越える現実
肥如県を、どうするか。
そんな悩みを根底から覆す様に、一報が入る。
「右北平郡の“孫策”が動きました」と。
そう冷静に報告する隠密と同じ様に。
俺達──桂花達を除く面々は慌てはしない。
だって、「ああ、やっぱり、動くよな~…」だし。
好機と見れば、動かない理由は無いからな。
「それで、袁紹は?」
「あっと言う間に叩かれ、撤退致しました
尚、孫策軍が真っ先に狙ったのは李表でした」
「──って事は気付いた上で、か…成る程な…」
『────っっっっっっ!!!!!!??????』
隠密の言葉を聞き、俺は意図を理解する。
「好機だから」だけじゃない。
この争乱が、袁硅の私利私欲に政治的に利用され、その所為で多くの無辜の民が犠牲となる。
それを見過ごせなかった。
だから、一番狙い討ち出来る状況で動く。
袁硅にとって、一番大事な駒を排除し。
尚且つ、睨みを利かせられる状況を作る。
その為には、今が最適なタイミングだろう。
彼女の性格からして、よく我慢したよな。
まあ、冥琳が居ない分、甘えが無いんだろうしな。
そう考えると、中々に手強い相手になるか。
──とか、考えていて、桃香達の視線に気付く。
何やら、顔を赤め──いや、それは珍しくはないが──俺に畏怖を懐いている。
そう感じる視線なんだけど。
華琳達は恍惚とした、魅了される様な表情で。
………うん、何故居ない、咲夜えもんっ!。
こういう時に解説キャラは必須だろうっ?!。
「勝手に人を解説キャラにしないで頂戴っ!」と。
怒鳴る咲夜の姿だけは思い浮かぶのに。
どうせなら、解説もして下さい。
まあ、出来るなら俺が理解出来てる証拠ですがね。
そういう訳ですから、気にしないのが一番です。
「戦災被害の状況は?」
「孫策軍に殲滅意識は無い様です
必要性の有る掃除はしても一掃するまではしないといった感じではないかと…
兵を除けば民間人への人的被害は僅かです
経済的な打撃は致し方有りませんが…」
「それは仕方が無い
全てを問題無く片付ける事は至難だ
仮に出来ても、削ぎ落としは必要だ
そういう意味では被害が及ばない訳じゃないからな
後々の問題の芽を摘み取る事も必要な仕事だ」
──と言い切れるのは“偽善者”ではないから。
俺は自分の価値観に従っているだけで、万人に対し理解を求めはしないし、望みもしない。
勿論、それが可能なら、その方が良いんだけど。
そんな事は不可能なんだって解ってるからね。
何故なら、人間というのは利己的な生き物。
他人に親切にしたり優しくするのも、それが自分に還元されてくるから。
或いは、自己満足に伴うものだからね。
少なくとも俺は、自覚した上で殺ってます。
誤字ではなく、そういう意識を持って、です。
だから、自分が“正義”だとは思ってません。
完全にエゴイストで、自己中な奴ですからね。
ただ、だからこそ自己責任の意識も強いです。
決して好き勝手遣るだけでは有りませんから。
其処だけは御間違え無きよう、御願い致します。
そういった意味では、孫策も似ている訳で。
ただ、俺程までの強権は使えない身。
だから、その辺りの調整は必要不可欠。
その苦労が、彼女を更に成長させる事だろう。
……“孫権”に丸投げしなければ、だけどね。
「孫策が動いた、という事は右北平郡も動くな」
「はい、別動隊が制圧に動き始めています
順調であれば、一週間も有れば完了するかと…」
「まあ、そうだろうな」
この世界での孫家は決して頭抜けた家柄ではない。
だが、古くから続く由緒有る一族では有る。
孫家が影響力の強い家柄ではないのは、一族が代々政権から距離を置いてきたから。
だから、孫家の中で官吏を務めた者は圧倒的少数。
その為、政治的な認知度は低いのが現実。
しかし、それを覆えしているのが現当主の孫策。
県内を荒らしていた一団を討伐しようと出た前任の県令が討たれ、混乱し掛けた所へ、孫策登場。
見事に賊徒の一団を討伐。
それにより、領民からの圧倒的な支持を受けて、孫策が県令の任に就いた訳だが。
見る者が見れば、孫策の先見の明に気付く。
何故なら、そういう事態を想定し、備えていた。
そうでなければ、戦力というのは整わない。
史実や“原作”とは違い、孫家は武家ではない。
だから、決して急造の戦力ではないと言える。
尚、この世界での“孫堅”は父親です。
残念ながら、彼に息子は出来ませんでしたが。
素晴らしい娘さん達を遺してくれています。
それが個人的には一番の功績だと言えます。
因みに、孫堅は御人好しな文官肌だったそうで。
とても活発な愛娘達からは想像が出来ません。
…まあ、人懐っこさは父親譲りかもしれませんね。
「袁紹軍撤退後の臨渝・令支は?」
「その勢いのまま孫策軍が落としました」
