71話 備える為の
“支援”というのは、実は言うよりも難しい。
世の中には多くの支援が溢れている訳だが。
その大半は主に金銭的な形──資金援助である事が多いのが現実な訳なのだが。
果たして、それは正しい支援と呼べるのだろうか。
勿論、否定している訳ではない。
それにより、生活や学業、或いは事業を行う。
そういった形で役立っている事は間違い無い。
しかし、金銭的な支援の中には“返済義務”を伴う場合が少なくなく、それにより苦境に立たされて、結果、身を滅ぼす人も出て来るのも事実。
だからと言って、無償で金銭を与える事は愚行。
そんな事をすれば、真面目に働く者は居なくなる。
つまり、国として、社会として。
必要不可欠な労働力を失う事に繋がるのだから。
それでは、“正しい支援”とは何なのか。
一概には、定義する事は中々に難しい話だが。
少なくとも、金銭的な消費よりかは。
身に残る方が持続性が高い。
職業訓練や社会適応訓練、仕事の斡旋等。
そういった形の支援を強化し、整備する事によって社会の土台を支える人々を増やす。
それが結果として国や企業、社会に還元される。
支援というのは一方的であっては為らない。
それが実りとなって還元されなければ無意味。
その様にも考える事は出来るのではないだろうか。
まあ、それは慈善事業等にも言える事。
当然、寄付や寄贈は必要な事であり、称賛される。
ただ、それらを正しく使用されているのか。
其処が不透明な事が意外と気にされていない事が、一番の問題点だと言えるのではないのだろうか。
その手の詳細な内容は公開されて然るべき物。
それが公的には見えない事は、犯罪にも繋がる。
より透明に、より明確に。
それは何等、公開して困る事は無い筈の情報。
それが秘匿されている理由は何なのか。
──否、理由が有るとすれば、何なのか。
考えれば、考えたくはない可能性しか浮かばない。
勿論、それは穿ち過ぎた考え方なのかもしれない。
だが、疚しい事が何も無い筈なのだから。
公開して然るべきではないのだろうか。
短期的な支援は金銭的・物資的な事が多いもの。
一方で、中・長期的な支援というのは少ない。
現実的な事を言えば、まるで支援という既成事実の為の内容だと捉える事も出来る訳で。
「金を出して置けば良いだろ」と。
そんな投げ遣りな声が聴こえてくる気がする。
本当に支援が必要な人々や地域に対する理解。
解決する為に真摯に問題と向き合おうとする姿勢。
それらが見えて来ない社会を。
果たして、信じる事は出来るのだろうか。
「何て言うか…何処にでもいるな、本当に…」
「台所の“黒い奴”等と同じですね、御兄様」
「ああ、全くだな」
『……………………』
「ああ、面倒臭い…」と軽く苛立つ俺と華琳。
そんな俺達を見ながら絶句している桃香達。
うっとりしながら「嗚呼っ、忍様ぁっ…」と両眼に魅了された証であるハートマークが浮かんでいても可笑しくはない桂花でさえ、唖然としている。
まあ、そうなるのも無理も無いけどね。
俺達の周囲には殲滅され、屍の山と化した賊徒達。
ええ、何でかは知りませんが、こうして小さな邑を大変な山道を進んでまで襲撃して来るとか…。
本当にね…その意欲と根気を別の事に使えよ。
──と言うか、真面目に働きなさい。
その方が余程、建設的なんだから。
…まあ、そういう風に考える力が無いから、結局は賊徒なんかに身を落としてる訳ですからね。
“たられば”の話をする意味も薄いでしょう。
──とまあ、そんな賊徒を返り討ちにした訳です。
桃香達と会って、話をした翌日の未明の事でした。
無粋な“招かれざる客”を感知し、これを撃滅。
それだけでも十分に当然だと言えるんですが。
今回は俺も華琳も更に激怒プンプン丸でした。
その理由は、この場所に有ります。
まあ、自分達の領地になるから、も有りますが。
それ以上に大きな理由が、桃香達です。
桃香達が開墾した土地を踏み荒そうとか…ねぇ?。
「判決、即刻死刑っ!」以外には有りませんよ。
それはね?、依怙贔屓は否定しませんよ。
でもね?、ほら、桃香達って氣は使えませんから。
確かに素質は有りますから、多少は一般人よりかは健康だったり、身体能力も高いんですけど。
楽々と開墾を熟していた訳では有りません。
地味な反復作業と、地道な日々の積み重ね。
汗水流し、三人が頑張ってきた努力の成果です。
…それはまあ?、その割りには手が綺麗ですけど。
肌荒れも見られませんしね。
その辺りの事は未だに謎ですが。
気にしたら負けだと思っていますので。
──と、話を戻しまして。
そんな三人の成果を土足で踏み荒そうだとか…。
正面な感性をしていれば、「巫山戯てんの?」と。
間違い無く、笑顔でキレて良い場面でしょう。
勿論、賊徒なんて大体が、そんな連中です。
