は“良い子”だ。

だから本人は知らない内に“良い子で居ないと…”と強迫観念を懐いてしまい、素直に為れなくなる。

そうはさせない為に。

俺が受け止めてやる。

繋ぎ止めてやる。

好きなだけ甘えさせる。

母さんには「迷惑や心配を掛けたくはない…」という気持ちが強く出るが故に、無理だろうからな。


原作の曹操はキャラとしてツンデレだった訳だが。

過去の彼女は判らない。

ただ、そういう風な状態に陥り易いのは、糞が付く程真面目で頑張り屋な子供。

そして、何故か不器用で、甘え下手な、聡い子供だ。

勿論、皆が皆、そんな風に為るという訳ではないし、他の子供だって陥る場合は有り得るのだが。

飽く迄も、俺の中では最も代表的な一例だという事。


──で、宅の華琳だが。

俺が家族として迎えられた時点で既に兆候が有った。

家庭環境も原因では有るが華琳は聡過ぎる。

だから気を遣い過ぎる。

だから我慢ばかりする。

だから、俺は可能性な限り華琳の我が儘を聞く。

“独りぼっち”になんか、絶対にさせはしない。

この笑顔を隠す必要無く、有りの侭で居させる。

曇らせる様な屑は俺の手が真っ赤に染まる程に真摯に泣き叫び、心逝くまで深く語り合って殺ろう。


“華琳の笑顔(我が陽)”を翳らせる愚天ならば。

俺は悪鬼羅刹と成ろう。

蒼天を望む、歓喜を以て。




そういう訳で、兄の務めは妹は甘やかす事です。

うん、冗談だから。


さて、そんな華琳ですが…水・甘え下手・二人きり、とキーワードが揃うと。

その原作(在りし日)の姿が脳裏に浮かんでくる。



(──怪しからん奴めっ!

其処に直れいぃっ!)



──はっ!?、と我に返る。

…一体、俺は何を…うっ…あ、頭が………駄目だ。

「考えるなっ!」と本能が警鐘をヘビメタのドラムの様に鳴らしている。

小さく頭を振って忘れる。



「……御兄様?」


「ああ、大丈夫、ちょっと暑くて立ち眩みをし掛けただけみたいだから」


「大丈夫じゃ有りません

此方で休んで下さい」


「ん…そうだな」



心配し、怒っている華琳が自分の座っている岩の隣を叩いて促してくる。

それに素直に従う事にし、華琳の隣に腰を下ろす。


今、水辺には居るが決して裸という訳ではない。

丈の短い──ミニ浴衣風な母さん作の服を二人揃って着ていたりする。

別に裸でも可笑しくない。

村の子供達は裸で泳ぐ事は当たり前なので、抵抗感は無いんだろうしね。

だが、それは頂けない。

宅の華琳の可憐な素肌を、例え子供だろうが野郎共の目に晒す訳が無い。

だから、俺は華琳に対して兄的貞操観念(英才)教育をきっちりと施している。

「素肌を見せるのは一生涯愛する人に対してだけ」と言い聞かせてある。

女の子同士は構わないが、百合は駄目です。

いえ、恋愛は自由ですが、それは飽く迄も“他人”の場合に関してです。

兄として、宅の妹が百合に傾く姿なんて正直見たくは有りませんので。

其方等には行かせません。

全力で引き留めます。



「────ん?」



そんな中、嫌な臭いを俺の鼻が嗅ぎ取った。

甦る記憶に、無意識に顔を強張らせてしまったのは、仕方が無い事だと思う。





 other side──


雨が、降っている。

あらゆる全てを飲み込んで掻き消してしまう様に。

ザアァ…ザアァ…と。

肌を叩に叩き付けながら、何もかもを押し流す様に。

ただただ激しく、残酷に、無慈悲に、容赦無く。

雨は降り続いている。



「はあっ、はあっ、くっ、はあっ、はっ、はあっ…」



乱れた呼吸は荒く、今にも胸が潰れてしまいそうな程必死に呼吸を繰り返す。

唇も、口の中も渇ききり、唾の一滴さえ滲まない。

吐く息に合わせて漏れ出す声は単なる音でしかなく、言葉には成らない。

洞穴を吹き抜ける風が音を鳴らしているのと同様に。

ただ鳴っているだけ。


脚を止め、渇きを癒す為に水を探せば良い。

でも、それは出来無い。

今、脚を止める事は。

生きる事を諦める事。

それだけは──出来無い。

絶対に、何が遇っても。



(…お父さん…お母さん…兄さん…皆…皆ぁ…っ…)



心の中で繰り返す嘆き。

それを無視する様に身体は只管に走り続ける。

思い出さ(振り返ら)ぬ様に遠い遠い彼方に置き去りにしてしまうかの様に。

無我夢中で直走る。


耳の奥、止む事の無い雨が今も降り続いている。

赤い、紅い、赫い雨。

黒い、暗い、眩い朱。

決して、色褪せる事無く。

消して、消え去る事無く。

心の奥深くに刻まれて。

終わる事無く、今も続く。


雨は何時か止むのだろう。

けれど、この心の中の雨は何時か止むのだろうか。

そんな気配を感じない。

何時までも雨は降り続き、心に溜まり続けるだろう。

それは軈て外へ溢れ出し、私を呑み込んでゆく。


溺れてしまえば楽だろう。

ただ溺れて死ねるのなら、それでも構わない。

この雨を抱えて生きるより一思いに雨に呑み込まれて溺れ(死に)たい。


だけど、それは叶わない。

そうする事は出来無い。

もう私の生(命)は私だけの物ではないのだから。

私は自ら死(終わり)を選ぶ事は出来無い。

私は足掻か(生き)なくては為らないのだから。

だから、止まれない。

この鼓動が、真に力尽きて止まってしまわぬ限り。

私は、安らかに死ぬ(眠る)事は出来無い。



「────っ!?」



──が、この身体は限界を疾うに越えていたらしい。

気持ちは折れていないが、足が縺れてしまった。

受け身を取る余力も無く、地面へと転がる。

顔が、手が、服が、一切の抵抗も出来ずに土に汚れ、口の中にも入った。

渇き切った口内に生臭い、血の味が染み出る。


そんな私の視界に、近寄る巨影が映り込んだ。

足掻く事すら出来無い事に安堵すれば良いのに。

私は唇るを噛み締めた。


「死にたくない」と。

慟哭が、頬を伝い落ちる。



──side out。



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