「まあ、抑の兵質差が有るからな
それ自体は何も可笑しな事ではないか…肥如は?」
「袁紹軍の一部が撤退命令を無視し、執着を見せて死守に走りましたが、状況的には劣勢です
袁紹に援軍を送るつもりは無い様ですから、同様に程無く落とされる事でしょう」
「此方に仕掛けてくる様子は?」
「今の所は全く見えません」
そう答える隠密に自然と口元が緩む。
隠密も、孫策も、よく解ってる訳だからな。
隠密は俺が命令していなくても油断はしていない。
「そういった様子を見せていないから大丈夫」とは考えず、その逆を疑い、懸念している。
全く見せないなんてのは不自然。
少しは色気を出すのが欲深い人間の性。
それを見せない相手は警戒して然るべきだからな。
先ず、孫策への備えに抜かりは無いだろう。
一方で孫策も俺の動き方を理解している。
全てではないにしても、侵略を嫌う事。
しかし、場合によっては、それも厭わない事。
その基準──根幹に有る物を理解出来れば。
其処に思い至る事は、決して難しい事ではない。
そして、それを踏まえれば引き際は見え易い。
「なら、特に問題は無いな
引き続き、孫家・袁家の監視を任せる」
「御意に」
そう返し、姿を消す隠密。
“光速移動”と言うよりは、気配を紛れさせる事で周囲と同化する方向の隠行術。
ただ、見慣れていなければ驚くのは当然。
良いリアクションをしてくれる桃香達は新鮮だ。
「御兄様、暫くは此方等に留られますか?」
「いや、俺達は一旦引き上げる
防衛の為の戦力は置くが…まあ、実地訓練だな」
「担当官は如何致しますか?」
「何人か選抜して、一週間での交代制…って所か
必要以上に長く任せても将兵共に緊張感を失うしな
適度な緊張感を保てる様に組む
兵の方も古参・中堅・新兵と混成で行く」
「選抜試験という訳ですね」
「そういう事だな」
俺の意図を理解し、華琳は笑みを浮かべる。
人間関係を円滑に構築・維持する事は大事だ。
だが、それと同じ位に変化・改善出来る事も必要。
特に後者の才能は、そういう状況に置かれなければ発揮されず、普段は見極め難いもの。
だからこそ、そういった状況が有れば活用する。
篩に掛けて才能有る人材を発掘し、同時に育成。
数少ない貴重な状況を使い、経験を積ませる。
そうして少しでも政治的に必要な小柱を揃える。
当然と言えば当然だが、俺達夫婦や子供達だけでは国を背負い、支える事は出来無くはないが片寄る。
それでも、百年から百五十年は可能ではあるが。
そんな傾く事が確実な遣り方を選びはしない。
そして、そうしない為には、他の柱が必要な訳だ。
それは人材というだけでなく、血筋や家柄も含む。
所謂、臣家として長く仕え、支え合える。
そういう存在が必要な訳です。
それが必要数に満たないなら。
自分達で見出だし、育て上げるしか有りません。
これは、その為にも必要な事なんですよ。
──とまあ、そんなこんなで俺達も撤退します。
孫策も必要最低限の防衛戦力だけを置きを退かせ、本拠地に戻りましたとさ。
うん、まあ、そうするよね。
バッチバチに殺り合ってる訳でもないんだから。
結果として、遼西郡は二分しましたが、実質的には民への被害や負担は小さかったと言える範囲内。
勿論、戦が有った訳ですからね。
全く無かったという訳では有りません。
それでも、それは応戦・抵抗したから。
条件付きで降伏をすれば袁紹は受け入れたのに。
それを見極められなかった統治者の責任。
攻め込んだ袁紹の責任も皆無ではないが。
弱肉強食に基づけば普通の事。
特に、そういう世の中、そういう時代ですからね。
だからこそ、上に立つ者の責任は大きい訳です。
そういう意味では、無能な統治者は不要。
どういった形だろうと排除されても自業自得。
それだけ大きな責任を背負うのだから。
尤も、それは時代や世界が違っても同じ事。
統治・統括を担う者という立場に有るなら。
相応の責任を自覚し、覚悟しなくてはならない。
それが出来無くても、その立場に居られる。
そんな世界は、社会は、時代は。
果たして、正しいと言えるのだろうか?。
そう、考えてしまうのは、仕方の無い事だろう。
「見えているものが見えない
そんな政治家なんて、石を投げれば当たるもの」
「それは国民にしても言える事だけどな」
「つまり、国そのものが歪んでるって事よね」
「それに気付かないから怖いんだよ
気付かないまま、間違った認識が常識に成る
その常識を是とし、子供達は育つ訳だからな」
「それはもう、ちょっとした洗脳教育よね…」
そう言いながら左手を当てる腹部を見詰める咲夜。
まだ産まれてもいない我が子。
その子が、将来、そういう状況に身を置くなら。
少なくとも、俺達は看過出来る事ではない。