そして、多くの弱い民が、そんな目に遭う訳で。
見方に因っては、桃香達を贔屓しているでしょう。
ただ、生まれ付きの農民ではないんですよ。
特に桂花なんて、例の事件が起きるまで正真正銘の御嬢様だった訳ですからね。
そんな彼女達が一から始め、成した事な訳です。
結果としては同じでも、経緯や価値が異なります。
そして、俺も華琳も開墾の大変さを知っています。
…まあ、それ自体が俺の影響なんですけどね。
──とまあ、つまりですね。
そういう訳なんです。
キレるのも当然、仕方が無い訳です。
決して、殲滅を正当化している訳では有りません。
だって、宅の法律だと賊徒は基本的に処刑です。
生かして置く理由の方が見当たりませんから。
それはまあ、命懸けの危険な仕事や苛酷な環境下や長期間の“低予算の労働力”として使おうと思えば使えなくはないんですけどね。
それなら、正当な報酬で普通に民を雇います。
態々、民の雇用を削る理由は有りませんから。
民を雇用し報酬を支払う。
その報酬を民が消費する。
経済というのは、そうして循環している訳なので。
何処かを絞ると必ず影響が出ます。
特に社会的──領地・一地域や国という規模では、その影響は顕著に出ますからね。
その辺りは施政者として気を付けています。
何より、賊徒の再犯率って滅茶苦茶高いので。
まあ、当然と言えば当然なんですけどね。
どんな理由や経緯が有ろうとも。
社会的不適合者な訳ですから。
結局、同じ様な状態に戻るんですよ。
博愛主義者は「だからこそ、社会的な支援を」って無責任な主張ばっかりしてるんでしょうけど。
その皺寄せが、善良で真っ当な民に行くんです。
其処を、全ての民に納得させられないままなら。
遣っている事は、弱い者を無視している訳です。
そういう事を政治的に遣りたいので有れば。
絶対に唯一人の反対者も居ない100%でこそ。
それ以外は全て、強行した独裁政治と同じです。
…まあ、そういう所を誰も指摘しませんけど。
似た様な役立たずな政治家ばっかりだと特にね。
──あっ、宅は大丈夫ですよ。
きっちりと、俺達が睨んでいますので。
そんな連中は論破でも打破でもして殺ります。
誤字では有りませんよ?。
「御兄様、念の為に一小隊を置きますか?」
「そうだな……続けては無いとは思うが…
その可能性を無視する事は出来無いからな」
「はい、では、その様に手配して置きます」
そう言って、“出来る秘書”然として動く華琳。
いや、本当に出来る事は言わずもがな。
最早、秘書ってレベルでも有りませんしね。
寧ろ、世の中の秘書の方々からは批難囂々。
「いやいやいやっ!、彼女のレベルを求められても困りますからっ?!、無理ですからっ!」だろう。
俺自身が秘書だったら、そう言いたくなるね。
…え?、「然り気無く惚気と自慢かよっ!」?。
ええ、そうですけど、何か?。
──という話は置いといて。
まあ、ぶっちゃけ、優秀過ぎますからね~。
軽~い現実逃避から、思考の散歩をしていた俺より一足先に切り替え、対処を訊ねてきた華琳。
それだけでも十分に有能なんですけど。
其処でチェーンして効果を積んでくるのが華琳。
別に俺に訊かずとも自分で判断し、指示も出せる。
少なくとも、それだけの権限を華琳には与えてある訳なんですよ、実際の所ね。
だから、事実上の宅のナンバー2は華琳です。
ですが!、其処でナンバー2振らないのが上手い。
普通の出来る秘書なら、「御兄様、此方等の守備に置くのは一小隊で宜しいですね?」だ。
普通のナンバー2なら、「念の為に守備に一小隊を手配して置きます」だ。
……うん、まあ、その違いは判り難いでしょうね。
判り易いのは後者でしょう。
俺には事後承諾に等しい訳ですから。
対して前者は控えながらも有能さをアピってます。
俺を立てながらも、自己顕示欲は忘れてません。
そんな二者とは違うのが、宅の華琳です。
単純に「どうしますか?」と訊くのは駄目。
少し具体性を見せる事で桂花達に能力を示す。
同時に、言外に「御兄様の御意志が全てよ」と。
ナンバー2の華琳が自らが率先して敬い、従う。
その姿勢を初対面から刻み込む事で序列を成す。
女としての、妻としての、ではない。
俺を頂点とする政治的な権威階級の、だ。
これは深く掘り下げると内乱防止に繋がる事で。
同時に、自分達──俺の妻が俺の邪魔をしない為に絶対に死守すべき唯一の鉄則を示す訳だ。
家の奥が乱れれば、その影響は必ず外に出る。
その逆に家の奥が安定していれば、外部からの影響というのは極めて受け難くなる。
それは地味に大きな違いだと言える。
「将を射んとせば、先ず馬を射よ」と言う様に。
家庭というのは政治的に見た時、狙われ易い。
だから、其処を固める事は重要であり。
その全権を握り、鍵を扱うのが華琳。
常々、俺が「華琳の代わりは居ない」と言うのは、其処まで出来る者が居ないから。
冥琳や月達も稀代の才媛であり、素晴らしい妻だ。
だが、華琳と比較する事は出来無い。
“難しい”のではない。
文字通り、“出来無い”からだ。
それは比較すべき同じ土俵には居ないから。
だから、如何に桂花が猫耳軍師でも敵わない。
……いや、猫耳軍師ならぬ“猫耳華琳”か。
………有りだな、有りですね、有り有りでしょう。
俺なら白飯特盛り十杯は軽くイケますね!。
──いや、そうじゃないな。
うん、そうじゃないけど、それはそれだな。
今度、ゆっくり、じっくり、とっくり、楽しもう。
──という訳で、置いてきぼりの三人を見る。
ええ、まだまだ切り替えられませんよね~。
でも大丈夫、皆、通って来た道だから。
「さて、そういう訳でだ
予定通り、俺達は本隊に合流する
生活用品は兎も角、貴重品や大事な物は持つ様に
賊徒じゃなくても、留守中を狙う輩は居る
悲しい事だが、魔が指すのが人の欲望だ
どんなに“好い人”でも、腹の中は見えない
だからこそ、時に良からぬ囁きに惑わされもする
そういった事で人に裏切られたくないなら普段から気を付けた言動を怠らない様にな」
「…っ………そう、ですね……はい、判りました」
何か言いたそうに口を開き掛けた桃香。
しかし、“原作”とは違い、能天気ではない彼女は自らの意思で堪え、その甘さを飲み込んだ。
“言うだけならタダ”。
そういう言葉が有るが、“言霊”という物も有る。
だから、そういった事を口にすると、自分の言葉は価値を失い、軽くなり、無価値に為る。
そう考えてみれば“沈黙は金”という言葉の意味が少しは理解出来るのではないだろうか。
まあ、それが正しい訳でもないけどね。
ただ、傍目には何気無い遣り取りだとしても。
俺から見たら、価値の有る桃香の言動。
その身に流れる血が、時を経ても生きている。
そう思えるだけの、息吹きを感じられたからな。
桃香達の今後が楽しみだ。
魏延side──
幼い頃は違っていた。
そんな風に思ってはいかなったし、考えなかった。
そう思う様になったのは──全てを失ってから。
──いや、唯一つだけ。
“女としての私”だけが残っていたから。
だから余計に、意固地に成っていったのだろう。
私自身、意識して、そう成った訳ではない。
「男など威張ってるだけで大した事は無い」と。
それが私の男に対する印象であり、見解だった。
そう、そうだった筈だ。
この御方を目の前にするまでは。
「……なあ、華琳?、俺って臭うか?」
「今にも発情してしまいそうな素敵な匂いです」
「うん、音は同じだけど、字が違うからな?」
抱き付いて鼻を鳴らしている華琳様──と桂花。
…ああうん、何と言うか…信じられない光景だな。
ただ、あの桂花が、こう為るのも。
頷けてしまうから……正直、困ってしまう。
忍様に自分から抱き付いている桂花。
幸せそうに緩んでいる表情は演技ではない。
本当に、心から忍様を求め、愛し、敬っている。
以前の彼女を知るが故に。
その「別人だろっ!」と叫びたくなる程の激変には戸惑いを隠す事は出来無かったが。
今は、その気持ちが理解出来てしまう。
尤も、桂花が惹かれた理由は私とは違うだろう。
何だかんだで、私達は真逆なんだからな。
軍師としての才器を持つ桂花。
自惚れかもしれないが…軍将としての才器の私。
姉上という楔が無ければ、共に在る事は難しい。
…まあ、唯一の共通点が“男嫌い”だったんだが。
結局、それも唯一人を見初め合い。
こうして、同じ様に惹かれている訳だからな。
世の中、どうなるかなんて本当に判らないものだ。
私達が暮らしていた邑を出てから、凡そ一刻。
別の賊徒の一団に続け様に遭遇。
都合、四つの賊徒を壊滅させたのが忍様だが。
御本人は「賊を呼び寄せた事無いけどなぁ…」と。
少々、複雑そうな表情をされている。
──が、そう考えれば、確かに嫌な気分だ。
ただ、それは私達も同じですから。
「私達の所為でも有りませんからね?」と。
言いたくなるが、その気持ちは直ぐに消える。
“私達が災厄を招いている”みたいな事を、忍様が一切御考えになられてはいないのだと。
その姿を見ていて感じられるから。
(………本当に…不思議な御方だ…)
その圧倒的なまでの武を目の当たりにすれば。
はっきり言って、どんな女も抵抗などしない。
喜んで、その身を差し出すだろう。
それが生きる為に、守る為に、最善なのだから。
しかし、そういう事は望まれない。
勿論、今回の私達の様な場合には別なのだろうが。
それは桂花が姉上に問うたのと同様。
何よりも意志を求めるが故に。
だから、私自身、これからが楽しみであり。
素直に、先んじた桂花が羨ましく──妬ましい。
だから、大嫌いだ。
──side out