だから、そう為らない様に自分達で社会を築く。
「それは違う」と思えば声に出し、行動する。
それが例え、本当に僅かで、少しずつだろうと。
進み続ける事でしか変えられないなら。
進み続けるしかない。
もし、途中で諦め、挫け、止めてしまったなら。
自分の遣ってきた事は“間違い”になる。
それでも構わないのなら。
それで納得出来るのなら。
その人にとっては、それでいい事だろう。
所詮、その程度なのだから。
ただ、俺達は違う。
だから、こうして戦い、背負い、進み続ける。
楽は出来無いし、大変な事ばかりだけど。
それでも、未来を思えば──容易い苦難だ。
「…今回の件で袁紹の立場は悪くなったのよね?」
「何の話だ?」
「何のって…………っ…まさか…」
惚ける様に返した俺を怪訝な表情で見ていた咲夜。
だが、俺の言いたい事を察し、目を見開く。
確かに、今回の件での袁紹の敗北は事実。
だが、その原因は何処に有るのか。
袁硅が潜り込ませていた李表という毒。
しかし、それは袁紹ではなく、袁硅を蝕む。
「孫策は判っていて李表を狙い討ちにした
真っ先に殺し、言い訳が出来無い様にな
その上で、宅の隠密衆が李表の素性を吹聴すれば、果たして誰が槍玉に挙げられるのか…」
「………本当、怖い人よね…」
「甘い顔でしか支持を得られないなら、そんな奴は政治家には向いてないな
対峙するだけで畏怖を懐かせる
そういう深みが無いと務まらない
まあ、それも次代に託すまでの辛抱だけどな」
「はぁ~…大変な父親を持ったわね…」
「選んだ母親の責任でも有るけどな」
「それは仕方が無いわよ
他の男と比べるまでもなく、一択なんだもの
寧ろ、その父親が凄過ぎるからよ」
そう言って、軽いキスをする咲夜。
要するに、男女の事は、親子だろうと不介入。
下手に突っ突くと飛び火する、と。
そういう訳ですね。
そういった訳だから、頑張ってくれ。
孫策side──
音も無く流れて行く雲を追う様に空を見上げる。
戦禍の傷跡を残す地上とは違い、平穏な青空。
それはまるで、「ふ~ん、そうなんだ~」と。
無関心な様に、返事を返されたみたいに。
見ていると、少しだけ苛立ちを覚える。
勿論、それは私の勝手な思い込み。
青空に意思なんて無いでしょうけどね。
(………これで貴女も少しは楽になったでしょ?)
そう、心の中で話し掛ける相手は幼い少女。
──とは言え、それは最後に会った時の姿で。
今は、ずっと大きく成長している筈。
だって、彼女は私よりも一つ歳上なんだから。
……まあ、世の中には年齢を疑いたくなる人って、稀にだけど居るから、絶対とは言えないけど。
チラッと見えた感じでは、元気そうだったし。
ある意味、食べ頃に見えた。
──あ、私が食べるって訳じゃあないんだけどね。
私達の出逢いは珍しくもない話。
所謂、“御家の御付き合い”って奴ね。
まあ、家格で言えば、彼方が全然上なんだけど。
彼女は見た目の割りに、気さくで優しかった。
負けん気が強く、活発で、男勝りな私から見れば、正統派の“御姫様”だった彼女。
真逆の私達は──だからこそ、気が合った。
共に過ごした時は、指折り数える程だったけれど。
亡き父が「御前が男の子だったら似合いだった」と苦笑していた位に、私達は仲が良かった。
…まあ、過去の事の様な言い方に為ってしまうのは仕方の無い事なのよね。
結局、私達は女だもの。
それは変えられないし、変わらない事実。
だから、必要なのは伴侶となる男を探す事。
血を繋ぎ、家を支え、子を成す事が第一。
それ故に、疎遠に為ってしまうのは必然。
だから、こういう形で再び関わる事は予想外。
ただ、これで少しは力に為れたと思うと嬉しい。
私の勝手な自己満足かもしれないけどね。
そんな友人の去った方角から視線を移す。
その真意までは計り知る事は出来無い。
けれど、何等かの理由で似た事をしようとした。
ある意味では同志と呼べる、目下の政敵。
大太守──いいえ、“覇王”徐子瓏。
彼が居るだろう、方角を見詰める。
今回は顔を見る機会も無かったけれど。
…ええ、そうね、私の勘が言ってるわ。
「その雄を狩りなさい」ってね。
勝てば私の覇道が拓き、負ければ私は女に成る。
──あっ、別に私が男って訳じゃあないわよ?。
ただ、女としての自分を捨て、覇を唱えた。
だから、敗北は道の終わり、女に戻されるって事。
………まあ、唯一、認められる相手なんだけどね。
でも、同じ結果なら、勝って、そうなりたい。
だって──その方が面白いじゃない。
──と言うか、折角の機会だもの。
覇者の才器を持って生まれたなら。
それを試し、精一杯に舞いたいと思う。
命懸けだからこそ、燃え猛る熱が有る。
そう、私は思っているから。
──side out